暗闇の中で
自室に戻ったダイルは、未だ解けない緊張に震え、まともに睡眠を取る事も出来ず自室に篭っていた。
死神と呼ばれるダイルがこんな状態になってしまっている事に、同じシャドウオーガの仲間達は何事かと心配そうにしていた。
だが、ダイルはそんな事を気にする余裕すら無かった。
何故なら、あの時絶対にあの悪魔はダイルを見ていたからだ。
そう、あの現場から去るとき、あの悪魔は確実にダイルの存在に気付いていた。
今思えば、あの時サイクロプスと衝突したのも少し強引だったように思えたのだが、それはダイルが隠れて様子を伺っていたからこそ行ったのだろう。
ダイルに対して、その力を見せ付けるために。
「それで、お前はあそこで何をしていたのだ?」
奈落エフの北部にある、シャドウオーガ達が住む巨大な洞穴。
その洞穴の中では、シャドウオーガの各家族ごとにそれぞれ家を構えており、シャドウオーガの実質トップであるダイルの自室はその最深部にある。
そのため、ダイルの自室へ来るには、それまでに数々のシャドウオーガの家の前を通過する必要があり、当然それまでには複数の見張りを配置しているため、容易にここまで入り込む事など出来るはずがないのだ。
ましてや、シャドウオーガの見張りすらもすり抜けてここまでたどり着くなんて不可能に近いはずだった。
だが、そのはずのダイルの自室の片隅から、聞き覚えのある声がした。
ダイルの心臓がドクンと鳴った。
そう、こんな事が出来る存在なんてたった一人。
そしてそれは、今まさにダイルを悩ませていた張本人に他ならないのだ。
「な、何って?」
とりあえず、黙っているのは不味い。
ダイルは覚悟を決めて、背後を振り返りながら震える声でそう答えた。
振り返った先には、やはり例の大悪魔が壁にもたれながらこちらを睨んでいた。
彼女から発せられる圧倒的強者の圧を前に、死神と呼ばれるダイルをもってしても吐き気がする程気圧されてしまった。
だが、ここでしくじっては一瞬でダイル、最悪な場合ここにいるシャドウオーガ一族の命など軽く奪われてしまうだろう。
だからダイルは、なんとか穏便に済ませる事だけに集中して、大悪魔との会話に挑んだ。
何故、どうやって大悪魔がそこに立っているのかなんて、最早そんなものはどうでも良かった。
「惚けるか。貴様は、我に説明させたいのか?」
「い、いや、すまない。そうじゃないんだ。俺はたまたまあの時居合わせただけで……いや、違うな。」
そこまで言いかけて、ダイルは思い直した。
たまたまそこに居ただけ。
そんな言い訳が、本当にこんな大悪魔相手に通じるのか?
この悪魔相手にそんな嘘をついて、はたして無事で居られるのか?と。
「……すまない、今のは嘘だ。俺はこの国の所謂権限者ってやつだ。この国に大悪魔とその一行が来ていると報告を受けたから、様子を見るためにあの場にいた。」
「様子を見るためだけか?」
「いや……もし、俺の手でどうにかなるレベルなら、その場で倒してしまおうと考えていた。大悪魔の首を持っていけば、俺の手柄になるってな。」
ダイルは正直に語った。
この悪魔相手に嘘をつく方が危険だと本能で感じ取り、ダイルは賭けに出たのだ。
ダイルだったらどうするか。
そう考えた時、これまで何度も見苦しい命乞いをされた事を思い出した。
しかし、そのどれもがその場で取り繕っているだけだと言うのがすぐに分かったのだ。
こいつは今、この場をやり過ごす為だけに都合の良いことを言っていると。
だからダイルはそういう相手に対して、この期に及んで何故自分がこうして追い込まれているのかが全く理解出来てないアホだと見切り、これまで何人もの命を奪ってきた。
だが、自分が追い込まれる側に回ってみて初めて、あいつらが何故そんな事を口にしたのかが分かった。
圧倒的力を前には、弱者は命乞いをするしか無かったのだ。
しかし、そんな見え透いた嘘や取り繕いに意味などない事も分かっている。
「そうか、だからお前はそうして、一人自室で震えていたのか。」
「あぁ、あの時あんたは俺に気付いていた。だから必ず、俺の前に現れる事は分かっていたからな。何故なら、俺があんたの立場ならそうするからだ。」
「そこまで分かっているのであれば、我がここに来た理由も分かるだろ?」
「あぁ、最悪な事にな。」
どうやらこの大悪魔相手に、何事も無く無事お帰り頂く事は叶いそうになかった。
ダイルは覚悟を決めた。
どのみちここは、シャドウオーガの住む洞穴だ。
もう後には引けない。
だから、一か八かやるしかなかった。
ダイルは、大悪魔に答えるのと同時に部屋の灯りを全て消し、そして即座に闇と同化した。
だが、恐らくこんな事に意味など無い事はダイルも分かっている。
この悪魔に対して、灯りの有無など関係ないだろうと。
だが、それでも暗闇はシャドウオーガにとって好条件なのに変わりはない。
闇と同化する事、それ即ちここにある闇全てがダイルのテリトリーになるのだ。
例えそれが遠く離れた場所であっても、暗闇が続くのであればゼロ距離で攻撃を仕掛ける事が出来る。
勝負は一瞬だ。
どんな相手だろうと、ダイルの不意打ちのゼロ距離斬撃を防げる者などいないのだ。
ダイルは相手に行動されるより先に、先手必勝を狙い闇を伝って大悪魔に斬りかかろうとした。
だが、そこで異変が起きた。
ダイルのテリトリーである暗闇であるにも関わらず、全く身動きが出来ない事に気付いたのだ。
一瞬を狙った攻撃だったはずなのに、それよりも先に己の身体が見えない謎の力により拘束されてしまっていたのだ。
ダイルは困惑した。
目の前の大悪魔が、桁外れの力を持っている事は十分理解しているつもりだった。
だが、まさか身動き1つ出来ないなんて予想の範疇を軽く越えていた。
「どうした、来ないのか?であれば、我から行くぞ。」
そう言うと、壁にもたれていた大悪魔がゆっくりとこちらに近付いてくる。
しかし、ダイルの全身は全く動かないままだ。
であればと、ダイルは魔術の使用を試みた。
魔力を込めると、無事魔法陣を展開する事が出来たため、即座に魔術を発動した。
第8位階魔術 三重火の球。
魔術があまり得意ではないダイルが扱える中で、最も上位の魔術だ。
魔法陣から、3つの巨大なファイヤボールが大悪魔目掛けて飛び出すと、至近距離での発動であったためそのまま3つとも大悪魔に直撃した。
だが、火煙の中から変わらぬ足取りで、大悪魔はこちらへの歩みを止めてはなかった。
その身には、全て直撃したにも関わらず傷1つ付いていなかった。
「ははっ、ダメだわ、こりゃどうにもならねぇな。」
ダイルは笑うしかなかった。
死神と呼ばれた自分が、相手に傷1つ付ける事すら出来なかったのだ。
こんなの反則だろ、ちくしょう。
その圧倒的な力を前に、ダイルは目を瞑り訪れる最後の時を待った。




