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魔術師としての初任務1-7

 アレッタの思考は働きっぱなしで、眠気が差す隙を与えない。


 知的好奇心が眠気をそっちのけで、先程の気味悪い部屋について再認と認識、認識から得られる様々な憶測を立てていく。仮説を幾つも立てるのがやっとのアレッタだが、いざという時に憶測の一つから答えを導き出せる可能性もある。


 答えを導き出せれば打開策なども立てやすい。


「たとえば……あの場所で、悪魔の儀式をしていて、あのシミは悪魔か、生贄にされた人……とか?」


 何か違う気がして一つの憶測をストックから削除する。


 流石にそれはベタというもの。柊の屋敷にあった小説の影響が、少なからずとも思考に反映していた。


 どの仮説も現実味がない。


 手に付着した液体の使用目的、簡易祭壇とバナナ、魔術陣と天井のシミ。


 仮に否定した悪魔の儀式だった場合、誰が、何の目的があって儀式を行使したのか。考えれば考えるだけ真実から遠ざかっていく混沌にもどかしくなる。


「……うん?」


 物音がした。


 身を起こして音のした方へと顔を向け、ベッドから小さな足を垂らしてつま先で音を立てずに扉へと近づいていく。扉のノブをゆっくりと回して片目だけ覗ける隙間を作り、外の様子を確かめる。


 聞いた音は重い物を落としたような音に似ていた。


 直ぐ近くから聞こえた気がしたので、誰かいるのかと思ったが誰も居ない。両隣には柊とキルツェハイドにあてがわれた部屋だが、あの音を聞いて目が覚めない程に熟睡しているのかもしれない。


 考えにくいが、もしかしたら自分の聞き間違いなのかとも思った。


 思考に埋没していて気付いていなかっただけで、寝ぼけていた、なんていう事もありえなくはない。


 念のために廊下に出てみたが、やはり誰もいない。


 夜間中の照明は付けっぱなしなのだろう。暗闇の中庭を挟んだ対面の廊下も見渡せて、息を呑んだ。


「どうして、電気が付いて……」


 目を見張ったアレッタの視線は、確かにあの部屋――魔術陣が描かれた部屋に向けられていた。一階突き当りの部屋だった。


 確かに間違いはなく、好奇心と恐怖心が混じり合う。


 直ぐ近くには柊とキルツェハイドが居る。直ぐに起こしてあの部屋を調べてもらうことも出来る。そうするべきなのだろうが、アレッタの内心でそれを選択したくはなかった。


 これがつまらない意地である事くらい、アレッタも気付いている。役に立つ化け物なんて言うのはただの言い訳だ。本当は柊に対して悔しさを抱いていたのだ。


 もう、どうしていいのか分からない。誰を信じていればいいのか。最愛の人に殺されることが幸せなはずはない。


 アレッタは、柊の部屋を一瞥もせずに真っ直ぐと廊下を走り抜け、突き当りを曲がる。エントランスホールも横切り、また突き当りの廊下を曲がった最奥の部屋。


「誘って……いるのですか?」


 扉の前に積まれていた荷物が崩れていた。扉は少しだけ開いていて、明かりはいつの間にか消えていた。暗闇が扉の隙間から此方を覗いている。


 スカートをギュッと小さな手で握り、怖気尽きそうな後ろ向きな気持ちは、呼吸をゆっくりと停めて押さえつける。大丈夫だと言い聞かせて足を前へ運び、埃を被った荷物を跨いで扉の前に立つ。


「私は悔しくて悲しい、です。化け物は殺すなんて言った、あの人に対して」


 魔力路開通儀式の時も、彼は確かに同じこと言った。だが、あの時は魔術師になれるという喜びからその言葉の意味が希薄になっていた。


 自分は化け物だから殺される。


 ならば曝け出してしまおう。自分の秘密を。自分の正体を。


 柊はその事実を知ってどんな顔をするだろうか。自分が受けた衝撃と同じくらい悩んでくれるのだろうか。彼がどのような答えを自分に提示してくれるのか。あんなことを言った彼を困らせてみよう。


 悔しくて、悔しくて、悲しくて、心が辛い。


 本心では困らせたくないはずなのに、表面上の自分が願ってしまう。感謝をする立場にいるはずが、彼に反抗的な態度をその感情が示してしまう。


 そんな自分に嫌気が差し、酷く惨めな気分になる。


 圧し潰そうとした感情が、執着の希望を言葉として共に流れた。


「化け物だって……点化け物でも、生きていても、いいじゃないですか……ッ」


 扉が歪む。視界そのものがブレ、頬に痒い一筋が垂れる。喉が絞られて震えると情けないしゃくりが小さな口から漏れた。


 嫌だ。死にたくはない。生きていたい。


 アレッタは生まれながらにして、その生に価値を見出されなかった。ただ一人、殻に閉じ籠って、自分の世界に埋没する傀儡しかばねだった。言われるがままに家の実験に身を預け、用が済めば離れの粗雑小屋に帰される日々。


 幸せなんて知らないからこそ自分の人生に淡白でいられた。


 幸せを知ってしまったからこそ自分の人生を歩みたいと思ってしまう。


 山の奥深い楽園――柊が丹精込めて育てた花の楽園。


 あそこでずっと幸せな毎日を暮らしたい。


 でも、それも分からない。


 アレッタは床にポトポトと落ちる涙を見て、素直な気持ちを呟いた。


「大好きです柊先生。私に生きる楽しさを教えてくださった、優しい柊先生が大好きです」


 力強く涙を袖で拭きとる。


 伝えよう。自分の出生の秘密を。


そして――。


「こんな自分でも生きたい、と添えて伝えます」


 アレッタは扉を開けた。


 その瞳は生に縋るのではなく、掴み取ろうとする強さを秘めていた。


 真っ暗な室内に躊躇いなく足を踏み入れる。


 何処に何があるのかは全て頭で把握していた。部屋の壁に取り付けられた電気のスイッチを持ち上げるが明りは付かない。


 対面の廊下からは確かに部屋は明りに包まれていた。


 何度もスイッチを上下させてみるが結果は変わらない。このままでは、内部を探索することも叶わないので、一度部屋に懐中電灯を取りに行こうと考え踵を返した時だった。


「嘘……待って!」


 扉が廊下の明りを遮断して閉じた。


 勝手に閉まるような扉ではないので、外側から誰かが力を加えなければ閉まるはずもない。


 内側から扉を叩いて助けを求めるが、誰からの返答も無い。


「そうだ! 窓からなら」


 アレッタの希望は直ぐに打ち砕かれる。


 中庭に面した窓は開閉するように出来てはいなかった。窓を割って脱出する手段さえ叶わず、強化ガラスにおでこを押し当て、ひんやりとした触感で自分を一度落ち着かせる。


 大丈夫、必ず脱出する方法はあると言い聞かせている間に、闇夜に目が慣れてきて安堵したのも束の間。これを見つけてしまうなら慣れない方が良かったと後悔をした。


「誰、ですか?」


 部屋の扉の前で任王立ちする黒い人型。その場からピクリとも動かない。いつから居たのかという疑問は馬鹿馬鹿しい。


 初めからこの部屋に居たのだ。暗闇の中ジッと息を潜ませて、他人の気配に敏感なアレッタの対人感知能力にも引っ掛からない程に無であり続けた。


 そこで合点がいった。


 扉は外側から閉められたのではなく、内側から閉められたのだと。


「もう一度、お聞きします。あなたは誰……ですか?」


 込み上げてくる恐怖に逃げ場など無い。完全に密閉された室内で、唯一の出口も何者かの背後だ。


 そもそも、誰か、と問う事も間違っている気がする。


 入口に立つ存在は成人男性程の大きさをした影だからだ。


 この部屋に居続ける影といえば、それは一つしか思い至らない。


 考えたくも無い事だが、それしか説明のしようがないと警戒を強め、魔力を開通したばかりの魔力路に流し込む。スムーズとはいかないが全身に行き渡らせる事が出来た。


 教えてもらった魔術式ならば、自己防衛くらいには対抗できるかもしれないと考えて、簡単な迎撃用魔術式を、数式分の式を記憶の引き出しから即座に引っ張り出す。


 ちゃんと思えている。問題はない。


「アア……ウァ、アァ……」

「……え?」


 言葉を発した影に気を取られて油断してしまった。


 我に返り魔術式を編もうと口を開くも既に遅く、眼前に迫った影から伸びた手がアレッタの口を塞ぐ。


「喰ワセロ。喰ワセロ。贄ヲ捧ゲロ」

「――ッ‼」


 詠唱を発声しなければ魔術式は展開できない。


 魔術師の弱点を突かれ、抗えぬ腕力の差に全身から警鐘が鳴らされる。早く逃げろと。このままでは取り返しのつかない事態に陥ってしまう。


 危機的状況に対人恐怖のパニックが合わさり、反射的にその腕を振り払おうと藻掻くが、口の中から何かが抜き取られる気持ち悪さに意識が落ちた。

こんばんは、上月です



次回の投稿は6月17日の21時を予定しております!

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