第四十七話 長寿医療
●47.長寿医療
臨時国会で所信表明演説をする林原。
「いま世界で何が正しいのか曖昧になり、行き詰まりを見せる昨今、人類史における新たな変革期が訪れていると言えます。そこで私は今後10年以内に日本人をナノテクノロジーで不老不死にします。これにより少子高齢化、労働力不足、年金問題、人口問題を一気に解決できるでしょう。世界に先駆け長寿産業に投資し発展させることで、国力を高め高度経済成長を目指せます。夢みたいなことを言ってと思われるかもしれませんが、達成できなければ、私は政治生命を断つ決意であります」
「アメリカが内戦の時に、何を言っているんだ」
「中国に先を越されているだろう。無理だ」
「現実的なことを考えろ」
「まともじゃないな」
野党議員からヤジが飛んでいた。与党議員の中にも顔をしかめている者が何人かいた。
「バカ野郎、死ね」
野党議員が叫んだ。
「死ねとは何だ撤回しろ。与党議員には何を言っても良いわけではないぞ」
与党議員が反発していた。
「バカだからバカなんだよ」
「いくらなんでも総理に失礼だろう」
この後、国会は大荒れとなり幕を閉じていた。
首相官邸で急遽記者会見が開かれていた。
「毎朝新聞の鈴木です。現実離れしていてかなり難しいと思いますが、不老不死が実現したら年金制度はどうなるのですか」
記者は小バカにした表情であった。
「これ以降の年金は選択受給とします。長寿医療を選ばず、自然死を選択する場合、年金は従来の制度に基づいて支払われます。長寿医療を選択した場合、年金は受給できず、現役世代として納税してもらうことになりますが、年金積立金の納付がなくなります。これに伴い今までの納付額に応じて長寿医療費の軽減措置があり負担割合が変わりますから、ほとんどの方が全額負担にはなりません。これで年金納付額の不公平感をなくします。但し、年金積立金を払っていない方は全額負担になりますが、低金利長期ローンが組めるようになっています」
と林原。記者たちはまともな回答に表情を変えていた。
「ネットチャンネルの長谷川です。この長寿医療はいくらでできるのですか」
「当初全額では1000万円ぐらいになる見込みですが、施術者が増えれば500万から100万円ぐらいまで下げられると考えています。それでも軽減措置がありますので、年金納付額によってはかなり安くなると思います。具体的な数値につきましては、今後慎重に検討していきます」
「サンテレビの田中です。年金を既に支給されている人は長寿医療は選べないのですか」
「そのようなことはありませんが、軽減措置が受けられないので、全額負担となり長期ローンを組むことになります」
「NNジャパン放送の吉村です。失敗したら政治生命を断つと言ってましたが、10年後も政権の座にしがみつくのですか」
「ですから政治生命を断つのです。野党議員になっているかもしれませんが、国会議員の座を退くと言うことです。もし国賊裁判のようなものがあるのなら、正々堂々と裁きを受けましょう」
「政経新聞の伊藤です。ケネディのアポロ計画の二番煎じのようなことは時代錯誤だと言う声がありますが、どうお考えですか」
「あと一押しで可能なことを推し進めたり、世界に先駆けることが時代錯誤とは思いません」
「後藤新平のような大風呂敷が国家の大計と勘違いしてませんか」
「偉人と比較されることは光栄なことですが、勘違いとはあなたの思い込みでしょう。もっとマシな質問はないのですか」
林原はちょっとムッとしていた。
「国際メディアネットの進藤です。この長寿医療は女性の社会進出やジェンダー平等とは関係がなく、そちらに予算を投入するべきではないでしょうか」
「女性の社会進出などは、従来通り進めます。それと寿命が延びるわけですから、人生の一時期に女性は子育てに専念できます。母親の愛情は父親のものとは違う良さがあります。短い人生内に無理して働き子供を産む必要はなく、好きな時期に子供と関わることができます」
「それでは女性に子供を産めと強制するのですか」
進藤は金切声を上げていた。
「強制はしません。産む産まないは個人の自由です。しかしせっかく男性にない尊い機能があるわけですから、産むことが望ましいと言えます。人類を滅亡させるわけにはいきませんから」
「長寿と言うことは女性は長い生涯ずーっと生理に苦しめられるのですか」
進藤は失言を誘うように食い下がって来る。
「別にそういう主旨はありません。嫌でしたら性転換し筋肉を増強して男性と張り合って働いたり、自然死を選択してもかまいませんけど」
林原が言い終える寸前に司会進行の江川副官房長官が他の質問者に手で合図していた。
「新日本新聞の新居です。自然死を望む者には冷たい扱いのようですが」
「その場になって不老不死を望む人が少数派になるなら、また考え直す必要があるかもしれません」
「ええぇ、もうお時間が来ておりますので、これで終了いたします」
江川は早口で締めていた。
「やっと夏季休暇が取れても、イノベーション産業パークじゃね」
木本はぼやいていた。
「文句を言うなよ。セキュリティなどを考えると視察も兼ねたここが無難なんだ」
「まぁ、ここなら、未だ震災で仮設住宅に暮らしいる人が居るのに、夏休みとはけしからと批判されそうにないけど」
「そうだよ。ハワイのリゾートホテルなんかいったら批判の嵐だぞ。しかしパーク内のリゾートホテルなら文句のつけようがないからな」
林原はスイートルームの窓を開けていた。
「それで…まずはクラウゼ博士のGONEWロボティクス研究センターの視察ですか」
「そうだな。博士も待っているだろうから」
GONEWロボティクス研究センターは、活気にみなぎっていた。林原たちが通路を歩いていると、すれ違う職員たちは皆、自然な笑顔で迎えてくれていた。
センター長室は南アルプスの山並みが望める部屋であった。
「林原さん、この調子で行くと、5年後には不老不死が実現できそうです。しかしそれが世界初になるかどうかはわかりません。中国が3~4年後に実現しそうなので…」
クラウゼは以前よりも若々しい感じにはなっていた。
「日本は安全面での厳しい臨床試験が欠かせませんから、中国のような危なっかしいままでリリースするわけには行かないでしょう。世界初の名誉は譲るとしても、実用面や安全面、制度としての拡充を重視した世界一を目指しましょう」
「はい。それと…気になることがありまして、ここパーク東棟に隣接するパーク南棟にシンガポール系企業が入っているのですが、何をしているのか、今一つわからないのです」
「木本、シンガポール系企業のことはわかるか」
「調べてみます。少々お待ちください」
木本はノートPCを開いていた。
「基本的に外資系はテナントにしないことになっていますが、アメリカの空飛ぶ車のフレンド・シップ・グループとか、数社はあります」
林原は木本が調べている間をつないでいた。
「リンドバーク・エンタープライズはシンガポール企業ですが、CEOのマイケル・ヨーは華僑ですね。業種は医療素材の開発などとなっています」
「そうか。クラウゼ博士、CEOも業種も微妙ですね」
「また技術を盗まれるような気がしてならないのです」
「何か怪しい行動などは目撃しましたか」
「うちの職員とパーク内のフードコートで話している、あそこの社員を見かけたことはありますけど」
「ちょっとした世間話から始まるスパイ活動はあります。探ってみましょう」
林原の言葉のすぐ後にセンター長室のドアがノックされた。
「総理、南信州石材組合の門脇組合長が面談に来ています。どうしますか」
イノベーション産業パークの総支配人が迷惑そうに言ってきた。
「…休暇中だから後日官邸に来てもらおうか。…待てよ、使えるな。会おう。ミーティングルームに通してくれ」
林原はクラウゼ博士に一礼してから部屋を出て行った。木本も後に続いていた。
「不老長寿は我々の仕事を奪うものです。なんらかの補償をお願いしたいのです」
門脇は切羽詰まった表情であった。
「補償ですか。でもまだ不老不死は研究段階でして、実現には早くて後5年はかかります。今すぐに仕事を奪うことはないでしょう」
「そうでしたか。でも実現してからでは遅いのです。早急に何とかしてほしいのです」
「仕事を奪うと言われましても、自然死を望む者もいるし、事故で死ぬ者もいるので完全に仕事がなくなることはありません。但し墓石需要は減るので業界は狭くなりますから、半数以上は業務転換することになるでしょう」
「墓石を使って城の石垣でも作れと言うのですか」
「それは違いますけど、補償となると額の基準など、いろいろと難しい点はあります。ですから石材加工技術を活かした業務転換があれば、優先的に移れるようにしたいと思います」
「補償は無理ですか」
「でもなんで、急にそのようなことを直訴しようと思ったのですか」
「総理がこちらに来るということは、長寿がまもなく実現すると直感したので…」
門脇は自分が早とちりだったと感じ始めていた。
「それでしたら、長寿が実現したから、いち早く石材業者の業務転換について直訴に来たとSNSなどに流してください」
「え、でもまだ5年はかかるのですよね。フェイクですか」
「はい。実はここのナノテクノロジーを盗もうとしている奴らがいるようなので、あぶり出そうと思ってます。ご協力いただければ、業務転換のあっせん情報をいち早く提供します」
「は、はい。でもそのようなことをして大丈夫でしょうか」
「最終的には我々が早とちりさせてしまったと、一言発表しますので、組合の方にフェイクの責任は負わないようにします」
林原の言葉に門脇は納得した様子だった。
「果たして、我々の罠にはまってくれるかな」
林原はプールサイドを歩き、トロピカル・カクテルを持ってきた。
「私たちが夏季休暇を終えるまでに引っかからなかったら、そのまま続けるのですか」
木本はパラソルの横から差し込む陽光を眩しそうにしていた。
「1ヶ月ぐらいは放っておくか」
「それでも反応がなかったら…」
木本のスマホにはクラウゼ博士からの着信があった。
「他の方法を考えるか。ん、博士のメールはどうだ」
林原はテーブルにカクテルを置き、木本の隣のサマーベッドに横たわろうとしていた。
「獲物が引っかかったようです」
木本の声は喜々としていた。
センター長室の時計は22時10分を指していた。
「いつもの定期清掃ですが、今日は人が代わるとの連絡があったので、ピンときました。清掃員が変わることなど滅多にありませんから」
クラウゼ博士は、もう犯人を捕まえたような気になっていた。
「しかし、それだけですか」
木本はかなり懐疑的であった。
「まぁ、隠しカメラの様子を見ましょう」
林原もあまり期待していなかった。
研究センターのデータ資料室には隠しカメラが4ヶ所仕掛けられていた。紙の資料をまとめたファイル、USBメモリーなどが鍵のかかった戸棚の中に置かれていた。清掃員が掃除機で床を掃除しながら室内を動き回っていた。その後、あまり入っていないゴミ箱のごみを回収し、閲覧テーブルやPCモニターなどの拭き掃除をする。
「なんか、このまま終わりそうですね」
木本はあくびをしていた。清掃員の業務用スマホに着信があり、彼はすぐにPCの電源を入れていた。
「あ、電源を入れたぞ。ダミーのファイルやUSBメモリーには目もくれずに」
林原は声を荒げていた。
「オンラインでハッキングするつもりですよ」
クラウゼ博士は立ち上がっていた。
「資料室に急ぎましょう」
林原はセンター長室のドアを開けて走り出した。
資料室にはあ然とした顔の清掃員が立っていた。
「電源を入れて何をするつもりだ。電源を切れ」
林原は清掃員の前に立ちふさがっていた。
「漏電の疑いがあるので通電試験をするように、上司から連絡がありましたので」
清掃員はすぐに電源をオフにしていた。
「いつもの清掃ではそんなことはしないはずです」
クラウゼ博士は早口だったので、スマホの日本語が若干遅れていた。
「その上司とは、今連絡が取れるのか」
「はい、できます。私は今日の代役なので、上司に聞きながらの清掃になったようですけど」
清掃員は林原の顔をしげしげと見ていた。
「あのぉ…総理ですよね」
清掃員はちらりと林原を見ながらスマホを耳に当てていた。
「あれ、風呂に入っているのですか」
清掃員はスマホを保留にする。
「奥さんの話だと、40分前からの長風呂で、そろそろ出てくるとのことでして…、となるとさっきのは」
清掃員は狐につままれたような顔をしていた。林原たちも不思議そうな顔をしていた。
「そうか。上司のAIフェイクによる電話指示だったんだ」
林原は少し考えてから閃いていた。清掃員は保留を解除していた。
「あ、はい。私が西村の上司の野田です。西村はベテランなので、私の指示などなくても立派に代役をこなせますよ。どうかしましたか」
上司はスマホを持ちながら体をタオルで拭いているようだった。
「そうでしたか。先ほど、あなたを騙った電話がありましたので」
林原は清掃員から手渡されたスマホに応えていた。
「ここまで、手の込んだハッキングのやり口は、中国当局の可能性が高い。いつもの清掃員が交代するタイミングを待っていたんだな」
林原は腕組をしていた。
「別にタイミングを待たなくても、いつもの清掃員でも、漏電の疑いがあると連絡することは可能ですよ」
木本は鋭い指摘をしていた。
「それもそうだな。だとしたら危なかったな。清掃員が代わることで博士がピンときたのだから」
林原がクラウゼの方を見ていた。
「今度から人の出入りだけでなく、電源がオンになっている際のアクセスにも警戒するようにします」
「博士、それが良いでしょう。あと、ネット接続するPCと接続しないPCの併用も良いかも知れません。その辺のセキュリティー対策はうちのシュルツに任せてください」
「今回、犯人は捕まえられなかったのですが、研究センター側がより用心深くなれました」
クラウゼは感謝しているようだった。
「それに政府の発表でまだ不老不死は研究段階だと、わかるはずですから、しばらくは大丈夫でしょう」
林原はひと段落ついたつもりであった。
「それでリンドバーク・エンタープライズはどうしますか」
と木本。
「あぁ、それがあったか。南棟の一部に手抜き工事があったから一時閉鎖するとして、空きのある千葉のイノベーション産業団地に移ってくれと言っておこう」




