File 22 CIA襲来!!
「いつも応援ありがとうございます!さくら台駅前ペット探偵事務所、第22話です。
FBIのライバル登場?お楽しみください!」
11月の上旬。木々の葉が赤や黄色に染まり、小春日和の穏やかな陽射しが差し込む『さくら台駅前ペット探偵事務所』は、今日も今日とてけたたましい騒音に包まれていた。
「あははは! 向かいの『さくらベーカリー』、SNSでバズって毎日大行列じゃない!」
「私たちミーハーだから、行列がこんなになる前にとっくに買って食べたわよ!」
「見た目はアレだけど、味は本当に絶品よねぇ!」
大家のタエ子さん、美容院のヨシエさん、居酒屋のミツコさん――『さくら台FBI』の三人が、相談用テーブルを占拠して、こんがりとキツネ色に焼けたフランスパンをかじっている。
そのパンの端からは、生々しい『サンマの尻尾』が突き出ていた。10月にカスミちゃんのお父さんが暴走気味に開発した、あの『サンマの尻尾パン』である。
「カロリー! カロリー!」
窓際の鳥かごでは、オウムのステラが間の抜けた声で干し芋をかじりながら合いの手を入れている。
俺はブラインドの隙間から外を覗き込み、開いた口が塞がらなかった。
「おいおい……マジかよ。カスミちゃんち、店の外まで20人以上並んでるぞ。SNSの拡散力ってすげえな……」
手元のスマートフォンを見ると、奇妙なフランスパンの写真が数万回もリツイートされ、大バズりを起こしていた。
「ヒカルちゃんはまだ食べてないの? もったいないわよ!」
タエ子さんがお茶をすすりながら、部屋の奥で為替チャートを眺めるヒカルに声をかけた。ヒカルはプロテインウォーターを一口飲むと、空間の一点を見つめたまま無表情で言った。
「……拒絶。フランスパンの造形から魚の尾鰭が複数突出しているという視覚的エラーが、生物としての本能的な食欲を減退。不要」
「頭カタイわねぇ〜!」
「若いんだから、もっと人生を冒険しなさいよ!」
お節介なおばちゃんたちに容赦なくいじり倒され、ヒカルはノイズキャンセリングヘッドホンをきつく耳に押し当てて、不満げにふいと目を逸らした。
あの冷徹なヒカルが、下町のおばちゃんパワーに完全にタジタジになっている。
俺はそれを見て、少しだけ溜飲が下がる思いがした。
コンコン。
その時、やけに上品で、どこかツンとすましたノックの音が響いた。
「あら、お客さんかしら」
ヨシエさんが振り返ると同時に、ドアが静かに開いた。
そこに立っていたのは、さくら台の駅前には全く不釣り合いな、毛皮のコートやブランド物のバッグを身にまとった、いかにも「タワマン暮らしのセレブ」といった雰囲気のマダム三人組だった。
彼女たちは、おばちゃんFBIと、汚いジャージ姿の俺をゴミを見るような目で見下ろすと、声を合わせてビシッと人差し指を天に突き立てた。
「ごめんあそばせ。私たち、さくら台の美と秩序を守る『さくら台CIA』よ!」
俺は思わず後ずさった。
「は、はい……? CIA?」
タエ子さんが即座に立ち上がり、ヒョウ柄のブラウスをなびかせて仁王立ちした。
「はあ!? あんたたち何よ! 私たちは『さくら台FBI』よ!」
マダムの先頭に立つ、ショートカットの冷徹そうな女性がフッと鼻で笑った。
「くだらない。そんな下町の埃っぽい名前と一緒にしないで。私は……千葉レイ!」
隣の、ウェーブがかった茶髪をツインテール風にまとめた派手な女性が腕を組む。
「磯山アスカ!」
最後の1人、メガネをかけたグラマラスな女性が、妖艶に人差し指を唇に当てた。
「安堂マリ!」
「私たちは、『超』『意識高い』『集まり』。三人揃って、『さくら台CIA』よ!」
「エフビーアイ! シーアイエー!」
ステラが、空気を読まずに翼をパタパタと羽ばたかせながら叫んだ。
(……DAI語かよ!というか、その名前の並び、有名なアニメのパイロットたちじゃねえか!)
俺は突っ込みたい衝動を必死で抑え込んだ。
「あの『さくらベーカリー』のアートなサンマパンを、最初にSNSでバズらせたのは私たちのグループよ」
アスカさんが、冷ややかな瞳で言った。
「写真を撮りに来た時、向かいにこんな薄汚い探偵事務所を見つけたの。あの前衛的なパン屋の向かいにあるなら、私たちにふさわしい探偵だと思ってね」
「自然にディスるのはやめてくれ! ……で、依頼は何ですか、CIAの皆様」
マリさんが、クネクネと体を揺らしながら俺に近づいてきた。そして、俺の首筋にスッと鼻を近づけ、クンクンと不躾に息を吹きかけてきた。
「お願い探偵さん……。アタシの愛犬、チワワの『ワンコ君』を見つけてほしい。……君、いい匂い……。大人の泥にまみれた男の汗の香りがする」
(主人公のあだ名! 謎の液体の香りみたいなテンションで、おじさんの首筋の匂いを嗅ぐな! )
俺が真っ赤になって飛び退くと、ヒカルが保冷剤をおでこに当てたまま、冷静にタイピングをしながらボソリと口を開いた。
「……拒絶。サヤカ氏の突進に続き、イナガキさんに対する特定個体の嗅覚センサーのバグが発生中。イナガキさんに対する特定個体の『異常接近パラメータ』が限界突破。……極めて不快。早急な隔離を推奨」
「他人事みたいに言ってないで、お前もこのカオスな状況をなんとかしろ!」
俺が呆れ果てていると、レイさんが突然、胸元に手を当てて涙ぐんだ。
「ワンコ君がいなくなって……痛い。いえ違う、『さびしい』――そう、寂しいのね。泣いてるの?私」
アスカさんが、すかさずレイさんの頭をゴツンと小突いた。
「あんたバカぁ!? あんたの犬じゃないでしょ! マリの犬よ! おあいにくさま」
(もう、渋滞しすぎ!何を突っ込めばいいんだよ!)
マダムたちの話を整理すると、依頼人の安堂マリさんの飼い犬、チワワのワンコ君(去勢済みのオス・3歳)が、今朝の散歩中に大型バイクの爆音に驚いた時に、首輪がすっぽ抜けて逃げ出してしまったのだという。
「パニックによる突発的な逃走ですね。マリさん、ワンコ君が走り去った方向はわかりますか?」
「もちのろーん。駅裏の交差点のほうへ、一直線に走っていった」
「……逃走ベクトルの初期データ、確保完了」
アスカさんが、すかさず念を押すように言った。
「SNSの噂で知ってるわよ。あんたたち、一日2万円で探してくれるんでしょ?」
「いや、うちの基本料金は……」
俺は言いかけたが、彼女たちの情報網と押し出しの強さを前に、これ以上抵抗しても無駄だと悟った。
俺は諦めて大きなため息をつき、ヒカルの方を振り返った。
「……って言ってるけど。どうする、ヒカル」
「未確定のノイズが多いが……『小型犬の逃走』というタスクへ変換。日当2万円の条件も、僕の資産運用益から見れば誤差の範囲。……受理相当」
ヒカルは、ノートパソコンをパタンと閉じた。
「ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回、ワンコ君を見つけることができるのか。この次も、サービス、サービス!!
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