ドラマの収録②~お嬢様は女子高生
テレビ局のドラマ収録スタジオである。番組編成スタッフはなにかと浮き足立っていた。
本当にかっ!
「おっおいADはいないか。本当なのか」
ディレクターは控え室で青ざめてしまう。
局に脚本家本人からスタジオに行くと連絡が入ったのである。
「なんの理由でやって来やがるんだい?」
台本を仕上げたら脚本家など収録の現場はないのである。
「何でしょうかね。またしても気紛れな大先生さまとなったのでしょうか」
ADは適当な受け答えに終始する。
初回からドラマ視聴率は好数字を打ち出して絶好調。
「(あまりに視聴率が)嬉しいからスタジオ見学をしたくなったのではありませんかね」
それだったらいいんだが
「俺の指揮するドラマ収録にいちゃもんつけられたりしたら」
台本を無理やり書き直しさせたことを恨みに思っているかも…
相手は我が儘いっぱいやりたい放題の売れっ子さん。
長年に渡り芸能界に君臨をする首領であり天皇だった。
「とにかくだっ。あの天皇陛下さまのスタジオ来局の真意がわかったら教えてくれ」
控えに寛ぐディレクターは生きた心地がしなくなってしまう。
「来局には重役が出迎える?ディレクタークラスの一般社員はお呼びでないのか」
ちくしょう!このドラマを成功させて出世してやる。
夕刻迫る頃にテレビ局の関係者駐車場に黒塗りスーパーサルーンが到着する。
後部座席には脚本家が威厳を保ち座るのである。横には愛娘の女子高生がチョコンといる。
到着したスーパーサルーンにドアマンは駆け寄り車内をVIPを確かめる。
チラッ
うん?
かわいい女子高生がにっこりした
屈託ない微笑みを投げ掛ける
あれ?
(女の子は聞いてないぞ)
首を傾げる間もなく局長がドアを開けた。
「これはこれは先生っ。わざわざ我が局までお越しいただきまして。ご足労さまでございます」
あらっ女の子も同伴?
誰が…
いるんだ?
これが事の始まりである。
「やあっやあっ出迎えご苦労様」
よっこらしょ
ドアマンは最敬礼をしVIPを局に迎えるのである。
「あのぅ~こちらのお嬢様は…」
同伴される女の子は何も説明がないのである。
収録スタジオは1日で部分的なテイクを挟み2~3話の進行である。
小学生(子役)はいよいよ出納めとなり最後の演技に余念がない。
「あの子役には頭がさがりますね。好調な視聴率の功労はメリハリのある演技の賜物。金メダルを与えたいくらいですよ」
収録が済み次第であるが他局のドラマキャスティングも決まる。
子役として年内にブレイクする予感である。
小学生が成長し中学はスキップし次回に高校生(主役が若造り)となるドラマ進行。
子役はすべての収録を撮り逐えてスタジオを去りましょうの時である。
「あっ~」
ADがなにげなくスタジオ隅を見て驚嘆してしまう。
ちょっと
ちょっと
「うんっ。どうした?」
ディレクターが俊巡しつつスタジオの隅々を眺めた。
「ヨッ!ディレクターは頑張ってるなあ」
明るい笑顔の中年おじさんが現れた。
テレビ業界随一の売れっ子ライターが御入場である。
脚本家は上機嫌でスタジオに入っている。
「先生っこれはこれはわざわざ(収録まで)出向いていただきありがとうございます」
ディレクターとADはふたり揃って頭をさげた。
「収録は進行しているじゃあないか。今見たところ子役がお役御免の段階かっ」
自分の書いたシナリオ。どのあたりが台本進行かと気になるようだ。
「はいっおかげさまで。いたって順調なスタジオ収録でございます」
主役が不在時という緊急時でございますが
そうかそうか
いたって上機嫌にはわけがある。
脚本家は女子高生を連れてテレビ局である。
「どうだいディレクターさん。折り入って頼みがある」
はあっ~
ポカンっとするディレクターを手招きして"内緒事"をしてみたい。
脚本家がいなくなると女子高生はスタジオにひとり
ポッツン
俳優や女優らで出番のない者がチラチラッと視線を寄越す。
「誰かな?タレントさんかもしれない」
ふっとした見掛け
可愛いお嬢さん
この業界に相応しいからタレントの卵かなっ
「一緒にいた男は誰なんだろう?えっドラマの脚本家!」
端役が手にする台本の著者が中年男と知る。
「へぇ~失礼したなあ。私は脚本家の名前は存じ上げていたが」
いくつかのドラマの掛け持ちが端役の宿命。脚本家の顔も知らずに役を演じていた。
執筆活動をするライターがスタジオに足を運ぶなど稀有なことの証明である。
「そういえばあの売れっ子さんって"女に手が早い"って評判よ」
遊び心のある邪気
ひとりぐらい隠し子がいて
目の前のお嬢様じゃあないか。
「なんだろうかなあっ」
チラッと見た感じ…
顔つきは似てる
「似てる?」
ひょっとしたら
「脚本家の娘さん?」
ざわざわ
「たくさんの遊び心の結果があの女の子だったりしてな」
あの女癖が悪いと評判の中年はハンサムだったんだよ。
浮き名を流すのは女性から言い寄るケースもあるからさ
「似てるっと言われたって…」
まさか身内
父親とその娘?
端役らは局のスタッフにじかに聞いてみようかとなった。
「あのお嬢さんですか。ID(身元)はですね」
芸能プロダクション?
所属タレントの卵か
カワイコチャンはカワイコチャンだけど
「新人さんだそうです」
タレント?
あの女好き…
毒牙にかかったら
「ちょっとちょっと」
未成年じゃあないか…たぶん
スタジオに陣取るスタッフと出演者
互いにあんぐりと口を開けてしまう。
"またしても悪い癖が出たなっ"
いくら病気療養したところで"女癖"は完治しないようだ。
ジロリッ~
曰くつき女は一躍興味の対象に祭り上げられていく。
「やっ嫌だぁ~」
私だけスタジオに置いてきぼりだなんて
辛いなあ~
スタッフのひとりが気を利かせたら
お嬢様ですかっ。こちらにっと声でも掛ければ奇異な視線も変わるものであろう。
「もうっお父さんったら」
自分勝手な振る舞いばかりするんだから…
収録スタジオにはテレビでちょくちょく見掛ける俳優・女優の顔もわかった。
「イヤ~ン恥ずかしい」
脚本家がスタジオに戻ってくるのはいつか
とんと音沙汰がないのである。