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第9章

「おいおいどうした。もう疲れたのか?」

「…………っ」

 エイルはデリングの嘲るような笑みに無表情で応えた。無論、疲労を顔に出さないためである。

 先の屋上での戦闘に使用した魔宝具『トリアイナ』で、相当の疲労を抱えたエイルは戦闘の主導権を完全にデリングに奪われていた。

 今はただ障壁で魔弾を防ぐしかできることがない。それも、わずかに気を抜けば意識が飛びそうなほどの瀬戸際である。

 ふと、デリングの姿がエイルの視界から消えた。何をしたのか、朦朧とした意識の中で見過ごしたらしい。

「ど、どこに……っ」

「ここだよ」

 背後より響く声。エイルはすぐさま振り向こうとするも、それより先に首筋へ鈍痛が走った。

「あぅ……っ!」

 一瞬の眩暈ののち、溜まらず膝をつく。いつの間に背後へ回りこんでいたデリングが、延髄を攻撃してきたのだろう。

 平素であれば大したことはなかっただろうが、疲労が濃く滲んでいた今のエイルにはまさに致命傷だった。懸命に体勢を整えようとするも、身体がぎくしゃくとうまく動かない有様だ。

「魔術師なんてのもこんなもんか。まぁ、同胞を殺し続けた報いだな」

「……秩序を乱し、己が侭の力を感情のみで振るう行為を咎めることに、何の報いがあるというのですか?」

「秩序だぁ? んなもん、所詮は人間が勝手に作ったもんだろ。私らは人間とは違う、新たな種なんだよ」

「本気で……言ってるのですか?」

「冗談なんて言うかよ」

 戯言は終わりだとばかりに、背後から収束する魔力の波動が伝わってくる。デリングが自分へ止めの一撃を見舞うつもりだろう。エイルの首筋を冷たい汗が伝う。

「人間の味方をする奴は、私の敵だ! 死ね!」

 その叫びとともに、エイルの意識は飛び去った──。



+ + + +



「ぐぁっ!?」

 エイルの元へ駆けつけた司の放った炎弾は、過つことなくデリングへ命中した。

 その反動で彼女の制御していた巨大な魔弾が暴走し、術者であったデリングへと襲い掛かる。

「ち、くぅぅぅあぁぁぁっ!! こ、このに、人間風情がぁぁぁぁぁっ!」

 暴走した魔力が彼女の皮膚を、髪を、衣服を焦がしていく。それでもデリングは、憎悪の瞳で司を睨みつけた。

 数日前に倉庫街で見た光景とそれらがダブり、堪らず司は目を逸らす。しわがれた断末魔が耳に届いた。

 恐怖に身が竦むのを堪え、倒れてしまったエイルへ司は駆け寄る。

「エイルさん、大丈夫か!?」

 気を失っているため返事はなかったが、表情は疲労の色が濃く出ている。早く手当てをしなければならないだろう。そのためにも、この戦闘を収拾しなければならない。

 司はウルと交戦しているシグムドの元へ急いだ。

「シグムド!」

「リンドウ!? 動けたんだったらさっきと加勢しろって!」

 焦燥を顔に滲ませつつ、嬉しそうに軽口を叩くシグムド。どうやらまだ余裕があるようだった。

「悪い。でもこれで二対一だ。ウル・バルティヴァン、どうやらアンタに分が悪いようだな」

「あら、そうでしょうか?」

 仲間の二人を失ってなおも、ウルは平然としていた。強がっているようには見えない。相当の自信があるようだ。

「現に、この時点で私の勝利は確定しています」

「ほぅ、そりゃどういう意──」

「シグムドっ!」

 司は首筋を刃物で撫でられたような感覚を覚え、その場から飛び退いた。「おっ?」と呆けた声を上げたシグムドは次の瞬間、かろうじて目視できた極細の糸で身体を戒められる。

「な、んだこりゃっ!? う、動かけねぇ……」

「シグムド、待ってろ今す……ちぃっ!」

 糸はシグムドを戒めるものだけではなかったらしい。司をも捕らえようと、幾重もの糸が四方から襲い掛かってくる。今の司はその糸から逃れることで、手一杯になってしまっていた。



+ + + +



「なんなんだよ、こりゃっ!?」

「魔宝具『アルケニーの糸』。伸縮自在で無尽蔵に放出できる糸ですわ。このようにモノを縛り上げることも、断ち切りこともできますよ」

 シグムドの問いに答えたウルは、デモンストレーションのつもりなのか、糸──魔宝具『アルケニーの糸』で彼の前髪を数本、無造作に断ち切った。はらはらと宙に舞う髪を、シグムドは名残惜しそうに見つめる。

「てめー、毎晩入念に手入れしてる髪をどーしてくれんだよ。弁償しやがれ」

「すみません。では、これで勘弁してください」

 刹那、シグムドを戒めている『アルケニーの糸』から雷撃が迸る。予期しなかった攻撃に、シグムドは苦悶の声を上げる。

 魔宝具『アルケニーの糸』は、ただの糸ではない。魔力をこごめた練り上げられた刃物であり、魔力を伝達するケーブルでもある。目標を絡めとり、魔力を攻撃力として送電することでダメージを与える。それは蜘蛛の糸で餌を捕食する蟲の様にも似ている。

「うあぁぁぁっ!? てめ、やってくれんじゃねーか!」

「頭皮の刺激には強すぎましたか?」

「面白ぇ冗談言ってくれやがる!」

 お返しとばかりに『グレイプニル』をウルへ振るってやるが、手首も縛られているため実に弱々しい動きしかできなかった。当然、軽くあしらわれダメージを与えるには至らなかった。

「実に残念なのですが、これ以上貴方の相手をしている暇はないのです。さっさと竜胆司を確保しなければならないので」

「俺の方がいい男だと思うけどよ?」

「自信満々なところが鼻につくので、ご遠慮致します」

 シグムドの軽口を淡々と返し、彼女は再び雷撃を放つ。そのショックでシグムドは昏倒した。ウルが司へ向き直ると、彼は襲い掛かる『アルケニーの糸』を炎で焼き払いながら倉庫内を逃げ惑っている。

 だが、それももうここまでである。ウルは王手を決める棋士のごとく、更に『アルケニーの糸』を司へ集中させた。

 もはや完全包囲と呼ぶに相応しいほど、四方から司を戒めんと糸が迫っていく。彼の表情が焦りに歪む。

「色々と犠牲を払いましたが、これでようやくあの方のご機嫌を取れます……」

 既にウルは司の確保を確信していた。

 異界へ強制的に飛ばされたフノスと、暴走した魔力に焼かれたデリング。かつて仲間だったものたちのことをほんのわずかに想い、その数秒後には記憶の中から消し去る。

 役立たずだったとと罵るつもりはない。彼女らは彼女らのできる範囲で助力してくれた。それで良い、それだけで良いとウルは思っていた。彼女の中には、斃れた二人に対する愛着というものは欠片もなかったのだ。

 それよりも、彼女は自身の知的好奇心を持たせる存在と居場所こそが全てだった。あの方へ恩を売るのも、それゆえだ。そしてその土産が竜胆司となる。これは充分すぎるほどのモノだろう。

「さて、仕上げです」



+ + + +



「くそっ、これまでかよっ!」

 ウルが放った糸──魔宝具『アルケニーの糸』は、さながら獲物を追い這い回る蛇にも似ていた。

 追いすがる糸を蒼炎で焼き払い、倉庫内を駆け回りその魔手から逃れようとするが、なかなかにこいつらはしつこい。自分を手土産にしようというウルの執念だろうか。

 司にはここで屈するつもりなどなかった。だが、疲労が徐々に身体と精神を蝕みつつある。慣れない戦闘が原因だろうことは、容易に想像がつく。ツカサの力も弱まりつつあった。

「ぐぅっ……! 離せ!」

『アルケニーの糸』が、一瞬の隙をついて司の身体を拘束する。身体中を繭のように雁字搦めにされ、一切の動きを封じられてしまった。

「さてさて、これで鬼ごっこはオシマイですね。観念していただきましょうか」

「でも僕を捕らえても、既に逃げられないだろ。あの魔法陣を維持してた魔女もいないんだぞ」

「他にいくらでも方法はあります。面倒事が増えてしまいましたが、それでも目標が達成できればそれで良いのです」

 全く動じることの無いウルの口調から、それが虚勢でないことは確かだろう。ならば、この状況を打開するには自分で動くしかない。

 エイルとシグムドは既に意識がなく、愛音も重症だ。援護は望めない。頼れるのはツカサの力だけだ。

(頼むツカサ……っ!)

 司は弱まりつつあるツカサの力をかき集める。だがそれはほとんど燃えカス程度のものでしかなく、もはやウルに一矢報いることすら適わない。

 こんなとこで終わりか──と絶望にうなだれそうになった刹那、不意に身体に重力が戻った。いや、『アルケニーの糸』の呪縛から解放されたのだ。

「司、大丈夫!?」

 声がする方向へ視界を巡らせると、先ほどまで倒れ伏せていた愛音が立っていた。傷や疲労の色はそのまま残っているが、ウルへ向けているだろう瞳は強い敵意の光を宿している。

「アンタの好きにはさせないから!」

 愛音がウルへ魔弾を掃射する。しかしウルは全く堪えた素振りを見せず、その場で棒立ちしたまま障壁で魔弾をいなす。その様子に愛音は苛立ったのか、直接攻撃を仕掛けようとウルへ駆け寄ろうと足を一歩踏み出した。

 だが、その歩みが止まった。

「な、なに……。なんで動けないのよ!」

 喚く愛音を眺める司は、彼女の周囲に『アルケニーの糸』が張り巡らされていることに気づいた。ウルが魔弾をかわさずそのまま棒立ちになっていたのは、糸を張り巡らすことを悟られないためだったのだ。

「うぅ、ああぁぁっ!!」

 彼女を戒めている糸が一際強く絞られた。愛音は宙吊りにされ、拷問のように四肢を引き伸ばされている。

「くぅ……。止めろ、それ以上は!」

 一瞬、司の抗議にウルは振り返るが、冷ややかな笑みを浮かべるのみで再び愛音への責め苦を再開した。

 そして、それが起こった。

 愛音の腕から、鮮血が迸った。きつく縛り上げた『アルケニーの糸』が、彼女の体内の血管を圧迫したのだ。

「────っ!」

 司は信じられないとばかりに瞠目する。それは愛音も同様だったようで、最高潮に達した痛みが彼女を強制的に瞠目させていた。

 更にそれだけに留まらず、ウルは駄目押しとばかりに雷撃を放つ。糸で絡め取られていた四肢が焼かれ、その苦痛に愛音は身悶える。その反動で彼女は糸の戒めから解放された。

 だが、宙で放り出された彼女は重力に引かれた冷たい床へと叩きつけられる。そして、その動きが止まった。

「やっと静かになりましたね。人の邪魔をするなんて、無粋な女です」

 明らかに侮蔑を含んだその台詞も、司の耳には届かなかった。

(……愛音、どうした? なぜ動けない?)

 声を出そうとしたが、口が嫌に乾いて言葉にならない。脳内でそう呟く。

 彼の視線は動かなくなった愛音に釘付けになっている。司は想像したくもなかったが、冷静な彼の思考の一部が、冷酷な判断を下した。

 ──愛音は、死

「嘘だっ! 嘘だぁぁぁぁぁぁっ!」

 彼は絶叫する。嗚咽が口内から零れ、涙を滂沱させ、受け入れられない現実を締め出すように瞳を閉ざす。


【燃ヤセ、嬲レ、壊セ、蹂躙セヨ】


 絶望が黒い染みのように心へ広がる最中、それは聞こえた。それはツカサの声だ。

 だが、それはツカサであってツカサではなかった。その声には慈愛の暖かさや労わりはなく、氷のような冷酷さと機械のような無機質があった。


【貴様ノ負ノ感情ヲ解キ放テ。憎シミヲ殺意ヘ変エロ】


 その言葉が、司の中へ広がる黒い染みをより濃く、より深いものへとしていく。もはや彼の感情は憎悪と殺意のみで占められていた。

 額をゴテか何かで焼かれるような痛みとともに、身体中に満ちていく魔力も感じる。既に枯渇しかけていたと思ったが、自分を唆すツカサ声の何者かが新たに力を貸してくれているらしい。

 何者だろうか、などという疑問はこの際どうでもいい。今は愛音への仇と復讐が果たせればそれで良い。

「さてお待たせしました、竜胆司。そろそろご同行を……」

 言い終わる前に、ウルの表情が驚愕に染まった。



+ + + +



「な、何の真似です……?」

 司の身体がまるで火達磨のように、蒼炎に包まれていたのだ。ウルはその意図を図れず、呆然とする。

 すると、束縛されていたはずの司が動き出し、こちらへ炎弾を放ってきた。慌ててそれを回避する。

「まさか、『アルケニーの糸』を焼き切るためにあんなことを……!?」

 司の身体中を雁字搦めにしていた糸は、そう易々と解けない。それでも、魔力を込めた刃や魔弾ならば断ち切ることもできる。無論、魔力で作られた炎でもだ。

 司はその糸を、自身が火達磨になって焼き切ることでその束縛から脱したのだ。ならば、身体中は火傷になっているはずなのだが、今一瞬見た限りでは外傷は全くなかった。恐らく、火達磨になる寸前に自身の身体を防護膜バリアで覆ったのだろう。

「全く、無駄な足掻きを……」

 わずかな焦燥を押し隠し、ウルは再び司を捕らえようと『アルケニーの糸』を操る。司の死角や四方から糸が迫るが、先ほどとは違い彼は逃げに徹しなかった。

 彼の周囲を膨大な蒼炎が取り巻く。先程の比ではない。それは迫り来る糸を瞬時に焼き払い、自分へも極大の炎弾を放ってくる。

「もう小細工は通用しないということですか……。だったら直接叩きのめして差し上げます」

 ウルは『アルケニーの糸』を回収すると、幾重もの雷撃を司へ放った。糸による搦め手から雷撃の直接攻撃に変わっても、司はいささかも動揺せずに障壁で雷撃をいなす。

 そんな彼の表情は、冷たく無表情でありながら、その裏に鬼気迫るものを感じさせる。ウルはわずかにだが、自分が気圧されていることを実感した。

「なっ!? あ、あれは……っ!?」

 ウルは司の額に浮かび上がっていた呪印に目を留め、激しく狼狽した。それはデリングが崇拝し、ウル自身も一目置く"あの方"が刻んでいた呪印と同一のものだったのだ。

 二つの蛇竜が絡み合う、禍々しい呪印。あのようなものはこの世界に二つとないはずだ。

 ならば、彼がそれを持つ意味。それは──。

「まさか……。あの少年が、本当に"あの方"の片割れだとっ!?」

 ウルの驚愕は、自身の注意力がゼロになるほどのものだったらしい。気づけば彼女は蒼炎の鎖に縛り上げられており、焼け付くような痛みと熱気が身体中を蝕んでいた。

 もはやウルに抗う術はない。そんな彼女へ司は歩み寄る。恐怖心を押さえることができなくなったウルは、震える声で訊ねる。

「あ、貴方は一体何者なんですっ!? 本当にただの人間なのですかっ!?」

「そんなこと、今はどうでもいい」

 氷のように冷たい口調でそう切り捨てると、彼は無造作にウルの頭部を鷲づかみする。

「う、ぐぅぅ……」

「燃えろ」

 司の瞳に、強い殺意の炎が灯る。刹那、激しい爆炎とともに鷲づかみにされていたウルの頭部が消し飛んだ。

 これにて戦闘終了です。あとは物語の締めと後日談に入ります。

 ところで読者の皆さんにお聞きしたいんですが、敵キャラがバタバタと斃れていく展開はシビアすぎますかね? 特に最後のウルなんてビジュアル的には相当ヘビーだと私自身も思うのですが、その辺のご意見もいただけたらと思います。

 ……そしてまた更新日過ぎたし。スミマセン。

※次回の更新は6月27日の予定です。

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