第三話 産声
大星歴八六四年六月六日 ロスナーサ王国リエヴァン
(息ができない)
海の底に仰向けで沈んでいる。そこからゆっくりと浮かび上がっていくような感覚。目も開けない。これ以上無理というところで海面に出た。
思いっきり息を吸って、そして吐いた。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
部屋中に泣き声が響く。自分の声のようだ。
(ここが別の此岸というやつか? どういうことかわからないが記憶はそのままだ。アルビナとの会話も全部覚えてる)
「エレーヌ、女の子よ」
「大変! この子髪の毛が真っ白だわ!」
近くで何人かの女性の大声が聞こえる。
(私の姿で生まれ変わってもらうと、アルビナはそう言っていた。だから髪が白いのも当然だ。ということは瞳も赤いのだろう)
懸命に目を開けようとするがうまくいかない。
(赤ん坊はすぐには目を開けられないんだっけ)
がんばって少し薄目を開けることができた。眩しい光筋が瞼の裏に流れ込んでくる。
ぼんやりとした視界にこちらを覗き込む年配の女性たちが映る。
「きゃあぁ!」
「この子、目が、瞳が血の色みたいに真っ赤だよ!」
耳を刺すような女の叫び声。
(うるさい。汚い。なんなんだこの場所は)
それが最初の感想だった。
「きっと忌み子だわ」
「何かの前触れかしら……」
「初産なのに……かわいそうにエレーヌ」
今度は聞き取れないぐらいのひそひそ声だ。
エレーヌと呼ばれた若い女性が母親みたいだ。
「……」
エレーヌは呆然として赤ん坊を見つめていた。
両手を胸の前で握り締めてこちらに手を伸ばそうともしない。
(なんだ……この冷たさは)
「忌み子なんかじゃないよ! アルビナ様に生き写しじゃないか!」
年配の女性が節くれだった指で横から奪うように、赤ん坊を抱き上げながら優しく見つめている。
(この人、アルビナを知っているのか?)
「で、でもエミさん……その子、死体みたいに全身真っ白じゃないか。それに目が血を吸ったみたいに……」
エミと呼ばれた女性は、女たちの赤ん坊への悪口を完全に無視して、エレーヌに近づいた。
「エレーヌどうしたの? 抱いてあげて」
「嫌よっ! あっちへ行ってお母さん! 何がアルビナ様よっ! こんなに苦労して産んだ子がアルビナに呪われているなんて!」
「……エレーヌ!」
「十年前におとうさんを見殺しにして、今度は生まれてきた私の子に呪いを……」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ、あのときは……」
「お母さんっ! その気持ち悪い子をあっちへ連れてって! 顔も見たくないわ!」
「エレーヌ……」
「見なよあの体の色。まるで死体じゃない。あんなのがアルビナ様のはずがないわ。きっとアルビナ様をまねた魔物か何かよ」
女たちの囁き声が追い打ちをかける。
エレーヌは生まれて間もないわが子を激しく拒絶した。エミとの間に起きた過去の出来事が今だにエレーヌの心に深い傷を残しているようだった。エミは仕方なく隣の部屋に赤ん坊を抱いたまま連れて行った。
(これは……エミさん……に育ててもらうしかないか)
城田は、腕の中で顔の筋肉をもぞもぞ動かしてみる。生き残るための、精一杯の愛想笑いのつもりだった。
「まあっ、なんて愛らしい笑顔かしら。ほんとうに大聖堂の祭壇画のアルビナ様にそっくり」
エミは溢れんばかりの笑顔で答えた。
どうやらここは教会で、大聖堂にはアルビナの祭壇画があるという。本当に城田はアルビナの姿で生まれ変わったようだった。
(――やれやれ。どうやらこれで当面の食い扶持は確保できたか)




