闇男 番外編
「光夜ってほんっとに自分のことばっかりよね!私のことなんか全然考えてくれなかった!」
2つ年上の彼女、火籐なぎさにそんなことを言われた。さっきまで楽しく話していたのに。どうしてこうなったのだろう。
なぎさと付き合いだして半年が経った夏の祝日のことだった。
「ど、どうしたんだよ~。血相変えちゃって」
大丈夫。いつものことだ。普段通りにやればいい。光夜は自分にそう言い聞かせ、敵意を与えないような精一杯のヘラヘラした笑みを作った。目の前の女の敵意を少しでも削いでいく。自分の気持ちも騙す。当然ながら光夜にはどうしてなぎさが怒っているのか皆目見当がついていない。それもいつものことだ。光夜にはこの半年でなぎさが怒っている理由をただの一度も理解したことがないのだから。
「そのにやついた顔を止めろって言ってんだよ!あんたのその顔前からずっと嫌いだった!」
その瞬間なぜだか呼吸がしづらくなった。なぎさの顔を見る。今のなぎさが光夜を見る目は通行人Aのさらに下、通行人Zだった。
言葉が出ない。
なぎさは背を向け、速足でその場を去って行った。光夜も後を追わない。原因であったはずの直前までの会話を何とか思い出そうとしているのだがどうしても思い出せなかった。
思考がぐるぐる巡る。
光夜にとってなぎさの存在はどうでもよかったはずだった。かわいくてわがままで時間を守らない。自分のペースを乱されることに嫌悪感を示していたように思う。そして何より自分の都合で人を動かすことに長けていた。
それでも光夜は気にしたことなどなかった。お互いがセックスに前向きだったからだ。会えば必ずといっていいほど、求めあう。
人に必要とされることに鈍感だった光夜にとってそれは貴重な体験だった。
それが急に無くなった。なぎさと付き合う前の生活に戻れる気がしなかった。
自分はこんなにも弱い人間だっただろうか?吐きそうなほど苦しいのに涙が出ない。辛いという感情だけが心と体を支配していく。
光夜はそれを必死に抑えようとする。なぎさの背中が見えなくなったことに光夜はまるで気がつかなかった。




