1話 鼓動
春は出会いと別れの季節。
久しぶりに戻った田舎で僕は一人の女の子と出会った。
銀色の長い髪をなびかせ僕に向けたその瞳に潜むのは優しさか、はたまたそれ以外の感情なのか。
自身の高鳴る鼓動を抑えるかのように、自分の胸に手を当てる僕。
すると不敵に微笑む女の子は僕に向かって言い放った。
「それ、私の心臓なんだ」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
山間にある僅かな平地に広がる閑散とした田舎。
僕が生まれ育った村だ。
その村を出たのは大学進学の時だった。
高校までは山道をひたすら自転車で進み、一山越えた先の学校まで通っていた。
普通に走っても高低差のある坂道が多くあり、さらには雨の日など大変な思いをして通っていたものだ。
そんな高校を卒業し、街に出た。
大学に通い、一人暮らしも始めた。
幼い頃に両親を亡くし、親の実家である祖父と祖母の家で育った僕。
その祖父や祖母に負担をかけたくなかった為、大学ではバイトを掛け持ちして生活費と授業料を工面していた。
祖父や祖母は気にしなくても良いとは言ってくれたものの、小さい頃から世話になっていたという気持ちや、一人立ちしなくてはいけないという、若かりし頃のプライドというか責任感があった。
実際バイトと学業の両立は大変だったが、それでもなんとかやりくりしていた。
おかげで生活力は鍛えられた気がする。
そして大学を卒業して、そのままその街で就職し社会人となった。
社会人になっても大学4年間で鍛えられた生活力を生かして数年間なんとかやっていたが、とある問題が起きた。
僕の就職した会社、そこはいわゆるブラックだった。
入社して何年かはそれなりの待遇と給料でやっていけていたが、会社の経営が傾き始めた辺りからおかしくなっていった。
サービス残業は当たり前となり、日を超えて帰宅する事も多くなった。
極め付きは給料の未払い。
当然未払いが発生した数カ月後には会社が倒産していた。
社長や役員などは夜逃げ同然で居なくなり、残された社員達は途方に暮れていた。
僕ももちろん職を失い、晴れて無職となったのだ。
そんな中、訃報が入る。
祖母が亡くなったとの事。
僕の両親は若くして亡くなっている。
祖父も大学にいた頃に亡くなった。
そして祖母も亡くなり、僕は職と家族を全て失ったのである。
色々な手続きを終えて、僕に残ったのはかつて暮らした実家だけとなった。
山間にある僅かな平地に広がる閑散とした田舎。
僕が生まれ育った村、そこに再び戻って来た僕。
手にした鍵で玄関のドアを開け、子供の頃暮らした懐かしい我が家へと入る。
「ただいま」
自然とそう口から出た言葉。
「……」
それに返事する者は無く、静かに室内に響き渡っていた。
僕がかつて暮らした実家。
それは山間にある僅かな平地に広がる、閑散とした田舎に建つ一軒の家。
しっかりとした塀に囲まれ、入り口としての門もある。
家と呼ぶには少々大きく、屋敷と言った方が正しいのかもしれない。
しっかりとした和風建築で部屋数もそれなりにある。
当然広めの庭もあり、その端には御屋敷定番の蔵まである。
ここが僕がこれから暮らす家である、というか小さい頃住んでいたので懐かしさのほうが強かったりもする。
大学時代もバイトに明け暮れていたり、就職してからも仕事が忙しかった。
家具付きのの賃貸に住んでいた事もあってか、家電などの大荷物は無い。
ある程度引っ越しの際に処分し、荷物はそれほど多くないが、まだ未開封の段ボールがあちこちに置いてある。
段ボールと一緒に暫く暮らせるだけの食料も運び入れておいた、電気や水道等の手続きは終わったものの、まだまだやる事は多い。
そんな忙しさもあの会社にいた頃と比べたら可愛いものだ、などと思いながら家の中を見渡す。
小さい頃に見た家の様子とあまり変わらない雰囲気を感じ、懐かしさと共に安堵する。
家の中を一回りした後、庭に出る。
心地よい風が山の緑の香りを運んでくる。
庭の端に蔵が見えた。
小さい頃はここでよく遊んでいた……気がする、と朧気ながら昔の記憶を思い出す。
和風建築で、いかにもと言った出で立ちの蔵。
僕はその蔵の扉に手をかける。
ギイィィィィィィ……
重い扉が開いていき、蔵の中のひんやりとした空気を感じる。
僕は薄暗い蔵の中に足を踏み入れた。
小窓から差し込む薄明かりと、開いた扉から入る光で蔵の中がうっすらと見える。
蔵の内部を見渡している内に目が慣れていき、蔵の内部が分かるようになってきた。
割と広めの蔵だがそんなに物は多くなく、いくつかの化粧箱と小さめの箱が並んでいるだけの、何もない蔵だ。
ただ……
和風の蔵には不釣り合いな洋風の扉を除いては。
その扉は上部が丸く、装飾もバロック方式?
洋風建築にはあまり詳しくないが、明らかにこの和風の蔵には似つかわしくない扉である。
その扉は蔵の壁にあり、まるで裏口の様だ。
蔵に裏口?などとあり得ない造りをしている事に不思議がるものの、その扉に何かしら奇妙な感覚を覚える。
自然とその扉に手をかけ、僕は静かに扉を開ける。
鍵などは掛かっていなく、小さな音を立てて扉は開いていく。
ギイィィィィィィ……
「うっ!」
開くと同時に、扉から漏れ出る眩しい光に包まれる。
パァァァアァァァ……
「……んん」
やがて光が収まると、辺りが見えてくる。
「ん?」
レンガの様な壁で造られた教室位の大きさの部屋の中央に僕は立っていた。
その部屋の先には通路が一本、奥へと続いていた。
先程まで蔵の中に居たはずなのに、今居る場所はいわゆるダンジョン?的な所に飛ばされたみたいである。
「転移……的なワープ的な何か……なのかな?」
正直理解が追いついていないが、精いっぱい現状を把握する為に周囲を見渡す。
一応それなりに異世界的な物語は読んだ事があるし、そう言う作品も見てきた。
その為、パニックにはならず冷静に対応は出来ていた。
見た感じこの部屋には何も無く、一つだけある通路が先に進めと言っているようだった。
「……」
「行くしかないかな」
その通路を暫く見つめた後、僕はそう呟いた。
照明などは見当たらないのに程よく明るい部屋と通路。
その通路を慎重に歩いて進む。
通路の幅は五メートル位あり、かなり広めの通路だ。
何度か曲がり角があり、それを曲がると最初に居た様な大きさの部屋がある。
その部屋の先にも同じ様な通路があり奥へと続いている。
何個か同じ様な部屋があったものの、基本的に一本道で迷路では無さそうだ。
警戒しながら歩くと再び開けた部屋が見えて来る。
……が、その手前に人が倒れている。
「……大丈夫?」
急いで駆け寄り、うつ伏せで倒れている人に声をかける。
見た所小学生か、早生まれなら中学生位の女の子?なのかな。
服装は黒色ベースにミントグリーンの差し色のゴスロリなのかドレスなのか、どちらかと言うとその服装より気になる点があった。
綺麗な銀色の長い髪が印象的だが……その頭には角?が生えている。
「尻尾?」
さらにお尻と思われる位置から尻尾らしきモノが生えていた。
一瞬コスプレかな?とも思ったが、今はそれよりもその女の子が無事かどうかだ。
揺すって起こそうかとも思ったが、最近は触っただけで逮捕されかねない時代だ。
ここは先ず声かけからかな?と判断し、再び声をかける。
「大丈夫……ですか?」
そう声をかけると、女の子の指がピクリと動いた。
どうやら死んでいる訳では無さそうなので、ちょっと一安心。
「……」
「……ぉ……た」
女の子が何か呟いているが、声が小さくて聞き取れない。
声をよく聞くために、僕は女の子の顔に近づく。
ほんのり良い香りがする……が、今はそんな事してる時じゃ無い、と真面目な顔で微かな声を聞き取る。
「ぉなか……すぃた」
その声が聞き取れたのと同時に、それを確定付ける音が聞こえてくる。
グウゥゥゥゥ〜
「なるほど」
腹ペコで倒れているんだね、と僕は状況を直ぐに察する。
「とは言ったものの……」
こんな状況になるなんて思っても居なかったので、食料どころか飲み物すら持っていない。
そう思いつつも自身のポケットをまさぐる。
カサッ
すると胸ポケットに何かが入っていることに僕は気付く。
「……これは」
僕はポケットに入っていたものを取り出し、それを見つめる。
「グミ」
それは、いわゆるグミ。
実家に帰省するまでの移動時間は長く、なんとなく買っておいて、ポケットに入れっぱなしになっていたものである。
こんな所で役に立つとは僥倖である。
しかも病人や怪我人に優しそうなソフトタイプで、なおかつフルーツの食感を再現したグミだ。
「こんな物しかないけど……」
「食べるかな?」
僕はそう言って取り出したグミを女の子の口元に近づける。
緑色のグミ、マスカット味のグミからはほんのりシャインマスカットの良い香りがする。
「……」
「……!?」
女の子の口元に手に持ったグミを近づけると、その香りを嗅いだ女の子の目が見開く。
と同時に手に持ったグミにかぶりついた。
がぶぅう!
「ぅおっとぉぉ!」
その勢いに危うく手まで齧られそうになり、急いで手を引っ込める。
手に持っていたグミは上手いこと女の子の口に収まった様で、口をモグモグさせている。
ごくり、と喉を通る音が聞こえた様な気がした……と同時に女の子が飛び上がる。
「ぅぅう……」
「うまぁぁぁぁ……」
頬に手を当てながら恍惚な表情をして身体をくねらせている。
立ち上がってわかったが身長は140センチも無いくらい。
さっき感じた中学生か成長の良い小学生か?と言った出で立ちだ。
ただ、服装はゴスロリみたいなドレス?を着ているので幼く見える。
コスプレ好きなのかな?と思う位黒色ベースにミントグリーンの差し色でチョコミントみたいなドレスが良く似合っている。
何より頭から生えた角が、本当に生えているみたいである。
お尻からは尻尾も生えていて、悪魔なのか恐竜なのかと言った所だ。
とにかくよく出来たコスプレだ……。
とか言って自分を納得させようとするものの、自宅の蔵から急にこんなダンジョンめいた場所に転移したり、明らかに人間っぽくない女の子が居たりして、普通ではない事はひしひしと感じる。
「……それは」
「それは一体なんなの!?」
目の前に居る普通では無さそうな女の子は、僕に向かってそう叫んだ。
「……ぁ、ぁあこれ?」
「グミ、だよ」
言葉は通じるようで安心した僕は、手に持ったグミの袋を見せながら簡単に説明する。
「……ぐみ」
会話は出来るものの、言葉としては通じていないようで首を傾げる女の子。
うまさで見開いていた目も普通に戻っている様子で、その半目というかジト目で僕を見ながら問い返す女の子。
「ぁあ、グミっていうのは……」
グミの説明をしようとした辺りで、通路の先にある部屋から激しい咆哮が聞こえてくる。
「ヴォォォォォォォォオォォォォ!」
「「!?」」
僕と女の子はその咆哮が響く部屋に目を向ける。
「ヴルルルル……」
通路の先の広間に出てみると、その咆哮の主は部屋の中央に居て僕達の居る方を見ながら唸っている。
「牛?」
なんでこんな所に牛が?なんて思い、よく見てみると二足歩行している。
前足、というか手には槍に斧が付いた様な武器、いわゆるハルバード?を持っている。
その後ろには扉があり、まるで門番の様に立ち塞がって居る。
その扉、よく見ると僕が蔵の中で見た洋風の扉とよく似ている。
牛頭の人間?が扉の前に立ち塞がる……なんだかどこかで見た様なシュチュエーション?
そこまで考えた所で思い出す。
「もしかして……ミノタウロス?」
ミノタウロス、それはファンタジーでよく見る牛頭の獣人、元ネタは神話だったか。
確かミノタウロスと言えば……
「もしかして……ここはダンジョン?」
そうミノタウロスの居る場所と言えばダンジョンが定番中の定番だ。
角と尻尾の生えた女の子にミノタウロスとダンジョン、正直理解が追いついていない。
「しまった!」
隣に居た女の子が、長い銀髪をなびかせて後ろを振り向き、そう叫んだ。
「ぇ?」
女の子が振り返って見た先は、先程まで居た通路。
そこが塞がっている。
「あれ?通路が」
「無くなった?」
僕がそう質問すると、再び前を向き目の前に居る牛を注視しながら女の子が答える。
「退路を断たれたわね」
「アイツをどうにかしないと」
「マズイわ」
見た目は小学校高学年か、ギリギリ中学生かといった感じの少女だか、その目は大人びていて真剣な眼差しで僕にそう告げる。
「ヴォォォォォォォォオ!」
その牛、いやミノタウロスは雄叫びを上げると、手に持った斧付きの槍、ハルバードを振り被り僕達に向かって襲いかかって来た。
「くっ!」
女の子は素早く避けようとするが、僕は反応が一瞬遅れる。
「うへえぇ!?」
襲いかかって来るミノタウロスに驚いて、変な悲鳴を上げてしまう僕。
スガァァァァア!!
振り下ろされたハルバードを間一髪で躱せた僕は、慌てて壁際まで走る。
「グルルゥゥゥゥ」
まるで闘牛の様に唸りながらこちらを見るミノタウロス。
ザッ
僕を睨見つけるミノタウロスと、壁際で動揺する僕との間に立つ女の子。
「下がってなさい」
「私が何とかする」
そう言って女の子はミノタウロスを睨み返す。
「ぇ?でも」
へっぴり腰で頼りない僕だが、さすがに小学校なのか中学生なのか、そんな娘に大の大人が守ってもらうなんて……
なんて思っていると、
「ヴォォォォオォォォォ!」
再びミノタウロスが唸り声を上げる。
「……させない」
女の子がそう呟くと、周囲の空気が張り詰めるのを感じる。
バチッ、バチッ
何かの破裂音かな?と音のする方向、つまり女の子の方を見ると綺麗な銀髪、そこから生えたツノに紫のような青色のような光が走っているのが目に入る。
「ぉお……凄い」
「って本当に光ってる?」
コスプレにしてはよく出来たツノだなぁ、とちょっぴり現実逃避するもののその後の行動により、すぐに目の前で起きている現実だと思い直す事になる。
「炎の雷」
女の子が静かにそう呟くと同時に、ツノの周囲にあった光が一段と輝いたかと思うと、ミノタウロスに向かって閃光の様に走る。
ズゴォォオォォォォオォォォォ!
ものすごい轟音と閃光がミノタウロスに直撃し、爆風に包まれる。
「ぇ」
「凄い……」
それは夏の空に轟く雷雲の様であり、まばゆい閃光の直後に轟音が響き目にも留まらぬ速さで、ミノタウロスに当たった事を目視することすら出来なかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
雷雲が遠のくように、静かな唸り声を響かせその光と煙が収まっていく。
稲妻か炎か、その発生源である女の子の方を確認すると、フラリと倒れ込む。
「ぁ、え?」
「大丈夫?」
急いで駆け寄り倒れ込む女の子を受け止める僕。
勢い余って触ってしまったが、緊急事態だし事案にはならないよね?なんて変な心配をしつつ女の子の様子を伺う。
「ぅう……」
なんだか元気なく返事する女の子。
仕組みはよく分からないがあれだけの攻撃をしたのだ、疲労か熱中症的な何かなのだろう。
「ぁ、えと」
「どうしよう、冷やすものとか……」
「あるわけないか」
倒れ込みそうな女の子を支えたまま座り込んでいる僕は、動揺しながらも冷静に対処しようと頑張る。
「……お」
元気の無い女の子が残った力を振り絞って何か呟く。
その言葉を聞き取ろうと口元に顔を近づける。
仄かにいい香りがするが、そんな事態ではないので頑張って声に耳を傾ける。
「お腹……すいた」
グウゥゥゥゥウ……
このパターン、2回目である。
確かに腹ペコな身体にグミ一つじゃとても足りないなぁ、なんて僕は謎に納得する。
育ち盛りで成長期だろうしね、なんてちょっぴり微笑ましく思う。
なのでとりあえず、先程のソフトタイプでフルーツ食感を再現したグミの袋を取り出し、その中の一つを再び女の子の口の中に入れる。
その際に指先が少しだけ唇に触れて、ドキッとする。
いや、あれだよ、事案にならないか心配してだよ。
モグモグ
モグモグ
ゴクリ
「……」
「ぅぅう……」
「うまぁぁぁぁ……」
先程と同じ様に頬に手を当てながら恍惚な表情をして身体をくねらせている女の子。
なんだか微笑ましい。
「はっ!」
美味しさで意識を取り戻した女の子は、僕に抱きかかえられている事に気付き、すぐに立ち上がる。
「……ぐみ、ね」
「思い出したわ」
口に残るグミの旨味を感じながらなのか、ちょっぴり頬を赤らめながら僕に向かってそう答える女の子。
「それより大丈夫?」
「なんか凄かったけど」
お腹が空いていたのが原因とは言え、先程までフラついていた女の子を心配して、そう声をかける。
「まぁ、なんとか……ね」
「ありがとう、おかげで助かったわ」
美味しさで緩んだ頬を引き締めながら、クールに振る舞おうとする女の子。
「でもダメみたいね」
「完調ならなんてことないんだけれど」
「あんな小手先な技じゃ」
そう言いながらミノタウロスが居た場所、煙が立ち込める方を見ながら呟く。
「ぇ?」
凄まじい炎と電撃を放っていたのに、小手先の技って……ならグミをもっと食べてお腹いっぱいになったなら、トンデモない事になりそうだ。
なんて思いながら、残りのグミの数を確認する。
まだ何個か残っている。
とりあえずこれを全部食べてもらえば、なんとかなるのかな?なんて思い、残りのグミを袋から取り出し手に乗せていると、
「ヴォォォォオォォォォ!」
凄まじい雄叫びが再び響き渡り、立ち込めて居た煙を吹き飛ばす。
吹き飛んだ煙の中から再び姿を現したミノタウロス。
所々焦げてはいるものの、致命傷には至っていないようだ。
しかもその雄叫びからは激しい怒りを感じ取れる。
確かにあんな炎だか雷だか分からないものを喰らったら、怒りもするか……なんて思っていたら、
「くっ……」
雄叫びに押されてなのか、女の子が再びよろける。
「ヴァァァアァァァッ!」
そのよろけた一瞬の隙を狙ってか、 ミノタウロスは斧付きの槍、ハルバードを構え女の子に向かって突撃して来る。
本人は小技とか言っていたけれど先程の炎の様な電撃、あんな大技を出しておいて、グミ一つじゃとても回復しきれて居ないのだろう。
……このままだと女の子が危ない。
そんな事を考える前に身体が動いていた。
ズシャァァァアッ……
僕はよろめく女の子と突撃して来るミノタウロスの間に立ち塞がった。
間一髪、ミノタウロスのハルバードが女の子に届く前に防ぐ事が出来た。
が……
「ぐふっ……」
口から血を吐く僕。
「……ぇ!?」
僕の後ろ側から女の子の声が聞こえる。
そう、僕は身を挺してミノタウロスの攻撃から女の子を守った……が、ミノタウロスのハルバードは僕の胸を貫いていた。
胸を貫通したハルバードの先端が背中から突き出し、その先端から血が滴り落ちる。
女の子への攻撃が届かなかったからなのか、はたまた僕を仕留めた事で落ち着いたのか、ミノタウロスは僕の胸を貫いていたハルバードを引き抜き間合いを取った後、僕と女の子を見つめた。
「ぐふぁ」
胸を貫通していたハルバードを引き抜かれたことにより再び吐血し、胸からは血が噴き出す。
そのまま後ろによろけた僕は、女の子に倒れ込む。
「……なんで」
「……あんた、弱いのに」
「なんで私を守ってるのよ!」
女の子が目に涙を浮かべながら僕を抱きかかえ、座り込む。
「はは……なんでだろう」
「でも君に……怪我が無くて、良かった……」
胸を貫かれているのに何故か饒舌に喋る僕。
自分でもなんでこんな事したのかよく分からない、ただ自然と身体が動いてしまったとしか言いようが無かった。
この怪我だ、僕は恐らくこのまま死んでしまうだろう。
だけどこの女の子だけは助けたい。
「……これを」
「……残り……少ないけど」
一粒であれだけの攻撃を出していたのだ、袋に残った残りのグミを食べれば女の子だけなら助かるかもしれない。
そう思い手に持った残りのグミを女の子へ差し出す。
「……」
瞳に涙を浮かべながら女の子は僕の差し出したグミを受け取って口にほおり込む。
ゴクリ
「……昔から変わらないわね」
「……そういう所」
女の子はそう呟きながら僕をそっと床に寝かすと、静かに立ち上がりミノタウロスを睨みつける。
瀕死の僕でもわかる位に、凄まじい威圧感が女の子を包んでいた。
この分なら女の子はミノタウロスを倒せるかもしれない。
ただ、泣かせてしまったのはちょっぴり申し訳なかったかな……なんて思っていると意識が段々遠のいて行く。
「……ユウ」
そう呟く女の子の声と共に先程見た、炎の様な雷の様な閃光が眩しく光った。
その輝きを見つめながら、僕の意識はそこで途絶えた。
「……」
「……」
なんだか心地よい。
ふわふわした気持ちだ。
天国ってこんな感じなのかな……なんて思う。
後頭部に感じる柔らかな感触。
ぼんやり見えてきたのは……女神?
にしては幼い。天使かな?
「……」
「……!?」
意識がハッキリして来た所で、見えてきた天使があの女の子だと気付く。
しかも上から見おろされているこの形……
膝枕!?
「……ぇ!?」
僕が驚いて飛び起きようとするが、女の子が僕の顔を除き込んでいて頭をぶつけそうになると思い、起き上がるのを思い止まる。
「……よかった」
「目が覚めたみたいね」
クールに振る振る舞っている女の子だが、その目にはうっすらと涙が見える。
「……ぁ、うん」
そう言いながら僕はゆっくりと起き上がる。
「ひとまずここから出るわ」
「話はその後」
何か言いたそうな僕の顔を見て、女の子は先回りするようにそう言った。
どうやらここは先程の広間の様で、天国とかでは無かった。
ミノタウロスの姿は無く、部屋のあちこちに焦げた後のようなモノがあったぐらいだり
……そして、
目の前には見たことのある洋風の扉。
僕が蔵の中で見た扉と同じ形だ。
違うところと言えば、ほんのり青く光ってる所かな?
確か僕が見た扉はほんのり赤かった記憶がある。
「さあ、行くわよ」
そう言って女の子は扉に手をかける。
ギイィィィィィィ……
扉の先は見覚えのある蔵の中。
先程まで僕が居た実家の庭の端にある蔵だった。
先導する女の子について行く形で、僕は蔵の外に出る。
春の心地よい風が吹き、頬を撫でる。
少し肌寒いかな?と思い胸に手を当てると……服に穴が開いていた。
そうだ、思い出した。
僕はミノタウロスに胸を貫かれ、死んだ?はず。
なのに今僕は春の風を感じ、目の前には可愛らしい女の子が居る。
銀色の長い髪をなびかせながら振り向いた女の子は、僕を静かに見つめる。
その瞳からは優しさなのか、はたまたそれ以外の感情なのか読み取れず、僕はただただ女の子を見つめ返した。
なぜか高鳴る自身の鼓動を抑えるかのように、自分の胸に手を当てる僕。
すると不敵に微笑む少女は僕に向かって言い放った。
「それ、私の心臓なんだ」
一瞬何を言われたのか分からなかった。




