プロローグ
ちょっとだけ時間ができたので、大作の続きを書く前に、過去に書いた作品を少しずつ投稿してリハビリしようと思います。
取りあえず1章分はアップしてありますので、お楽しみください。
なお、カクヨムで先行公開していますので。そちらもどうぞ。
本日は3話投稿です。
「メーデー、メーデー、メーデー、こちらはノストロモス748高速輸送船。現在位置は標準座標235.224052943101、192.268161101322、018.231493483210……のはずだ。奇妙な空間の歪みに捕らわれている。乗船人員は248名。メーデー、ノストロモス748。オーバー」
銀河連邦標準歴4807年になっても未だに救難信号はメーデー×3なんだなと、彼──ロイ・シュットガル──は、汗で額に張り付いたダークブロンドの髪をかき上げて、今発信した内容をリピートするよう設定しながら、その場にそぐわないことを考えていた。
すでに船内の避難は始まっていたが、彼は通信士官の職責を全うするために、緊急避難信号を発信しに通信室へとやってきたのだ。
これが惑星近傍でのトラブルなら、救援隊がすぐにでも駆けつけて来るところだが、ここは外宇宙だ。幸運にも近くに艦がいて、この救援信号を受信してもらえたとしても、実際に救援隊がやってくるのは何か月も先になるだろう。
すでに船内の避難は始まっているし、船体がきしむ音がずっと聞こえていた。
「それまで船が持つとは思えないよな」
彼はアッシュグレイの瞳で不安そうに周囲を見回すと、小さくため息をついた。
「こちらはノストロモス748。船内機能の78パーセントが失われました。乗員はスペーススーツを身に着けて、至急脱出艇へ急いでください。繰り返します──」
穏やかな女性の声で、この船のマスターコンピューターが穏やかならざる言葉を繰り返した。
「うえ? これ、やばくないか?」
彼は急いで立ち上がると、緊急用のスペーススーツが格納されている場所へ駆け寄って、それを装着し始めた。
「待っててくれよ……」
軍のルールでは、脱出艇は、全員の搭乗を確認してから出発することになっているが、それには例外があるのだ。
「船内機能の82パーセントが失われました──」
船の声と共に、どこからともなく嫌な振動が伝わって来た。
「まずい!」
機能の喪失が80パーセントを超えた場合、残された人員は死亡した者として取り扱えることになっていた。
慌ててヘルメットを装着してレスキューキットを拾い上げた彼は、スーツの最終チェックもせずにスーツ内の通信回線を開いて、脱出艇へ連絡しようとした。
だが通信先は、うんともすんとも言わず、今では黄金よりも貴重な時間だけが手のひらから容赦なく零れ落ちていった。
「くそっ」
どにもかくにも脱出艇だ。
彼はドックへと全力で走りながら、「メーデー、メーデー、メーデー、こちらはロイ・シュットガル。位置は脱出艇ドックまで1分20秒。脱出は少しだけ待ってくれ……頼むよ……」と呟いていた。
息が切れ、額からは汗が流れ落ち、目が潤むのを感じながら、それでも俺は走り続けた。だが──
「う……そだろ?」
脱出艇ドックへと辿り着いた彼が見たものは、激しく壊れた跡がある空のドックだった。
何が起こったのかは分からないが、脱出艇が無事出航したことを示す要素はゼロだった。
「さっきの振動か……」
人気のなくなった艦内で、けたたましい警告音だけがむなしく鳴り響き続けている。
ここで諦めるのも一つの手だが、彼は最後まで生きる方法を模索することを選択した。
「ノストロモス748! 現在の条件で少しでも生き残れる可能性が高い場所はどこだ!?」
「IDー2498YC35162、ロイ・シュットガル少尉への──」
そこで、ザザザとノイズが入った。デジタル通信にノイズが乗るはずがない。これはノストロモス748の機能異常だ。
「おい!」
「お答え──ンテナへの登場による生存確率──パーセン──幸運を──します」
「コンテナ?」
この船は輸送船だ。内部には前線への資材が満載されていた。最新のコンテナ群と共に。
彼は素早く倉庫へと移動しながら、コンテナリストを呼び出した。
「宇宙空間で生き残れそうなコンテナがあるのか?」
気のせいか、船体が軋む不気味な振動が大きくなったように感じられる。
「くそっ! どれだ、どれだ……こいつか!」
それは、最新の空間拡張型インテリジェントコンテナで、大気圏への突入能力もあるタイプだった。
とは言え宇宙船ではないので、航行能力などあるはずがない。惑星軌道上から落として設置できるというだけのことだ。
だが漂流することくらいならできるだろう。非拡張部には生命維持装置だって備えられているはずだ。運の力を借りられれば救助隊に拾われる可能性もゼロではない。
コンテナ倉庫へ向かう途中で重力が消失したため、移動自体は走るよりも楽になった。
そうして倉庫についた彼は、まだ正常な位置にコンテナが収まっているのを見て、安堵のあまり座り込みそうになった。
「さすが空間拡張コンテナ。思ったよりも小さいな」
宇宙輸送用のコンテナも、地上での輸送との接続を考えて、昔の海上輸送用の40フィートコンテナを基準に作られている。
目の前のコンテナは、ハイキューブ(*1)のそれを二つ横に連結したようなサイズだったが、宇宙空間のみで使用される巨大な規格に比べればはるかに小さかった。
彼がコンテナにある人間用のドアを開こうとハンドルに手を掛けたとき、コンテナの入り口から声が聞こえた。
「警告。本コンテナへのアクセスは、2498YC35162には許可されていません」
「緊急事態だ!」
「敵襲ですか? 敵に捕獲される場合の対処は自爆です」
「ち、違う! これはおそらく事故だ! 銀河連邦宇宙憲章第9条に基づく人命救助の項目を参照しろ!」
「状況の確認中……ノストロモス748からの返信なし。……船内のセンサーに接続中」
遠くで爆発音が聞こえ、急激に空気が抜けていくかのように、周囲ではためく布や紙が目の隅に映った。
「早く開けてくれ! ここももうヤバいぞ!」
「異常事態を確認しました。また、近くにあなた以外の士官は存在しません。軍法と銀河連邦宇宙憲章に基づき、あなたをコンテナの管理者として認めます。ようこそ、E2403ー0027へ」
音もなく滑るように開いたコンテナの中へ飛び込もうとした瞬間、近くで起こった大きな爆発に吹き飛ばされ、ロイは強かに頭をぶつけ、そうしてそのまま意識を暗転させた。
この事故の後、古い古い記録との類似性から銀河サルガッソーと呼ばれるようになったこの場所は、危険な宙域として認知され、あらゆる航路はこの宙域を避けるように再設定された。
銀河連邦標準歴4807年、ロイ・シュットガル少尉は昇進して大尉になった。
本人には知るすべもなかったが。
❖ ◆ ❖
「んん……」
目を覚ましたのは、固い床の上だった。どうしてこんなところで寝ているのだろうと彼は不思議に思いながら、徐々に覚醒し、ぼんやりとした視界が焦点を結んだとき、目の前のスクリーンには、警告を表す赤い文字が所狭しと並んでいた。
「酸素残量……ゼロ?!」
慌てて飛び起きた彼は、そこが無機質な空間の一部であることに気が付いた。
「おはようございます。ロイ・シュットガル少尉」
穏やかな声が発した朝の挨拶に、状況を思い出したロイは、スペーススーツのヘルメットを外しながら、ノストロモス748は女性だったがこいつは男性の声なんだなと、どうでもいいことを考えていた。
「あれからどうなったんだ? ──ええっと」
コンテナに呼びかけようとした彼は、その名前を思い出せなかった。
「私は惑星開発用タイプEコンテナ、E2403ー0027です」
「それじゃ不便だな」
そもそも呼びかける度に、Eのなにがしなどと言うのは冗長だし、忘れてしまいそうだ。
0027という末尾の番号を見て、ニナという名前を思いついたが、男の声でニナもないだろう。
「コンテナじゃだめだよな」
「一般名詞と同じ発音の名称は混乱のもとになります。避けた方が無難でしょう」
思ったよりも高性能なAIのようで、やりとりが人間的だ。もしかしたら一般家庭向けAIの名前設定ルーチンが走っているだけかもしれないが。
「Type E Container for Planetary Development──略してTECforPDか。なら、テックフォード。フォーディーでどうだ?」
「承知しました。固有名テックフォードを登録します」
「俺のことはロイと呼んでくれ。で、フォーディー。あれからどうなった? そして俺たちは今どうなってるんだ?」
「あれからコンテナ内では銀河連邦標準時間で81時間が経過しています」
「なんだって!?」
スペーススーツの酸素は最大で48時間しか持たない。あらゆる警告が表示され、スクリーンが真っ赤になっていたのも当然だ。
経過した時間を聞いたからか、彼は突然強い空腹を感じ始めた。
「スペーススーツの気密が不完全でなければ、危険でしたね」
不完全?
彼は自分が装着のチェックを行わなかったことを思い出した。チェックを実行しない限り、実際に圧力の変動がなければ警告は出ない。
「ここにはドローンが装備されてないのか?」
通常フォーディーのような自立型のAIには、自分の手足となるドローンが設置されている。それによって物理的な故障などを修理するためだ。
もしもそれが搭載されていたなら、機密が完全でも、機密服を切り裂くなりして助けてくれていただろう。
「私は惑星開発用タイプEコンテナです。手足となるドローンを生産する機能はありますが、ドローンそのものは積まれていません。完成品はスペースを無駄にします」
「じゃあ、もしも俺がマニュアル通りにチェックを実行していたら、今頃は……」
「大尉に昇進されていましたね」
だから誰だよこんなAIをプログラムしたやつは。
ロイはため息をつきながら胡座をかき直した。
「それで、今はどの辺にいるんだ?」
「分かりません」
「分からない?」
正確性には欠けるかもしれないが、基準になる星を観測することで、大まかな銀河標準座標を決定することはそれほど難しくない。
一体どういう意味なのか、ロイは首を傾げた。
「観測機器は?」
「テストプログラムを走らせましたが、正常です」
「じゃあなんで……」
「観測をしても、基準になる星が見つかりませんでした」
「はぁ?」
基準になる星が見つからないなどということは、通常あり得ない。
だが、違う銀河や、違う時代にでも転移したというのなら──いや、そんなバカな。
「原因は分かるか?」
「ネガティブ。控えめに言って意味不明です」
何がなんだか分からないが、一つだけ確かなことは――
「もしそれが本当だとしたら救援は望むべくもないな。死ぬまで宇宙を漂流することになるのか……」
空間拡張コンテナには大量の資材が格納されているが、それを利用するためには取り出すスペースが必要だ。
食料などの小さなものは非拡張スペースにも取り出せるだろうが、それもいずれは尽きるだろう。生産設備は大きすぎて取り出すことは不可能──そう考えた時、フォーディーが衝撃的な答えを返した。
「いえ、漂流はしていません」
「……どういう意味だ?」
「現在分析中ですが、今のところ、大気中から人類にとって有害な物質や未知の病原体は検出されていません。バランスも人類のために調整したかのように完璧です」
「大……気?」
惑星開発用コンテナには、降下した場所の環境を調べるための機能がある。それによって、コンテナを取りに行く人間のために初期調査を行うのだ。
だがそれは、惑星に降下した後の話だ。
彼は、今更ながら、自分にかかる重力の存在に気が付いた。いかに高性能なものだと言っても単なるコンテナに大掛かりな重力発生装置は搭載しない。
そう思った瞬間、壁面に鮮やかな緑の森が映し出された。
「お、おい。これって……」
「周囲の映像です。我々は8時間前にここに不時着しました」
「はぁ!?」
宇宙を航行する能力のないただのコンテナが、どうやったら、わずか70時間ちょっとで事故の現場から生存可能かもしれない惑星に着陸しているのか、彼にはまったく理解できなかった。
❖ ◆ ❖
「それじゃ何か? ノストロモス748から放り出された後、すぐに物理的な整合性が取れない空間を漂って、そのままこの惑星の重力圏へと落ちて行ったということか?」
「論理的な説明はできませんが、起こった事象だけを見ればその通りです。思考に混乱をきたしたため、連続した観測を中止し、位置情報を初期化しました」
惑星開発用コンテナは、惑星に投下して利用するコンテナだから、幸運なことに大気圏突入の機能を有していた。
ロイは、チューブから絞り出したゼリー状の糧食を飲み込むと、その空き袋をダストボックス代わりにしている宇宙服のヘルメットに投げ込んだ。
「その過程で標準座標を見失ったのか」
「はい。基準星がまったく観測できないというのは想定外の事態です」
それはここが人類にとって未知の宇宙――少なくとも別の銀河だということを意味していた。
「未知の惑星に着陸した場合の軍の規定はどうなってる?」
「緊急事態条項203ー0087によると、調査と報告が義務付けられています」
「報告ねぇ……」
報告ができるのなら苦労はしないよと、彼は、その皮肉めいた義務に唇をゆがめた。
「その後は知的生命体の有無等によって、いくつかのパターンに分かれますが、現在位置が不明ですから調査を行ったとしても報告手段がありません」
「超空間通信は?」
「着陸後に試みましたが、今のところどこからも返信はありません」
つまり少なくとも数十光年以内に通信を受けとる者はいないということだ。
「そういう場合の手続きは?」
「緊急事態条項999の適用を進言します」
「緊急事態条項999か……」
緊急事態条項999は助けが来る可能性がほぼゼロになった場合の規定だ。敵に拿捕された場合はゼロではないのでこれには当たらない。
そのため、この条項が適用された例を、彼は一つも知らなかった。
士官学校でも教わらなかったということは、おそらく適用例はないか、適用されていたとしてもそれが知られていない──つまり、帰還した例がないということだろう。
「緊急事態条項999ー0003に従い、私の所有権を少尉に譲渡することが可能です」
現在コンテナの中身は軍の持ち物だ。いかに管理者といえどもそれを勝手に使うことは許されない。使用の可否は管理AIが判断し、つど管理者に意見をするはずだ。
だが所有権が譲渡されれば、コンテナの中身は譲渡された者の自由だ。フォーディーも状況に応じて自由にそれらを使用することができるようになる。
「物資はやるから、あとは自分でなんとかしろってことか」
「自由な状態であるにもかかわらず位置の特定が不可能である以上、緊急事態条項999の適用を認めます」
「しかたないか……。フォーディー、緊急事態条項999ー0003に基づき、コンテナの所有権を移転しろ」
「アファーマティブ。現時刻をもって、私の所有権はロイ・シュットガル少尉に移転されました。所有者が死亡した場合、銀河連邦の相続法に従い、そのDNA情報を受け継いだ直系卑属に譲渡されます」
「誰も受け継ぐものがいない場合は?」
「私の耐用年数一杯で、破棄処分となります」
「つまり自爆ってことか」
とは言え、それは何千年も先の事だろう。
なにしろこいつは最新型の空間拡張コンテナだ。しかも惑星開発用とくれば、内部に最新のエネルギー炉の一つや二つは入っているだろうし、修理用の資材やそれを採取する道具も豊富に格納されているはずだ。
「ともあれ、ただ漠然と生きるだけってのもなぁ……まあ、報告はともかく、職業軍人として調査くらいはやっとくか」
調べておけば、万が一自分の死後に誰かがやって来たとしても後ろ指をさされることはないだろう。
彼は装備を整えると、コンテナ内の詳細な目録の作成と、周囲の調査や必要になりそうな装備の生産をフォーディーに命じた後、大容量のレーザーブラスターを携えてコンテナを出た。
──そうしてそのまま、二度と戻っては来なかった。
*1) ハイキューブ
一般的なコンテナより少しだけ(約30cm)背の高いコンテナ。
これが二つ並んだサイズは、おおよそ、12m x 5m x 3m といったところだ。




