File 39 探偵の誇り
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第39話です。
今回は第一部最終話です。お楽しみください!」
俺はすぐさま別行動で調査を進めていた大手の桐生へ電話をかけた。
「桐生か! 犬を見つけた。ケージバイトの痕があり、間違いなく監禁されていた。アジトは俺たちが捜索していた10キロ先の『塀に囲まれた敷地』で間違いないはずだ!」
『……了解した。すぐに裏付けを取る』
短い返答だったが、桐生の声にも明確な怒りがこもっていた。
*
数日後。 俺のスマートフォンに、桐生から短く連絡が入った。
『……お前たちの推測通り、言っていた場所が奴らのアジトだと確定できた。こちらの資金洗浄の裏付けと合わせ、警察への書類の提出も終わった。まもなくガサ入れが入る』
俺はニヤリと笑い、ジャージのジッパーを上まで引き上げた。
「行くぞヒカル。落とし前をつける時間だ」
*
10キロ先の隣町。高い鉄板に囲まれた不審な敷地。
俺とヒカルは、桐生が運転する高級車の後部座席から降り立った。大手のチーフと、地べたを這いずる下町探偵の異色のスリーマンセルだ。
プレハブ小屋の前に立つと、桐生がスッと前に出て、躊躇なくドアをノックした。
そして、相手の返事を待つことなく堂々とドアを開け放ち、大人の余裕を漂わせながら静かに言い放った。
「……失礼するよ」
突然の堂々たる来訪者に、室内にいた複数の男たちが驚いて顔を上げた。
プレハブ小屋の中には、不釣り合いなほど立派な「心と家族を繋ぐ」という胡散臭い動物愛護のポスターや、でっち上げの感謝状、そしてピカピカに磨かれた『探偵バッジ』が誇らしげに飾られていた。
だが、その実態は醜悪だ。
一人の男は複数台のパソコンを並べてネット上のボット工作や自動報告書を作成し、もう一人はヘッドセットをつけて
「はい、現在も全力で捜索中ですが難航しておりまして〜」
とマニュアル通りの追加料金の営業電話をかけている。
そして奥のデスクでは、リーダー格の小太りの男が、スマートフォンでゲームをしながらだらしなく足を投げ出していた。
現場で泥だらけになっていない、偽物の探偵の空間だ。
「な、なんだお前ら! 勝手に入ってきてんじゃねえぞ!」
リーダーの男が立ち上がって怒鳴るが、桐生は冷徹な表情のまま、分厚いファイルの束を男のデスクに叩きつけた。
「……アイヴィ・総合探偵社、チーフ調査員の桐生だ。以前から別件で追っていた、特定商取引法違反および詐欺罪に該当する証拠の束、そして君たちが巧妙に隠していた『ダミー会社と詐欺サーバーの全容』だ。すでに警察に受理されている。……君たちのビジネスは、ここで破綻した」
「なっ……! お前ら、何かの嫌がらせか!? うちの客は喜んで金を出してんだ、ビジネスの邪魔すんじゃねえ!」
男が青ざめながらも反抗しようとしたその時、ヒカルが一歩前に出た。
「……君の構築した詐欺サイトとボットネットワーク、すでに完全に破壊完了。復旧不可能。さらに、現場で回収したこの『血のついた給水器』のDNAデータが、君たちの誘拐と監禁の事実を完全に証明している」
ヒカルが突きつけた証拠袋に、部下の男たちは慌ててキーボードや電話から手を離し、リーダーの男は完全に言葉を失ってへたり込んだ。
俺はリーダーの男の胸ぐらを力任せに掴み上げ、至近距離で睨みつけた。
「理不尽な罠で家族を奪われる痛みが……お前みたいなクズに分かってたまるかよ。探偵を名乗る資格もねえ、ただのクズどもが。二度と命を金儲けの道具にするな」
俺が男に引導を渡したまさにその瞬間。
ウゥゥゥゥゥゥ……!
遠くから無数のパトカーのサイレン音が近づいてくる。
桐生が静かに俺の肩へ手を置いた。
俺は、ゆっくりと男の胸ぐらから手を離した。
逃げ道を塞がれて震え上がる詐欺業者たちを背に、俺たちは振り返ることなく、その場を後にした。
*
2月20日の夕方。窓の外では、冷たい冬の風が落ち葉を揺らしている。ストーブの上で、ヤカンがシュンシュンと湯気を立てていた。
ガチャリ、とドアが開き、上品なコートを羽織ったヒカルの姉、冴子さんが入ってきた。
「ヒカル、イナガキさん。今月もお疲れ様です。……はい、今月の『事務所の経費』と、『イナガキさんのお給料』。それと、『ヒカルの生活費』ね」
冴子さんは微笑みながら、三つの封筒を机に並べた。
俺は自分の名前が書かれた給料袋を大事に胸に抱きながら、西城さんから受け取った報酬の入った封筒を机に置いた。
「お姉さん、聞いてくださいよ! 今月、1件目のムギちゃんの捜索は詐欺業者への意地もあってタダ働きになっちまいましたが……2件目のカイの捜索でキッチリ4日分、8万円の報酬(売上)をいただきました!」
冴子さんがパッと表情を明るくして目を丸くする。俺は誇らしく笑って続けた。
「まだまだ俺の給料を賄うには足りません。……でも、俺たちが這いつくばって稼ぎ出したこの8万円は、奇しくも俺が毎月払ってる『息子の養育費』と全く同じ額です。俺の探偵としての稼ぎが、今月は養育費に追いついたんですよ。……先は長いですけど、今月は、いつも以上に胸を張って、お姉さんからもらったこのお給料から養育費を振り込めます!」
ヒカルが、プロテインウォーターに口をつけながら淡々と言った。
「……イナガキさんの自立心による売上の増加。だが、僕の資産の運用益から見れば、依然として――」
「ゴサノハンイ! ゴサノハンイ!」
ステラがヒカルのセリフを横取りして、鳥かごの中で嬉しそうに羽をパタパタさせながら叫んだ。
「だからステラ! お前がヒカルのセリフを横取りすんな! 俺たちが死ぬほど這いつくばって稼いだ金は、誤差じゃねえ!」
俺のツッコミに、冴子さんは心から嬉しそうに、温かく目を細めて笑った。
「ええ。ふふふ、本当に、立派な探偵事務所になってきたのね。イナガキさん、いつも弟を支えてくれて、本当にありがとうございます」
俺が胸を張ると、冴子さんがデパ地下の袋を机に置いた。
「ヒカル、今日は『熱々のおでんと、ブリの照り焼き』を買ってきたから、ちゃんと季節のものを食べて栄養をつけるのよ」
ヒカルは空間の一点を見つめたまま、静かに口を開いた。
「……ブリに含まれる豊富なDHAと良質なタンパク質、およびおでんのダイコンに含まれる消化酵素。凍える寒さの中で消耗した脳と肉体の疲労を回復させ、体を芯から温める。極めて合理的なリカバリー食。……感謝する、姉さん」
「相変わらず理屈っぽい奴だな! 素直に美味そうって言えよ」
俺は笑いながら、ブリを大きく一口ほおばり、ふと思い出したように言った。
「……それにしても、詐欺業者に隠されてたカイより、ムギちゃんの方が、見つけるのがずっと難しかったな。『本物の迷子』を舐めんなって話だ」
ヒカルは、おでんのダイコンを箸で掴もうとして、その動きをピタリと止めた。
ヒカルは、部屋の隅に置かれたあの『空っぽの犬用ベッド』をじっと見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「……計算外」
ヒカルは視線を逸らさず、小さく1度だけ瞬きをした。
俺はニヤリと笑い、熱々のおでんを大きく一口、口に放り込んだ。
おでんの温かい湯気が揺れる中、ヒカルは再び、静かに箸を動かした。 窓の外では、さくら台の温かい街並みを、冬風が優しく、優しく吹き抜けていった。
(第一部 完)
「ここまで読んでいただきありがとうございました!
『さくら台ペット探偵事務所』も、無事第一部を完了しました。現在第二部を執筆中ですので、公開までしばらくお待ちください。
もし『続きが気になる!』『このコンビ、面白い!』と思っていただけましたら、下部の☆☆☆☆☆から【評価】や、作品フォロー&ブックマークをしていただけると、第二部開始の通知が行くと思います!ぜひ、よろしくお願いします!」




