第0.5話 元二十一代目勇者キン=リブスが勇者でなくなるまで その④
激しい戦いだった。
飛び交う剣、魔法、銃弾、砲弾。
リモーたちは俺を含めてもたったの6人、相手は100人以上と明らかに勝ち目は敵方にあったが、それでもリモーたちは少しも怯むことなく戦い続けた。
俺も武器を手に必死になって戦ったが、リモーたちや敵の海賊が入り乱れた混戦、おまけに足場が不慣れな船上とあっては、出来ることなど何もなかった。
船から爆炎が上がった衝撃に足を取られた隙に誰かに短剣で斬られ、もう死ぬのかと諦めたその時、俺の体はグイと持ち上げられた。
ようやく俺がいなくなったことに気付いて追いかけて来たらしいサラミババアが、燃え盛る炎の中、俺を肩に担いだのだ。
右手でガッシリと俺を抱え、左手にはとんでもない大きさの袋にさっき仕留めてきたのであろう魔獣の死体を大量に詰め込んで、その重みで船は傾いてしまっていた。
「……それでぇ」
ババアの声色は怒気に満ちていたが、その矛先は俺ではなく海賊たちに向けられていた。
「あたしの許可なくだァァれがこの子を攫ったんだいィィイイ!!!?」
砲撃なんかよりもずっとうるさい怒号に、それまで命のやり取りをしていた海賊たちの動きまでもが固まった。
なんなら殺されると思ったかもしれない。
そんな中にあってまともな口をきけたのは俺ともう一人、リモーだけだった。
担がれていた向きが悪かったせいでリモーの顔は見えなかったが、さっきまでと変わらない堂々たる声をしていた。
「あんたのことは何度もこの海を渡っているのを見かけたから知ってる。攫ったのは俺だ。人手不足なもんで、そこに将来有望そうなガキがいたもんでな。魔界に行くようなガキなんて有望そのものじゃねえか。そんでよ、俺が貰った」
「あぁ!?何言ってんだリモー!俺が乗せてくれって頼んだんじゃねえか!!それをあんたが、家出小僧を置いてやる気なんかねえって……」
俺がいくら喚いても、リモーは動じなかった。
「だがどうやら見込み違いだったみてえだ。戦いなんて何も知らねえど素人のガキ。連れて帰るんならさっさとそうしてくれたら、俺ものびのびとあいつらを蹴散らせるんだが」
「……リモー=コミック、あんたのことも知ってるよ。悪い噂をよく聞くからね。でも子供を巻き込むようなことは嫌う奴だということも聞いてる……あんた、イイ男だね。言われるまでもないけど、この子は連れて帰るよ」
「おい!離せよババ……」
「帰るっつってんだろォォォオオ!!!!!」
耳元での咆哮に、俺は失神した。
次に目が覚めたのは3日後、またしてもババアの家だった。
前回とは俺が怪我を負っているという一点だけが異なっていたが、その一点こそが重要なことだった。
戦いの中で短剣で斬られた脇腹が紫色に腫れ上がっていて、そのせいか手足が痺れて動かすのも億劫に、立ち上がるのも難しくなっていた。
短剣に毒を塗る海賊の名を、ババアは一人だけ知っていた。
「『毒リンゴ』のラバンだね。医者に見せた方が良さそうだ」
すぐに医者がやってきて、俺を診察した。
医者は診るなりすぐに俺を部屋へ遠ざけると、ババアと二人で話し始めた。
どんな話かは、聞き耳を立てるまでもなくババアの大声で丸わかりだった。
「なァァんだってんだィィイ!!!あの子がもう長くもたないってェェ!!それをどうにか治すのがあんたの仕事だろォォォ!!!」
頭の中が突然真っ白になった。
旅立ってすぐに命の危機に陥り、その度に立ち直った俺だが、それがこんなに呆気なくいよいよというところまで迫るとは、予想もしなかった。
しばらく呆けていたが、やがて我に返って立ち上がり、医者の話を聞きに行った。
ラバンとかいう海賊が使った毒は、様々な植物から採った毒に魔力を混ぜ合わせた特別性のものらしい。
まず最初に生殖機能がほぼ完全に失われ、次に手足の痺れ、それが下半身全域に広がると石のように動かなくなり、ついには全身の細胞が壊死するのだという。
即効性もないが、医学では対処のしようもなくお手上げだと言って、薬を置いて医者は帰った。
薬は症状を和らげるものではなく、すぐ楽に死ねるためのものだった。
部屋に戻った俺に、ババアはかける言葉が見つからなかったようで、温かいスープを差し出すと、店の仕込みに向かった。
俺の視線の先にあったのは、スープではなく薬だった。
この薬をスープに溶かして、そのまま飲み干して楽になっちまおうか、そんなことを考えていた時、部屋の窓を叩く音が聞こえた。
ふらつく足で窓を開けると、そこにはリモーが浮かんでいた。
「……幽霊?」
「浮遊魔法だっつの。元気そうだな、キン」
「死にそうなんだよこっちは。別にあんたのせいじゃねえし、全部俺の自業自得なんだけどよう、目の前で皮肉言われると流石に恨み言のひとつやふたつ出るぞ」
「へっ、怒んなよ。ラバンの毒だろ?俺もやられてんだよ」
「そっちはマジで元気そうだが?」
「個人差ぐらいあらァな。ウチで船医やってたセヴァは特にひでえもんで、昨日の夜にぽっくりだったぜ。『ガキこさえられねえで死ぬのは嫌だ』なんてぬかしながらよう」
「……死んだのか?そういやあの戦いからどうやって逃げた?他の連中は?」
「質問が多いが、一個ずつ答えてやろう。まずあの戦争だが、サラミがここに戻ろうとする直前、ついでみてえに俺たちを囲ってた船を踏み抜いて沈めてくれてよう、そこから隙を見て逃げ出した。だが追手がしつこくてな、ラバンの毒も矢に塗ったりして次々と俺たち目掛けて放ってきやがった。2日経つまでずっと飛んで走っての繰り返しで命からがら逃げ切ったのは俺とセヴァだけ。そのセヴァもさっき言った通り……ぽっくりだ」
あえて明るく説明しようとしていたが、その表情は寂しさを隠し切れていなかった。
「……で、俺にどうしろと?」
「本当にどうしようってんだィィ!?海賊リモー!!!」
俺の真後ろでサラミババアが叫んだ。
「返答次第じゃ今日のメニューには『海賊のソテー』が加わることになるよォ!!?」
リモーとババア、俺を挟んで向かい合う二人の迫力は、やはりババアに軍配が上がったが、リモーが怯むことはなかった。
「ラバンの毒を治療するための手段を俺はひとつだけ知ってる。それでもソテーにするか?」
「……その手段ってのはなんだい?それによっちゃ煮込みにしといてやる」
「魔女の森にあるという願いの叶うお宝だ。ただ行き方がわからねえんでな、方向だけでも教えてもらえるとありがてえ」
「よっしゃ。やっぱりソテーだね」
ババアは凄んで一歩踏み出した。
「じゃあ他にこいつが助かる方法あんのか?今のこいつが選ぶ道は、魔女の森に賭けるか、あんたのスープに毒を混ぜて飲み干して死ぬかのどっちかしかねえんだ……カッ、ゲホッ」
リモーが手で口を押さえて咳き込むと、その手から血を覗かせた。
血を袖で拭い、汗ばんだ顔で懸命に笑みを作ってみせた。
「俺もまだ死にたくはねえからな。船に乗ったよしみでついでにキンも連れて行きてえ、そんだけだよ」
「……今から行こうにも途中でくたばるだけだよ」
ババアはそう言うと、俺を左肩に、リモーを右肩に担いだ。
「あたしの上で吐血は禁止だからねェ!!!」
窓から飛び出し、ババアは魔女の森に向けて全力で駆け出した。
この日、俺の人生はまさに劇的に変わることになる。




