07. aller contre une tempête(嵐に抗う)
◆ 12 ◆
その頃、広々とした中庭ではアシェルが門番用ゴーレムの三体目相手に立ち回っていた。
最初の三体は彫像に偽装され庭に配され、アシェルが庭に足を踏み入れると同時に一斉に襲いかかってきた。だがアシェルは焦ることなく、一体ずつ刻印を削り取る。
三体全てを砕き、慎重に屋敷の扉を潜る。大広間に足を踏み入れ扉を閉めた瞬間、柱の死角に配されていた四体目と五体目が襲いかかってきた。
だがこれはアシェルも予想していた。慌てることなく、まず先に自分に近づいてきた四体目を破壊する。四体目が崩れるのを確認することなく、五体目の攻撃を掻い潜り、五体目の背後をとる。
その時、巨大な何かが迫る風切り音が聞こえた。咄嗟にアシェルは身を屈め横に転がる。背後からアシェルを壁に貼りつけたのと同じ、巨大な手が飛んできた。飛来した手はアシェルではなく五体目の門番用ゴーレムを破壊する。
飛来元を振り返れば、先程アシェルを壁に貼りつけにした黒のゴーレムの姿が確認できた。更にその横には、緑と茶、二体のゴーレムが並んでいる。茶のゴーレムは額に“אמת”の刻印が見える。後の二体は正面から確認できる位置に刻印は見られない。
黒と茶のゴーレムは左腕の手首から先がない。先ほど飛来したのは茶のゴーレムが左拳だった。
三体は門番用とは桁違いの速さと動きの滑らかさでアシェルに殺到する。違うのは速さや滑らかさだけではない。何よりも三体が完全な連携をとりながら攻め立ててくることが大きく違う。
不意を突かれることがなく一体一体を順に相手取るならば、アシェルなら打倒できる。だが、三体が完全な連携をとりながら攻めてくる。現状では防戦するだけで手一杯。それも少しずつ追い詰められていく。反応が間に合わず、僅かずつ被害を受けていく。
緑のゴーレムがアシェルの足を狙う。
跳んで躱す。
宙に浮かんだアシェルに向かって黒のゴーレムが右拳を振り抜く。
空中では回避はできない。可能な限り体を逸らし両腕で防御。
ダメージを負いつつ、殴られた勢いを利用し距離をとる。
そこに待ち構えていた茶のゴーレムが押し潰そうと開いた掌をアシェルの頭上に落とす。
立ち止まることなく、飛ばされた勢いを重心の移動で横に転がる動きに変え、ぎりぎりで躱した。
だがその動きもまた読まれていた。
そのまま転がり離れるアシェルを追い、緑のゴーレムが左拳を撃ち出す。
アシェルは床に転がった状態から全身の発条を使い、跳び上がることで飛んでくる拳を躱す。
そこに茶のゴーレムの右拳が迫る。回避は間に合わない。
空中で咄嗟に体を捻った。だが、躱しきれず右肩を打たれる。
アシェルの右肩から先は砕かれた。骨が、ではなく、腕そのものが、粉々に。
だが、血は流れない。痛みを感じている様子もない。土埃と破片が舞い上がる。
そう、アシェルもまた人ではなく、ゴーレムだった。自立思考型ゴーレム。その見た目は人と区別がつかず、その反応は人と変わらない。ゴーレムの最高傑作。それがアシェルだ。
本来の性能ならばこの三体など軽く相手取ることが出来る。しかし、今は圧倒されている。
アシェルは幾年も、人間の血液との交換を行っていない。一月前、家畜を購入し、その血液と交換したっきりだ。性能が低下した今のアシェルではこの三体のゴーレムを同時に相手取るのは難しい。
このままでは勝てない。最善は三体の攻撃を凌ぎつつ、隙を見つけ逃走すること。
だがそれはできない。ゴーレムとなってもアシェルの意志と魂は人であった時と変わらない。
意志は言う。約束したのだ。必ずエレーヌを助け出すと。
魂は叫ぶ。誓ったのだ。二度と家族を引き裂かせないと。
勝機を見いだそうとする思考の隙をつき、緑のゴーレムが右拳を撃ち出す。三体共が左拳しか放ってこないことから、撃ち出せるのは左拳だけ。そんな思い込みがあった。
不意をつかれ、反応が遅れる。回避動作が間に合わない。
アシェルは直撃を受け、入口扉まで吹き飛ばされた。深刻な損傷を受ける。体が軋む。動きがままならない。
もはや勝機は完全に消えた。だが、この身が砕かれようとも諦めない。諦めることなどあり得ない。ぎくしゃくとした動きで、必死に立ち上がる。
容赦なく三体が迫る。
◆ 13 ◆
その時扉が開け放たれ、シャルルが駆け込んで来た。
決して中に入らないと約束させられたシャルルは扉の前で様子を窺っていた。
そして見た。アシェルの危機を。気付いた時には体が動いていた。
アシェルの体を掴み、駆け込んだ勢いで引き摺り移動。ゴーレムの腕が掠めて悲鳴を上げるが、足の間を擦り抜けなんとか囲みから脱出。
無事に攻撃を躱せたのは良かったが、入ってきた扉はゴーレムたちの向こう側。外に出るには再びゴーレムたちを掻い潜らなければならない。どう考えても無理だ。もはや、逃げる手段がない。
「シャルルさん、何しているんですか」
「お前、その腕」
こんな状況なのに、アシェルはため息を止められない。
「少しは人の話を聞いて下さい。僕もゴーレム、あなたの言う怪物です。こんな傷などたいしたことではありません。それに言っておきますが、ゴーレムとはいえあいつらの仲間ではありませんよ。今の僕の目的はエレーヌさんを助け出すこと。シャルルさんの味方です。難しいかも知れませんが、それは信じて下さい」
「何言ってるか、さっぱり分からん。とりあえず、今はお前を信じるしか手がないことは分かってるぞ」
あまりにもな発言に苦笑するしかない。
闖入者の観察と分析が終わったのか、一旦動きを止めていたゴーレムたちが動き始める。
アシェルはシャルルを背後に庇い、ゴーレムたちに立ち向かう。
「時間を稼ぎます。逃げて下さい」
真っ先に襲い掛かってきた茶のゴーレムの拳を躱し、その腕に縋りつく。緑のゴーレムはアシェルを狙って茶の腕ごと蹴り上げる。
アシェルが宙に投げ出される。左腕を伸ばし、茶のゴーレムの首に左手を引っかける。首を軸にくるっとアシェルの体が回転する。そのまま茶のゴーレムの左肩に馬乗りになる。間髪を入れず、額にある刻印を削り取る。
崩れゆく茶のゴーレムの肩から跳んだアシェルの耳に鈍い音が届く。シャルルが黒のゴーレムに殴り飛ばされ壁に叩きつけられた。
「シャルルさん!」
アシェルはシャルルの下に駆けつける。息はある。殴られた際、踏ん張ることなく飛ばされたお陰で即死は免れた。しかし、何本も骨は折れ出血は酷い。
茶のゴーレムが壊されたためか、二体は急がずジリジリと距離を詰めてくる。
「シャルルさん、しっかりして下さい」
「お前、ゴー、レム、なん、だ、よな」
「喋らないで下さい。止血します」
止血しようとするアシェルの袖を、シャルルは握り締め止める。
「いい、から。俺、は、もう、だめだ、だから」
「駄目です。諦めないで下さい。必ず助けますから」
「だ、から、俺、の、俺の、血、を、使え」
「…………」
「必ず、必、ず、エレー、ヌ、を、助けて、くれ」
「何言っているんですか。結婚するんでしょう。二人で幸せになるんでしょう。諦めないで下さい」
「頼、む、エレーヌ、を、助、けてく、れ。頼、む」
シャルルはかっと目を見開きアシェルに訴える。
アシェルは迷う。
二人は視線をぶつけ合う。
ゴーレムが迫る。二人まではあと僅か二歩。
激しい衝撃が屋敷全体を揺らした。




