第6話 プチっとバズっと!
「えっ……?」
思わず変な声が出てしまうが急いで視線を端に落とす。
いつもは乗っている時でも二桁が限界であり、悠真自身この世界に来てからの最高視聴者数は三十人で、それも一度きりの奇跡のような数字だ。
今回もどうせ――いや、たぶん二十人くらいだろ……と軽く流しながら、斜めに目線を向ける。
「……は?」
数値表示が、脳に焼き付いた。
視聴者数、一万百四十六。
風音が消えた。血液の循環が止まり、指先が痺れる。
「いち……まん……?」
息が詰まり、悠真は即座にバグの存在を疑う。
しかしバグならせめて『桁がズレてる』とか、『零が暴走してる』とか、何かしらの兆候があるはず。
だがこれは、確かに万の位までしっかりと数字が表示されており、しかも”現在進行形”で上がっている。
視聴者数、一万二百三十一。
視聴者数、一万二百八十四。
「なにが、起きた……」
視界の端でゴーレムたちが咆哮する。轟音。震動。
それらを背景にして、悠真は徐々に膝を折り、フィールドの外縁へと後退した。
攻撃のターゲット判定は、自ターン中には移らない。
先程みたいに女神フォルトゥナが、能力のルールに干渉さえしてこなければ。
つまり今少しの間だけは、ゴーレムたちも攻撃してこない。
その静寂の間に、彼は深く、腹の底から息を吸い込んだ。
「……誰かに拡散されたのか? いや、いや……まさか、変な魔術……視聴者数偽装の、悪質ないたずら……?」
根拠のない推論が、脳内で交錯する。
だが、どれも確証に至らない。
そもそも、一万人以上に急拡散される何かを、この配信が持っているとすれば──それは、戦闘そのものか。それとも、先程の召喚か。
エイミーとクラリスの──あの、ビキニメイドたちの、美しい肢体。
レースとビキニに包まれた白磁の曲線。あれを、あのまま具現化したのだ。
「まさか……"あれ"を切り抜いて、どこかに流れたのか……?」
そう呟くと悠真の身体が震えた。汗がこめかみを伝う。
「いや、今は、それを考えるんじゃない。まず、確認だ。コメント欄を──」
悠真は震える瞳を視界の端へと向けた。
コメント欄は最初から開いていたが、今まではほとんど流れていなかった。
かつて過疎配信時代の心を、幾度も傷つけた文字列の海。
『誰得だよこの配信』
『きっしょ』
『死ね』
『男はいらねえ』
そんな罵詈雑言ばかりを見てきたコメント欄。
それが、今まさに……爆発的に流れ始めている。
「……よし」
悠真は固唾を呑んで、視線をコメント欄に向けた。
そこに映し出されていたのは──
『なにこれ!? どこの国の魔法!?』
『こんな戦い方、見たことない……強制決闘とか怖すぎるんだけど』
『てか今の罠の発動タイミング完璧すぎん? プロか?』
『え、ゴーレム相手に押し勝ってるじゃん!? ヤバ』
『てかカードって何? どういう理屈? 召喚術? 幻術? 魔導具?』
『戦闘中なのに手札管理してんの冷静すぎ』
『カード一枚であんな動きさせるの、人間じゃない』
『異界の召喚術師……? ていうかマジでカードで魔法撃ってるのおもしろすぎる』
『あれ、ほんとにこの世界の魔法じゃなくね?』
『強制的に相手に自分のルール押し付ける系、超怖いわ』
『禁術じゃないの? 普通に考えて反則級だよな』
『ルールごと変える戦術ってマジで初めて見た……』
『召喚される女の子の格好が攻めすぎてて逆に目を離せない……』
それを見て悠真は思わず後退る。
視界の隅でコメントレート:百八十七/sと表示されていた。
毎秒百八十七件──これは、完全にバズ状態の証。
「こ……これが一万人の力かよ……っ」
彼は歯を食いしばり、再びコメント欄に視線を戻す。
『なんかバズってるって聞いて来たんだけど、マジだった』
『初見です。意味不明だけど超面白い』
『変な能力使う変な人が配信してるって言われたから来た』
『やば、見始めたら止まらん』
『なんか……こいつ、只者じゃないよね?』
『新規です。よろしくお願いします』
『配信っていうか、戦闘記録なのにエンタメすぎ』
『これって編集なし? ライブ? えぐすぎ……』
『変な人って紹介されてたけど、むしろスゴすぎて震えてる』
鼓膜の奥が微かにうずく。
脈拍が跳ね上がる感覚。しばらく画面を見つめたまま、悠真は言葉を失っていた。
目の前に広がる文字列の海──それは、あまりに温かく、あまりに驚嘆に満ち、そして、かつて一度も得られなかった肯定の言葉ばかりである。
「……誰も、罵ってこない……?」
かつての過疎配信では考えられない状況だ。
かつては『お前の配信つまらん」とか『誰が見んだよ。こんな男の配信』といった中傷ばかり。
──だが今は違う。
『こいつ……召喚した使い魔が喋るし笑うし戦うし、演出すげぇや』
『ていうかあのメイドちゃん、ビジュ爆発してない?』
『あれ配信用に美少女召喚してるなら天才すぎる』
『初見だけどマジでファンになりそう』
文字が、止まらない。
スクロール速度は限界を越え、魔導録の自動認識アルゴリズムが、補正をかけるほどの高速処理が行われている。
フィールドの周囲に張られた防音障壁の内側で、文字の流れだけが激しく脈動していた。
「……これが……配信、かよ」
心臓が、喉までせり上がる感覚。苦しい。眩暈すらする。
「……っは。まいったな……このテンション、三年前に幻装召喚エクス=アルカナの第一弾、三十枚入りプレミアムBOXを開けて、エラーカード引いたときと同じくらい上がってきてる……」
あのとき――間違いなく、人生で初めて神に触れたような気分だった。
白封筒から顔を覗かせた、誤植入りの白光の裁断メイデンは、通常流通していない“異物”。
そして今、彼が繰り広げている異世界での配信もまた、“この世界の常識外”の戦術である。
悠真は両手を広げ、視聴者へと向けて軽く片手を挙げた。
「よし……。じゃあ、見せてやるよ。俺の、とっておきの技を」
その言葉と同時に、彼はデッキからカードを一枚、静かにドローする。
魔力が駆けてゆく。
指先から紡がれるようにして、光が奔流となってカードの輪郭を包み込み――次の瞬間、空間が軋んだ。
「フィールド魔術カード発動――お帰りなさいませ! ご主人様!」
悠真がカードを掲げると、フィールド全体が淡い桃色の光に包まれた。
空間に薔薇の花びらが舞い、甘い香りが漂う。
これは、ビキニメイド系の召喚コストを減少させ、特殊効果の発動条件を緩和するフィールド魔術だ。
「このカードの効果により、ビキニメイド系モンスターの召喚コストが減少! さらに――」
悠真は手札から一枚のカードを抜き取る。
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