解けるココロ
誰かの声が聞こえた気がする。
「……んー……!?」
身体を起こそうとして、腕の辺りに重みを感じた。見てみると、
「……くかー……」
「にぅ……にゃー……」
そこには、咲と昨日見た二人組の片方が寝息をたてていた。
腕をどかそうとすると、ずきりと痛みが走る。……どうやら枕代わりにされたらしい。ものすごく幸せそうだけど、こっちもものすごく迷惑だ。
「…………?」
目の前の異様な光景をひとしきり眺めると、窓に目を向けた。
暗い空を、少しずつ陽が登っていく。見慣れた光景だ。
けど、毎朝見ていても飽きる事はない。ボクはこの光景が好きだ。物語の中の旅人も、歴史上の英雄も、この光景を見ていたと思うと、本当に胸が熱くなる。
「……」
朝が来るのを見届けて、息をつく。
「やぁ」
気がつくと、後ろにロギがいた。
……自分は夢中になり過ぎると周りに目が行かないらしい。小さいうちに直さないといけないな、と思った。
「おはようロギ…………早くどけて、痛い」
軽く睨みつけると、すぐにへこへこ謝ってきた。
「ごめんごめん、二人が勝手に塾を飛び出したって聞いたから迎えに来たんだけど……本当によく寝てるから、全然起きなくてさ……」
「ならボクが起こす」
「……どうやって?」
痛いのを我慢して腕を抜き、二人の耳元で囁く。
「……殺されたくないなら起きろ」
「にゃあぁぁぁ!!!?」
「ひぃえぇぇ!?勘弁して下さいいぃぃっ!!!」
するとがばっと飛び起きて、一目散に逃げて行った。
「はい、起きた」
「こーら、まだ小さいのにそんな言葉使わないの。二人共逃げちゃったじゃないか」
「……うー……」
何が悪いのかさっぱり分からない。『命が懸かると何でもする』と言うヒトの行動を考えてやった事なのに、どこに駄目な所があったんだろう……?
「……殺すって簡単に言うとこ」
……また読まれた、か。……読心能力はなかなか油断出来ないなぁ。
それにしても、何だろう。この感覚……
目の奥が熱い。熱いのに……嫌じゃない。
……何、だろう。
「……嬉し泣き、かな?」
「たぶん……それ」
ロギの言葉で、自分が今泣いている事に初めて気がついた。勿論泣いている所なんて見られたくなかったから、顔をそらした。
「今が本当に嬉しくて幸せだ……って証拠だね。……好かれてるなぁ、僕」
「!!……バ、バカ……!!」
右頬にビンタをお見舞いして、布団に隠れた。顔まで熱くなっている。
こんなに恥ずかしいと思ったのは初めてだ。
もしかしたらこれをネタにいじられるかもしれない。それとも陰で笑われるか。
そんなボクの予想は、盛大に外れた。
「ぷっ……あはははは!!まっ……まさかこんな子だと思わなかったや……ははははは!!」
思いっきり笑っている様子を想像して腹が立ったので、布団から抜け出して怒鳴った。
「……ほんっとバカ……最低!!」
ロギが言い返そうとすると、短くブザー音が鳴った。
『声量が大き過ぎると判断されました。他の患者様への迷惑になりますので、面会はなるべく騒がず、静かにして下さいます様お願い致します』
続いて、警告音声が小さく響く。
それに気圧されてしばらく二人で黙っていたけど、やがてロギが口を開いた。
「……まだ7時か。そう言えば、ずっと外に出られないって聞いたんだけど……体調はどう?良かったら昨日の続き、聞かせてあげるけど」
「聞く!」
彼が言い終わるかどうかのタイミングで、反射的に答えていた。また警告音声が鳴らないかひやひやしたけど、今度は無事鳴らなかった。
「はは、元気そうだね。じゃあ始めようか。…………」
普通に聞けば難しいんだろうけど、ロギの話は分かりやすい。難しい言葉は言い換えてくれたし、時々自分の考えも交えて話していた。昔は先生でもしていたのだろうか。だとしたら聞いていて面白いのも納得だな、とボクは思った。
「……で、またラグナロクが起こった。ここで終わり……にしたいけど」
「……?」
「実はポルカさん、急に用事が出来たらしくてね。代わりに今日1日様子を見ておいてくれって頼まれてるんだ」
つまり今日1日はロギと一緒って事か。……ちょっと待てよ。
「じゃ、じゃあ……」
「うん、まだ話せるよ」
期待を裏切らず、彼はにこりと笑った。
「やったぁ!」
「そんなに僕の話聞いてて楽しい?」
「うん!」
ああ、流石に興奮し過ぎたかなぁ。……何だか、今までより感情を表に出せる様になって来ている気がする。昔はどんなに楽しくても決して顔に出せなかったから。
もしかしたら、感情を顔に出さずにいたせいでポルカは……いや、皆はボクを心配して色々してくれていたのかもしれない。
だとしたら、謝らないと。
「大丈夫だって。そういうのはもっと大人になってからで良いと思うよ」
ぽん、と頭に手を置かれる。不思議に思って見上げていると、ロギはまた笑ってみせた。
「それに、今は少しでも楽しんでもらいたいからね」
「……ありがと」
「じゃあ、さっきの続きからね。……」
ただ話を聞けるだけで喜ぶボクは、やっぱり子供なんだろう。
けど、そんな自分でも許してくれる今があると言う事は、とっても幸せなんだなと思った。




