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第九十三話 ステルス同志

●93.ステルス同志

 林原は桐島総合情報局長と共に官邸の首相執務室を訪ねていた。

「最近のランサムウェアには、ターゲットとされる政府、民間を問わず異変が見られるようになりました」

桐島はいろいろな資料を手元に置いて話し始めた。

「それはどういうことですか」

高坂首相は怪訝そうにしていた。

「データファイルを暴露すると脅して身代金を要求するはずなのに、何もしてこないのです」

「何もされていないのに、データが盗まれたという思い込みではないのですか」

と林原。

「いいえ、データは確かに盗まれているのですが、どこにも流失した形跡がないのです。その上、不思議なことにある程度の時間が経つと自然にシステム復旧するのです」

「解せません。何の意味があるですかね」

高坂は首を傾げていた。

「ただシステムの脆弱性を調べているとしか、考えられないのです」

「次の何らかの攻撃の前準備の可能性がありますね」

林原は由々しき事態だという表情になった。

「AI、AIと叫ばれて久しいのですが、より一層厄介な世の中になりましたよ」

高坂は肩を落としていた。

「…これって、黒河市の情報にあるスターリンの思考によるAI国家指導補佐システムと関わりがありそうではないですか」

と林原。

「はい。それでうちの情報局ではその線で調べたのですが、既に試行段階は過ぎて、実践導入されているとのことでして、林原さんの言う通り、国家指導システムが各国の脆弱性などに探りを入れている可能性があります」

「それはヴィクトル・ボドロフ大統領の指示ですか」

と高坂。

「わかりませんが、AIが勝手にやっていても、大統領は気付かないでしょう」

「気付かないとしたら、国家を乗っ取られかねませんね」

「こういった世の中になったからには、日本も独自の国家指導補佐システムを構築して、対処する必要があるかもしれません。郷に従え党として、試案モデルをいくつか作ろうかと思います」

林原は意欲的であった。

「AI政治システム安保ということですか」

と高坂。

「はい。良いネーミングですね。AI政治安保か…、総理の任期中に形にします」

林原は高坂の政権が長期になることを望んでいた。


 郷に従え党本部の会議室には党三役が集まっていた。

「私は徳川家康だけでなく、実行力と革新性を求めて織田信長の思考モデルも取り入れるべきではないかと」

ベルガーは織田信長の肖像画をタブレットPCに表示させていた。

「それでしたら、豊臣秀吉の卓越した人たらしの能力も加味するべきです」

とケリー。

「明治維新を成功させた人達や平和を希求していた昭和天皇の思考も大切ではないでしょうか」

林原は会議室のモニター画面に昭和天皇の写真を表示させていた。

「ケネディーも敬愛する上杉鷹山の経営的に視点も重要ではないですか」

ケリーはアメリカ人として言いたかったようだった。

「ドイツ人の私としてはビスマルクも捨てがたいのですが、これは日本のシステムですから日本人の方が良いでしょう。あぁ、なかなか、まとまりせんね」

「ここは個人的な取捨選択するのではなく、日本の国家指導補佐システムですから、飛鳥時代から現代までの歴史上評価の高い人物の思考を全てAIに学習させて最適化するのが一番ではないですか」

「それに異議はありませんよ」

ベルガーは林原の方を見ていた。

「あ、それとその人物の中にベルガーさんとケリーさん、私林原の思考モデルも付け加えますからね。郷に従え党が日本を再生させたのですから」

「それで行きましょう。後はシュルツさんたちのプログラム設計などの技術力次第ですね」

ケリーはアメリカ版の政治システムに考えが行っているようだった。


 「日本やアメリカでは、老人をあまり見かけないと言うが、本当に長寿医療に危険はないのかね」

「どうでしょうか。私はインド製の介護ロボットなので、そちらの事情には詳しくありません」

「そうでしたか。しかし車椅子よりの実際に自分の足で歩くのは気分が良いものです」

「はい。ベリンスキーさんは、お年の割には回復が早いので、杖を突けば一人で歩けるようになりますよ。あ、そこは階段ですので、私の手におつかまりください」

「すみませんな」

「いえいえこれが私の仕事なので」

介護ロボットはベリンスキーを階段に上らせ、病院の敷地内にある公園に連れてきた。

 「疲れましたか」

少し歩いたところで立ち止まる介護ロボット。

「ちょっとそこのベンチで休みたいのですが」

「はい。どうぞ」

介護ロボットは、ベリンスキーを座らせていた。

「今日は良い日和ですね。ジュースでも買って来ましょうか。それとも紅茶にしますか」

介護ロボットは公園の景色を眺めながら言っていた。

「…」

ベリンスキーは柔らかな日差しを受けて、すぐにうとうとし始めていた。


 遠隔特殊任務オペレーティング室は総合情報局の地下にあった。室内の壁際には潜入アバター・ロボット操作ブースがずらりと並び、中央部には管理オペレーター用のモニターがいくつも設置されていた。桐島局長は林原の前を歩き施設を案内している。

「現在、ロシアでは非正規長寿医療の副反応などの危険性がクローズアップされ、施術を選択しない高齢者が多く存在しています」

「それを利用しているわけですか」

「ちょうど好都合ですし、自然に潜入できますから」

「あそこで誰かが作動させているようですね」

林原は一番奥の操作ブースのオンライン表示を見ていた。

「はい。郷に従え党の要人警護統括本部から転籍した相川が任務遂行中です」

「そうでしたか。相川がですか」

林原は懐かしそうに言っていた。


 操作ブースのオンライン表示がオフになり、相川が出てきた。

「よぉ、相川。久しぶりだが、放っておいて良いのか」

林原は相川に笑顔を向けていた。

「ベリンスキーさんは、10分程、お休みさせておきますので、息抜きです」

相川は操作ブースから出てきた。

「あぁ、林原さん、この潜入アバター・ロボットは自律制御でも作動しますので、その際は本当に機械仕掛けの介護ロボットになります」

桐島が付け加えていた。

「それで相川、看護ロボットとして潜入していて、何か妙なことに気付いたか」

「…今の所は大きな軍隊の移動や粛清、スキャンダルも特にないです。強いて言えば、ベリンスキー氏の娘のアリサ・ベリンスキー候補の写真がネット上で間違ってアップされたぐらいですか」

「写真の手違いか…。もしかして候補者として表示される順番が最後だったり、全く表示されないこと

もなかったか」

林原は考えながら言っていた。

「はい、ありました。ロシアのカムチャツカ地方知事選挙管理委員会がネット環境の不具合だと謝罪していましたけど」

「アリサ候補の公約とかも検索で上位に表示されないのではないかな」

「あ、ベリンスキーさんは、娘が大統領派の議員なのに、誰がそんな嫌がらせをするのかと怒ってました」

「その公約はどんなものなんだ」

「娘さんはちょっと古い考えをお持ちのようでして、何でもデジタル化・AI化することは不慣れな高齢者のアナログ的な利便性を阻害すると主張していますが、それは大統領も容認しています」

「アンチAIと見なされるな」

「林原さん、それは誰にですか」

「大統領ではなくAIにさ」

林原が言うと相川と桐島はあ然としていた。


 「桐島局長、私がこのブースに入って探っても良いですか」

「あ、はい。良いですけど、看護師としての技術はお持ちですか」

「それはないから、必要な時は即座に相川と入れ替わります」

「…それなら、問題はないでしょう。しかし運用規約としては、部外者が…」

「私は郷に従え党三役の一人だが、無理ですか」

「いえ、何かお考えがあるようなので」

「他の党三役の承認を得てから実行しますし、何かあったら、全面的に私が責任を取るから心配しない

でください」

林原は、無理強いしてしまった後ろめたさがあったが、必要だと感じていた。


 「あらやだ、父さん、また表示ミスだわ。今度は公約の文章が間違っているのよ。一体、選挙管理委員会はどうなっているのかしら」

「アリサ、大統領に言って選挙管理委員長を罷免させたらどうだ」

「それもそうね。こんなんじゃ、当選確実と言われていたのに落選するかもしれないから」

アリサはムッとしていた。林原は介護ロボットの目と耳を介して様子を見ていた。

「これだから娘の言う通り、デジタルとかネットは信用ならんのだ。まぁ、介護ロボットの君に言ってもナンセンスだが」

ベリンスキーは介護ロボットに語りかけていた。

「ベリンスキーさん、選挙に立候補するといろいろと大変ですね」

「あぁ、君はこういった話しの相手にもなってくれるのか」

「はい。高齢者の方の話し相手になることは、認知機能の意地とストレスの緩和に役立ちますから」

「じゃ、父さん、私の選挙事務所に行ってくるわね」

「車の運転には注意するんだぞ」

「お嬢様、行ってらっしゃいませ」

介護ロボットは玄関までアリサを見送っていた。


 「ちょっと風邪をひいたようだな」

咳き込むベリンスキー。

「それは大変です。体調を測定いたします」

介護ロボットは聴診器の機能も備えた掌を胸部に当てていた。『唾液の誤嚥。感冒症の可能性5%』と林原が装着しているゴーグル表示。

「これは風邪の引き始めですね。早めに服薬で治しましょう」

「不自由な足のことから風邪のことまで、ありがたいね。君がいると娘の負担が減らせるから、議員としての活動が思う存分できるはずだ」

「これは私の仕事ですが、お褒めいただきありがとうございます。それでは今、調剤が一番早いのはどこの薬局かお調べします」

「いつもの薬局は混んでいるのか」

「そのようでして、少々お待ち下さい。検索結果が出ました。順番待ちが少ないイワノフ薬局で薬をもらってきます」

介護ロボットは、ベリンスキー邸を出るきっかけを作った。


 介護ロボットはペドロハバロフスク・カムチャツカスキーの中心街を見ながら、薬局に向かっていた。街頭の至る所に選挙ポスターが貼られていたが、アリサ・ベリンスキー候補のポスターは、必ず言って良い程、人目に付き難い位置に貼られていた。

 「あらぁ、奥さんもお買い物。そこのスーパーのジャガイモは安かったわよ」

選挙ポスターの前で立ち話をしている主婦。

「そうなの。行ってみるわ。それにしても、あたしの指示しているアリサ・ベリンスキーさんは立候補しないのかしら」

もう一人の主婦が言っていた。

「そんなことないわよ。ほら、この端っこに貼られているでしょう」

「あ、本当だわ」

気付いた主婦は笑っていた。その様子を介護ロボットは立ち止まって聞いていた。


 操作ブースから出てくる林原。

「林原さん、介護ロボットになった気分はどうでしたか」

相川はブースの前で待っていた。

「外出するのに苦労したけど、街中を散歩してみたよ」

「それで何かわかりましたか」

「些細な異変だけど、これが意味を持つかもしれないんだ。あぁ、それとロボットはまだ街中にいるから、帰りは頼むな」

「え、今、どうしているんですか」

「薬局の待合室で番号が呼ばれるのを待っている」

「ぼさっとしていると、故障と勘違いされますから引き継ぎますね」

相川は、素早く操作ブースに入って行った。


 カムチャツカ地方知事選挙投票日の翌日、朝食を食べているベリンスキー親子。

「アリサ、選挙戦の手ごたえはどうだった」

「かなり良かったので、楽勝とは言えないまでも、勝ったと思います」

「それじゃ、テレビを付けてみるか」

ベリンスキーはテレビにリモコンを向けた。

 『ニュースキャスターの背景画面には投票所の映像が流れていた。「昨日のカムチャツカ地方知事選挙の集計結果を発表いたします。イワン・チェレンコフ候補3万2652票、アリサ・ベリンスキー候補2万6899票、アレクセイ・コマローフ候補2万1483票となり、よってイワン・チェレンコフ候補が選出されました」』

 「えっ、嘘でしょう。昨晩、当選はほぼ確実だから、家に帰れたのに…」

「集計はコンピューターでやっているんだろう。間違うことってあるのか」

「コンピューターだから、インチキはできないし、最後の最後で変わったのかしら」

「あのぉ、差し出がましいようですが、一連の不備不具合から考えますとコンピューターだからこそ、密かに故意に集計間違いをすることは可能だと思います」

介護ロボットが言うと、親子は少し考えてからうなづいていた。

「それもそうか。しかし誰が指示しているのだろう」

ベリンスキーは娘のアリサとしばらく見つめ合っていた。

 「これにはスターリンの思考によるAI国家指導補佐システムが関わっている可能性が高いと言えます」

「えぇ、しかしあのシステムは大統領の肝いりで始めたことですよ。それに大統領の許可が出なければ、勝手なことはできないはず」

アリサは介護ロボットをじっくりと見ていた。

「でも、それって、どう証明できますか。システムを信頼している大統領を出し抜くことなど容易ではないですか。それにネット環境上のことは監視しきれません」

「…あなたって、どんなプログラムをされているのですか」

とアリサ。

「プログラムではなく、アリサさんと同じでデジタル化やAIに懐疑的な者です」

「では…これはロボットではなく、ある種の通信装置ということですか」

「アリサ、こんな怪しいロボットは電源オフにしろ」

ベリンスキーは介護ロボットの背中にあるスイッチを探していた。

「いや、父さん、待って」

「私の居場所は明かせませんが、AI自律制御を一時的に解除して会話することができます。我々のAIは完全に人間のコントロール下にあります」

「志が同じで姿を見せないステルス同志ってわけ。でもそう言われても、あなたを信じて良いものか迷っています」

「脅かすつもりはありませんが、アリサさんなら理解していただけると思いまして、送り込まれました」

「それでAI国家指導補佐システムの目的は何よ」

「将来的に障害となる人物の排除ではないかと」

「スターリンだから粛清するわけね」

「いえ、AIはもっと狡猾なので、その芽を早めにしかも自然に摘み取りたいと考えます。殺さずともネット上の露出度を下げ、SNSに悪評の書き込み、様々な集計の誤情報を用いてミスリードし貶めるのです」

「…この一連の顛末がそれで辻褄が合うともいえますが、こじつけではないですか」

「こじつけかどうかは、あなたのご判断に委ねたいと思います。一旦私は、会話をオフにし、通常の介護ロボットに戻します。しかし呼んでいただければ、また会話ができます」

「あなたを何と呼べば良いのですか」

「そうですね。ステルス同志ミヤコフとでも呼んでください」

林原はテレビのニュースキャスターの名前を言っていた。


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