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さくら台駅前ペット探偵事務所 「FXで数億稼ぐサヴァンの天才」×「バツイチの40代おじさん」。凸凹バディが挑むのは、迷子のペットと「人間の感情(バグ)」!?  作者: あおにし
CASE2 FBI襲来とさくら台の地域猫

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File 6 出汁の匂い

「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第6話です。今回は、集まった情報を基にヒカルが緻密な分析をします。お楽しみください!」

さらに1時間後の昼前。ミツコさんが経営する居酒屋の裏手。仕込み前のゴミ箱周りを嗅ぎ回る。


「……ミツコさんは『深夜2時に出汁の匂いがした』って言ってたが、こんなところで出汁の匂いなんてしねえぞ。ここは焼き鳥メインの居酒屋だし、そもそも出汁なんか取ってないはずだ」


俺が首を傾げると、ヒカルは空間の一点を見つめたまま、パチパチとノートパソコンのキーボードを弾いた。


「……深夜2時はミツコさんの帰宅時間。対象が寝床へ帰還する途中の、偶然のすれ違い。不確実なポイントでのトラップ設置は非合理的。確実に捕獲可能なのは、対象が最も安心し、長時間滞在する本当の寝床のみ」


「なるほど、居酒屋の裏はただの通り道ってことか。でも、寝床が出汁の匂いってのはどういうことだ?」


「……焼き鳥メインの居酒屋の裏で出汁の匂いがするのは不自然。対象自身が『日常的にカツオ出汁の匂いが充満する空間』を本当の寝床にしており、人間の活動が完全に停止する深夜にだけ、密かにそこへ帰還しているという物理的証拠」


「深夜にだけ帰ってくる、出汁の匂いが充満する寝床……」


ヒカルは画面の地図上に、青白いピンを次々と立てていく。


「……カツオ出汁の匂いを発する飲食店。この『領域』の中に12店舗存在」


「12店舗!? そんなの、一つずつ調べてたら朝になっちまうぞ!」


「……不要。今日、イナガキさんが足で潰したエリア内の店舗はすべて消去可能」


「あっ……!」


俺はハッとして、自分の泥だらけのジャージの膝を見た。


「俺が今日、這いつくばってブロック塀から縁の下まで全部潰したエリアには、そんな寝床はなかった……。ってことは、残る未調査エリアにある店は……」


ヒカルのビー玉のような瞳が、真っ直ぐに一つの方向を見据える。


「……残る未調査エリアは、商店街の奥。直線距離にして約80メートル。猫は本能的に、大きな音の鳴る踏切や線路を越えてテリトリーを広げることを嫌う。安全な寝床を求めて移動した結果の『行き止まり』」


「俺がまだ調べていないエリアで……行き止まりの踏切の手前にある飲食店……」


俺たちの声が重なる。


「さくら亭だ」



「いらっしゃい! おう、若いのとイナガキじゃないか!」


昼下がりの定食屋『さくら亭』。一番奥のテーブル席に座った俺たちを、首に白いタオルを巻いた大将のゲンさんが威勢よく出迎えた。


「ほらよ! うちの看板メニュー、特製豚の生姜焼き定食だ! 朝から歩き回ってたみたいだからな、大盛りにしておいたぞ!」


ドカンと置かれた山盛りの白米と肉を、俺は「待ってました」とばかりにかき込む。


しかし、向かいに座るヒカルは、パソコンの画面から目を離さないまま無表情でプロテインウォーターに口をつけている。


「おい若いの。お前、いつもそんな泥水みたいなもん(プロテイン)しか飲んでねえだろ。うちの生姜焼きを食ってみろ。飛ぶぞ!」


「……ゲンさん」


ヒカルは空間の一点を見つめ、一切の抑揚がない声で言った。


「その糖質量とラードでは、午後の探索効率が低下」


「だーっ! 能書きはいい! 四の五の言わずに食え!」


「まあまあゲンさん、こいつの分、俺が食うからさ」


俺が慌てて生姜焼きを口に放り込むと、ゲンさんはブツブツ文句を言いながら戻っていった。


「で、どうだヒカル。俺が集めてきた『点』は使えそうか?」


「トレイルカメラ映像から、この近辺にいることが確定。それに加えて、興味深い事実」


「えっ!それって何だ?」


「……集めた目撃情報と、この店の『労働サイクル』の完全な同期」


「……あ?」


ヒカルはパソコンの画面を開き、集めた目撃証言の時間を並べ立てた。


「……FBIとカスミさんの証言。夕方4時、夜9時、深夜2時、朝6時。……当初は複数匹の別の猫によるノイズだと判断したが、すべてはこの店の『中休み(アイドルタイム)』『ディナーピーク』『清掃完了』そして『朝の仕込み』のサイクルと完全に一致」


俺は箸を止め、ヒカルの顔を見た。


「ちょっと待てよ。じゃあ、そのブチ猫は、この店の裏を寝床にしてるってことか?」


ガチャン!


その時、通路でゲンさんが手を滑らせ、空のグラスを床に落とした。


「……正解。野良猫の体毛は、夕日の反射や暗闇、汚れによって茶色や黒に見え方が変わる。すべての事象が1匹の猫の行動として線で繋がる」


「おいゲンさん、どうしたんだよ。怪我はないか?」


「……ああ、わりぃ。手が滑っちまってな。ちょっと奥で拭くもん持ってくるわ」

いつもの威勢の良さはどこへやら、目を泳がせたゲンさんは、逃げるように厨房へ戻っていった。


(……なんだ、今の不自然な反応は。この店の裏を寝床にして、エサをもらっているブチ猫。……もしかして、エサをやってるのはゲンさんなのか?)


俺は厨房へ消えたゲンさんの背中を見て、少し事情を聞いてみようと腰を浮かせた。


「……ストップ」


ヒカルが冷たい声で俺を制止した。


「えっ?」


「……推測による不用意な追及は、給餌者の行動パターンを変容させ、対象の安心領域を破壊する致命的なエラー。非合理的」


ヒカルはパソコンの画面をパタンと閉じた。


「……継続的な給餌による『気まぐれな善意』。確率分布を乱す不快なノイズ。……計算不能な人間の感情は、思考領域から除外」


「じゃあ、いつ捕まえる気だ?」


「……今夜午前2時。人通りが完全に消え、対象が密かに寝床へ帰還するタイミング。……さくら亭の裏手の踏切手前の路地裏で、物理的捕獲を実行」


こいつは今、計算できない人間の感情や行動を「システムエラー」として切り捨てようとしたのだ。


不器用なヒカルが抱える、あまりにも冷酷で致命的な欠損。俺は、背筋がゾッとするのを感じた。



店を出た俺たちは、さくら亭の裏手、踏切の手前で行き止まりになっている路地裏へと回り込んだ。


カンカンカンカン……と、目の前の踏切の音がけたたましく鳴り響いている。ヒカルの推理通り、音に敏感な猫にとって、これ以上先へは進みたくない「テリトリーの限界点」だ。


「……ここか」


さくら亭の換気扇の真下。雨風がしのげる室外機の奥に、古い段ボールが敷かれ、猫が丸まっていたような窪みができていた。


顔を近づけると、濃いカツオ出汁の匂いが染み付いている。


「間違いない。排泄物の痕跡もあるし、匂いもキツい。……美容院の裏とは違う、ここが本当の寝床だな」


俺が確信すると、ヒカルは機材バッグから、遠隔で扉が閉まる『ドロップ式トラップ』を取り出し、段ボールのすぐ横へ手際よく設置した。


そして、トラップの中央に小さな紙皿を置き、パウチから強烈な匂いを放つペースト状のエサを絞り出す。


「……トラップ内にセットしたのは、僕の計算した『最も誘引力の高い成分のキャットフード』。……あとは、午前2時の帰還を待つのみ」


ヒカルは冷徹な視線でトラップの動作確認を行い、俺たちは一度現場を離れた。



深夜2時。 暗闇に息を潜める俺とヒカル。 目の前には、昼間に仕掛けた「ドロップ式トラップ」がある。中にはヒカルが緻密に計算した特製のエサが置かれたままだ。


「……来た」


ヒカルの呟きと同時に、暗闇から現れたのは白と黒のブチ猫だった。


間違いない、ターゲットだ。だが、数日の放浪で警戒心が極限まで高まっているのか、ブチはトラップの前で立ち止まったまま中に入ろうとしない。


「……対象のストレス値、限界。僕の計算した『最適なエサ』を拒絶。エラー発生。これ以上の誘導は、不可能」


ヒカルの無敵のアルゴリズムが、ここで止まった。

「ここまで読んでいただきありがとうございました!

次回、ヒカルの分析と感情。本件の真実とは……!?


もし『続きが気になる!』『このコンビ、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、執筆の励みになります!ぜひよろしくお願いします!」

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