十三
二四五年、難斗米たちは再び帯方郡へと向かった。
彼らは女王国と狗奴国の戦争が近いことを報告し、親魏倭王である卑弥呼が難儀をしていると伝えた。
外臣とした以上、魏の皇帝には卑弥呼の面倒を見る義務があった。
ところが、韓郷では思わぬ事態が難斗米たちを待ち受けていた。
韓人の反乱が魏を脅かしたのだ。
そもそもの始まりは韓郷の北方にある高句麗だった。
高句麗は扶余が建てた国で、王の高位宮/位宮は司馬懿が公孫氏を討った時、数千人を以て魏の軍を援護した。
しかし、二四二年、位宮は楽浪郡の西北にある遼東郡にしばしば侵入するようになった。
二四四年、魏は軍隊を派遣して位宮を討った。
高句麗に臣属する東北部の濊貊も、弓遵と楽浪郡の太守たる劉茂が征討することとなった。
そこに難斗米たちがやってきたので、弓遵は女王国も魏のために軍事動員をするよう彼らに要請した。
外臣も魏の皇帝を支える義務があった。
難斗米も曹芳から蛮夷の軍官長である率善忠郎将の官職を賜与されていた。
そして、今回、魏のために軍事動員をするに当たり、難斗米は黄幢を授与された。
幢とは軍事指揮用の旗で、黄色は魏の色だった。
濊貊は難斗米が狗邪韓国の軍事力を動員したこともあり、弓遵と劉茂に敗れ、降伏して魏へ朝貢した。
楽浪郡と帯方郡は韓郷の強めるため、東南の辰韓から八国を編入しようとした。
これに怒った韓人たちが帯方郡を攻撃したので、弓遵と劉茂は軍隊を率い、反乱を鎮圧しようとした。
韓人たちは弓遵を戦死させたが、楽浪郡と帯方郡に制圧されて二四六年に降伏した。
弓遵が敗死したため、帯方郡の太守は二四七年に王頎が新たに着任し、ここでやっと魏も女王国のために動き始めた。
卑弥呼が使者の載斯や烏越らを派遣し、狗奴国と交戦状態に入ったと報告させた。
王頎は張政に命じ、鉄の武器を女王国へ大量に運ばせることとした。
女王国と狗奴国も含め、八洲は青銅や石、骨、貝、硬い木などで作った武器も少なくなかった。
また、粛慎人と韓人を征圧するために授けた黄幢も、狗奴国との戦闘に転用した。
黄幢は皇帝が部下に権限を与えた印で、曹芳は難斗米に詔も下していた。
その詔書を賜った日の晩、難斗米は張政と密談の場を設けた。
それは詔の内容と深く関わっていた。
◆
城壁に囲まれた庁舎の敷地は、邸宅や兵営などがあり、人を払った宿舎の中で密談は行われた。
「おめでとう、魏はお前を女王国の王と認めた」
席に着いた張政は、まず初めに難斗米を祝した。
魏は卑弥呼を見限っていた。
卑弥呼は狗奴国との対立を深め、筑紫島を不安定化させてしまったばかりか、奇矯な振る舞いが目立つようになり、同盟する国々の諸王や貴族たちから見放されつつあった。
これらのことを難斗米たちは誇張して魏に報告した。
難斗米は卑弥呼に見切りを付けると、重臣たちや官人たちを密かに抱き込んでいた。
卑弥呼が狂乱の度合いを増すに連れ、段々と腐敗していく彼らを利で釣るのは、そう難しくはなかった。
他の使者たちによる口添えもあり、魏の目は自然と難斗米へ向けられるようになった。
軍事動員が難斗米に要請されたのも、一面では彼の力量を見定めるためのものだった。
兵法も学んでいた難斗米は、使者として修羅場を潜り抜けてきたこともあり、倭人の軍を巧みに動かして敵軍を大いに破った。
この結果に魏は満足し、曹芳は詔書で卑弥呼の退位と難斗米の即位を命令していた。
そして、それを滞りなく実行させるため、帯方郡から張政が派遣されることとなった。
張政には万を超える将兵が与えられた。
「ええ、次は女王国に僕が王だと認めさせねばなりません」
魏の皇帝に命じられたからとて卑弥呼があっさり譲位することはないだろう。
「魏だけではなく辰韓も君を認めているのだから大丈夫さ」
密談には于老も同席していた。
辰韓の韓人らが反乱を起こした時、于老も帯方郡と楽浪郡との戦いに赴くはずだった。
しかし、高句麗と濊貊が辰韓に侵攻したので、そちらの迎撃に出なければならなくなった。
この時は寒さが厳しく、于老は兵卒を労わり、自ら薪を燃やして暖を取らせ、士気を保つなど苦戦させられた。
その間に帯方郡と楽浪郡は辰韓を降伏させた。
于老も停戦せよという助賁の指示に従わざるを得ず、魏の軍門に降った。
魏が高句麗と濊貊に辰韓を攻めさせたのは張政の献策だった。
張政は官吏としての身分は低かったが、その才能を見込まれていた。
それゆえ、女王国の王を交代させる大役を任された。
「君に比べれば卑弥呼と男弟など、炊事婦や潮汲み人夫をする方が相応しい」
帯方郡は于老に対しても難斗米の即位を手助けするよう命じていた。
◆
帯方郡の港から出航した魏の艦隊は、難斗米たちの案内で難なく筑紫島に到着した。
筑紫島の地形や里々の位置は難斗米たち地図を作り、情報を提供していた。
諸国への根回しも済んでおり、張政は船団を湾に繋留させると、直ぐさま万余の軍勢を邪馬台国に攻め上らせた。
狗奴国と交戦していた女王国は、挟撃されることとなった。
平素から訓練されている狗奴国は極めて強力で、土雲たちが決起したこともあり、女王国は紛争が始まってからというもの、常に劣勢を余儀なくされていた。
そこに援軍として現れたはずの魏が攻撃をしてきたので、戦意を挫かれた女王国は、まともに抵抗できぬまま、盟主たる邪馬台国を落とされた。
これには狗奴国も驚き、どう動くべきか迷った。
幾ら戦闘的に組織化されているとは言え、魏と真正面からやり合って勝てるはずもなかった。
その隙に張政は触れ文を作って告げ知らせた。
魏の皇帝は卑弥呼の悪政を憂え、暗君たる彼女に死を賜り、難斗米を新たな王に任命すると。
女王国の重臣たちや官人たちだけではなく、平民たちも張政の指令に従った。
彼らは狗奴国との戦に疲弊し、魏の国力を思い知らされていたので、張政に逆らうなど思いも寄らなかった。




