幸福の転換
「忙しくなりそう」というボクの予想はハズレだった。退院の日は朝早くから検査を受ける事になっただけで、荷物の整理なんて言われてもすぐに終わる量しかなかった。検査の結果に特に異常はないと先生は言い、いつももらう薬を多めにもらって、病院を後にした。
「さて、帰りますか!」
「うん……じゃない……ポルカ、忘れてる」
「あ……そうでしたね」
思い出した様に手を叩き、病院のすぐ隣にある大きな白い建物……総合拠点へ足を向けた。
総合拠点の2階。ここでは能力が新しく見つかった時の調査や研究、能力が発現した人間が異能者として異能者区域で暮らすための手続きを行っている。
20分程度の短い調査を終えたボクは、ベンチでうなだれていた。
「はぁ……」
「良かったじゃないですか。時間停止に未来予知。こんな凄い異能者、そうそういませんよ!」
「ポルカが良くてもボクは良くない」
……話は数分前に遡る。
調査が終わってから通された薄暗い部屋は、紙束やペンが散乱した机の周りに質素な椅子が4つ置かれているだけの簡単なモノだった。人を招くにはあまりにも酷い部屋だなとボクは思った。
「……調査の結果、最初の能力に続いて未発見の能力である事が判明しました。その子も分かっていると思いますけど、簡単な未来予知です。……が、今後の成長によって能力も進化するかもしれません。発動した時の事はこちらにメモして、ある程度たまってきたら提出して下さい。……はい、どうぞ」
白衣を着た男の人はポルカにそう告げるとボクにメモ帳を渡した。
「ポルカ様も忙しいと思いますが、能力に変化がないか検査をしたいので……そうですね、1ヶ月に一度こちらに連れて来て下さると嬉しいです」
ボクは終始しかめっ面だったけど、何故かポルカは目をキラキラさせて何度も頷いていた。これのどこにそんな要素があるのか、ボクには全く分からなかった。
「……本当嫌だ……」
「何でそんなに嫌なんですか?強い能力が2つあるって凄い事ですよ?」
「……考えてみてよ。いつか大きくなって、その能力でボクが悪い事したら……塾の皆に迷惑かかるし……ポルカの地位にも、傷がつくでしょ?」
「……悪い事、するつもりなんですか?」
肩を掴まれ、強制的に前を向く。ポルカの真剣な声音に、ボクは淡々と返した。
「……殺し屋になる。なって……自分を捨てた奴を、殺す」
……復讐。それがボクの夢だ。必ず探し出して、殺す。そして後を追って死ぬ。
死んでも、地獄で苦痛を与え続ける。
……本当に、許せないから。
その意志を精一杯込めた目で、彼女を見返す。
しばらくして、
「……そう、ですか。けど……復讐なんて、何も生みませんよ」
今までで一番悲しそうな目で、ボクを見つめた。
何も思わなかったのは、ボクが異常だからだろうか。
それとも……単にまともになりたくなかっただけなのだろうか。
意味のない考えが頭を回り出すと、無意識にボクはポルカから目をそらした。




