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11 限界


 籠城戦中の町の広場では私の出した食材を使って炊き出しが始まっていた。その様子を私は傍らからぼんやりと眺めている。


 ……体がものすごくだるい。明らかに魔力の使いすぎが原因だ……。

 完全に張り切りすぎだった。やつれた人々を前に当初の予定以上の食糧を出してしまったということ。それに、いい格好をしたい気持ちも少しあった。

 小さい……。私は二歳児で体が小さいけど、中の魂も小さい……。こんなに小さな人間が皆から聖女様と崇められていい気になって、何とも滑稽だよ。町の皆、助けにきたのが小さな聖女でごめんなさい。


 自己嫌悪に陥る私の視線の先では、軍の指揮官が兵士達と共に住民達を必死に抑えていた。あの住民達は私に治療を求める人々だ。手足の欠損した兵士達を完治させた噂が広まり、ああやって押しかけてきている。

 きっと誰もが切実な思いで来ているんだろうから治してあげたい気持ちは山々。だけど、今の私にはできない……。小さな聖女ゆえに……。


 どんどん自分が情けなくなる私の所に、指揮官が一息つきながらやって来た。


「ご気分はいかがですか、聖女様。ずいぶんと無理をさせてしまったようで申し訳ありません」

「いえ、全ては私の愚かさと力のなさが招いたことですので、お気になさらず……」

「ご存じかもしれませんが、魔力を極度に消耗すると翌日まで響きます。明日は輸送は大丈夫ですので、一日しっかりとお休みください」


 ……全然知らなかった。明日もこのだるさが続くのか。

 でも、これは本当に私自身が招いたことだし休むわけにはいかない。ここの人達は命が懸かっているんだから。


「……明日も来ます」

「聖女様、割と頑固ですね……。こちらは本当に大丈夫なのです。武器も食糧も二日以上は充分にもちますので。今後のためにも、どうかお休みください!」


 年配の指揮官のその言葉には有無を言わせぬ迫力があった。

 二歳児の体が自然と反応して、気付けば私は明日のお休みを了承してしまっていた。


「だったらせめて、今日はもう少し治療して帰ります。表には出られないほど重傷の人とか、いるんじゃないですか?」

「それは、その……。魔力の方はまだ大丈夫なのですか?」

「数名なら平気です。どれほどの怪我人でも牛一頭を出すよりは消費しませんから」

「……そういうものなのですか? では、お願いしてもよろしいでしょうか」


 こういう戦場なら、動かせないほどの重傷者が絶対に何人かはいるだろうと思った。

 すると案の定、案内された建物の一室にはあと二日もつか非常に微妙な重体者が七人寝かされている。


 た、尋ねてみてよかった! この人達を見殺しにして帰るところだったよ! 遠慮せずにちゃんと言って!


 すぐに私は〈ヒールワイド〉で全員を治療。生死の境を彷徨っていた七人は瞬く間に健康そのものの体に戻った。


 彼らとその仲間達が抱き合って喜ぶのを確認したのち、浮かび上がった私は部屋の窓から外へ。

 見送る指揮官が心配そうに声をかけてきた。


「……聖女様、ふらふらしておいでですが、お一人で帰れますか?」

「だ、大丈夫です……。では、また明後日……」


 ふらふらと町の上空まで移動すると、改めて眼下の戦いに目をやった。


 実は少し不思議に思っていたことがあるんだよね。この戦争は、高い壁の上から兵士達が飛び道具で下の魔獣達を攻撃するという一方通行の戦いだ。


 前にテルミラお母さんから聞いた話によれば、魔獣という殺人鬼がのさばっているこの世界ではそれに対抗すべく兵器類が結構進歩しているらしい。今も兵士達が使用しているのは、やけに貫通力の高そうなボウガンや、まるで手榴弾のような火薬兵器など。

 これに対して、魔獣の側は飛び道具はもちろんのこと、遠距離攻撃の手段は持ってないように見える。すごくジャンプ力のありそうな大兎でも壁の上までは跳べそうにない。


 だから、都市は一か月近くももちこたえられたんだろうけど。

 だとしたら、さっきの重体の人達とかはどうやってあんな怪我を負ったんだろう?


 と都市を取り囲む魔獣の群れを見つめていると、壁の近くで一箇所、何やらもこもこと盛り上がりはじめた。どうやら魔獣達が上に上にと乗り上げて塔を作っているようだ。それは徐々に高くなっていき、壁の高さまで迫りつつあった。


 まさかあんな方法で……! と思っているうちに、魔獣の塔の先端にいた二頭の大兎がビョビョンと跳躍。一跳びで壁の上に乗り移ってしまった。

 大兎の魔獣達は前脚の鋭い爪を振り回し、あっという間にそこにいた兵士達を切り刻む。


 あの兎! 見た目通りやっぱり凶悪だった! 間に合うか!


 急降下した私は壁の二頭の兎の所へ。目の前に着地するとすぐさま魔力の波動を放って大兎達を壁の向こう側に吹き飛ばした。

 振り返った私の目に、やられた兵士四人の無残な姿が飛びこんでくる。それは言葉にするのも躊躇われるほどのひどい状態だった。


 何か考えるより先に私は〈ヒールワイド〉を発動していた。

 癒しの光が兵士達を包むのを祈るような気持ちで見つめる。治癒の所用時間は一瞬のはずなのにとても長く感じられた。


 私の祈りが天に届いたのか、やがて四人はむくりと体を起き上がらせる。

 彼らは状況が飲みこめないようで、互いに顔を見合わせた。


「お前、どうして生きているんだ……? 死んだはずだろ……?」

「……俺も、お前が殺されるのを見たぞ」

「あそこに落ちているのは、もしかして俺の……」

「……俺は少し意識があったから覚えている。……その子だ、その子の放った光が全員を包みこんだ瞬間、俺達は生き返った……」


 兵士達の視線が集まると同時に私はその場に座りこんでいた。


 ま、間に合った……。

 ……そして、体に力が入らない。もう完全に魔力を使い果たした……。


 さて、ここからどうやって帰ろう……。いや、もうこの町に泊まるしかないよね。

 こんなところをレイエルやテルミラお母さんに見られたらすごく呆れられそう。輸送だけのはずが何やってんだ、って。


「輸送だけのはずが何やってんのよ!」


 ほらね、こんな風に、……あれ、どうしてここに?

 私が視線を上げた先ではテルミラお母さんが腕組みをして立っていた。


「お母さん、なんでいるの?」

「レイエルに頼まれたのよ。あんたは、戦争には関わりたくないと言いつつ絶対に、無理して食糧を出したり、怪我人を放っておけずに治療したり、挙句に魔獣を吹っ飛ばしたり、どっぷり戦争に浸かっているはずだから尾行して助けてほしい、ってね」


 ……レイエル、私の行動を手に取るように読んでいる。

 でも、これで助かった。お母さんが来てくれたらもう……、ん?

 おそらくまた魔獣の塔から跳んできたであろう大狼が、テルミラお母さんの背後で鋭い牙を剥き出しにして立っていた。


「お、お母さん! 後ろ!」

「あんたね、この私が気付いてないわけないでしょ……。今は取りこみ中よ! 犬っころ!」


 テルミラお母さんが振り向くこともなく手をかざすと、舞い出した風の刃が狼の魔獣をズタズタにしてわずか数秒で仕留めた。


 こんな戦争のまっただ中でもお母さんは余裕だ。踏んでいる場数が違いすぎるね……。

 あ、ちょっと、私まで犬みたいに扱わないで。


 私を摘まみ上げたお母さんはそのまま風で宙に浮かび上がる。


「さっさと帰るわよ、ルーシャ。じゃ、世話になったわね」


 と彼女は先ほど奇跡の生還を遂げた兵士達に手を挙げて挨拶。呆気に取られるように私達のやり取りを眺めていた彼らはハッとなった。


「い、いえ、お世話になったのはこちらで、たぶん娘様は我々の命の大恩人です……」

「まあ、恩に感じたならこの子の教団に寄付でも適当にしといて。あ、受け取れないんだっけ。じゃ月額定額会員にでもなってあげて。さて、今日は私めちゃ働いたから帰ったらめちゃ酒飲むわよー」


 働いてなくてもいつもめちゃ飲んでるでしょ……。


 私は限界まで魔力を使い果たして、家族が呆れるくらいお節介を焼いてしまったわけだけど、この小さな体でも手が届く数人は助けられたのでよかったと思う。

 器の小さな自己満足と言われるだろうか。それでも構わない。小さくてもやっぱり、私は聖女なんだから。





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