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15日

昼刻

領主館

領主姫


「なんと恐ろしい。私がそんなことを企てたなどの濡れ衣を」


うまく話せた気がしない。

私が目を覚ました時、領主館では事後の話が父様、大臣、大臣補佐、騎士団長等が一か所に集まりなされていると聞き、その場に走る。

ついた時、副騎士団長はあらましを伝え終わり、大臣補佐が無罪で終わる時であった。


わらわの喉が糾弾の炎を吐こうとも、大臣補佐は何の痛痒も感じてはいなく、大臣もまた証拠がないと添えながら答えた。


「姫様、副騎士団長殿の証言は決して軽いものではありません。ですが、人が魔物に変わるとは聞いた事あれど戻るとは耳にした事がなく。また、大国の待伏せがあったとの報告ですが皆無事帰参されております。」


大臣は副騎士団長の方を見て。


「傭兵が殿をしたとの事ですが、どれほど強かろうと人1人が大国の待伏せを防ぎきるとは考えづらいかと」


ガチャガチャと金属が擦れる音が大きく響く。


「大変失礼ながら、副騎士団長殿は傭兵と大変仲がよろしかったご様子。姫様も聡明なれど市井の泥を知らぬお方。また、お二人共女人」


大臣は父様を向き


「大臣補佐に言われの無い罪を擦り付け自身の脱獄を成功させる傭兵の巧妙な策と考えるのが自然かと。しかしながら、お二人を厳しくおいさめせぬようお願ー」


ガシャン!と人の倒れる音がした。

騎士団長が副騎士団長を床に抑え込み、謝罪を示す。抑えられた獣はグルゥと怨念の唸りと無念の涙を流す。


父様が互いに苦労するなと、騎士団長に伝え席を離れようとした。

父様!

あらんかぎりの言葉で今回の件を伝えようとするが、父様は曖昧に笑いあまり困らせてくれるな、と。


悲しみに燃える胸、怒りに冷える頭。

知らずと身体が動いた。


ガツン!


嘘つきめ……痛いばかりでないか……

目を向けると、父様が、大臣が、騎士団長が、みんなが驚いた様子でわらわを見ていた。


「大臣」


頭を擦りながら大臣に子供がいるかと問う、父様。先に逝きました、と大臣。

領主として公平中立を守るつもりだが、どうしてもな…と、小さく呟き。

父様はあくまで大臣補佐を信じているとした上で


「騎士団長、大臣補佐の拘束及び邸宅を調査せよ」


失礼のないようになと付け加えた。


「それにはおよびません」



昼刻

領主館

第三者視点


大臣補佐は大臣を後ろから叩き、気を失わせた。

それに対応できた騎士団長の動きは長の名に恥じぬものであったが、大臣補佐が胸にあの赤い宝石をあてる動作には及ばなかった。


ガキンっ!と剣と黒い腕が打ち合わさる音、ブオンと黒い腕が振られる音がする。

黒いかいなから飛び退き騎士団長は領主を始め周りの人を自身の背に置く。


その間、黒いトカゲ人間となった大臣補佐はその硬質の肌からは想像できない、柔らかい動きで大臣を部屋の隅に移した。


「何故だっ!」


副騎士団長は剣と感情をあらわに隠す事をしない。


「戦死の恨みは何処へゆけばいいのでしょうか」


赤い宝石を使ったのに関わらず、意識がある事に領主姫は驚く。

兄弟の死から、兵を、領主を、領地を恨んだと、大臣補佐はとうとうと語った。


騎士団長達は領主を逃がそうとするが、黒いトカゲ人間は巨大な身に似合わぬ小さい動きで騎士団長達を牽制する。

しかし、騎士団長も流石なもので僅かな攻防の中に置いてもトカゲ人間に小さな傷をつけていく。


「恨みは続きません」


トカゲ人間は部屋の端に下がると両手を広げ


「ここで生き残るのは大臣だけです」


トカゲ人間は自身を1個の塊とし領主へと突撃する。しゅうしゅうと煙をあげ傷が治っていく様に騎士団長が悪態を、副騎士団長が裂帛の叫びを上げ、各々の一撃がトカゲ人間のわきと肩を深く裂くが黒い塊を止めることはできない。

捨て身の体当りは質量でしか止めようがない事が分かっているのに、領主姫は父の前に飛びだし目をつむった。


ドンッ!


という音の割に領主姫は衝撃を感じなかった。


姫が目を開ければ、映るは青いマント。全身を赤、いや火色に染めた、継ぎ目はあれど隙間ない全身甲冑。両手の甲、足首に青い宝石が埋められ、ひときわ大きい胸の青い宝石とそれらが青い線で繋がる。頭まで覆われた甲冑の額にあたる部分からは1本の角が生えていた。

全身を見れば火が鎧と化し人を包んだ姿のそれは、傭兵の大剣を手にトカゲ人間を押し留める。


「何者だっ!」

「無礼者」


誰にも聞こえない程の小さな声で答えた火の全身甲冑は、足でトカゲ人間を押し返す。見れば侵入路なのだろう、壁に大穴が空いていた。

トカゲ人間は体制を整え、火の全身甲冑はそれに突き進む。


戦いは火の灯る速さで決着が着いた。


トカゲ人間の片腕が大きく振り上げられたと思えば、振り下ろされず縦に落ちる。

袈裟斬りでそれをなした大剣は、返す切り上げで反対の腕をお揃いにする。

トカゲ人間は雄叫びを上げながら最後の体当りを行うがその時には腰で上下が別れた後。

火の全身甲冑は落ちゆくトカゲ人間の胸の宝石に手を置いたが、一瞬何かに気をとられたのか離れ、一太刀ふるった。

トカゲ人間の胸の宝石が外れ、両手と下半身のない大臣補佐が地面に落ちる。


火の全身甲冑は近づいてくる者に目を向け、大臣補佐への道を譲った。


「……知っていました」


大臣が誰に話すでもなく言葉を続ける。大臣補佐の大国との繋がりや工作に薄々感づいてはいたが


「恨みを忘れる事ができませんでした」


息子を戦争で亡くし、領地に恨みを抱いた。大臣補佐の手によって領地が荒れるならそれはそれで良いと思っていた、と。


「お暇を頂戴したいと思います」


騎士団長はそこまでの責はないと答えたが、大臣は力なく、これ以上息子を親不孝者にしたくない、と吐き出した。

領主は餞を問うと。


「願わくば、息子と同じ墓に入りたく」


領主は目を閉じ。

大臣はいつの間にか握られていた短剣を胸に。

騎士団長は剣を手に大臣の後ろに立った。


「御迷惑をお掛けします」

「良い旅路を」



昼刻

領主館

領主姫


終わりを見届けると、火の全身甲冑は副騎士団長に近づいた。わらわより先に。


「生きて……いたの?……」


すがる眼差しに火の全身甲冑は首を振り、託す様に大剣を床に刺すと副騎士団長の持っていた剣を手にとる。

目から流れる雫を両手で覆う女のその頭を優しく撫で、背をひるがえし、わらわに向かってきた。


水中より外を見たかのような濁った夢。傭兵の胸に穴を開けた幻が現実であった事が先程の会話で思い知らされる。


謝罪を、懺悔を、悔悛の言葉を選んでいる間にわらわの前に立つ火の全身甲冑。


「す……すま……」


片膝をつき、頭を垂れ、剣を捧げた。

その意をする所に、頭が真っ白になり、目頭が熱くなる。


震える手は剣を掴めたか。

涙で見えぬ目で肩を叩けたか。

泣く声で祝詞を述べれたか。

わらわはちゃんとできたかの。

答えてくれぬか。

傭兵。


「ぶ……」


騎士の儀が終わり、ひざまついたまま顔をあげる。


「ぶれいもの。しゅにささげるつるぎにほかのおんなのつるぎをつかいおって」


明らかにしまった、という態度を見せ、ポリポリと頭をかく火の全身甲冑。

お返しに、首筋に抱きつくと甲冑ごしなのにいつかおぶわれた温かさを思い出した。


「ありがとう」


火の全身甲冑は何も答えない。


「ほんとうにありがとう」


ただわらわのされるがままにし、


「わらわのきし」


優しく背を撫でた。



16日

昼刻

傭兵自宅正面家屋根の上

第三者視点


領主姫と副騎士団長、他幾人が傭兵の自宅前に立つのを屋根の上から見下ろす、黒髪黒目黒外套の男。


「だーれだ!」


その黒い男に突然後ろから抱きつく金の髪を持つ者がいた。

その者は戦乙女、優れた戦士の魂を戦死者の館に導く者。

黒い男はいちべつもせず、ただ傭兵の自宅前を見つめている。


金髪の戦乙女は唇をとがらせ、冷たーい等と言った後、黒い男の前に手をだす。

黒い男はそこで初めて動きを見せ、懐から青い宝石を取りだしその手に置く。


確かに、と呟くと


「あ、そーだ!」


ズブり


と、青い宝石を持たない側の手を黒い男の右目に差入れ、眼球を引き抜いた。


「お話する時は目と目を合わせて」


ね、としたたる眼球に話しかけた。

それでもなお、黒い男は微動だにしない。

金髪の戦乙女は、そんなんじゃ、遊んであげないよー、と目玉を手の中で遊び


「あ!いい事思いついた!あそこの女の子達にも生き返らせる協力をしてもらおうよ!」


影が伸びるような動きで黒い男は金髪の戦乙女に立ちはだかり、血の吹き出す右目から炎があがる。

炎はやがて収まり、代わりに赤い瞳が燃える様に輝いた。


金髪の戦乙女はにこりと笑い、冗談だよ、と。


「でも、覚えておいて。戦乙女を蘇らせるにはこれぐらいのカーネリアンじゃ、全然足らないわ。特に反魂の法を人間に使った愚か者のはね」


赤い瞳が一瞬大きく燃えるが、それも直ぐに消え去り、炭を思わせる黒へと戻る。

金髪の戦乙女は残念そうな顔をした後、手に持った眼球を口にほおばり、柔らかい音をたてて咀嚼した。


「またね」


最後に手についた血を綺麗に舐めとると、背より天使の羽が生え、我が身をつつみ、羽を散らして消えた。


黒い男が視点を傭兵の自宅前に戻すと、泣く女が3人。

抉られても揺るぎのない黒い双眸が揺れ動いた瞬間、ふわりとその肩に何かが舞い落ちる。

先程の戦乙女が残したものか、それは天使の羽。


黒い男はその羽を優しく掴むと、また傭兵の自宅前に目を戻す。

3人の女の目は濡れていたが、それでも次に進むためか何事かを語り合っていた。


「大したものだな」


黒い男は呟きを残し、その場から消えた。


後に残るは天使の羽。


天使の羽は踊るようにその場で舞うと、天に帰るように高く飛んだ。




傭兵の男、領主姫の騎士になる・おわり



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― 新着の感想 ―
[良い点] 傭兵の男はオーソドックスながらかっこよかった 変身後の描写がアメコミヒーローっぽくて良かった [気になる点] 男にとって1日案内しただけの姫に忠誠を誓う心情があまり共感できなかった。せめて…
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