闇男6
危機一発だった。後数秒聖子の到着が遅れていれば、壮太の背骨は食べ終わった後の割り箸のようにポッキリとへし折られていただろう。
「し……芝…崎さん…。どう…して………ここが?」
「光夜から連絡もらったのよ。あの子も虫の息だったからすみれに回収に向かわせたわ。それよりもあんた大丈夫?」
聖子が心配するのは珍しい。それほどの敵だということを意味していた。壮太や光夜では実力不足と判断した。
「さ……すがに……きつい……っす」
「そっ。じゃあ後はゆっくりしてなさい」
壮太はここぞとばかりに弱音を吐く。それを聖子は許したと微笑むことで示した。
聖子は千代吉に視線を向けゆっくりと立ち上がった。
「久しぶりね。高校卒業以来かしら?」
千代吉は笑っている。その笑みからかつて聖子に向けられたものとの違いは感じられなかった。
「芝崎は同窓会とか参加しないもんな?私は時々顔出してたんだぜ」
「そうね。私も次は参加しようかしら。あなたの首でも持っていけばいい余興になるかもしれないわ」
「殺す気かよ。とても警察官の発言とは思えないな」
「あなた自分が生き残れるとでも思ってるの?国家反逆罪で一発死刑よ。私がとどめを刺すのが温情ってものだと思うんだけどね」
「その提案はありがたいんだけどそれはまた別の機会だな」
「逃げ切れると?私相手に?」
「逃げるだけなら何とでもなるよ」
音が聞こえる。何かが落ちてくる音と言ったらいいのだろうか、ゴオおおおっとうねりを上げて近づいていた。
光夜を抱えたすみれが到着する。光夜を見るとボロボロだったが息はあるようだった。ひとまず胸をなでおろすがすみれの顔色が明らかにおかしかった。
「聖子ちゃん。ヤバいです。速くここから離れた方がいい」
声もわずかに震えている。すみれがここまで慌てるのも珍しかった。
「何があったの?」
「説明は後でする!とにかく離れようよ!」
その時天井がはがれた。崩れ落ちた天井が重力を無視して上昇していく。物理法則を無視した現象が聖子の目の前で起きていた。
「あなた何したの?」
千代吉の仕業なのは明白だった。
「見た方が早い。もうすぐ完成だ」
天井が崩れた隙間から青空が広がっていた。その中央、警視庁のちょうど真上にそれはあった。
まるで小惑星である。聖子のいた階から上の階、警視庁のおよそ3分の1は全壊しておりそれを媒介とした小惑星が上空に漂っていた。
聖子は海田千代吉についての資料を思い出した。完全に崩壊した建物。千代吉はこのダイナで日本国内最大空手道場の黒心館を破壊したのだ。
「すみれ!あなたは光夜と壮太を連れてできるだけここから離れなさい」
「聖子ちゃんはどうするの?」
「あれは私が何とかするから下の人間もさっさと避難させて」
すみれは唇をかみながら「わかった」と短くいい男2人を担いで下に向かった。
空を見上げる。直径は300メートルを優に超えていた。もう立派な隕石である。
「次に会う場所でも決めるか?」
いつの間にか千代吉が聖子の隣に立っていた。
「つってももうやることは決まってるんだけどね」
「あらそう。今日はちょっとタイミングが悪かったものね。怒りで血管がはち切れそうだわ」
「こっわ!私だってあんなんで芝崎殺れるなんて思ってないんだから。何とかするんでしょ?全員無傷は難しいんだろうけど」
「舐めるのも大概にしてもらえるかしら?この程度じゃピンポンダッシュと変わらないわよ」
「マジで言ってる?芝崎がどうするかだけ見て帰ろうかな」
「おすすめはしないわね。これ以上私の視界に入ったらあなた殺すわ」
「そうだね。これ以上は怖いから帰るわ。時間と場所だけど今のところ大みそかに東京スカイツリーでド派手にやるから準備しとけよ」
「さっさと行きなさい」
「後さあ芝崎、大きなお世話かもしれないけどお前の部下の2人はもうちょい鍛えた方がいいな。筋は良いのにヘタレとビビりのコンビ。もっと下には優しくした方がいいんじゃない?」
「ご忠告ありがとう。でも彼らはね、私やあなたよりも強くなるから」
「そうかよ。楽しみにしとくわ。じゃあ!」
そう言って千代吉は東京の街に消えていった。もう背中も見えない。この速さだけで彼女のギガントも超一級品だと分かる。
聖子はマチェットナイフを足に備え付けたホルダーに片付けた。手空きになった両手に電気を溜める。
バチバチっと溜まった電気がどんどん膨らんでいった。大きくなりすぎないように押さえつける。
千代吉の創った隕石がゆっくりだが近づいてくる。こんな大きさで地面に激突すれば警視庁どころか都市圏全て更地になる威力である。
聖子は電力を溜めながら高校時代を振り返っていた。千代吉は何を考えているのだろう。喧嘩ばかりしていた奴だがここまでの破壊衝動はなかったと思う。話した雰囲気は高校時代の記憶と変化が感じられなかった。
これが千代吉の内部から破壊衝動ではなく意図があってのことなら。
「私の、いや私たちのか。実力を見たいんだろう」
あるいはある種の信頼か。
「どっちにしても舐め腐った奴ね」
高みから聖子たちの能力を測っている。上等だった。見たいのなら徹底的に見ればいい。
直径300メートルの隕石だ。ただ破壊するだけでは破片が東京中に降り注ぎ多大な被害を与えてしまうだろう。
被害を出さないためには隕石を分子レベルで粉々にするしかなかった。それができるエスパーは国内に5人といない。そのうちの1人が隕石の下で身を構えている。
聖子は電気が溜まった両腕を上空に向かって突き出した。
「行け!」
聖子の掛け声と同時に莫大な電力が2つ、隕石に向かって放たれた。傍目には小さい花火が2つ打ちあがったように見えただろう。2つの光が何十倍もの大きさの物質とぶつかり飲み込まれたように消えた。
次の瞬間、花火が隕石全体を逆に飲み込むように爆発した。まぶしくて見ていられない。太陽が降りてきたようだった。爆発によって飛び散る破片も1つ残らず雷が包み込んだ。
まばゆい光がおよそ3分間続き、すべてを破壊するはずだった千代吉の小惑星は一欠片も地に落とすことなく聖子のダイナに屈した。
「とりあえず一段落ね」
週末の休みを仕事に費やした父親のような表情で聖子は両腕を下ろした。
「言葉も出ねえな」
聖子の位置からおよそ10キロメートルは離れた地点で千代吉は事の顛末を見届けていた。
千代吉のダイナで創った警視庁3分の1玉(仮名)はきれいさっぱり跡形もなく消失した。この距離では太陽のような光で消えたことしか確認できなかったがおそらく1人の犠牲者も出していないだろう。千代吉は手に汗握る興奮を覚えたがすぐにそこそこの絶望に襲われた。
「あれはきついぞお~」
頭を抱える。過去最強の敵であることは間違いなかった。
ブーンブーンとポケットのスマホが鳴り出した。一応だがもう少し余分に距離をとってから電話に出た。
「もしもし」
「もしもしじゃねえよ。やっとでやがった!」
聞き覚えのある声だった。千代吉のかつての上司でありこの道に誘った張本人でもある。
「お久しぶりです。金本さん。お元気そうで」
できるだけ明るい声で話すのを心掛けた。電話の声もそこまで怒ってなさそうだったので少しホッとする。
「すいません。今仕事中で。すごいもん見てたんですよ。芝崎聖子ですよ。雷のダイナ」
「芝崎聖子!お前芝崎聖子とやる気なのか?絶対やめとけよ。命がいくつあっても足りないぞ」
「それはもちろん承知してますよ。でもそれでこそテロリストの本懐ってやつじゃないですか」
「馬鹿!相手を選べ。お前も知ってるだろ。うちからも何人かパクられてんだぞ」
「………………」
「おい!聞こえてんのか?マジでやめろよ!ぜった」
千代吉は電話を切った。金本の慌てようがツボに入る。パスカルに所属していたのは2か月程度だったが千代吉のやることにいつも慌てていた。
自由に何でもできると思っていたテロ行為が様々な制約の上に成り立っていると分かり千代吉は独立したのだ。
聖子のいる方を見る。夕焼けが綺麗に沈みそうだった。
光夜は公園のベンチに腰かけていた。座っているだけでもまだ腹がズキズキと痛む。海田千代吉から受けたダメージがまだ取れなかった。
前代未聞の警視庁襲撃から1か月が経った。今朝退院した光夜だったが仕事にはまだ復帰できていなかった。壮太の方はもう復帰しているらしい。ダメージは少なかったとはいえ、S級テロリスト相手に善戦したとのことだった。見舞いに来たすみれから聞いた話である。毎日仕事終わりに光夜が退院するまで来てくれていた。
聖子も見舞いに来たが海田千代吉のことを聞いてそれっきりだった。忙しいのだろうと光夜は納得した。どうも上から警視庁襲撃の件を詰められているらしい。上の圧力に動じる聖子の姿を光夜は想像できなかった。聖子が忙しいのは光夜にとっても都合が良い。見舞いに来た聖子を見た時、次は勝てよと言われているようで辛かった。
今も上からの圧力よりも海田千代吉を倒すことで頭が一杯だろう。こんなところで油を売っている姿を見られたらすぐに復帰しろと言われるに違いない。警察官になって悲観的に考えることが増えた。否今までが考えてなさ過ぎたんだろう。
千代吉のことが怖かった。あんなにも何も通用しない相手は初めてだった。このまま逃げ出そうか、今更ドヤ街に帰るのは嫌だったが東京以外の都会に逃げるのも悪くないと光夜は考えていた。
「あれ、光夜!何してるの、こんなところで?」
今の自分にはまぶしい元気はつらつな声。顔を上げると火籐なぎさが買い物袋をぶら下げて目の前に立っていた。
「なぎさちゃん……」
「顔暗いなあ。イケメンが台無しだぞ」
「今日DJは?」
「今日は休みだよ。大学の授業だけ。終わったから買い物帰りにここ通ったら光夜がいたから」
なぎさは都内の大学に通う学生ですみれとも同じ大学だった。(すみれは退学したが)光夜の行きつけのガールズバーの店員でもあり、DJでもあった。
「プライベートで会うの初めてじゃない?この辺なの?」
なぎさは慣れた手つきで煙草を口にくわえる。人差し指を煙草に近づけると指先から火が燈った。
「ライターいらずで便利だな」
「よく言われる。光夜も吸う?」
光夜は手でいらないのジェスチャーを送った。なぎさは煙草を懐にしまいながらフーっと息を吐いた。相変わらず様になっていてかっこいいなと思った。
「どうしたの?なんかへこんでるっぽいけど」
目線が泳ぐ。なぎさの横顔をはっきり見れなかった。心臓の鼓動が早くなっているのが自分でも分かった。
「仕事辞めてどっか遠くに行きたいなと思って」
「何で?食えなくなるし遊べなくなるよ」
社会人として当たり前の返答が返ってきた。光夜の心臓がますます早くなるが、なぎさはそんなことはつゆ知らずこちらを見ずにひたすら煙草を肺の奥深くまで吸い込んでいた。
「やっぱ考えるのが嫌なんだと思う。警察ってただ暴れたらいいだけじゃないから。締め付けられる生活が本当に嫌なんだよね。聖子も怖いし。強い犯罪者と戦うのも嫌なんだよ」
光夜のつたない言葉を聞き終わるとゆっくりかみしめるようにゆっくりと煙を吸い込んだ。
「ふーん。そっか。そもそも光夜は何で警察になろうと思ったの?」
光夜は思わず唾を飲んだ。この話題になると必ず行き当たると思った。それは光夜が1番話したくない話題であった。
そんな光夜の考えを察したのか、なぎさはそれ以上追求してこなかった。
「何かよく分からないけど要は窮屈なんだと思うわけよ。社会で生きるのって。芸術畑な世界で生きてる私でも思うんだもん。公務員は特にきつそうだよね。光夜さあ、さっきただ暴れたらいいだけじゃないって言ったけど、ただ暴れたらいいだけなんじゃない?むかつくからストレスが溜まる、ストレスが溜まるからぶっ飛ばす。弱いから負ける、負けると怖くなる、だから負けないように強くなる、強くなると何でもできる。そういうシンプルな話なんだよ」
「そうなのかな?聖子にはそれじゃあ駄目だって教えられたから」
「まあその聖子とかいう人の教えを否定するわけじゃないけど少なくともこれだけは言える」
なぎさは吸い終わった煙草を投げ捨て買い物袋を持って立ち上がった。
「そんなに迷ってると勝てるものも勝てなくなるよ。能力は精神状態に影響するって言うからね。どんな考え方でも正しいことなんてないし間違ってることもないんだけど迷いがあると人は途端に弱くなる。まずは何でもいいから考え方を固めることから始めればいいんじゃないかな?」
なぎさは手を振って帰路に向かって行った。なぎさの言葉を反芻する。考えたが光夜は分からなくなった。だから考えるのを止めてみることにした。




