第3話 ダンジョン配信、開始
「……ふーむ。まあ、たまにはやってみるか。どうせ誰も見に来ないだろうけどな。この時間なら、まだアイツらが配信しているだろうし」
誰にともなく悠真は独り言を漏らす。
拾い上げたマギスフィア・ミニの表面を指で拭い、起動用の魔力を注ぐ。
淡く緑色に輝く魔法陣から、幾つかの選択肢がホログラフィックで表示された。
画面中央には”個人配信開始”が明記されている。
そしてラヴァニア曰く、この世界でのダンジョン配信の統括・運営を担うのは”配信統制管理局”と呼ばれる世界機関らしく、全配信者の配信は必ずこの機関を経由して行われるようだ。
更に各配信者が使う”配信用の魔道具には、配信統制管理局が発行した配信IDが紐づけされており、これにより配信映像やスコア、収益などが一元的に管理されている。
そして配信用の魔道具には幾つかの等級があり、悠真が所持する”ミニ”は廉価版に分類される物だ。
広角レンズと自動追尾機能が搭載されており、基本的には頭部や肩部に装着する事で、冒険の様子をリアルタイムで映し出すことが可能。
音声入力や字幕返還、さらには視聴者とのチャット交流機能も備えている。
ただし利用には幾つかのルールが存在するのだ。
まず第一に”配信中に意図的な情報隠蔽、編集行為は禁止”である。
第二に”他者の配信を妨害する行為は禁止”。
第三に”未成年視聴者に配慮した内容とすること”
これらの規定を破れば即座に、配信用の魔道具は自爆して配信IDが剥奪される。
なお配信には一定のスコアが付与されており、これに応じて報酬や特典が与えられる仕組みだ。
視聴数やコメント数、さらには配信中に倒した魔物の強さや、戦闘の派手さなどがスコアに反映される。
特に注目されるのは、ライブスパチャと呼ばれる魔法通貨の投げ銭機能だ。
観客が投げるスパチャは、そのまま冒険者の収入に直結し、人気者ともなれば一戦ごとに金貨数十枚に相当する額を得ることも可能。
しかし悠真は、これまで配信に殆ど手を出していなかった。
理由は明白である。どうせ誰も見ない。注目されるのは結局いつも”攻略組一軍”だ。
彼らのように絵になる戦闘ができなければ、コメント欄は冷やかしで埋まり配信は空虚なまま終わる。
それがなによりも悠真的には辛くて怖いのだ。
「――はい、どーも、みんな無名枠、隠れ配信者の悠真です。地味で渋いダンジョン攻略を今日もお届けしていきますんで、暇つぶしにでも見ていってください」
悠真の言葉と同時にマギスフィア・ミニから淡い発光が広がり、魔法陣のように中に浮かぶ半透明のUIが表示される。
現在の視聴者数、コメント欄、スパチャ履歴、そして画面下部には自分の顔と視界が合成された映像が映し出されていた。
配信環境は安定しており、ダンジョン内の壁に設置された魔法水晶中継器の恩恵により、魔法電波状況も良好。
視聴者数は三人と表示されていたが、コメントは一切流れていない。
恐らくは通知を受けて開いたまま放置されているか、冷やかし目的の様子見であろう。
「……ふふ、まあこんなもんだよな。派手な連中みたいに顔が良くて能力も高けりゃ、映える配信ができるんだろうけど……俺にはこれが限界ってわけで」
彼――悠真は、ぼやきながらも配信を切ることなく続行した。
コートの襟を立てマギスフィア・ミニを肩部に装着すると、彼はブーツの軽い音を反響させながら歩みを進める。
ダンジョン内部は依然として薄暗く天井には、自然光の届かない黒々とした岩盤が広がっていた。
壁に貼り付いた苔は仄かな光を放ち、気味の悪い青緑の明かりで周囲を照らしている。
「今現在、第十六階層、南西区域を探索中。……ああ、流石に腹が減ってきたな」
独り言と実況の区別が曖昧なトーンで喋りながら、悠真は緩やかな下り坂を慎重に歩いてゆく。
コートの裾が擦れ、肩に掛けたサブバックの金属音が僅かに音を立てる。
――――だが、その時だった。
足元の岩床が、唐突に変化を見せる。
視界が一気に開け、周囲の岩壁が広がり始めた。
数歩進むと、そこには不自然なほどに整地された、平らな空間が広がる。
直系およそ三十メートル、天井も高く、まるで意図的に削られたようなその場所は、自然の地形とは到底思えない。
「……うわっ。こりゃ、まさかの……ヤバいやつか?」
言葉にするより早く、悠真の背筋を冷たい悪寒が走る。
足元から、ぞくりとした感覚が這い上がり、脳が警鐘を鳴らす。
視聴者数は依然として”三”のままだが、いまだにコメントはひとつも流れてこない。
「……撤退だな。こりゃ多分、イベント部屋だ」
そう言い放ち彼が踵を返し、来た道へ戻ろうとした。
だが、その瞬間――耳を突き刺すような高周波の音が鳴り響く。
そして彼の背後──いや、正確には来た道そのものが──魔力の壁に覆われる。
淡い紫色の六角結界。いくつもの光の紋章が空間に浮かび、振動しながら封鎖が完了していく。
「ちっ……遅かったか」
舌内混じりの言葉を吐き捨てる悠真。
逃げ道は、完全に塞がれた。
そして、目の前の空間。広場の中央に、ゆっくりと──あまりにもゆっくりと、三つの魔法陣が展開されていく。
ひとつは血のように濃い赤。ひとつは濃紺に染まった青。
そして、もうひとつは泥土を思わせる鈍い茶色。
「……やっぱりこう来たか。まったく、ダンジョンの気まぐれにも程がある」
目の前に展開される魔法陣を見て、思わず頭を抱えながら悠真は一歩退いた。
頭上の魔晶灯はその輝きを失っておらず、空間全体は薄暗くも一定の明度が保たれている。
しかし、それが逆に異様だ。
通常、この手の広間はボス戦の兆候として明滅したり、空気が重くなるものだ。
だが、今回は違う。ただ静かに、無機質にその魔法陣たちは存在していた。
だが、そこへ視界の端に映る視聴者の数が僅かに変動する。
先程まで三人だった数字が、気がつけば十人へと増えていた。
視線を右側に滑らせると、相変わらずコメントはひとつも無い。
だが、無言の視線が注がれているというだけでも、彼にとっては大きな違いだった。
「へぇ、意外と来るもんだな。……じゃあ、せっかくだ。俺の異質な力、見せてやるよ。凄いと思ったら拡散でも何でもしてくれ」
軽口を叩きながら、悠真は足を止める。
視線の先、赤・青・茶の三色の魔法陣が同時に脈動し、そこからそれぞれ巨大な存在が浮かび上がった。
まず現れたのは赤の陣。
そこから現れたのは、燃え盛る溶岩で形成されたようなゴーレム。
体表はひび割れ、その隙間から熔けたような紅の光が脈打つ。
足元には黒煙を纏い、存在するだけで周囲の空気を灼熱に変える。
続いて青の陣。
ここから現れたのは水晶のような、青白い体躯を持ったゴーレムだ。
関節部に液体が流れるような動きを見せ、全体が滑らかに波打っている。
歩くたびに水音が響き、足元には透明な水が自然発生的に滴り落ちていた。
最後に茶の陣。
そこからは、まるで巨岩を削り出したような、重量感に満ちたゴーレムが姿を現す。
背には地形の一部のような苔が生え、無骨な拳をゆっくりと動かしている。
踏み出すだけで、地面に細かな亀裂が走るほどの質量感。
三体のゴーレムが悠真を取り囲むように配置され、そして次の瞬間、来た道が光の結界によって完全に遮断された。
悠真は、ひとつ深呼吸する。
乱れた呼吸を整えるかのように、ゆっくりと右手を腰に添えられたデッキケースへと伸ばした。
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