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十一

 卑弥呼の癇癪は臣下に対してだけではなく、娘の台与にも向けられた。


「ああ、お母様! 悪うございました!! 教わった通りきちんとしますから!!!」


 祭壇のある祈祷の間で台与は卑弥呼から打擲を加えられ、母の脚にしがみつき、涙を流しながら許しを乞うた。

 卑弥呼は台与を自分の後継ぎに定め、女王に相応しい能力が養われるよう教育していた。

 当初、それは穏当なものだったが、次第に過酷なものとなっていった。


 台与がそれに付いていけなくなりかける度、卑弥呼は激怒した挙げ句、我が子を激しく折檻した。


「いいや、悪いのは私だ! お前をどう育てれば良いのか分からないのだから!!」


 いきなりすすり泣きだした卑弥呼に抱き締められ、台与は恐怖で青ざめた。

 卑弥呼は狂ったように体罰を行う一方、台与が戸惑うくらい彼女を甘やかした。

 ずっと優しかった昔の卑弥呼を覚えてもいたので、台与は今の恐ろしい母親から離れられないでいた。


「姉様、お薬を飲む時間だから、躾はもうその辺で」


 室外で控えていた男弟が割って入り、卑弥呼と台与を引き離した。

 男弟は無言で台与に目配せし、台与は息が詰まりそうなほどに泣きじゃくりながら頷いた。

 彼はいつも卑弥呼を落ち着かせると、台与に傷薬を塗って干し柿を食べさせていた。


 それゆえ、台与は卑弥呼を未だ尊敬していたが、今や懐いているのは男弟の方だった。

 それでも、男弟とて卑弥呼の行いを止めようとはしなかった。

 そして、彼も最近は病に罹ったかのごとくげっそりとしていた。



 筑紫島の北部は文明の進んだ韓郷に近く、両者の間には対馬および壱岐という格好の中継基地があった。

 これらの島民には航海技術が蓄積され、儺は天然の良港だった。

 交易で得られた鉄器は、筑紫平野など穀倉地帯の収穫量を増やした。

 豊富な海の幸と山の幸にも恵まれ、筑紫島の人口が増大してそれが地域の活力となっていった。

 早くから筑紫島の北部にて奴国や回土国が栄え、漢土に遣使できたのも地の利から見れば当然だった。


 しかし、航海の技術が発達してくると、北ツ海を介した韓郷との通交も栄えるようになった。

 そこでは海流と巨大なかたに恵まれた出雲が急速に力を付け、八洲においても東西の文物を流通させる役割を果たした。

 吉備きびも瀬戸内の海運を牛耳り、陸路で運び込まれた物資を纒向などに流通させ、財産を蓄えて発展した。


 隼人も黒潮に乗り、伊予之二名島いよのふたなのしまの南部や木国きのくに伊豆いず安房あわ総国ふさのくになどを往来していた。

 そこでは護法螺貝ごほうらがい芋貝いもがいの腕輪、竹細工など独特の産物が取り引きされていた。

 このままでは出雲や吉備、隼人らに筑紫島の北部の経済的な優位は追い抜かれてしまいかねなかった。

 卑弥呼は優位な立場にある間に女王国の地位を確固たるものにするため、漢土のごとく中央に権力が集中される国造りを目指した。


 だが、漢人が中央集権を可能としたのは、官僚制が整備されていたからで、女王国にそのようなものはなかった。

 制度が整っていない中で権力を集中させると、限られた人間によって差配しなければならず、負担もまたその人にのし掛かった。

 卑弥呼は膨大な仕事を一人で処理する羽目になったばかりか、未知の事態にも数多く対処しなければならなかった。


 休息もままならず、疲労が蓄積した彼女は、徐福の教団で禁忌とされた薬物に手を出した。

 それは不老不死の薬を研究する中で生まれたもので、徐福は不老不死を喧伝して始皇帝を欺いたが、不老不死そのものを否定してはいなかった。

 しかしながら、邪馬台国に秘蔵されていたその薬物は、勿論、不老不死の仙薬ではなかった。


 けれども、それは頭脳を刺激し、認知機能や記憶力を向上させる作用があった。

 冴え渡る知性で卑弥呼は人々を魅了した。

 もっとも、活性化させられた肉体は神経も昂揚させ、性的な興奮をも高める催淫効果をもたらした。

 しかも、刺激に慣れた体は薬物に依存し、日を追う毎に摂取する量は増えていった。


 その果てに待ち受ける運命は狂い死にだった。

 徐福の教団はその危険性を承知していたからこそ、この薬物を禁じていた。

 変若水おちみずと名を付けて。



 藁を編んだ褥を前にし、男弟と二人きりになった卑弥呼は、自身の衣へと手を掛けた。

 流れるように衣が地に落ちた。

 全裸になった卑弥呼の肌は、月の明かりを集めたように白く透き通り、その姿を見るだけでひれ伏したくなるほど神々しい美しさは未だに失われていなかった。


 輝き渡るような女体の美も、王たちが卑弥呼を讃仰させる源となっていた。

 その美しさは変若水が体を活性化させることで維持され、男弟は年甲斐もなく身を震わせた。

 卑弥呼は自分から男弟の首に腕を絡め、唇を押し付けた。


 手を差しのばして袴の下をまさぐり、男弟のものが怒張しているのを確かめた。

 国の行く末や後継ぎの育成など不安に苛まれていた卑弥呼は、最も近しい人間から愛されていることで安心できた。

 そして、溢れ出る感情のまま男弟を抱き締め、褥の上に押し倒して獣のように挑みかかった。


「台与に何の罪があろうか!? って学ばせたことが何の役に立つ!!? あの子が女王となっても邪馬台国は滅び、女王国は亡くなって鬼道も消えることだろう!」


 不安に思っていることを言い訳するかのごとく吐露しながら、彼女はそれから目を逸らそうとするかのごとく羞恥心もなく欲情に狂った。

 変若水を服用するようになった後、卑弥呼は連日連夜のごとく男弟と爛れるような淫欲に耽った。

 しかし、不思議と彼女は妊娠しなかった。


 不老長寿の代償であるかのごとく新たな生命を孕まなくなった。

 もっとも、卑弥呼だけに原因があるとばかりも言えなかった。

 男弟も変若水を服用して卑弥呼を助け、彼女の求めに応じられるように備えていた。


 変若水を摂取する量は卑弥呼より少なかったので、副作用もまだましだった。


「僕たちは学ばなければ打たれるどころか死んでた」


「男弟よ、過去より進歩しないなら未来はない」


 卑弥呼の言葉に男弟は反論しなかった。

 姉弟は床だけではなく、死地も共にしてきた。

 それ故に男弟は台与よりも卑弥呼に与した。



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