10 聖女
聖女ルーシャ教団の設立から四か月が経った。私はまだまだ二歳児のままだ。
私の教団には契約しているこの国との調整を担うチームがあるんだけど、先日、そこから私に対して打診があった。
現在、国の外れで魔獣の軍勢相手に籠城戦を繰り広げている都市があるらしい。もう一か月近くも戦い続けているようで、ようやく外側から攻めている魔獣達を討伐する算段がついたものの、当の都市の方がこれ以上もちこたえられそうにないみたい。
そこで私の出番というわけだ。
物資の運搬をぜひとも私にやってほしいとのこと。
魔獣に囲まれた都市への輸送は空からしかできない。となると、魔法に頼る他ないわけだけど、大量の物資を運べる魔法使いなんてそういないんだとか。
私なら前に百五十四人の神官を運んだようにかなりの重量の物を運搬可能だし、食糧に関しては現地で量産できる。というより私以外には無理な任務だろう。だから国も困っているわけで。
調整役の神官達が言うには、もしこの輸送任務を教団が完遂できれば国の首脳機関に大きな貸しが作れるそうだ。そんな事情で、ぜひとも、と私に頼みこんできた。
正直なところ私は以前の王国で兵器として利用されそうになったこともあり、あまり戦争に関わりたくない。だけど、今回は物資の輸送だし、都市には逃げられなかった住民達が大勢残っているようなので引き受けることにした。
というわけで、私は現在、巨大な物資の塊の上に乗って空を飛んでいる。
うーむ、物資が重くて結構な魔力を消費するし、向こうでの食物再生も考えるとやっぱり輸送できるのは一日一回か。帰る時にはへろへろになってそうだな、私……。
さて、そろそろ目的地の都市が見えてくるはず……、お、あれだね。
……ってちょっと、嘘でしょ。やばくない?
四方を高い壁にぐるりと囲まれた町は、その四方を無数の魔獣達にぐるりと囲まれていた。魔獣はどこかで見た記憶のある狼や熊に似た奴など、通常の獣より遥かに大きな個体が数万頭はいる。
なんか、草食動物にあるまじき凶悪な顔をした大兎もいるね……。
こんな軍勢で完全包囲されていたら地上からの輸送は無理なはずだよ。中の人達、よく一か月近くも耐えきったな……。
魔獣の標的になりそうな都市はここみたいに高い壁などでしっかりと備えが施されている。しかし、外部からの輸送が途絶えた場合はそういつまでも凌ぎきれるわけじゃない。
とにかく急いだ方がいいね。確か、町の広場を空けて待ってくれているという話だっけ。
町の中央付近にそれらしき場所を見つけたのでそこへ向かう。
上空まで行くと下で大勢の人達が手を振っており、ゆっくりと物資を降下させた。まさに待ちに待った支援だったのだろう。地上に到着すると人々の歓声が私を包んだ。
ところが、物資の上に座る私を見た途端、歓声はピタッと止んで広場は静まり返る。それから急にざわめきが。
軍の指揮官らしき年配の男性が進み出てきて、遠慮がちに私に尋ねてきた。
「もしや君が、いや、あなたが一人でこの物資を運んできたのですか……?」
「え、はい、そうですけど?」
そうか、二歳児がたった一人でこんな巨大な物を浮かせて飛んできたなんて、一概には信じられないよね。でも私の魔力は感知しているから困惑しているようだ。
混乱を隠しきれない様子で指揮官は再び私の顔を見る。
「聖女ルーシャ教団という組織が担うという話でしたので、てっきり十数人の神官が協力して運んできたのかと……」
「いえ、私一人です。あ、申し遅れました、私は聖女ルーシャ教団のルーシャといいます」
「で、では、あなたが聖女、様ですか。なるほど、異世界からの転生者は、すごいのですね……」
どうやら彼は無理矢理に自分を納得させたみたいだった。
……神官十数人も一緒に運んでくるべきだったかな。
そんな偽装工作してる余裕は魔力的にないか(連れてきたら連れて帰らなきゃならないし)。とにかく早く任務を終えてしまおう。
「指揮官さん、物資の確認をお願いします」
「は、はい、すぐに取りかかります」
広場に集まっていた兵士達が荷ほどきを始める。
しかし、作業を進めるにつれて徐々に彼らの表情が落胆したものに変わっていく。
いったいどうしたんだろう、えーと、私が運んできたのは大半が矢や火薬兵器なんかの武器類で……。あ、食糧がないからがっかりしているのか。
よく見ると全員が相当やつれているね。この町は住民も合わせて約七千人らしいから、一か月も籠城しているともう食糧もほとんど食べ尽くしていたんだ……。
「大丈夫ですよ、食糧もきちんとありますから」
私がそう声をかけると皆の顔が一斉に輝いた。代表して指揮官が聞き返してくる。
「ほ、本当ですか! ではこの後に別の隊が運んできてくださるので?」
「いえ、今から私が出すんです。ちょっとスペースを空けてください」
誰もが不思議そうな視線で見てきたが、言った通りに場所は空けてくれた。
私は携帯している袋の一つに手を入れる。取り出したのは色々な野菜を粉々に砕いたものだった。これらを空中にばらまくと同時に〈ヒールワイド〉を発動。
何もなかった場所に、キャベツやジャガイモなど多種多様な野菜が山を作った。
皆が驚きのあまり言葉を失っている間に、私はまた別の袋に手を入れる。そこに入っていたのは牛と豚の毛、それに鶏の(羽根から抜き取った)毛だった。それらもばらまきながら〈ヒールワイド〉をかける。
野菜同様に家畜が折り重なって山となった。
ふむ、さらに輪をかけて驚いている。だけどまだまだこんなものじゃない。次は……、う、袋を開けた途端に磯臭い、これだよ。
撒いたのは様々な魚の鱗だった。〈ヒールワイド〉で海から上がったばかりのような魚がその場に積み上がる。
そして、デザートもあるからね。
最後にもう一度粉々の物質を撒くと、今度はリンゴやバナナなどの果物が積み上がった。
七千人いてもこれだけあれば全員が食べられるでしょ、と私が振り返ると、いつの間にか遠巻きに見ていた町の住民達も集まってきていた。軍の人達と一緒になって唖然とした表情を浮かべている。
一同を代表してやはり指揮官が私に尋ねてきた。
「こ、これは、どうなっているのですか……? まるで、奇跡のようなのですが……?」
「あ、詳しくは言えないのですが、私の魔法です。どれも新鮮なので皆で食べてください。明日になれば私はまた同じ量の食材を出すことができるので、食べきっちゃっても大丈夫ですよ」
「明日も来てくださるのですか!」
「毎日来ますよ。……あ、怪我を負っている方々、こちらへ来てください」
兵士の中に腕や足を失っている人達がいることに気付いて、私は彼らに声をかけた。
私の前に集まった負傷兵達にまとめて〈ヒールワイド〉を発動。すると、全員の欠損していた手足が一瞬で再生した。
当人達も周りで見ていた人達も一様に口をパカッと開ける。今回も指揮官がどうにか声を絞り出した。
「……ありえない。奇跡だ、もう本物の奇跡だ……」
「毎日怪我人も治療します。あなた達がこの戦いに勝つまで来ますので、頑張ってください。あと少しです」
わずかでも励ましになればとそう語りかけると、誰からともなく震えながら涙を流しはじめた。
それは連鎖するように広がっていき、私の目の前では指揮官が泣き崩れる。年配の彼が見せたその姿は私にとっても衝撃だった。
「ちょ、ちょっと、どうしたんですか!」
「……ずっと孤立無援で、もう駄目かと思いました。食べる物も底を尽き、もう町の民を守ることも、敵の攻撃を凌ぐこともできないと……。……聖女様は、誠の聖女様です」
彼の言葉に共鳴するように、兵士達も住民達も次々に膝をつき、「聖女様……」と口にして私に向かって祈り出す。
……これは、感謝されている、なんて言葉じゃ足りない。敵に囲まれて空腹で、皆もう極限状態だったんだ。私が運んだのは物資じゃなく希望だった。
転生して以来ずっと聖女と呼ばれてきた私は、この日、初めて聖女という呼び名の本当の意味を理解することになった。




