08. La fin de la tempête(嵐の終わり)
◆ 14 ◆
鈍い振動が伝わり、地下室が揺れる。天井からはぱらぱらと石材の欠片が落ちてくる。男は苛立たしげに頭や肩から塵を払う。
「どうやら終わったようですね。この様子では勢い余って殺してしまったかも知れませんね」
エレーヌに目を向け、嬲るように続ける。
「どうされました。先ほどまでの元気はどこに行ったのです」
実に楽しげに語るその言葉に、エレーヌはキッと男を睨む。怒鳴りつけようと口を開きかけ、何故か衝撃を受けたかのように息を呑む。やっと出てきたのは掠れた声だった。
「ア、アシェルさん」
「そうそう、それでいいんですよ」
男は嘲り笑う。だが、エレーヌは男に答えた訳ではない。
「はい、エレーヌさん」
唐突に、場違いに暢気な声がする。弾かれたように男は振り向く。
そこには凄惨な姿となったアシェルが立っていた。右腕は失われ、体はあちこちに亀裂が入っている。着衣は襤褸襤褸となり口周りは血塗れ。だが、その見た目に反し目には穏やかな光がある。
「何だ、お前は」
「エレーヌさん、助けに来ました」
「その姿、まさかお前もゴーレムなのか」
「すぐに解放しますからね」
まるで誰かのように男の話を一切聞かず、落ち着かせるようにエレーヌに語りかける。
「お前」
男は無視されることに慣れていないのか、激高する。手近にあった薬品入りのフラスコをアシェルに投げつけた。だがアシェルは軽く躱し、男を壁に突き飛ばす。男は息が詰まり、その場に蹲る。
アシェルは作業台に近づき、自分の襤褸襤褸になった上着をそっとエレーヌの体に掛ける。安心させるように額を撫でた。微笑みかけ、エレーヌを縛り付ける縄を引き千切る。優しくエレーヌの背中に手を回し、上体を助け起こした。
「エレーヌさん、申し訳ありませんが少し待っていて下さい。彼に聞きたいことがあります」
スッと表情を消し、壁際で噎せる男の前に静かに歩み寄る。アシェルに気付いた男が距離をとろうとするが、後ろには壁。逃げることは出来ずあっさりとアシェルに喉を掴まれ、立たされる。
「あなたにゴーレムの作製法を教えた人物は、今どちらですか」
「お前があの御方の言、ぐっ」
喉を掴む手に力を込める。男の顔は真っ赤になる。
「御託はいりません。僕の質問にだけ答えて下さい」
アシェルは男の喉を締め上げる力を緩める。男は慌てて息を吸う。アシェルはしばらく見詰めた後、表情を浮かべることなく同じ質問を繰り返す。
「今はどちらですか」
「北だ。北に行くと言っていた。それ以外は知らん」
「そうですか。あいつの身近に常に一体のゴーレムがいた筈です。そうですね」
「あの完全作のことか。ああ、そうだとも。あれこそゴーレムの極致。お前など足下にも及ばぬ、完全なる創造物。あの御方が神に等しい存在である証拠は常にその傍らにある。お前などあの御方に近づこうとすれば、必ずや完全作に破壊されることだろう」
「いることさえ答えてもらえればそれで結構です。最後の質問です。あなたが研究を行う上で書き記した覚え書き等がある筈です。ああ、そこの作業台の横の机にあるのは分かっています。それ以外はどこに置いていますか」
「…………」
「答えたくありませんか。まあ、構いませんよ。研究者が資料を置いておく場所など限られていますから」
男は顔色を変え、激しく取り乱す。
「お前なんぞに私の研究を奪わせはせんぞ」
研究者にとって研究こそが全て。研究を続けるために必要な資料を奪われるなど許せる筈がない。
「あなたの研究を奪う気はありませんよ」
だが、アシェルは男の感情になど気に掛けることなく、淡々と答える。
「何故、ゴーレムについて誰も聞いたことがないか考えたことはありませんか」
「…………。それは、偉大なる知恵は選ばれた者のみが知り、世の凡愚ど」
「あいつからは何も聞かされていませんか。世にゴーレムの作製法が広まっていない理由は簡単です。僕が消し去ったからです」
男が息を呑む。アシェルの言葉にではなく、それを語る際の昏い眼差しに戦慄した。
「生を歪め、人を殺し、世を乱す。呪われた邪法はあってはならないのです」
「愚かな、自分自身を生み出した偉大なる知恵を貶めるだと。何故分からぬ。これこそが人が神へと至る偉大なる研究なのだ」
「それにね。広まられると、あいつの居場所を見つけ難くなるんです」
男にはアシェルが何を言っているのか分からない。だが、より深く、より昏くなっていくアシェルの眼差しにそれ以上の言葉が出せない。
「ゴーレム作りの場には必ずあいつがいる。だからゴーレムの噂を追えば、あいつの足取りが追えるんです。誰もかれもがゴーレムを作れるようになると、そこにあいつが関わっているかどうか分からなくなる。ですから、作製法を知る者は全て消しました。資料も全て消しました。僕が全て消し去りました」
ひゅっ。男の口から笛のような音が漏れた。震えが止まらない。アシェルは冷ややかに見詰める。感情を込めずに告げる。
「エレーヌさん。目を閉じてもらえますか」
アシェルの言葉に従い目を閉じたエレーヌの耳に、鈍く乾いた音が聞こえた。続けて何か重い物が地面に落ちる音も耳に届く。
ゆっくり近づく足音がエレーヌの前で止まる。
「帰りましょう」
アシェルが穏やかな声で話しかける。自らの体で一方向を目隠ししながら、そっとエレーヌを立ち上がらせる。アシェルはエレーヌに肩を貸し、死臭漂う地下室を後にした。




