其之伍 今日のごはんはなんだろな? 赤子泣いても蓋とるな! の巻
くんくん、くんくんくん、くんくんくんくん…。ぎゅるるる~…。
「ダメだぞ種子島、今ダラの捜索中だ」
「うう……。大丈夫だい、ガマンできる……」
ううう…。おいらの名前は種子島。よろず屋四人衆の一人だい。…ううう、おいらは今、仲間の穀潰しを探してるんだ…。ぎゅるるる…。
「種子島? どうしただか」
「うう……。ぐすっ、ぐすっ、ぐすん…っ」
「種子島?」
「うわあああああああん! お腹空いたよぉぉぉぉぉ! うわあーーーーあああん!」
「こ、こりゃ種子島!」
「やだやだやだああああ! もう一週間雑草と南瓜のつるの雑炊ばっかだもん、こんなに良い匂いするところ通らなくたっていいじゃんかああああ!」
おいらはガマンできなくなって、道にひっくり返り、ばたばたと手足を動かした。こんなコトするほうが、よけいにハラがへるっていうのも分かってるんだけど、もうガマンの限界だった。つもりにつもったウップンを、大泣きしながら訴える。
「おんしゃあシワいぞぉ!」
おいらの泣き声に苛立ったおっさんが、ずんずんと詰めよってきた。日向はおいらを抱っこして、おなかをさすって、励ましてくれてるけど、そんなんじゃあ、おなかはもっとへる。でもおっさんの怒気がすごく怖くて、おいらは泣き声を呑み込んだ。
「こんガキャァ、店の前でびいびいびいびい、よぉ泣きよるのぉ」
「ぐす…。おなかすいたんだもん。なのに、ここ、おいしそうな匂いばっかりするんだもん」
正直においらが言うと、おっさんはおいらの顔の前に、包みを突きつけた。おっかなびっくり受け取ると、おっさんは今までの怖い顔はどこに言ったのか、にっかりと良い笑顔で言った。
「こんの商売上手があ! 茶屋の前で腹が減っただの美味そうな匂いがどうの、こすいが嬉しいこといいよるのう。おいおまんら! わしこそ土州一の土佐煮出すぅ奴ァ、このこんまい酔っ払いに奢っちゃれ! 姉ちゃん、こがぁな真似さして、無理するもんじゃねえ。わしらも生活かかっとるき、そう沢山はやれん。食ったらとっとと去ぬれ。えーがいに食わせてやれや。」
「すまへん、すまへん。」
日向が真っ赤になって三つ指ついて頭を下げる。おいらは次々に差し出されるいろいろな煮物に、目がきらきらするのを感じた。わしのじゃ、わしのが一番じゃ、と、押し合い圧し合いしながら、おいらに小さな一口分の、南瓜やさといも、かつおなんかを差し出してくれる。土州の人はいい人だ。おいらは一番近くの若い女の人が差し出してくれた、かつおのしっぽを受け取った。口の中がよだれでいーっぱいになって、今にも口を開いたら零れて来そうだ。
「お姉さん、ありがとう! いただきまーす!」
ぱくっ。うんまあああああああい!
「うまい! うんまい! これも! これもうんまぁい!」
「そ、そがに褒められると、ちょいとこしょばいちや…」
「ホントだよ! ホントにおいしいよ! うまい、うまい!」
「こんなに喜んでくれんじゃったら、まあ、仕方ねいのう。」
「じゃがのう、ほいじゃったら、おかつさんの南瓜食わしてやりだがったのう。」
美味しそうな話の気配を感じ取り、おいら達が血眼になって、ぺったんこのお腹を抱えて探してたあいつが、シメた魚の匂いをさせて現れた。
「その話、詳しく聞かせて―――、あ、待った、その話あと一刻後辺りに―――。」
「武蔵ィィィィーーーーッ!」
===
おいら達は南瓜長者さんの家に案内された。おいら達が最近食べてた南瓜のつるは、この長者さんの畑の奴だったらしいので、黙っておいた。すごく大きな南瓜を作れるってんで、夕餉はもちろん、南瓜尽しだ。土佐煮、胡麻揚げ、いとこ煮、煮っころがし、あんかけ、さらには冬至の七草まで勢揃いした。これらの献立は、すべて、南瓜を一等おいしく食べるためだけに、この家の一人娘が作ったらしい。あの武蔵が、こっそりと『南瓜使ってない料理ないのかな』なんて言うくらいだ。とりあえずそば屋があればどこにでも行っちゃう、あの武蔵が、だ! ま、おいらってば、田力だから、人から出されたら何でも食べるし、文句言わないよ。ましてそれが、おいしいものだったらなおさらね! ん? あのカンシャクはって? ……ま、まあいいじゃん。
で、長者さんはおいら達に仕事をくれた。
元々長者さんは、茶屋をやっていたんだけど、一人娘のおかつさんというのが、それはそれは熱心な菓子好きで、しかも女の人らしく芋や南瓜や、さといもやこんにゃくが大好きで、いっつもそんなことばかり考えていたらしい。長者になるきっかけになった南瓜だって、元々はおかつさんが、自分好みの南瓜が欲しくて始めたものだった。しかもおかつさんは、食べられない南瓜も大好きで、それを彫って民芸品にしようとしたらしい。まあ、それは結局当たらなかったんだけど、おかつさんが作った名品があった。それが、南瓜で作ったあんこ。芋あんがあるんだから、南瓜で作れたって、確かに不思議じゃない。…南瓜が芋なのかどうかは知らないけど。
そいで、あまりにもその南瓜あんがおいしくて、とうとう玉の輿に乗れることになったんだって。でもおかつさんは、嫁いでご新造さんなんかになったら、南瓜料理を作る時間が減るし、見初めてくれたお武家さんは畑を持ってないからやだって言って、首を縦に振らなかった。そんなに南瓜が好きなら、南瓜のカミさんか何かに嫁げば良かったんじゃないかと思う。
でもお武家さんも負けて無かった。長者さんを丸ごと家臣として買い取って、南瓜畑を嫁入り道具にして、南瓜畑を広げる資金を結納品にして、とうとうおかつさんをお嫁さんに貰った。……この辺りから、武蔵が何故か寒々としていた。食い意地達磨も青ざめる、南瓜へのおかつさんの執心……すごいのかもしれない。
おかつさんがお嫁に行くと、南瓜が収穫出来なくなった。いや、実は生るんだ。花もきれいで、たくさん咲く。ただ、重い。死ぬほど重い。冗談じゃなく、無理矢理収穫しようとして南瓜の下敷きになって死んだ人がいるらしい。でもおかつさんが戻ってくると、おかつさんはうそのようにひょいひょいと収穫して、みんな南瓜あんにしてしまうらしい。長者さんも村の人たちも、おかつさんに収穫を頼みきりになった。
そんなおかつさんのお腹に、最近赤ちゃんが出来たらしい。結構つわりが酷くて、南瓜料理さえあれば、このつわりも乗り越えてくれるんじゃないか、とまで言われている。でもそういえば、もうそろそろ冬至だ。ゆず湯に入るんじゃ事故に遭うかもしれないけど、食べ物なら、それもそんなに大好きな南瓜があるなら、それこそ百人力だ。そういうわけで、おいら達にはその大人三人でも収穫出来ないドデカ南瓜を収穫して、お勝手まで運んで欲しいとのことだった。
妖異とか化生の類の仕事より、こういうちょっと不思議な仕事というのは、あまりない。おいらも普通い稲刈りの仕事はしたことあるけど、そんな曰くありげな南瓜の収穫なんて妖異の匂いがぷんぷんする。
でも、出雲が青龍を飛ばしたけれど、畑に妖異や化生の類はいなかった。
「夜は、もしかしたら妖異はどこかに行ってしまうのかも知れない……。一応、明日の朝まで見張って貰おう……」
出雲はぴんとこないような顔をしていたけど、おいらも仕事は明日の、それも出来れば昼くらいが良いから、賛成した。
なんでって、そりゃ簡単。お腹の中の南瓜が、一晩だけじゃ溶けそうにないからだい!
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翌朝になって、おいらは唸りながら目を覚ました。お腹が重い。ずっとひもじかったから、胃がびっくりしたのかも。気持ち悪い…。ごろんと転がると、それだけでお腹の中で半分くらい溶けた南瓜が動いた。ヤバい、出そう。
「おい種子島、いつまで寝てるんだ。朝餉だぞ」
「ウソでしょ? おいら食べれない……」
「いつまで幸せな夢見てんだ、ほれ起きろ」
うりうり、と、武蔵がおいらの鼻に指を突っ込んで、左右に引っ張る。痛い。
「ね、ねほへてないはい」
「朝飯はちゃんと食わねえと、力出ねえぞ。今回の仕事は力仕事なんだからな」
「無理、出る。戻っちゃう……」
「……。はあ、しょうがねえなあ、じゃあお前の分食っちまうぞ、いいんだなッ?」
「うん、あげる。仕事はちゃんと行くよ……」
一刻くらいして、ようやくお腹が苦しくなくなった。そろそろ仕事かな? と思って起き上がると、お手伝いさんがおいら達が力仕事するってんで、弁当を持たせてくれる所だった。中身はもちろん南瓜と聞いて、おいらは目が回りそうになった。
心配してくれた日向に手を少し引いてもらって、南瓜畑まで来た。おいら、大人三人でも持ち上げられないっていうから、どれだけおっきな南瓜かと思ったんだけど、そんなことはなくて、ごく普通の南瓜畑だ。ただ、収穫が出来なくなっても腐らないように、茎を切ってある。
畑の隅っこに生えていた南瓜を拾ってみる。……普通の南瓜だ。指で叩くと、こんこんといい音がする。夏に生ってから、ずっとここに置いてあったからか、お尻はちょっと汚れてるけど、腐ってないし、虫もそんなに食ってない。武蔵が持ってきた一輪車に乗せると、ころころ転がっていって、壁に当たって、隅に転がっていった。
「ほんとにこの南瓜が、人一人圧しつぶしたのかな?」
「拍子抜けだわな。でもその気がねンなら、今のうちに全部穫っちまうぞ」
日向の言う通りだ。おいら達は今のうちに、と、いそいそ南瓜を持ち上げて、一輪車に乗せていった。
「でも、妖異の気配は、うっすらとするよ……」
「え」
出雲がぼそりと言って、畑を見渡す。多分、気配がするだけで、確信がないんだろう。
「おい出雲! 出る前から出た時のことなんか考えるんじゃねえよ、お前でも拾えそうな小さいの、車に乗っけてけ」
武蔵が珍しくまともなこと言った。多分さっさと切り上げて、あの南瓜弁当を食べたいんだろう。
結局何にも無かった。一日がかりで、とりあえず長者さんの家の前にある畑だけは、とり尽くしたけど、これ、見えるだけの畑、全部そうなんだよね? あれ、全部とり尽くすまで、南瓜長者さんの家に寝泊まりするんだよね? てことは、朝晩のごはんは南瓜料理で、お弁当も南瓜料理なのが続くんだよね?
し、死んじゃう…。死んじゃうよ、そんなの…。いくらおいらだって死んじゃうよ。
「よっしゃ、とりあえずここまでで良いだろ。帰るぞー」
「おうよ」
武蔵の呼びかけに答えようとして、おいらはぶるっとふるえた。もぞもぞする。
「ん? 種子島、どうした?」
「……もれそう。」
「あー?」
「かわ、厠あったっけ? 灰小屋でもいいんだけど!」
おいらがおしりを押さえて地団駄を踏み出すと、日向がのんびりと言った。
「ほじゃったら、あっち、畑の西側に肥溜めがあったずら」
「うわーん! 先に帰ってて、おいらウンコしてから帰る!」
みんなのかわいそうなものを見るような眼を背中に感じながら、おいらは畑の上を走った。
===
なんとか肥溜めまで辿り着いた。薄める為の水瓶に手をかけ、おしりを突きだしてなんとか用を足す。……こんな姿、死んでも日向に見せられない。それくらい間抜けな姿だと思う。
―――うぎゃあああああああんッッ!
すっきりして、水瓶から水を少し借りて、雑草で手とおしりをきれいにしていると、赤ちゃんのギャン泣きが聞こえた。驚いてひっくり返るかと思った。畑の近くだから、おいら達みたいに長者さんに雇われたあちゃ様の忘れ物かも。ひどいや。
こんなにはっきり聞こえるんだから、近いに違いないし、赤ちゃんが置き去りにされて狼にでも食べられたら大変だし、拾いに行くことにした。
「うぎゃああああああ! ああああああーんっ!」
まだ南瓜を取ってない、隣の畑のそばで、色白の赤ちゃんが大泣きしていた。目の前から吹雪が吹きつけてくるかのような、すごい勢いで泣いてる。こんなのを毎日相手にするんだから、本当にあちゃ様ってエラいんだなあ。
「よしよし、坊や、おいらがあちゃ様の所まで運んであげるからね」
「ぴぎゃああああああんッッ!」
耳がじんじんするけど、両手で抱えて運ぶにはあまりにもぐらぐらするから、後ろに背負った。赤ちゃんのおしりの下に手を回して、ぽんぽん叩いてあやしたけど、全然ダメだ。泣き止む気配がない。それに、おいらがちっこいから何だろうけど、凄く重い。でも、もしおいらが日向を嫁っこに貰ったら、日向がこうやって赤ちゃんを抱っこしっておうちの事をするんだから、これくらいどうってことないやい。
どうってこと…………。
どうって……。
どう……。
…………。
ごめん、ムリ。重い。腰いたい。折れそう。ひしゃげそう。
「ふう、ふう…ごめんね、ちょっと休憩ね…。」
手頃な切り株を見つけたので、そこに赤ちゃんを降ろそうとした。その時、手が動かなかった。ん? と、気付いたとたん、どうっと前に倒れた。
「――げふっ!」
重い重い重い! 明らかにおかしい! ずず、ずぶぶ、と、身体が沈んでいく。まずいまずいまずい、凄くまずい。おいらの身体の下、ぬかるんでるわけでもないのに、水が染みてくる。
「……っが、……ぁし…っ!」
声が出ない。ぎゅーっと胸が押しつぶされていって、どんどん空気が抜けていく。かろうじて息は出来るけど、喉を空気が行き来してるだけで、胸に入っていかない。助けが呼べない。かひゅ、ひゅ、ぐぎゅっ、と、変な声が出る。
何とかして助けを呼ばないと。なんとかして、なんとか、なんとか―――。
ボウッと、耳元で空気が弾む音がした。カン、キン、カカン、と、次々に赤ちゃんに苦無のような炎の針が突き刺さっては弾ける。でも赤ちゃんは、変わらず、文字通り日がついたように泣いている。耳が破れそうで耳を塞ぎたいけど、手が動かない。炎は上へ上へと昇るけど、じりじりとおいらの着物が焦げてくるのが分かる。
「種子島! 種子島! つぶれてねえか!」
武蔵が走ってくる。つぶれてるぞドテカボチャ、と、言ってやりたかったけど、首を上に向けられない。武蔵は二本の刀を鞘ごと抜いて、おいらと赤ちゃんの間に差し込み、テコみたいにして赤ちゃんを転がそうとした。
「くっそ、重い! 妖刀じゃなきゃ真っ二つだぞ! おい出雲、玄武か白虎か、力が強いのはどっちだ!」
「ムリだ、種子島と剥がせない。妖異だけを燃やす朱雀の炎でも、一緒に焼いてしまう…!」
「日向! 鮮火はどうだ、行けそうか!」
「もう無か! 早くその妖異ば剥がさんと、種子島つぶれてまうど!」
奥の手の降霊術も考えたけど、そもそも身体が死んじゃったらダメだ。声が出ないから言霊も使えないし。手足がびりびりし始めて、指と指がひんやりしてる感じがあるけど、血が爪先にぎゅっと押しつぶされてる感じもする。精一杯暴れてじたばたしてるつもりだけど、全然だめだ。
「ええい、こうなったら仕方ねえ、種子島、ちょっと手ェ出せ!」
「ふぇ……」
涙と声が一緒に漏れた。目の前がちかちかして、爪のところがパチパチしてくる。それでも重たい両腕を伸ばした。上の方で、おいらの手筒が焦げる臭いがする。
「退かせねえなら、引っ張り出すすまでだああああああッッ!」
「あーッ!」
痛い痛い痛い痛い! 千切れる千切れる! てか燃える! 火の中に引っ張り込まれる!
おいらの言葉にならない悲鳴だけど、武蔵が引っ張ったから胸が反れて、少し呼吸が出来るようになった。おいらも武蔵の手を握り返し、もったりした感覚になってる足を動かして這い出そうとする。
「くそおおおお! 離れろぉぉぉぉ!」
ずぶ、ずぬ、ず、ず、ずず…!
次の瞬間、おいらの身体は、ぽぅんと宙を舞って、武蔵の胸に飛び込んだ。臍から下の着物が破れて千切れて、褌が見えてふわふわになってる。足なんて砂でじょりじょりに削れて、真っ赤だ。日向が縫ってくれた脚絆も、きれいさっぱり引っこ抜けてしまった。でも、あの凄く重たい赤ちゃんは、おいらから漸く外れてくれた。赤ちゃんはおいらが座ろうとした切り株の何倍も大きくなっていた。よく死ななかったな、おいら。
「今じゃ出雲! 焼き尽くすだ!」
「辰巳午未申・開け南門・召喚朱雀」
出雲が詠唱すると、鮮火で燃えていた赤ちゃんが、更に激しい炎に包まれ、赤ちゃんが凄まじい泣き声のような悲鳴のようなものを挙げた。武蔵が咄嗟に、日向とおいらの顔を、自分の胸に押し込む。
悲鳴はすぐに止んで、耳鳴りだけが聞こえる静かな世界になり―――そして、良い匂いがした。
「恐らく、ごぎゃなきだったんだろう……。でも、|南瓜《ぼうぶら</rt>が化けて出るのは、陸州のほうのごぎゃなきのはずなんだけど……。……ねえ、これ、どうする?」
そう聞かれて、おいら達三人は顔を見合わせると、声を合わせて叫んだ。
===
あ、そうそう。
ごぎゃなきを退治したお礼に、おいら達に身重のおかつさんが、南瓜あんを使って作ったねりきりを作ってくれた。でもおいら達はそれを見た瞬間、今度は出雲も一緒に叫んだ。
「もう南瓜は嫌だーーーーッ!」