7『No aturdido』
短めです。宜しくお願いします。
麻薬戦争とは、一般的には麻薬カルテル同士の縄張り争いや、麻薬を取り締まる組織や警察との戦いを指す。
元々この国にもカルテルの様な犯罪組織は存在していた。だが、1990年代にコロンビアのメデジン・カルテルとカリ・カルテルが壊滅した事により力を付け始めたのだ。
メキシコは麻薬の生産国であり中継国でもある。アメリカ国内に流れる70%以上の外国製麻薬がメキシコを通じて来ていると言えば、アメリカが怒るのも納得出来るだろう。
メキシコ自体の麻薬生産量はわずかだ。だが、コロンビアで生産され、メキシコを通じてアメリカに流入するコカインは、なんと世界全体の麻薬密輸量の90%という驚異的なシェアを誇る。
メキシコでは頻繁にカルテル同士の戦いがあり、勢力図は刻々と変化する。2000年以降も戦いは激化して行き、2017年には2万人程の死者が出たとされ、過去最悪の数字だった。
その後も膠着状態と抗争状態を交互に繰り返し、2042年以降は『門』の発生により、この戦争に『魔法』という要素が新たに加わった。
カルテルは異世界からの難民を衣食住と金で抱え込み、魔法を使える人材を私兵にした。
麻薬戦争は新たな段階に入ったのだ...。
☆
そして2071年、メキシコシティは未曾有の混乱に包まれていた。
麻薬カルテルやギャング同士の抗争が、90年代以来の活発化を見せていたからだ。
メキシコ最大の麻薬カルテル『アルマダ』の下部組織である、ギャング『グレミオ・アパン』のメンバーが何者かの手によって次々と殺されていた。
テレビ各局一連の事件を『CIAの秘密作戦か!?』『アメリカ大統領は関与を否定。』等と大々的に報道した。
アメリカはこれを静観する判断を下した。メディアは大袈裟に報道しているが、どうせ直ぐに収まると考えたのだ。
だが、この事件がメキシコのみならず、裏の世界全体を巻き込む戦争に発展するとは、予想しているはずが無かった。
☆
センセーショナルな報道から2週間、犠牲者は更に増えて行った。
突撃隊長だったセミ・ホドリゲスは、他のメンバー諸共射殺されており、顔面の損壊が酷く、身分証明書でようやく本人確認が出来た。
少年兵達の纏め役だったムヘロ・シバは通っていたハイスクールのトイレにて、蜂の巣状態の射殺体で発見された。周囲の監視カメラは全て壊されており、学校内での殺人事件の為警察も動いたが、目撃者も居らず捜査は難航している。
会計係のジョンナ・パシファは恋人の家から帰る際、車に仕掛けられていた爆弾により死亡。即死だった。
麻薬の密売人とカルテルとのハシゴを兼任していたエネス・ディアスの死因は射殺だったが、発見された死体は大通りの歩道橋から吊るされていた。
死体の首には『Espera』と書かれた木版が下げられていた。
☆
エスペランサにある企業病院、その地下駐車場。
アムドゥスは怯えた様子で部下に車の用意を急かしていた。
「早く!早くしろ!や、奴が来るんだ!」
「奴って...例の殺し屋ですか?」
「そうだよ!クソ、ベレトの奴!中途半端な時間に手を出してしくじりやがって!終わりだぁ...あのガキに殺される!」
アムドゥスの台詞の端を聞き取った部下達は、彼を侮るように笑い出す。
「ハッ、相手は子供なんですか?」
「ガキ如きに怯える必要なんて無いですよ。例の殺し屋は確かに凄いでしょうが、まさかエルフの、ましてや子供がやったなんて有り得ない!」
「おお、お前らはアイツと戦ったりした事が無いからそんな事が言えるんだぞ!あ、あの女がここまでヤバいなんて知らなかったんだぁ...。」
「お、女?まさかそんなこと...。」
「ハハ...。」
嘲笑っていた部下達だったが、徐々に笑いが消えて行く。
自信に満ちて傲慢だったアムドゥスは、プライド等とうの昔に捨てた様な怯えようだった。
「準備出来ました!ほら、立って下さい。護衛も付いてるから大丈夫ですよ。」
「お前らじゃアイツの相手は...。」
うずくまって震える彼を立ち上がらせ、無理矢理車に乗せる。
だが、駐車場から地上の道路に上がったその時。アムドゥスらの乗るバンに、左から黒のマスタングが追突する。
「うわあっ!」
「ぐえっ!?」
勢いよく追突されたバンはやむなく停車する。たまらず、助手席に座っていた護衛と、後部座席に控えていた2人は外に出る。運転手は即死だったのか、ハンドルにもたれたまま動かない。
「クソッ!どこのどいつだ!」
「舐めたマネを!」
「ま、待てお前ら!不用意に外に出るなッ!」
アムドゥスの叫びも虚しく、彼を車に残し護衛は全員追突して来たマスタングの方に向かう。
バンパーやボンネットは大きく凹んでおり、護衛達は命知らずの特攻だと考えたが、直ぐにその考えは否定された。
「人が乗ってない!無人だ!」
「途中で降りたのか...?ブレイ、反対側に回れ。」
「ああ、りょうかッ...ハッ!?」
「ブレイ!?」
「あッ、ガハッ、ゴホッ...。」
車の反対側に回ろうとした護衛の喉には短剣が突き刺さっていた。刺さった短剣を抜こうと必死に足掻くが、間もなく絶命し、地面に倒れる。
「ど、どこから!?こ、殺、ヒュッ、ぼホッ」
「ノリス!?」
銃を構えた護衛の喉が何者かに掻き切られる。切られた護衛は血を吹き出しながら、困惑した表情のまま絶命する。
「な、何だ?何なんだ!!」
「こんにちは、セニョール...ジョン・ドゥ?」
「エ、エルフの、女、こ、子供...!」
戦慄する男の眼前には、アムドゥスの言った通りの存在が居た。両手にはカランビットナイフを持っており、先程2人を殺害したのも状況的には彼女しか居なかった。
だが、男の頭ではそれを認める事が出来なかった。
「ヘヘッ、たかがガキ1人にこんな事出来るわけがねぇ...!もう1人は何処にいるッ!」
「はぁ...?コカインでもキメてんの?どう見ても、私しか居ないと思うんですケド...。」
「ふざけんじゃねぇ!お前1人にこんな事が出来るはずねえだろ!?もう1人はどこだっつってんだろうが!!」
男は少女に拳銃を向けて激しく恫喝するが、当の本人は焦ることも怯えることもなく、呆れたようなため息をつくのみだった。
「ま、いいか。もう死んで良いよ。」
「何を!?」
少女は右斜め前には飛び出し、数歩駆けたところで男に向かって走り出す。男は咄嗟に発砲するも、呆気なく躱されてしまい、それが致命的な隙となってしまった。
少女は猫のように飛び上がり男に接近すると、左手のカランビットナイフですれ違うように男の喉を切り裂く。
「ウブッ、ゴボッ...ゴハッ!」
「にゃ〜ん。...なんてね。さて!」
喉を押さえながら倒れる男を後ろに、少女は猫のポーズを取ってみるが、よく考えてみれば虚しいだけなので、直ぐに止めて損傷した車に向かう。
「出ろ。」
「うわぁっ!あぐっ!」
逃げずに後部座席でうずくまっていたアムドゥスを引きずり出す。投げ出されたアムドゥスは少女を見ようともせず、うずくまって頭を抑えるだけだった。
会った時の傲慢さと自信は何処に行ったのやら。哀れな男の腹に軽い蹴りを一撃加える。
「ぐへっ...!」
「顔上げなさい。」
「う、うう...。」
「久しぶりね。ベレトの場所も他の奴には聞いたし貴方に用は無いんだけど...不公平だし貴方もメンバーだから、ね?」
「そ、そんな!ま、待って、やめ」
足に縋りつこうとしたアムドゥスの頭を拳銃で撃ち抜く。
一息つき、少女は静かに立ち去って行った。
☆
「アムドゥスが、死んだ...?」
「ああ...警察からの情報だと、護衛も全員殺されてる。犯人はまだ分かっていないらしい...。」
「...いや、見当はついてる。アレハンドロに電話する。1人にしてくれ。」
「分かった。」
部下を部屋から出し、スマートフォンからアレハンドロに電話を掛ける。銃やロケットランチャーを提供する代わりに、シナトラを生け捕りにしろと命じたのはアレハンドロだった。
彼なら打開策を持っているのではとベレトは考えた。
『俺だ。ベレトか?』
「はい。シナトラ・ゴールドウィン...あのエルフのガキにアムドゥスもやられました...。あのガキは何なんですか?何故狙うんです?」
『...武器も金も人も与えたな?まだお前も居る。手助けはしない。』
「ま、待ってくれ!オイ!...クソがァッ!舐めやがってェ!!」
アレハンドロからは労いの言葉も援助の約束も無かった。
ベレトは通話を切られたスマートフォンを床に投げ捨てて、叫び散らす。
「クソッ!どうすりゃいいんだ...逃げるか?今なら間に合うか...?」
椅子に座り頭を抱えていると、先程投げ捨てた携帯に着信があった。画面には『Anonymous』の文字。公衆電話からの着信だった。
「...誰だ?」
『ふふふ、だ〜れだ?』
「シナトラァ...!お前は何なんだ?何でアレハンドロはお前にここまで拘る?アルマダで何をした!?」
『さあ?どうでもいいけど、逃げるのは無しよ?アレハンドロの前にまずお前を殺す。騎士団も、他のギャングも、メキシコ中のカルテルも皆!必ず、必ず殺す。...楽しみにしててね。それじゃ、また会いましょ。』
質問の答えも得られないまま電話は切られてしまった。もはや誰の助けも得られない。幹部も義兄弟も殺されたベレトに残された道は1つしか無かった。
☆
翌朝、ゴールドウィン邸。
朝早くにも関わらず、シナトラはワインレッドのドレスを纏い、その上から茶色のトレンチコートを羽織っていた。
屋敷を出て暫くすると、1台の黒いバンが近付いて来るのが見える。既に危険を察知していたシナトラは、運転手の頭をリボルバー拳銃で撃ち抜く。
「やっぱり来た。」
車は蛇行した後に急停車し、中から人が降りてくる。その中にはベレトも居た。
「シナトラァ...お前を殺してアレハンドロに送り付けてやる。『ファイアーピラー』ッ!」
ベレトの持つ短杖から炎の柱が解き放たれる。柱はうねりながらシナトラに迫る。
「魔法ねえ...。そんなの当たらないし、油断し過ぎよ?」
「なっ!?」
シナトラは素早く横に転がって魔法を避けつつ、リボルバー拳銃を早撃ちし、瞬く間にベレトの部下3人の眉間を撃ち抜いた。
「なっ...!」
「ふふふ...奥の手、封じちゃったかな?」
「クソがぁッ!『ファイアアーマー』!」
「炎を纏う魔法ねえ。」
「うおおおお!死にやがれぇぇぇぇ!」
炎を鎧のように纏ったベレトは真っ直ぐに少女へ突撃する。シナトラはそれを闘牛士の様にコートをはためかせて避ける。
火が燃え移るコートから拳銃を2丁取り出し、炎を纏うベレトを撃つ。
「...グフッ、ク、クソ...。」
「そんな子供騙し、私には通じないわ。」
「ま、まさか...同じ所に弾を2発...こんな正確にぶち込まれるとは...。お前みたいなのを敵に回しちまうとは...ついて、ねえ...。」
シナトラは炎の鎧に向け、同じ場所に正確に2発の弾丸を、タイミングをずらして放ったのだ。
一発目は炎に溶かされ勢いを失っていたが、1発目の後ろにあった弾丸は、一直線にベレトの心臓を射抜いていた。
この瞬間、ギャング『グレミオ・アパン』は壊滅した。最凶と呼ばれていた組織は、1人の少女の手によって、余りにも呆気なく終焉を迎えたのだった。
☆
ギャング『グレミオ・アパン』の壊滅はメキシコ国内のみならず、世界中のメディアや裏の者達に衝撃を与えた。
その理由はグレミオ・アパンの組織形態にある。普通のギャングは幹部と言っても名ばかりの荒くれ者ばかりで、役割を分けていても2〜3人が精々だった。
だが、グレミオ・アパンは幹部1人1人に役割があり、アルマダの子会社の様な立ち位置だった。
リーダーのベレトは炎魔法の使い手で才能もあった。効率的な組織形態に加え、圧倒的な力もあったからこそ、荒くれ者達を纏められていたのだが...その最後は寂しいものになってしまった。
Twitter→@silverbollmask
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