第0.5話 元二十一代目勇者キン=リブスが勇者でなくなるまで その③
「で、お前さん名前は?」
「……キン=リブス」
船に乗っていた海賊に俺はあっさりと捕まり、メインマストに縛りつけられてしまっていた。
乗っていたのは男が5人ばかり、他の連中はどうとでもなりそうだったが、名を尋ねてきた船長らしき三角帽子の男だけは、体力と魔力が減っていたこととは無関係にどうしようもないと思わせるだけの威圧感を放っていた。
魔獣狩りに勤しんでいたババアの迫力に比べればなんてことはなかったが。
「ただの迷子ならいいが、この霧が自然に起きたモンかもまだわかってねえ時に急にやって来たお前さんをよう、疑うなってのは無理な話だよなあ、キン?」
握っている酒瓶の中身を覗き込みながら船長は言った。
他の海賊との縄張り争いが近頃激化しているとのことで、そんな中に迷い込んだ俺を疑うのは当然のことだった。
しかも、事情を知らないとはいえ、俺の無実を証明できる物というのも何もなかったのだから。
「……あんたらの仲間になる、ってので信じてもらえねえかな?」
「お前さんがか?」
本心から海賊になりたいわけではなかった。
手っ取り早く信用を得るための咄嗟の判断と、勇者というもの自体に嫌気が差してきていた心が俺の口をそう動かした。
だが俺の言葉を船長は鼻で笑い、仲間から受け取った新しい酒瓶に口をつけながら言った。
「俺ァただの家出小僧を船に置いてやる気はねえよ。根っこまで腐ったような奴や、どうしてもやり遂げてえ野心がある奴なら考えてやるがな。お前さん、手は随分汚してきちまったみてえだが、目ん玉の中はまだ空っぽだ。汚れちゃいねえが、光もねえ。どっちでも構わねえから、色つけてから出直してくんだな」
「いや……下ろしてくれんなら多分二度と来ねえけど」
「ハンッ、だろうな。今の問答ではっきりしたよ。お前さんは他の海賊どものスパイなんかじゃねえってな。だが、ただの家出小僧とは事情が違うようだな?」
船長が俺の腕を掴んで勇者の印を見るや、仲間の奴らが騒ぎ立て始めた。
「勇者!聞いたことあるぜ!魔王を倒した英雄とその後輩連中!」
「俺たちのことをまとめて退治しようって魂胆かよ!?オイ!!」
「おう待ちな」
船長の低く唸るような声に連中は押し黙った。
「そんなこたぁ俺がさせねえ。てめえらが手出しするまでもねえこった。なぁ?」
そう言って向けられた船長の鋭い眼光の奥底には、敵意でも憎悪でもない、奇妙な優しさが感じられた。
「霧が晴れたら適当なとこで下ろしてやる。それまで大人しくここにいるこったな。船酔いで甲板汚すんじゃね…………」
直後、激しい振動と爆音が船を襲った。
派手に船員連中がすっ転ぶ中、マストに縛りつけられている俺と船長は音のした船首へと顔を向けた。
どうやら船体に砲弾を撃ち込まれたらしい。
霧の中から、別の船がゆっくりと姿を見せた。
髑髏の周りに楽器を並べた、派手な海賊旗をつけていた。
「リモー海賊団の皆さん、ご機嫌麗しゅう」
「霧の中から見参、容赦なく砲弾をシューッ」
向こうの海賊船から、バイオリンとアコーディオンの音色と共に、二人の男の歌声が聴こえてきた。
「7つの海を渡る、そう俺たちゃ海賊」
「ヤワな連中じゃ果たせない、狙うは世界中のお宝」
「副船長ジャレス」
「同じくホースパー」
「強くて」
「悪い」
「愉快で」
「セクシー」
「だけど二番手」
「世界で二番手」
「一番手は船長、だから俺たち副船長」
「全てのスケール段違い、それが我らが大船長」
「勿体つけても仕方ない、そろそろ登場願いましょう」
「この世で一番凄い奴、エラークル船長のおでましだ」
バイオリンとアコーディオンの音が激しくなると共に、二人の間を縫って男が現れた。
虎の毛皮に身を包んだ、大声を張り上げて歌う派手な男だった。
「下手ピッピな歌声に誘われて、やってきたド派手マンはだーれ?それはエラークル!!誰より強い!誰より悪い!!誰より愉快で!!!誰よりセクシー!!!!7つの海を探したって、こんな凄い奴はいなーい!!それがエラークル!!全てを手にすべき、海賊の中の海賊!!その名を聞けば誰だって、震え泣き叫ぶ恐怖の象徴!!破壊の王か!?死神か!?しかしてその実態は!!海賊エラークル!!皆さんご一緒に!!海賊!!エラァークルゥーーーッ!!!」
その名を続けて叫んだのは取り巻きの二人だけ、俺たちは半ば欠伸しながら聴いていた。
それでも満足したのか、エラークルは二人に演奏を止めさせると、
「ご清聴ありがとうございました」
と一礼した。
リモー……と呼ばれていた船長は、船首に上ってエラークルと向かい合った。
その時ようやく知ったが、リモーには右足がなく、木の義足をつけていた。
「相変わらずうるせえ挨拶だなエラークル。毎回それ聴かされるこっちの身にもなれよ」
「誰より愉快な男だと知らしめるには歌が一番だからな。今は私たちしかやっていないが、やめた途端に他の奴がパクるかもしれないだろう?もしかして君がパクりたいのかい、リモー?」
「やらねえよ。で、人様の船に大砲ぶっ放してきやがったのは、この霧で見えなかったからってわけじゃねえんだろう?」
「ああ、この霧、ね」
わざとらしく鼻を鳴らしているエラークルとリモーをよそに、俺は隙を見て縛っている縄から抜け出そうと身をよじっていた。
戦闘になるのなら無理にでも逃げ出す必要が出てくるからだ。
「リモー、今日こそ我々エラークル海賊団に入るんだ。もちろん仲間たちも一緒にね。この霧だと誰も見ていないから……堂々とここに血判を押せるよ!!」
そう言ってエラークルが見せた紙は、俺の位置じゃ遠くて見えなかったが、どうやら自分の部下になるための契約書のようだった。
リモーは三角帽子を取って少し頭をかいてからまた帽子を被りなおすと、腰に差してあるサーベルを抜いた。
「最初にこの話を持ちかけられた時の俺の言葉、覚えてんだろ?」
「ああ、確か一言、『アホ』だったね」
「二回目は」
「『間抜け』だったね」
「そして今回は『くそったれ』だ。この海でやりてえことやるのに、誰かの下についてちゃやってられねえだろ」
「……つまり今回も私好みの返事は貰えないというわけだね。ところで、君たちが気になっているだろうこの霧についてなんだが、察しがついているかもしれないが、自然に発生したものではない。しかし私や、ここにいる私の部下が起こしたものでもない。もう大体の見当はついているかもしれないがね」
「ああ、もう見えているぜ。待ちきれねえってせっかちな連中がよう」
リモーの言った通り、エラークルの船の後方から、いや、リモーの船を囲んで、何隻もの船の影が見えていた。
やがて霧が晴れ、船の数々が姿を現した。
全て海賊船、エラークルの船と同じ海賊旗を掲げていたが、一度塗りつぶした跡があった。
「紹介は要らないだろう?君もよく知った者たちだ」
「ああ、よく集めたもんだぜ。『黒獣』ビート、『美女狩り』ストンガー、『騙し討ち』のジャファイヤ、『亡国の王子』ハサン……どいつもこいつも見慣れた奴らだが、霧を出してたのは……お前さんか?『魔導師』ヴィンセント」
ヴィンセントと呼ばれたその男は、自慢げに杖を振りかざしながら答えた。
「流石、察しが良いな『鬼人』リモー=コミック。自然と魔術の融合、中々のものだろう?貴様を殺すために1年もかけて作った魔法だよ」
エラークルは咳払いすると、契約書を裏返して見せた。
裏面は夥しい数の血判で真っ赤に染まっていた。
「彼らは皆、先日私の『海賊連合』に加わった部下だ。世界中の宝を奪い尽くすために、それこそ7つの海を股にかけて懸命に彼らと契約を結んだのさ」
「そりゃあご苦労なこった」
未だ余裕を崩さないリモーに、左手には契約状を突きつけ、右手には銃を構えながら、エラークルは告げた。
「海賊の心得にはこうあったね。『いかなる敵にも寛容であるべし。慈悲を二度裏切られても水に流せ。ただし、三度裏切られるようならば容赦は不要なり』。だが、リモー。君ほどの男には特例措置を取らなければね。今すぐここに血判を押すのであれば、君を快く迎え入れよう。もし四度目の裏切りがあるのならば……」
「やれよ」
リモーはエラークルに背を向け、俺の方へと近づいてくると、サーベルで俺を縛る縄を切った。
「だがこいつを陸に下ろしてやってからだ。このガキは霧のせいで迷い込んだだけのカタギだぜ。海賊同士の喧嘩にカタギを巻き込むわけにはいかねえだろう?」
「……ぶっ」
エラークルが吹き出したのを皮切りに、他の海賊どもも大声でリモーを嘲笑した。
リモーたちはそれを一切意に介さず、淡々と戦闘の準備を整えていた。
「はははははははははっ!!!いやあ、流石!!流石だよリモー、一言一句、まさに君らしい言葉だ!誰よりも矜持というものを持っている!だからこそ言ってあげよう!カタギの血を啜ってこその我々海賊なんだよ!!!死ねェリモー!!!」
それが開戦の合図だった。
四方八方から、そして俺たちが乗っているリモーの船から飛び出す砲弾。
浮遊魔法で飛んでくる海賊たち。
それを迎え撃つリモーたち、そして俺。
霧が晴れたことによって、何人かの目撃者がいたらしく、後の世に『魔界海域大戦』と呼ばれることになる戦争は、こうして始まった。




