初めてのすれ違い、そして……
「ジークよ、お前を呼んだのは他にも理由がある。むしろ、こっちが本題と言ってもいいだろう。この世界を司る天使がセレスなのだ。」
「……なるほど。それでは確かに、あの女が動いた時イワンさんでは対処は難しいでしょうね。」
「あぁ、だからお前にはセレスの監視も任せる。何か変な動きがあれば、我にすぐ報告せよ。」
「承知致しました、アスタロト様。それでは、早速私はイワンさんと共に彼らの世界へと向かわせて頂きます。」
ジークさんが一礼しそう言うと、空気を察したイワンさんは魔法陣を展開し悪魔の世界への扉を開いた。
「じゃあな、アルス。その、なんだ……なんか困ったことがあれば助けにきてやるよ。つっても、もう俺なんかよりお前の方が充分強いんだけどな。」
「そ、そんな事ないよ!でもありがとう、ヤブンくんも元気で。」
「あぁ、またな!」
こうして、ヤブンもイワン達と共に悪魔の世界へと帰っていった。
残されたセベレク校長やマリア先生は、目の前で繰り広げられた悪魔達のやり取りをただ黙ってみている事しか出来ないでいた。
「では、用はもういいか?授業が始まる。」
「あ、あぁ。そうだな、ご苦労であった。」
アスタロトさんの一言で、アルス達は校長室から出て行った。
教室までの道のりは、なんだか気まずくてお互いに会話は無かった。
こんなの、アスタロトさんが現れて以来初めてだと思う。
……多分、これは嫉妬なんだと思う。
初めてアスタロトさんの周りの男性関係を知ってしまった事で、不釣り合いすぎる自分に引け目を感じてしまっているのだ。
でも、それはそれとしても、なんだかアスタロトさんからも不機嫌そうな空気を感じるのだ。
そのせいか、アスタロトさんは一度もこちらを見ようとしていない気がする。
……もしかしたら、こんな浅ましいアルスの考えなんか既にお見通しで、それがアスタロトさんを不快にさせてるのかもしれないな。
それに気が付いたら、余計に気持ちが沈んでいってしまった。
こうして、教室に着くまでの気まずい数分間はあっという間にすぎ、アルスは教室の扉を開けた。
「あ、あの!アルスくん!」
教室へ入るとすぐに、1人の女性が声をかけてきた。
ミーナだった。
「あの時は、気を失った私をアルスくんが助けてくれたって聞いて、その、あ、ありがとうございました!」
「い、いや!それは僕だけで出来た事ではないし、アスタロトさんやスヴェンくんもいたからだよ!」
ミーナに対して、アルスは自分だけでは出来なかった事だと返事を返すと、ミーナは慌ててアスタロトさんの方を向き、そして再び礼を言った。
「ん?あぁ、気にするな。」
アスタロトさんはそう素っ気なく返事をすると、話は済んだとばかりにいつもの席へと向かって行ってしまった。
「良かったな。」
去り際、アスタロトさんはアルスにだけ聞こえる声でそう言った。
良かったなとは?
ミーナが助かって良かったってこと?
だったらそれはアルスにではなくミーナに告げるべきだ。
だったらどういう……。
表情はいつも通りだけど、やっぱりどこか不機嫌な感じがするアスタロトさんは、そのままアルスを置いていつもの席へと腰をかけてしまった。
「あ、あの……何か私怒らせるような事言っちゃったかな……?」
「いや、ミーナは何も悪くないよ気にしないで!」
アスタロトさんの不機嫌さにはミーナも気が付いたようで、自分のせいかと不安そうにしていたので否定しておいた。
でも、否定はしたもののアルスにも理由はよく分からなかった。
こうしてこの日の授業は全て終了した。
時折、必要があればアスタロトさんの方からも声をかけてくれたりはしたが、それでも最小限の会話しかしていないように思う。
教科書を鞄に入れ、そっとアスタロトさんの方を横目で見ると、アスタロトさんと目が合ってしまった。
すると、アスタロトさんはすぐに視線を離すと立ち上がり、そのまま教室から出て行ってしまった。
いつもだったら、授業が終わればアルス達の周りに皆が集まってくるのだけれど、アルス達の間の微妙な空気感には既に皆も気が付いているようで、今日は皆そっとしておいてくれている。
だから、アルスも教室に残っていても気まずいだけだし、アスタロトさんを追いかけて帰ることにした。
「アルスくん、何があったかは知らないが、今日は二人でじっくり話し合うといい。」
アルスが教室を出ようとしたところ、すれ違ったスヴェン王子に肩をぽんと叩かれ励まされてしまった。
「あ、う、うん。正直僕にはアスタロトさんがなんで怒ってるのかよく分からないんだけど、仲直り出来るように頑張ります。」
「そうか、僕にはなんとなく理由は分かるんだが……まぁ、それも含め二人で解決した方が良い事だろう。まぁ頑張りたまえ。」
スヴェン王子はそんな事を言うと、今度はアルスの背中をぽんと押し出してくれた。
――――――
「我について来なくとも、皆と話してきても良かったのだぞ?」
「いえ、今日は僕も帰ります……。」
「そうか。」
先に出て行ったアスタロトさんに追い付くと、アルス達は一緒に並んで寮へと帰宅した。
でも、ここでも最初の会話以外ずっと無言で歩き続けた。
そのまま寮へと戻っても、気まずい空気のままであった。
そして、アスタロトさんは部屋に入るとすぐに自室へと向かって行ってしまったため、アルスは意を決して声をかけた。
「あの!アスタロトさん!」
「……なんだ?」
「今日はどうして、その、なんていうか、よそよそしいんですか……?」
「……それは、アルスも同じであっただろう。」
アルスの質問に対して、アスタロトさんから思わぬ返答が帰って来てアルスは戸惑ってしまった。
やっぱり、アスタロトさんはアルスが勝手にジークさんとの関係にモヤモヤしている事に気が付いているようだ。
最早こんな格好悪い感情、どう取り繕ってもアスタロトさん相手にはすぐに見破られてしまうのがオチだろう。
だったらもう、取り繕いは不要だ。
今感じている感情を、全て正直に話すのが最善だと思う。
「僕は……正直、嫉妬してるんだと思います。これまでいつも身近に居続けてくれたアスタロトさんなのに、ジークさんっていうアスタロトさんの周りの男性を見せられた事で、なんだか不安になって、それから自分に自信が無くなってしまったんです。ジークさんは物凄くイケメンだし……。」
「ジークに嫉妬?イケメン?」
「はい、そうです!正直あんな格好いい男性人生で初めて見ました!」
「……そうか、アルスはそんな事を思っていたのか。」
アルスの格好悪い本音に対して、アスタロトさんは引くことも驚く事もなく、ちゃんと意見として受け止めてくれた。
すると、アスタロトさんは1つため息をつくと、アルスの方へとゆっくりと近付いてきた。
その表情は、普段の無表情でも怒っている表情でもなく、なんだか自重気味な笑みを浮かべた初めて見る表情だった。
「すまん、アルス。我も同じなんだ。」
「え?」
「大悪魔であるこの我が、まさかこんな感情を抱くとはな……本当、世の中まだまだ分からぬものだ。」
アスタロトさんはアルスの目の前に立った。
そして、アルスの背中に両手を回すと、そのままアルスを優しく抱き締めた。
「すまぬ、アルスよ。今回の件は全て我に非がある。」
「そ、そんな事!僕の方が!ンッ!!」
いきなり謝ってくるアスタロトさんに対して、アルスはそんな事無いとすぐに否定しようとしたが、言えなかった。
―――喋ろうとするアルスの唇を、アスタロトさんの唇により塞がれてしまったのだ。
柔らかいアスタロトさんの唇が、そっと優しくアルスの唇を包み込んだ。
……そうして、10秒程経っただろうか。
アスタロトさんはそっとアルスから唇を離した。
その間、アルスは何が起こっているのか理解が全く追い付かず、ただ柔らかい唇と甘い香りに身を任せる事しか出来なかった。
「我も同じだ、アルスに嫉妬していた。」
「そ、それは……。」
「我は悪魔だ。人間なんかよりよっぽど独占欲が強い存在なのだ。」
「……独占欲。」
「あぁ、だから我の全てを受け入れて欲しい。アルスは我のものだ、他のどの女にもお前は渡さぬ。」
そう言うと、アスタロトさんはアルスを今度は強く抱き締めてきた。
そうか、アスタロトさんも同じ気持ちだったんだね。
それが分かったら、もうアルスにもこの溢れる感情を止めることなんて出来なかった。
そうして、再び二人はそっと互いの唇を重ね合った。
クリスマスも近いですからね。




