第四十九話 仲裁
●49.仲裁
郷に従え党本部の党首室には、マリア・パーカーとクラウド・ロドリゲス来日公演ポスターが貼られていた。
「マリア・パーカーはウォレス大統領支持派ですし、クラウド・ロドリゲスはアメリカ自由連邦のウィルソン臨時大統領支持派となるので、日本にアメリカ内戦が持ち込まれるようなものです」
ケリーは不安そうな目をしていた。
「あ、確かに。日本武道館と有明アリーナの公演日が1日ズレていても、東京入りが前日だと同時に敵対するアーティストが二人いることになりますね」
林原は2つのポスターを見比べていた。
「何か暴動のようなことが起きないと良いのですが」
「日本のファンは比較的温厚ですし、拳銃は持ってませんけど、警戒は厳重にしておきます」
「それよりもアーティストのスタッフが、六本木あたりで衝突すれば、スタッフばかりでなく観光客や在日アメリカ人を巻き込んで暴れる可能性は充分にありますけど」
ケリーには懸念事項がいろいろとありそうであった。
「なるほど。内戦のとばっちりを受けるわけですか」
「些細なことで感情的になりがちですが、普通のアメリカ人にとって内戦は迷惑な話です。身近な人が死ぬ可能性がありますから」
ケリーはさり気なくアメリカ人の本音を語っていた。
「日本にとってアメリカが内戦になって弱体化することは不利益になります。できれば仲裁に入り、和解してもらいたいのですが…。そう簡単には行きそうもないですね」
「アメリカGNSP(郷に従え党)のモーガンさんたちが、SNSなどを駆使して、内戦は中国の分断工作だと広めているのですが、なかなか収まりそうにありません」
「そこに来て、日本でとばっちり…、ですが…、ピンチはチャンスになるかもしれません。せっかく、二人のフォロワー数を合わせると1億人以上になるマリア・パーカーとクラウド・ロドリゲスが日本にいるのですから活かしましょう」
「ええ、どうするのですか」
「二人が共演するMVを東京で作って内戦終結を呼びかけ、これをSNSに流すのはどうですか」
「…しかし、両者は熱烈な支持者なので、引きあわせるだけでも大変な気がしますが」
「とにかくギャラは破格になりそうですが、やるだけの価値はあると思います。上手く行けば全米に我が党の存在感を示すことができます」
林原はいつになく、野心的な目をしていた。
この日の六本木周辺は、土曜日の宵の口とあって近くの美術館や複合施設に訪れる人ごみでごった返していた。その中で特に乃木坂辺りは物々しい警戒態勢が敷かれていた。
乃木坂にあるミュージック・スタジオ施設の地下駐車場に、日本武道館でコンサートを終えたマリア・パーカーのリムジンが入ってきた。出迎えるスタジオスタッフたちが誘導しようとするが、マリア・パーカーはなかなかリムジンから降りてこなかった。しばらくするとキャップを深めに被り、サングラスをしたパーカーがゆっくりと車から出てきた。スタジオスタッフたちは腕時計を見ながら、エレベーターホールへと急がせていた。
すると、クラウド・ロドリゲスが滞在ホテルから乗りつけたリムジンが地下駐車場に入ってきた。リムジンが停車する音に、パーカーはエレベーターホールから戻ってくる。ニット帽を被ったロドリゲスは、目をこすりながら、リムジンから出てきた。パーカーとロドリゲスは30mぐらい離れていたが目があった。ロドリゲスが口笛を吹き、パーカーに罵声を浴びせていた。パーカーはボディーガードに抑えられながら、罵声を浴びせ返していた。互いのスタッフがにらみ合い、一触即発の状態になった。日本人のスタジオスタッフとスタジオの警備員が間に入り、手出しができないようにしていた。それでも少しずつ両者は近づき、激しく罵り合っていた。
収拾が付かくなくりかけていたが、エレベーターのドアが開くと、手を振った林原がケリーを伴って出てきた。
「やぁ、よくぞ日本に来てくれました。私は内閣総理大臣の林原です」
林原が日本語で言うと、傍らにいるケリーがいかにもアメリカ人的な口調で訳していた。パーカーとロドリゲスは林原の方を見て、引きつったつくり笑顔を向けていた。険悪な雰囲気は僅かながら弱まった。
「パーカーさん、今日のコンサートは盛り上がったようですね。先着順なのでどうぞ、こちらへ」
林原はまずバーカーと握手し、パーカーとスタッフたちをエレベーターに向かわせた。その後、すぐにロドリゲスと握手した。
「ロドリゲスさん、明日のコンサートが盛り上がること間違いなしですよ」
林原は、パーカーを先にエレベーターに乗せたことを面白くないと感じているロドリゲスと握手していた。
「ロドリゲスさん、エレベーターを待っている間にあなたのサインをもらう時間ができましたよ」
「オー、サインね」
ロドリゲスは機嫌を直してサインをしていた。
収録スタジオ内に入れる人数は限られていたので、パーカーもロドリゲスも数人の付き人しか伴っていなかった。
「昨今いろいろと問題を抱えるアメリカですが、そこを代表するビッグ・アーティストならではの日本におけるスペシャル・コラボです。ここでは政治に捉われないミュージシャン魂を表現していただきます」
林原の言葉はスマホが訳していた。
「わかりましたけど、ウォレス大統領を貶める内容には同意しかねます」
「俺もウィルソン臨時大統領を反乱者として描くのなら辞退するね」
「まずは全体像を示したラフコンテ画像をご覧ください。このMVの基本コンセプトは和解・結束にあります。どちらが正義でどちらが悪とかはありません」
林原は手にしたリモコンでスタジオ内の大型モニターにラフ動画を再生させた。
『大草原、ロッキー山脈、グランドキャニオンなどのアメリカの大自然美を撮影したドローン映像でMVが始まる。次にパーカーとロドリゲスがラップバトルをしているラフ画に切り替わる。次は別撮り挿入映像1と表示され、ロサンゼルスのチャイナタウンで東洋人が札束を数えているニヤニヤし、銃声がする度に笑顔が大きくなっていく映像が流れる。またパーカーとロドリゲスがラップバトルをしているラフ画に切り替わる。その後、別撮り挿入映像2と表示され、アメリカ人の血が札束に代わっていき、世界地図上の中国の赤がどんどん広がっていく映像が流れる。続いて消防士が火災現場から子どもを救出。病院で看護師が命を救っているシーンにつながる。終盤、パーカーとロドリゲスの国家斉唱と表示され、白人、黒人、アジア系、ラテン系、先住民などが手を取り合う映像が流れる。最後に太陽の光が燦燦と降り注ぐ中、空高く舞い上がる星条旗で締めくくられる』。
「このような感じで、全体は4分程のものになる予定です。このMV監督には、世界的な音楽プロデューサーとしても知らている重松泰之さんが担当します」
林原は隣に控えていた重松を一歩前に出させていた。
「マリアとクラウドの撮影シーンはバトルと国歌斉唱だけです。あぁ高額なギャラの関係上、仕方ありませんが…」
重松は一礼してから砕けた感じの英語で言っていた。パーカーとロドリゲスは強張った表情がほぐれ、一目置く感じで重松を見ていた。
パーカーとロドリゲスは衣装に着替え、バトルシーンの撮影が始まった。収録スタジオの中央にある2つの円形ステージに立つ、パーカーとロドリゲス。
「…初めはいつも通りに自分らのヒット曲を歌ってください。そして感情が盛り上がって来たところでラップ調にして、バトルしてください」
重松は軽くアドバイスしていた。
「重松さん、俺の曲をラップ調にするなら、ズバリ、ラップ曲の『ストリート・ヘッジ』が良くないっすか」
「それはごもっとも、しかしクラウド、君のラップ曲はラップで聞かなければ勿体ない。せっかくの良さが失われてしまう。あくまでもラップ調にするなら、私がアレンジした君のヒット曲の『ブルー・フィールド・エッセンス』が今回のイメージピッタリなのだ」
重松はロドリゲスを納得させるだけの音楽的センスを持っていた。その様子を見ていた林原は、人選が正しかったと満足していた。
パーカーとロドリゲスはラップバトルをして相手を挑発しては、ラップしていた。だんだんノッてくるとダンスもオーバーアクションとなり、ロドリゲスの手がパーカーの顎を触ってしまった。
「何よ。汚い手で触らないで」
パーカーはロドリゲスの手をすぐにはたき落としていた。
「てめぇ、図に乗るな」
「重松さん、やっぱりこんな奴とのコラボはできないわ。口先だけの戦いじゃ無理よ」
パーカーはロドリゲスを睨みつけていた。
「お二人さん、盛り上がってますね。その調子で行きましょう。テイク5をスタート」
重松は構わず撮影を進める。しぶしぶバトルを始めるパーカーとロドリゲス。
小休止を入れて国歌斉唱の撮影に移った。パーカーとロドリゲスは歌唱力があり圧巻の国歌斉唱だが、互いに張り合っている感があった。
「お二方が超絶グレートなことはわかりますけど、強弱と調和がもっと欲しい。強強強ではなく強弱強って感じかな」
重松は向かい合わせで歌っている二人に声をかけていた。
「この国歌は合衆国のものよ。自由連邦とか言っている奴には似合わないわ」
「この国歌は自由連邦が引き継ぐものだ。あんたらこそしがみつくな」
「なるほど、どちらも拠り所にしているわけだ。それだったら、最高の国歌斉唱ができるんじゃないの」
重松の言葉にパーカーとロドリゲスは何となく刺激されていた。
アメリカ人の奥底にある愛国心のようなものに火がつくと、当初は互いに違和感のある声と声であったが、整ったハーモニーを奏でるようになっていった。
「OK。これで撮影終了です。お疲れ様でした」
重松が叫ぶと、マイクの前から離れようとするパーカーとロドリゲス。どちらからともなく、手を差し出して、握手しようとしていた。しかし互いにハッと気づくと手を引っ込めていた。
「自然な感情を抑えてはクールじゃないな」
重松が二人の手を引っ張って握手させようとした。
「別にあんたに恨みはないから」
「俺も骨のある奴とコラボできて良かったよ」
パーカーとロドリゲスは改めて手を差し出し握手していた。重松はすかさずそのシーンをカメラに収めていた。
撮影はなんとか終えることができ、パーカーとロドリゲスたちは帰っていった。嵐が去った後の静けさのようなスタジオ。
「重松さん、あなたのおかげで、内戦仲裁の強力なツールが出来そうです」
「そうですか。総理のお役に立てれば、引き受けた甲斐があるというものです」
「あぁ、それと編集の際には、タイトル・クレジットに郷に従え党かGNSPの文字を入れておいてください」
「郷に従え党=GNSPという感じで入れておきます」
「これがアップされた後は、私の正念場になります」
林原はまずウィルソン臨時大統領から説得するつもりであった。
パーカーとロドリゲスのMV動画がアップされて2週間後、林原はアメリカ自由連邦カリフォルニアのサンフランシスコを訪れた。サンフランシスコ近代美術館近くにある五つ星ホテルのコンファレンスルームには、ロバート・ウィルソン臨時大統領と側近、林原、木本、ケリーが向かい合わせでテーブルを囲んでいた。この会談はウェストセドナにあるプリンストン大学研究所のアルトマン教授を介してセッティングできた。アリゾナ州はアメリカ自由連邦に参加しているが、アルトマンは郷に従え党員としてそのまま居住していたので、そのツテが役立った。
「アメリカの内戦は日本などの同盟国にとっては、経済的にも安全保障的にも非常に不利益な事です。郷に従えの理念に基づけば、その国のことはその国で解決してもらいたいのですが、武力ではなく言論で戦うことはできませんか」
林原が切り出した。
「言論ではウォレス大統領を止められないから、立ち上がったのです。別に武力を好んでいるわけではない」
ウィルソンは窓の外を横目で見ながら言っていた。
「しかし、双方がどこまでも武力に訴えていると、敵対国を優位にするばかりなので、一刻も早く和解して一つにまとまって欲しいのです」
「ウォレス大統領側が先に暴力で訴えてきたではないか」
「それでは、ウォレス大統領側が軍を引けば、あなたがたの軍も引くのですか」
「見せかけは通用しないぞ。そう言って、我々を無防備にして攻撃してくるのだろう。それにあんたらはウォレス大統領派じゃないか」
ウィルソンは吐き捨てるように言っていた。
「ウォレス大統領とは友人でもあります。しかしそれだからこそ世界で唯一説得できるのが私です」
「日本人のあんたがか…。あんたが作った党は、腐った合衆国の連立与党ではないか」
「党首はこちらにいるアメリカ人のケリーさんです」
林原はケリーの方を見ていた。
「我が党はグローバル政党なのでどこかの国の党ではなく、その国の方針に従い世界各国の同志とリスペクトし合っています。リスペクトしているからこそ、武力は用いず、不当なことはしません」
ケリーは英語で直に言っていた。
「何だかよくわからないが、仲裁に相応しいとでも言いたいのか」
「我々が内戦の仲裁に寄与できると思っています。ですからMVなどを駆使して和解の下地を作って来ました」
ケリーはウィルソンをしっかりと見据えていた。
「今までウォレス大統領がしてきた暴挙を認めろというのか。それは無理だ」
「この半年ほどで中国の経済成長率は格段に伸びています。国際的な発言力も大きくなっています。世界は彼らの思い通りになりかけています」
林原がたたみかけていた。
「日本やEUで何とかしたらどうだ。内戦に勝利したら応援してやるよ。まず勝利だ」
「その勝利は武力ではなく言論で勝ち取ることはできないのですか。アメリカ社会に影響力の大きいマリア・パーカーとクラウド・ロドリゲスは我々の呼びかけに応じてMVに参加してくれました。ミュージシャン同士は和解できました。あなた方もできるはずです」
「あのMVはあくまでもMVであってそれ以上のものではない」
「この内戦は中国の分断工作だと断定されているのに続けるとしたら、真の愛国者なのか疑われるのではないですか」
林原は語気を強めるとスマホもニュアンスを強めの表現にしていた。
「あんた、それはないだろう。血を流してまで、アメリカを良くしようとしてるのだぞ」
「その血を流すことで共倒れを望んでいる勢力を喜ばせるのは、あなたも本意ではなはずです」
「それはそうだ、言うまでもない」
「それなら私の提案を聞いてもらえませんか。お時間は取らせません」
「ディナーまでにロスに帰れるのならな」
ウィルソンは林原たちの本気度を感じて、聞く耳を持つようだった。
「このところのアメリカ世論は内戦の停戦もしくは終結に傾いています。そこで武力を言論に変えて戦うことにし、合衆国に残る諸州、ミシガンなどの中立州、アメリカ自由連邦に参加するカリフォルニアなどの諸州の軍は、7月のインデペンデンス・デイを以って全て武装解除するというのはどうですか」
「それはあんたらの都合が良すぎないか。これで我々はどこで戦えば良いのだ」
「アメリカを民主党、共和党、GNS党、あなたが率いる新自由民主党の4大政党にして議論を交わして行くのです。戦いの舞台はワシントンの議会になります」
「それでウォレス大統領はどうなるのだ」
「残り2年の任期を全うしてもらいます。あなた方が指摘する暴挙は凍結してですけど」
「凍結か。凍結できるのか怪しいものだが。それでも、結局あんたらが有利ではないかな」
「有利ですか。私はそうは思いません。執行猶予のようなものです。次の大統領選でどちらを国民が支持するか審判が下されるわけですから」
「言いようだな」
ウィルソンは渋い顔をしていた。
「武力を用いない戦いの始まりでもあります。ウォレス大統領派は残り2年で大統領選に臨み、ウィルソン臨時大統領派はあと2年で大統領選に挑むわけです。この2年間が勝負となります」
「大統領選が公正に行われるかの担保が必要だな」
「それは互いに歩み寄れば何とかなるでしょう。しかし内戦で犠牲者が増えるほど憎しみが増し和解が難しくなります。少しでも早く終わらせるべきです。高みの見物の敵対国にこれが民主主義国家の意地と言うところを見せつければ、拍子抜けして驚くでしょう」
「そうなれば、面白いが…」
「どうですか。この辺で手を打ちませんか」
「ウォレスの奴が凍結を飲むなら停戦に応じても良いが、あんたにはそれができるか見ものだな」
「今ここで言ったことは、私が責任をもってウォレス大統領を説得します」
林原がまとめていた。木本は会談内容を文字として打ち込んだもの保存していた。
「取りあえず、頑張ってくれ。本格的な交渉はその後だ」
ウィルソンは林原の能力を値踏みしている感じであった。




