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麻薬エルフ   作者: 銀玉仮面
メキシコ編
14/26

8-1『Declaración de guerra』

遅くなってすいません。お願いします。


シナトラが『グレミオ・アパン』を壊滅させてから数日後。


メキシコシティのとある喫茶店のテラス席で、1人の少女と眼鏡の青年がコーヒーを片手に寛いでいた。


コーヒーの香りを楽しんでいる青年を、少女は冷ややかな目で見ていた。その視線に気付いた青年は、微笑みながらカップをテーブルに置く。


「すまない、良いコーヒーだったからな。」


「良いのですけど、呼び出したワケは?暫く1人になりたかったんだけど。」


シナトラは、ベレト殺害後は屋敷から離れたホテルに宿泊していた。ぐだぐだと惰眠を貪っていた時、アガレスからの呼び出しがあったのだ。


「ハティの能力についてと、アルマダと騎士団、他にも色々ある。話しても?」


「...どうぞ。」


「ありがとう。まずハティの能力だが、彼女の錬金術士としての能力は想像以上だ。君が不在の間に検証してみたが...簡潔に言うなら、ペンタゴンのセキリュティを彼女1人突破し、証拠も残さず情報だけ奪えるだろう。」


「それは...本当に想像以上ね。」


「そしてもう1つ。異世界産の魔道具や魔剣みたいなのを作るには、製作者が素材に魔力を込める必要があるんだが、ハティはこれも容易く出来る。設計図は必要だがね。」


「つまり?」


「今後は彼女の力を借りてオリジナルの魔道具も作れるだろう。君の銃にも強化を施せるかもしれないぞ。僕はこれでもガンスミスだ。」


「機会があればね。カルテルについては?」


アガレスはスーツの胸ポケットから、今どき珍しい手帳を取り出す。


「アルマダはかなり混乱しているな。少年兵のまとめ役や、金持ちの子供に薬を売りつける売人も失ったからな、当然ではある。そして、騎士団や他カルテル配下のギャングがグレミオ・アパンの縄張り立った場所に入り込んでるな。」


「ま、そこは勝手に潰し合うでしょう。」


「ただ、カルテルの情報を持った情報屋が次々姿を消してるんだ。すまないが、今まで通りに情報戦の支援は出来ないだろう。」


「分かったわ。ここから単独行動ね。」


「ハティも寂しがってる。偶には会いに来いよ。父さんにも顔を見せてやって欲しい。...そうだ。実はやり手の情報屋の1人が、アレハンドロの別荘近くで消息を絶っている。場所は...ここだ。」


スマートフォンにアガレスからのメッセージが届く。添付されていた地図ファイルには、件の別荘の衛星写真が映っていた。


「恐らく殺されているか尋問されているかだな。名前はジェイムズ・ウォーカー。死ぬ前に情報を聞き出せ。」


次に送られて来たのは、黒人の男の写真。盗撮した物なのか、かなりブレがあった。


「アメリカ人か...。ありがと、探ってみる。」


「気を付けろよ。アレハンドロはかなり狂った奴だ。既にこちらの攻勢を見越して手を打っているかもしれない。」


「ええ...気を付けるわ。」


シナトラもカフェモカを口に含み一息ついたその時、今まで感じた事の無い強烈な警告が脳に響く。続け様に、周囲の時間の流れが緩やかになった様な感覚に陥る。


第六感はシナトラから見て前方、アガレスの後ろに路上駐車されていた、先程まで無かった軽自動車に向いている。

次の瞬間、時間が引き戻される感覚が来ると共に体が動くようになる。


「伏せてーーーーッ!!」


「何だっ、ーー!?」


シナトラは後ろに飛び退き、アガレスは頭を腕で守りながらテーブルの下に隠れる。刹那、軽自動車が爆発し凄まじい衝撃波が周囲を襲う。


目の前の風景が点滅し、何秒か経ってやっと体を動かせるようになる。立ち上がって銃を構え周囲を警戒する。


「うぅ...。」


「助けてくれぇ...。」


「ママ、起きて!ママ、ママ!」


一帯は地獄絵図だった。塵が舞って霧のようになり、周りには瓦礫や人、その欠片もそこら中に散らばっていた。


「う、ゲホッ!...アガレス、生きてる?」


「あ、ああ、なんとかな...。クソ、車ごと爆破するとはな...。僕と君の顔も奴らに割られてしまった様だな。僕は隠したつもりだったんだが!」


「取り敢えず屋敷に戻りましょう。」


「そうだな。ここに居ては危ない。」


「アガレス様、シナトラお嬢様、早く車へ!」


「クソ!!護衛も殺られてる...!奴ら、全面戦争でもする気か...?」


シナトラとアガレスは急いでマローダーに乗り込み、屋敷に向けて走り出した。


車両爆弾に使われたのはコンポジション4、C4とも呼ばれるプラスチック爆弾だった。この事件で一般人3名が死亡、重軽傷は7人出た。

この陰惨な作戦は、カルテルが戦争をする気になった事を表すと共に、何時の世も犠牲になるのは罪無き人々なのだと改めて認識させるものだった。



ゴールドウィン邸へ向かうマローダー。その後ろを、銃座の付いたパトカー仕様のオフロード車が2台ピタリとついて来ていた。


「機関銃装備のパトカー?テロ事件とは言え、対応が早すぎる。...オイオイ!?撃ってきたぞ!?」


パトカーは躊躇いも警告も無いまま機関銃をマローダーに向けて連射する。戦車装甲に匹敵するボディが5.56X45mmの弾丸を跳ね返している。


「汚職警官なら殺しても文句は無いわね!迎撃する!」


シナトラはトランクからアサルトライフルを取り出すと、後部座席の窓から身を乗り出し、パトカーに向けて発砲する。


タタン!と破裂音が鳴り、シナトラ達から見て右側を走っていたパトカーの機関銃主が、頭を撃ち抜かれ崩れ落ちる。

すかさず前輪タイヤを両方撃ち抜くと、そのパトカーはその場で停車し、それ以上は追い掛けて来なかった。


もう1台のパトカーからは依然として弾が飛んで来ており、流れ弾が周囲の民間人や車にも当たっていた。


「チッ、周りの被害はお構い無しってワケ?どんぐらい積まれたのかしら...。」


小言で愚痴を呟き、再び身を乗り出してパトカーに向けて数発撃つ。放たれた弾丸は前輪タイヤにヒットし、千切れたタイヤを巻き込んで前方に勢い良くひっくり返ってしまった。


「この車、機関銃座は無いの?幾ら防御力があるとは言え、M1919くらいは付けていいと思うのだけど...。」


「元々は紛争地域や汚染区域で運用されていた装甲車だから、あるにはあったが取っ払った。」


「まあ、街中でぶっぱなす事なんて無いって考えるのが普通よね...。」


銃は手に持ったままシナトラは溜息を漏らし、アガレスは「全くだ。」と同意した。一層騒がしくなる大通りを後ろに、マローダーは屋敷に到着した。



「ハティ!居る!?」


エントランスには武装した護衛達が数人控えており、普段とは違った物々しさがあった。

ハーゲンティは来客用のソファーでゆったりとしていた。


「あ、お姉ちゃんだ!どこ行ってたのー!?寂しかったし暇だったんだから!...何でそんなに埃だらけなの?」


「転んだだけ。無事で良かった...ホント。」


「アガレスにシナトラか。待っていた。」


ハーゲンティとの再会を喜んでいると、遅れてカラミティもやって来る。


「厳重ね。」


「爆弾テロに遭ったらしいな。」


「それと、警察官にも襲われたわ。」


「...アルマダは君を"敵"と認識したか。不味いな。」


「大丈夫、私はここから単独行動に移るわ。迷惑は出来るだけ掛けたくないけど...ハティの顔を見に戻って来るかも。」


ハーゲンティに頭を撫でながらそう告げると、カラミティの顔は一瞬だけ引き締まった雰囲気になる。...牛の頭蓋骨なので気のせいかもしれないが。


「ベレトとアムドゥスの始末を付けてくれた事には本当に感謝している。私の教育不足が招いた結果だ。...それに加えカルテルの相手まで...。」


「...良いのよ。私が好きでやってる事だし、援助もしてくれてるし、これでも感謝してるのよ?」


「光栄だ。今後も出来る限りの援助はさせて貰う。グループはアガレスに引き継ぐつもりだ。安心してくれ。」


「さて、それじゃ早速行動開始かしら。...あ、シャワー借りるわね。」



メキシコシティを南に下ったその外れ、サン・アンドレス・トトルテペックにあるアレハンドロの別荘。

そしてその地下に、1人の男が捕らえられていた。


「クソッタレ...!こんな事ならゴールドウィンの依頼なんて受けなければ...。」


「オイ!黙ってろ!」


手錠を嵌められ、椅子に縛り付けられた状態で捕まっているこの黒人の男の名前はジェイムズ・ウォーカー。メキシコ随一の情報屋であり、オークを父に持つ異世界種族とのハーフでもある。

オークの血が混じっている為、2メートル近い身長と高い身体能力を持っており、俗に言う"戦う情報屋"スタイルだった。


グレミオ・アパンの情報等をアガレスに流していたのは彼であり、現在はその疑いで捕まっている。

手錠は外そうと思えば外せるが、そんな事をしてる間に短機関銃で蜂の巣だ。ジェイムズは今日何度目かのため息をついた。


「オイ見張り。...オイ、オイ!」


「うるせえな!?何だ!」


「今日アレハンドロは居るのか?」


「知らん。静かにしていろ。」


(奴は居ねえのか...奴から殺せと指示があれば、俺なんて直ぐに殺られちまうな。...待てよ、アガレスに流した情報を聞いて『キラークイーン』が来てくれれば...逃げ出せるッ。)


「...って、ンな奇跡みたいな事ある訳ねえよなあ!こんな事ならカトリックに入信しときゃ良かったぜ!」


「黙れっつってんだろ!?撃つぞ!」


ジェイムズの大声で、見張りの男の我慢の糸が切れる。持っていた短機関銃をジェイムズに向け、彼を恫喝した直後、外で爆音が鳴り響く。


「な、何だ!?」


(特殊部隊...にしては音の数が少ないな。まさか、本当に『キラークイーン』が!?)


「な、何が起こって...どうすれば...。」


「フンッー!!!」


「お、お前!!?」


見張りの男が、味方の援護と監視を天秤にかけて迷っていた時、ジェイムズは腕に万力を込めて手錠を引きちぎる。


「『マイティチャージ』!オラァ!!」


「グヘェッ!!!」


男が短機関銃を構えた瞬間、ジェイムズは鉄格子の扉ごと男にタックルをぶつけていた。轟音と共に扉と一緒に壁に叩き付けられた男は、呆気なく死んでいた。首の骨が不自然な方向に曲がっており、即死だったと見える。


「へへっ、ま、こんなもんよな。」


男の持っていた銃を奪い、予備のマガジン等もズボンのポケットにしまう。上半身は服を脱がされ裸だったので、男のシャツとボディアーマーも奪う。


上で連続して鳴っていた銃声が少し止み、それを警戒していると、突然地上へのドアが爆発し吹き飛ぶ。


「うおっ!な、何だ!」


煙のせいで未だ見えないドアに銃を向けながら警戒していると、予想の半分ほど小さい人影が見える。


煙が晴れて出て来たのは、黒のドレスを着た美しい少女だった。ハイエルフ特有の長い耳に、容姿に不釣り合いな黒いアサルトライフル。

少女はジェイムズの方を向くと、左手をヒラヒラさせて悪戯っぽく微笑む。


「あら?貴方がジェイムズ?」


「...そういうお前は...『キラークイーン』、なのか?」


ジェイムズは恐る恐る訊ねる。目の前の少女が上の兵士達を殺したとは俄に信じ難いが、戦場でのこの余裕ぶりを見るに、それは真実に思えた。


「何それ。...ま、良いわ。エスコート、して下さらない?」


「...ああ、いいぜ。女王陛下(クイーン)?」


アサルトライフルの引き金に指を掛けながら、微笑みと左手を差し出す少女に、ジェイムズはサムズアップで応えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話ラストのシナトラとジェイムズのやりとりが良い感じ。 [気になる点] ジェイムスが異世界種族3世って事は、 この物語世界の『今』は、『門』が出現した西暦2042年から50年ぐらい経ってい…
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