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電気女3

 グオオオオーーーオーーーーン!!!

 思わず耳を塞いでしまうほどけたたましい雄たけびを上げる。銀の竜はこちらに見向きもせずビルに巻き付きながら屋上を目指す。

「芝崎さん!あれどうします?」

 どうするもこうするもない。あんなものは人間が対処できる次元を超えている。円谷プロの領分だ。

 全長10メートルはあるだろうか。物語ではよく目にするドラゴンをまさか実際に見ることになろうとは思いもしなかった。あの銀竜が出現した時、小西の近くにいたテロリストが何かを吐き出すように叫びだしていた。聖子にはそれがおよそ人間の声には思えなかった。その後、発光したと思ったら爆発してあの銀竜が現れた。ということは…

「壮太くん壮太くん。あれまさか人間なのかな?」

「さあ?まさかとは思いますけど僕にはそう見えましたけどね」

 はあ~っと頭を抱えた。本当にダイナの可能性は無限大だな。人間をこの世に実在しない生物に変身させるなど神の領域じゃないのかと聖子は思う。

 そもそも銀竜に変身した男はダイナを使いこなせていたのだろうか?違うな。だったら捕まる前に変身して抵抗したはずだ。

 おそらく今回のテロの主犯のリーダーであろうあの男、あいつの言葉がトリガーとなっていた。どうやったかは知らないが、中々興味深い奥の手を打ってくるではないか。

 それについては考えても仕方ない。あの銀竜を片付けた後、じっくり吐かせればいい。

「問題はあれを元に戻せるのかってことね」

「どうなんでしょうね?おい!どうなんだ!」

 壮太が男の胸倉をつかむ。何がそんなに楽しいのか、銀竜が現れてからは終始薄気味悪い笑みを絶やさない。

「お前らにあれは止められない。話し合いなんていらないんだろ?ならせいぜい実力行使で何とかしてみろ」

「あなた勝った気でいるのは早いんじゃない?私があんなでかいだけの木偶に負けるわけないでしょ」

 聖子は銀竜を見上げた。

 体の構造は機械に近い。体表は鱗や固い皮膚に覆われているわけではなく、ねじや歯車などの無数の鉄くずが幾重にも合わさりドラゴンの形を保っていた。動いている間もギチギチと歯車が回るような音を立てている。

 銀竜は耳障りな機械音を響かせながらさっきよりも上に昇って行った。ビルを絞めつけているのか、鉄筋コンクリートがミシミシと嫌な音を立てた。ビルに強度的にもあまりもたないかもしれない。

「壮太!あれは私が何とかするから小西たちと協力してここにいる人間を速やかに避難させて。最悪ビルを倒すことになるから1キロは離れなさい」

「えっ!何とかってどうするんですか?行っちゃったよ」

 壮太が何か言っていたようだが、聖子はものの数秒でビルの屋上に立ち銀竜を見下ろした。

 ビルの半分くらい昇ってきている。屋上到着まで5分とかからないだろう。

 聖子は銀竜を観察した。飲み込まれるような大きな瞳に自身の姿が映るのが確認できる。理性はなさそうだ。この化け物には何が見えている?

 そんなことを考えていると一瞬銀竜と目があった気がした。

(気のせいか?)

 そう思った次の瞬間、銀竜の口から眩い光線が聖子に向かって放たれた。予備動作なしに放たれた光線を聖子はすんでのところでかわす。聖子の頭上をかすめた光線は夜空に散っていった。

「あっぶないわね」

 死ぬかと思った。当たれば聖子の肉体など溶けてなくなるだろう。

 マチェットナイフを2本構え、銀竜に向かって落ちていく。自由落下に任せた体に電気を纏わせた。銀竜の目の前まで来た瞬間、速さを最高速度に切り替える。

 上に下に右に左と銀竜の周りを取り囲むように移動しては斬りつけ、移動しては斬りつける。何太刀も何太刀も何太刀も何太刀も数えきれない斬撃を浴びせていく。

 聖子の纏った電気から流れる光が文字通り光の速さで動く様は外から見ていた壮太や小西から見れば流れ星のように見えただろう。

 だが何千と浴びせた太刀を受けても銀竜の進行は止まらない。

 聖子は一度手を止め銀竜を観察した。傷が治っているわけではない。確実に壊れてはいる。ねじや歯車が何か所か破損しているのがここからでも見て取れた。

 体が大きすぎるんだ。たかがマチェットナイフ2本の斬撃程度じゃあ、蚊に刺されたようなものだろう。

 空を見上げた。夜も深くなってきた。六本木の町は眠らない。今宵は分厚い積乱雲によってわずかな月明りをも覆い隠す。

 雨は降っていないが、上空の雲の中には大量の電気が溜まっているだろう。

 聖子は右手を上に掲げた。上げた右腕を通して体内にある電気を空に打ち上げる。

 空と陸の2つの電力源が互いに共鳴した。積乱雲からはゴロゴロと雷の音が鳴り響き、聖子の右腕からは可視化できるほどのプラズマがゆっくりと空に昇っていた。

 ゴオオオオオオオオーーー!!!

 再び銀竜の咆哮が響いた。上空の雷を認識したのだろうか?あれは自然現象ではなく、自分を攻撃するものだと。

 実際その通りである。だが全てを聖子が操っているわけではない。いくら電気を操れるといっても積乱雲を発生させるほどのダイナは持ち合わせていない。

 かつて琵琶が河川敷で見せてくれたように雲1つないピーカン照りから雲を集め、台風を発生させるなど不可能だった。

 聖子にできるのはせいぜいすでに集まって大きくなった雲を己の場に導くことくらいである。体内にある何億ボルトもの電気をゆっくりと放出し雲を集める。

 聖子の体を道として自然の落雷を相手にぶつける大技である。

 銀竜に狙いを定める。雷を誘導するだけだが、まだまだ狙いは大雑把になってしまう。人のような小さなものはまだ狙えない。的はこれぐらい大きなものでないと周りに被害が及ぶ。

 集中する。息を整えここというタイミングで右手を振り下ろした。同時に空から落雷する。一瞬だ。思わず目を閉じてしまうほど激しく光ると、ドカンと何かが爆発するような音が遅れて響いた。

 クワワワーーン!

 さっきまでの咆哮とは違い、弱弱しい叫びに変わる。痛い痛いと泣いているようだった。

「2発目だ」

 聖子は弱った銀竜にもう1発落雷を浴びせた。今度は威力を少し抑えて。

 銀竜に直撃すると勝負は決した。銀竜は叫ぶことなく後ろに倒れた。

 聖子が地面に降りる。生きているといいが。

 銀竜は体内から煙を出して異様なにおいを発した。鉄が溶けていく。体を保てないのだろう。しばらくすると中からぐったりと倒れた人間が見えてきた。

 すぐさまかけより意識を確かめる。多少皮膚が焼けているが息はしていた。周りに鉄くずのおかげで中まではそこまで電流が伝わらなかったらしい。

 無線を壮太につなげる。

「終わったわ。死ぬかもしれないからすぐに救急車を呼んで。ここでできることはもうないわ。主犯2人連れてさっさと帰るわよ」

「びっくりした。芝崎さん。怪我とか大丈夫ですか?」

「私に怪我はないわ。さっき言ったこと早くして頂戴」

「分かりました。近くにいたので救急隊員には伝えました。もう大丈夫です」

「そ。ありがとう」

「あんなでかいのよく倒せましたね。ほんと人間じゃないですよ」

「私の無線で無駄口叩かないでよ。小西がうるさくする前に車回しなさい」

「了解です。すぐ向かいます」

 無線が途切れた。なかなかハードな任務だった。今日は休んで明日に備えようかと一息つくのであった。




 朝の光で目が覚めた。時計を見ると時刻は6時の位置を指し示す。カーテンから差し込む光が徐々に聖子の脳を覚醒させていく。捜査会議は確か8時からだ。

 ベッドから起きて食事の用意をする。冷蔵庫を開けるがろくな食材がない。卵とベーコンがあったのでベーコンエッグを作ることにした。

 ここは聖子ら公安が使っているセーフハウスの1つである。6階建ての1人暮らし用に設計されたマンションであり、その5階すべてを貸し切っている。

 当然食べるものなど用意されておらず、コーヒーが常備されているぐらいのもので冷蔵庫を使うのも料理をする聖子ぐらいだ。

 食事を終えるとマンションの屋上に向かう。雲一つない快晴だ。西の空にわずかに薄雲が見える。昨晩、聖子が溜まっていた積乱雲を使用したためか雲はわずかしかなかった。

 聖子は毎朝このように外に出て、雲の気配を探知するようにしていた。

 着替えや身支度を済ませ職場に向かう。この位置からだと歩くことにした。毎回移動手段を変える公安だが聖子は徒歩での移動が1番好きだった。自分の体を自分以外に託すことがあまり得意ではなかった。

 警視庁につくと歩を速める。警視庁の捜査会議の最後尾の座席を聖子は陣取った。捜査会議にはたまにしか参加しないが参加するといつもうざったい視線を感じる。公安は操作一課にはあまりよく思われていない。視線を気にせず配られていた捜査資料に目を向けた。

 時間も近くなって皆がバラバラと着席しだすと壮太が髪をぼさぼさにしながらあわただしく入ってきた。こういうところもよく思われていない原因の1つだろう。

「すいません。ちょっと遅れちゃって」

「間に合ってるから気にしなくていいわ。どうせ退屈でしょうし」

「なんか今日優しいですね」

「そお?私はいつでも優しいでしょ」

「いや昭和かよって思うときが多々ありますよ」

「あなたのそういう返答が私の時代を逆行させるんじゃない?」

「そうですかね?」

「そろそろ始まるわ」

「これより捜査会議を始める」

「起立」

 管理官の号令で会議が始まった。各刑事が必要事項を淡々と伝えていく。

「今回唐川商事のテロに参加した実行犯は12名、うち10名は身元が割れました。全員唐川商事のリストラにあった元社員でした。主犯と思われる2名については、国際指名手配組織パスカルのメンバーでした。名前は斎藤将太と八木公平、国内外で誘拐、爆破、襲撃を行っているパスカルの中でも武闘派で顔が割れてる数少ないメンバーです。ICPOからの情報なんでまず間違いないと思われます」

「こいつらの過去は洗えたのか?」

「いえこの2人は名前と顔しか分かっておらず過去の経歴が一切出てきません。というのもパスカルは謎に包まれた組織で過去の事件でも身元が分かったことはありません。リーダーが誰かも構成員の数も全容がまるでつかめていない組織です」

「この情報化のご時世にそんなことが可能なのか?」

「おそらくですがメンバーの中に情報を操作できる何らかのエスパーがいると思われます」

「なるほどな。だが今回は2名確保できたわけだ。公安!」

 聖子が呼ばれた。立ち上がって答える。

「はい」

「現場で主犯の2名を拘束したと聞いたがこちらに引き渡してもらえるか?」

 疑問形ではあったが、語気には渡せという命令の意味が込められていた。

「渡せません。彼らは公安で預かります」

「なぜだ?」

「理由は彼らがかなり手練れのエスパーだからです。彼らは現在我々独自の施設に収監しています。そうでないといともたやすく脱走することが可能だからです。エスパーの確保、収監、取り調べ等々警察の普段業務においても高い専門性が要求されます。このまま彼らを引き渡せば警視庁が血を見ることは明らかです」

「そ、そうか。ならよろしく頼む。情報は共有するように」

「もちろんです」

 座るときに小西の顔が歪んだのが見えた。

 会議は粛々と進行する。

「報告書にある機械仕掛けの竜は何だったんだ?」

 別の刑事が答える。

「名前は後藤史郎、41歳。既婚者ですが子供はいません。2年前に唐川商事をリストラされました。至って普通のサラリーマンです。経歴にも目立った箇所はありません。超能力に目覚めた事例もなくあの場で覚醒した原因については現在調査中です」

「なるほどな。何も分かっていないと。こいつの方も調べてみないとな。今どこにいる?」

「現在は都内の病院で治療を受けています。そこの芝崎警部と戦闘になり、負傷、奇跡的に命に別状はありません」

「おいおい。大事な情報がなくなるとこだったんじゃないか?芝崎警部」

 管理官もさっきのやり取りが気にくわなかったのか、厭味ったらしい顔を向けてくる。

「どう取っても構いませんが迅速な対応がなければ町が1つ消えていてもおかしくなかったでしょう」

 フンと鼻をならし

「ま、結果論なら何とでもいえるか」

 と、これ以上ちょっかいを出してこなかった。

 その後も会議は淡々と進むが以後聖子が話すことはなかった。30分くらいで終わるといの一番に部屋を出て壮太がそれに続く。

「どこから調べますか?」

「斎藤と八木から調べるわ。栗山のとこまで車回して」

「了解です」

 ここからはっきりさせないと話にならない。後藤史郎が突如としてダイナに覚醒した理由、あの時斎藤将太は確実に何かをした。もしも一般人を一瞬で意図的にエスパーに覚醒させるなんてことが可能ならそれは明確な科学の発展である。

 一テロリストが所有していいものではない。

「全く、商売あがったりだわ」

 聖子が玄関に出るとちょうど壮太が車を回して来ていた。

 

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