11-1『Suplantación』
ディエゴ・アルメイダは焦っていた。
先程から貧乏ゆすりは止まらないし、異常に喉が渇く気がする。
まだ昼にも関わらず、グラスに入れた本日7杯目のウィスキーを飲み干す。
「ボス、そろそろ止めといた方が良い。こんな時にぶっ倒れたらヤバいですよ」
側近であるクリストバルは酒を煽り続けるディエゴを窘めるが、グラスには8杯目のウィスキーが注がれた。
「だが飲まなきゃやってられん。何故だ......こんな事になっていたんだ......⁉︎ 」
"こんな事"とは、彼の率いるアルマダカルテルの現状の事だ。ここ最近になって何故か警察の取り締まりが強化されたのだ。
それに加えて『キラークイーン』による襲撃もあった。此方が敵の動きを知った時には、既に部下を殺された後という事が多く、後手に回り続けていた。
それに加えて息子のアレハンドロによる独断専行と散財により、政治関係者への賄賂も意味を為さなくなっていた。
『アルマダカルテル』の名で人を殺し過ぎたのだ。
「クソ......『騎士団』の奴等もだ! ハイエナみてえな事しやがる! 俺達を舐め腐りやがって! 」
「確かに。タイミングが良すぎる......。まるで示し合わせたみたいに......」
そこまで口に出したところで2人は顔を見合わせる。今まで『無いだろう』と考えていた事が現実になって襲い掛かって来ていると気付いたのだ。
「奴等、手を組んだのか! 」
「そうとしか考えられませんね。ふざけてる」
「アレハンドロの捕まえたあのエルフの小娘が入り込んでいるのか......? だが、どうやってあの麻薬特捜部のシド大佐と騎士団を味方に付けた? ううん......! 」
ディエゴはうんうんと唸りながら部屋の中を歩き回るが、酔いのせいもあったか、考えるのを辞めてジャケットを羽織った。
「とにかくだ、奴等の狙いはアレハンドロだろう。電話しろ、俺が行くとな」
「待って下さい! 」
「どうしたクリストバル」
「敵の狙いが若で、恐らくそれが個人的な恨みだったとしたら......邪魔な我々が先に狙われる可能性が高い。危険です」
クリストバルの忠告を聞いたディエゴは口を抑えて考え込む。だが、元々活発的な彼の取る行動は決まっていた。
「ここでビビってちゃ部下達に示しが付かん。クリストバル、車を頼む! 」
「......全く、こんな時に人使いが荒いんですから」
そう言いつつも、車の用意を命じられたクリストバルは嬉しそうである。彼は元々ディエゴの運転手で、彼の案をディエゴが認め、それが成功したので今の地位に居るのだ。
幹部になって後部座席に座る事が多くなった為、こうして彼の乗る車を運転出来るのは名誉な事だった。しかも、不利な状況での反攻作戦。男として滾らない訳が無い。
「フフフ......久々の修羅場だな。......ん? 」
昂る気持ちを抑えきれず笑いを溢していた時、ディエゴのスマートフォンに着信が入る。クリストバルからだろうと考えた彼は、誰からの電話か確認もせず応答ボタンを押す。
「準備は出来たか? ......オイ、聞こえてるのか? 」
『ええ。聞こえているわ』
「⁉︎ 誰だッ⁉︎ 」
慌ててスマートフォンの画面を確認するが、そこには『Anonymous』の文字があるのみ。
『"キラークイーン"と言えば分かるかしら? 貴方達に家族を殺された、憐れなハイエルフ。今日は貴方に素敵なプレゼントを贈ったの。楽しんでね! 』
「あの時のガキか......! 舐めたマネを! 」
電話越しの声は何処か楽しそうな雰囲気すら漂わせていたが、その声色は次の瞬間氷点下まで落ちる。
『クリストバルの次はお前だ』
ツー......ツー......
その一言を告げ、電話は切れた。スマートフォンを持ったまま立ち尽くしていたディエゴは我に返り、急いで別荘の正門に出る。
「うおあッ⁉︎ 」
正門前に来たベンツは勢い良く爆発し、その衝撃波でディエゴは後方に吹き飛ばされてしまう。
「......ス! ......ボス! 大丈夫ですか⁉︎ 」
「ッハァ! ......ハァッ⁉︎ オイ、クリストバルは⁉︎ 」
見張りの男の手を借りて起き上がったディエゴは、信じられないといった様子で周囲を見渡す。
「クリストバルさんは......」
見張りの男は燃え上がる車の残骸を見て、首を横に振る。それはクリストバルの死を意味していた。
「うぅ......グゥゥ......うおおおおお‼︎‼︎ 殺してやる! 殺してやるッ! 達磨にして犯して豚の餌にしてやるからなぁぁぁぁ!! 」
ディエゴは両手で天を仰ぎながら魂の叫びを上げ復讐を誓った。
だが、彼にとっての悲劇はこれで終わりでは無かった。
屋敷の正門に黒い車が近づいて来る。視認した見張りの男達は一斉に銃を構える。
車はお構い無しに進むが、正門前、ベンツの残骸の前でピタリと停車した。
少しの静寂の後、見張りの1人が運転席を確認するが、そこには誰も居ない。
「自動運転モードに切り替わってる様です! それにこれは......霊柩車だ」
そう、車の後方は通常の物とは大きく異なっており、棺を入れる為のスペースを確保する為の改造が施されていた。
「中に棺が入ってます。2個、大人用と子供用です......」
それを聞いたディエゴの顔につつ、と冷や汗が流れる。何故か? 彼に心当たりがあったからだ。アレハンドロを産んだ前妻は既に病により没しており、彼には2番目の妻とも言える女性が居た。
彼女との間には今年12歳になる息子も居る。
このタイミングでこの状況。ディエゴの頭は最悪の結果を予測していたが、信じたく無いという思いが勝っていた。
「ハァ......ハアッ......! 」
震える手でスマートフォンを取り出す。先程から動悸は激しくなって行くばかりで収まる気配を見せない。
恐る恐る妻の電話番号に掛ける。すると
「ウッ! ま、まさかぁ! そんな! 」
霊柩車から微かだが電子音楽が聞こえる。
部下を押し退けて霊柩車のトランクを開け、棺の蓋を開けると、そこにはバラバラにされた『妻だった物』と頭を撃ち抜かれた息子の遺体が入っていた。
床に膝を突き、拳を地面にぶつけ、静かに嗚咽を漏らす。
部下達はボスであるディエゴを慰める事も出来ない。本来、この役目は亡きクリストバルが担っていたからだ。
「絶対に許さねえ......! あのガキも! 騎士団も! 警察の無能共も! ゴールドウィンの奴等も! 全員殺してやるッ‼︎‼︎ あのガキと話した奴も! あのガキを見た奴も! 近所の奴らも同じエルフもだ! 皆殺しにしてやるッ! うおああああああ‼︎ うわあああッ‼︎ 」
二度目の慟哭は曇り空に消えて行き、涙を流すディエゴに雨を降らした。
☆
イダルゴにある騎士団の別荘。その2階の一室にて、フリードは窓の外の土砂降りを眺めながら赤ワインを嗜んでいた。
その部屋に痩せ気味な黒い短髪の男が入って来る。左手にはノートパソコンを抱えていた。
フリードはその男を一瞥し、視線を元に戻す。
「『ランスロット』か」
「ようやく仕事がひと段落した所だ。ワイン、貰うぞ」
この男こそ、『フォールン騎士団』のブレーンにして財政の一手を担う男、レナート・シヴォルゴである。
「それで......クリストバルは死んだのか? 」
「ああ。クイーンがやってくれたよ」
「そうか。じゃあディエゴの嫁と子供を殺ったのは?」
フリードはその問いに対して直ぐには答えず、くつくつと笑っていた。
レナートの顔は明らかに不機嫌なそれになる。
「何が可笑しい? 」
「いやいや、何故そんな事を聞くのかと思ってね」
「子供まで殺すなんていよいよ気でも触れたかフリード‼︎ 」
掴み掛からんばかりの勢いで激昂するレナードを、フリードは左手を上げるだけで制す。
「必要な事だったのさ」
「女子供まで殺す事がか⁉︎ 」
フリードはチッチッと舌を鳴らしながら、左人差し指を左右に揺らし否定を示す。
「クリストバルをクイーンに殺され、そこに妻と子供も殺されれば、ディエゴは彼女を恨み真っ先に狙うだろう。ゴールドウィンや警察は表立って動けん。彼女は危機に陥るだろう」
「それが狙いなのか? 」
「ピンチに陥った姫を騎士が救い妻とする......正しく王道だよ。彼女を娶り、騎士団は更なる進化を遂げる事になる」
「......『キラークイーン』とやらを妻にするなら、アドリアナはどうなるんだ」
フリードの妻アドリアナはレナートと不倫関係にあった。2人の間に愛はあったが、皮肉にも『アーサー』を自称する者の妻が、『ランスロット』の名を与えられた者と浮気をしていた。
「ああ、あのアバズレは適当なタイミングで殺すさ。それとも、お前が引き取るか? 」
フリードは笑いながらそう問いかけて来るが、その目は全く笑っていない。
恐らく自分と彼女の不倫は彼にバレている。YESとは答えられない。
「いや、遠慮しておく」
「フフ、だろうな。......やはり、俺にはあの少女の様に美しく、誇りある血を持つ女が隣に居るべきだな。クックックックッ......ハッハッハッハッハッ‼︎ 」
フリードは既に輝かしい未来が見えているのか、ワイングラスを片手に高笑いを上げる。
(アルマダが無くなれば、間違い無く俺とアドリアナは殺される......! )
レナートは考えた末、最も可能性が高く、かつ失敗すれば最も死が近いであろう選択肢を取る事にした。
いや、最初から彼に選択肢等残されていなかったのかも知れない。
眼前の男に付いて行く事を決めた時か? あるいは......
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