09. Le ciel clair(晴れ渡る空)
◇ 15 ◇
二人は無言で地上へと続く階段を上った。一階はなかなかの惨状になっていた。床や壁はあちらこちらが割れ、大きな土塊の山まである。
エレーヌはその光景を見て、一瞬足を止めた。どれほどの闘いがあったのか思いを巡らせる。深く息を吸い、支えられる腕に少し力を込める。
「アシェルさんが何者でも、私を助けてくれたのはアシェルさんだから」
アシェルは驚き、立ち止まる。一度目を見開いた後、嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます」
「いや、それこっちの台詞だから。一人でこんな所まで助けに来てくれてありがとう」
この言葉に今度は悲しげな表情に変わる。何故急にアシェルの様子が変わったのか、戸惑うエレーヌの耳に掠れたアシェルの声が届く。
「一人ではないんです」
「え、どいうこと」
「ここにはシャルルさんと共に来ました」
「シャルル! え、あいつと来たの。ちょっ、え、あいつどこ。いないじゃない。また、あれなの。いざとなったら逃げ出しちゃったってこと」
いえ、と一言呟いたきり、アシェルは口を開こうとしない。アシェルが何を言い淀んでいるのか分からない。騒ぐのを止め、不安な気持ちで尋ねる。
「何、一体どうしたの」
それでも、しばし迷いエレーヌの瞳を見詰めた後、一言一言噛みしめゆっくりと話していく。
「シャルルさんは危機に陥った僕を助け、重傷を負いました」
エレーヌの頭は真っ白になる。無意識に自らの口を手で塞ぎ、悲鳴をこらえた。
「そして、シャルルさんは敵のゴーレムが迫るなか応急処置をしようとする僕を押し止め、エレーヌさんを助けてくれと言い残しました。僕の性能を引き出すために自らの血を使って、やつらからエレーヌさんを助け出してくれと」
頭が理解することを拒否する。だが、いくら否定してもアシェルの言葉は耳に届いた。エレーヌは耐えきれず、泣き崩れる。嗚咽するエレーヌの口から何度も何度も、馬鹿じゃない、と繰り返す言葉が溢れる。
「あいつは馬鹿よ、大馬鹿よ。散々人に求婚しといて、勝手に死ぬなんて。あと二年したら考えてあげようと思ってたのに、どこまで勝手なの」
「シャルルさんと一緒になる未来を考えていたのですね」
「そうよ。弟たちが成人するまでは誰とも結婚しないで仕送りすると決めてたの。そう説明したのに、あの馬鹿は人の話を全然聞かないで。何度も求婚して、とうとう勝手に死んじゃうなんて」
ここまで聞いて不意にアシェルはにやりと笑い、ゴーレムたちが崩れてできた土塊の山に向かって大声で呼びかける。
「だ、そうですよ。シャルルさん」
「へっ。何、なんなの」
突然の発言に驚き過ぎて、涙も止まる。土塊の向こうから、か細く弱々しい声が聞こえた。
「そんなに馬鹿馬鹿言うなよ」
信じられない。エレーヌが駆け出し土塊の山を回り込むと、そこには血塗れで倒れているシャルルがいた。最低限の止血だけをされ、今にも死にそうな青い顔なのにやたら幸せそうな笑みを浮かべたシャルルがいた。おまけにわざわざ手を持ち上げ弱々しく振っている。
「何やってんのよ。この大馬鹿」
再び泣き、そして笑ってしまう。思わず差し出したエレーヌの手が宙を彷徨う。シャルルの手を取りたい、抱きつきたいのに弱々しいシャルルの様子に触れていいのか分からない。つい憎まれ口ばかり叩いてしまう。
「あんた死んだんじゃないの。なんで生きてんの」
アシェルが追いつき笑いながら説明する。
「シャルルさんは自分は助からないと思って、自分の血を使えと言ったんです。
ですが、屋敷のゴーレムを倒すにはわざわざシャルルさんから血を吸い上げなくても、それまでに出血で床に広がっていた血液だけで充分でした。なので急いで必要分の血液の交換を済ませ、屋敷のゴーレムたちを手早く片付けたんです。
後はシャルルさんに止血を行い、エレーヌさんの下に向かったという訳です」
悪戯が成功したように満足そうなアシェルの顔が憎らしい。エレーヌは我慢できずアシェルの頭をひっぱたいた。なのに、アシェルの楽しそうな様子は全く変わらない。
おまけに、
「末永くお幸せに。あと、お子さんは急いだほうが良いですよ。高齢出産は大変ですから」
などと余計なことを言う。
真っ赤になり何も言えなくなったエレーヌに、アシェルは着る物や薬がないか探してきます、と言い残しどこかに行ってしまった。気を遣ったのかも知れないが、今シャルルと二人きりという状況はとても気まずい。結局シャルルが何か話し掛ける度に、うっさい、と言い続け、何も会話らしい会話はできなかった。
その後、アシェルから連絡を受けたアンリたちが迎えに来たり、数ヶ月絶対安静のシャルルの看病をエレーヌがする羽目になったり、元気になったシャルルが二年も待てないとまたぞろ求婚してきたりといろいろあった。




