第一話 秋の林道で世界から拭き取られる
初めて投稿します。よくある異世界転生ファンタジーです。楽しんでいただけたら幸いです。
毎日更新していきます。完結までがんばって投稿していきますのでよろしくお願いします。
※本作は小説家になろうのほか、「カクヨム」にも重複投稿しています。
山粧う林道にバイクの排気音が響く。柔らかな秋の木漏れ日がタンクにまだらの影を作っている。
城田深緋は久々の休暇でソロツーリングに来ている。
城田の仕事は清掃員だ。引っ込み思案な性格と人間嫌いから、なるべく人と接触する機会の少ない仕事を選んだ。高校を卒業してすぐ就職したのが清掃会社だった。
人間との会話には、いつも不規則なノイズが混ざる。しかし、このポリマー樹脂の海は違う。城田の引くモップの軌道に従い、何億もの高分子が一糸乱れぬ方向へと整列していく。一方向へ。ただ一方向へ。摩擦を拒絶し、他者の足跡すら受け付けない完璧な結晶の床が、城田の背後に生まれていく。ここには自分と、物質の秩序しかない。
分子の並びを揃えておけば、後から入ってきた奴の足跡が、乱反射の曇りとして一目でわかる。奴らは城田の領域を汚しにやってくる。その無神経な足元が、せっかく整列させた分子を無残にかき乱していくのだ。
汚れとは、この世の事象の停滞だった。壁や床を一心不乱に磨いている時、何も考えなくてよくなる。汚れという不純物を削ぎ落し、そこにあるべき純粋な事象の質感を取り戻す作業だけが、唯一自分を裏切らない気がした。
バイクの振動に身を任せながら城田は昔を思い出していた。「こきあけ」という変わった名前のせいでいつもからかわれたのだ。父親の仕事の関係で転校が多かった城田は転校初日の自己紹介で名前を名乗るときが地獄の始まりだった。名前を名乗った途端、教室中に広がるくすくす笑いや、
「コキアケって、なんかコケ(苔)みたい」
「変な名前ー!」
などと突っ込む声に怯えてしまい、初っ端に萎縮したまま打ち解けることなくまた転校していくということを繰り返していたのだ。中学に上がる頃には孤独が究極まで深まっていた。城田はこんな名前をどうして子供につけたのか母親に聞いたことがあった。すると母親は、
「古くから日本に伝わる赤い色のことよ。生命を司る太陽や炎を表す色でもあるわ」
と少し得意げに話してくれた。幼かった城田はあまり理解できず、もっと普通の名前があっただろうにと腹が立った。その母親も城田が就職して間もなく病気で亡くなり、後を追うように父親もすぐに癌で亡くなってしまった。兄弟のいなかった城田はそれ以来本当に天涯孤独になってしまった。
(独りぼっちで十年か。心許せる人間は今まで一人もいたことなかったけど、寂しくなかったな。むしろ独りが心地いいというか……。いや! 今からでもがんばらねば! おっとっ!)
考え事をしていたせいか城田はカーブでセンターラインをはみ出しそうになる。ライディングに集中しようと自分に言い聞かせながらアクセルグリップを林道のカーブに合わせてスロットルを当てる。
ツーリングは独りが好きな城田にとって相性のいい趣味だった。走り屋と言われるようなスピード狂ではないけれど、こうした林道の急勾配のエス字カーブを人車一体になって駆け抜けるのは快感だった。職場のバイク好きの同僚と仲良くなればいいものだが、連れだってツーリングに行くことはなかった。二人いれば行き先やルートで意見が対立するだろうし、どちらかが相手に譲らなければならなくなるからだ。そのようなやり取りを想像するだけで気が滅入ってしまうのだ。
あと二時間くらい林道を走れば今日宿泊する予定の宿に着くはずだ。
(よーし。次のカーブはもう少し突っ込んでみようかな……)
そんなことを考えながら緩やかなカーブを抜けた瞬間、まるでワックスを塗りたての床に足を取られたような、物理法則を無視した滑走感と共に、視界の端に
「洗剤の泡が弾けたような、虹色の歪み」
が見えた。
――ブレーキをかける暇もなかった。アスファルトのグレーが、秋の空の青が、まるで濡れた雑巾で拭ったように一瞬で「無」へとかき消される。
衝撃はなかった。ただ、世界から音が、重力が、そして自分という「輪郭」が剥離していく感覚だけあった。
城田が消えた後、アスファルトには木漏れ陽が木々の葉で作るまだら模様の影を作っていた。




