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9.なし崩し的に










 ヴァルプルギスの襲撃後、慧と宮森、そして関は無事に護衛の仕事を終えた。藤野社長はヴァルプルギスの襲撃に慄いたようだが、社員の一人がヴァルプルギスだったのだとわかると、そのことに憤慨した。

 まあ、ヴァルプルギスに関しては特殊能力対策課の管轄なので慧たちの仕事は、社長の吉野に報告書を出して終わりだ。


「お疲れ様でした。宮森君も、今日は直帰してよいと伝えてくれと高坂さんからの伝言です」

「はいっ」


 宮森が緊張気味に答えた。吉野が妖艶な美女なので気持ちはわかるが、慣れてくると彼女の残念さが目立ってくる。

「関さんはいつも通りの仕事ぶりだし、慧君も宮森君も、ヴァルプルギス討伐はどうだった?」

 悪びれなく尋ねる吉野。彼女が何者なのかは、慧も良くわからない。

「……できればやりたくないんですけどね」

「良い経験をさせていただきました」

 慧がやる気なさ気に、宮森は生真面目に答えた。吉野と控えている西條も笑った。

「性格が出るわね。報告書は受け取ったわ。特別手当も出すから、楽しみにしていてね」

 と、吉野がウィンクする。慧と関は慣れているので受け流したが、宮森は赤面した。やはりまじめである。


「ご教授ありがとうございました」


 社長室を出て宮森はこのまま特殊能力対策課に戻るらしい。その前に彼は律儀に慧と関に礼を言った。

「いや、俺は何もしていないからな。むしろ、君たちに戦わせてしまった」

 関は宮森にそう言ったが、宮森は「いえ」と微笑む。

「それが俺の仕事です。それに、それ以外の面では関さんについて行っていただけですから」

 生真面目すぎて聞いている方がこそばゆい。だが、宮森の言うことは正しくて、慧も普段は関の指示に従っている。

「あ~。まあ、俺はヴァルプルギスとは戦えないからな。それくらいは」

「ありがとうございました」

 宮森はもう一度関に礼を言うと、慧に向かって言った。

「香林も、俺のようなお荷物と戦ってくれてありがとう」

 手を差しだす宮森の生真面目さに慧は驚きつつも、その手を握った。

「いや。俺もベテランとは言い難いからな。宮森もいい腕をしていて、助かった」

「……そう言ってもらえると自信になる。羽崎さんにもよろしく伝えてくれ」

「ああ。そうしよう」

 宮森はもう一度頭を下げると、エレベーターに乗った。というか、今乗ったエレベーター、上に行くやつだったのだが、いいのだろうか。慧は見なかったことにした。


「……なんというか、まじめな奴だったな」

「ちょっと自分を省みちまうな」

 などと関と話す慧だが、おそらく、自らを省みても変化することはないだろう。

「そう言えば、ゆりちゃんはどうした?」

「なんか森久保と一緒にどこかのモデルの護衛の仕事に駆り出されてるらしい」

「ああ……そう言えば、森久保もそんなことを言っていたな」

 関はしばらく不在だったので、部下にあたる者たちのスケジュールを把握していなかったらしい。その点、慧は家に帰れば由梨江がいるので、予定を聞くことができる。

「そう言えば慧。お前、いつまでゆりちゃんと同棲する気なんだ」

「ゆりが出ていくまでですかね」

 もういっそこのままでもいいと思っている慧が、彼女に出ていけと言うことはたぶん、ないだろう。


「……そのまま一緒にそうだな、お前たち」


 関は呆れてそう言ったが、自分が関与することではないからと、あっさり引いた。

「じゃあ、俺はまだ仕事があるから」

「お疲れ様です。ありがとうございました」

 一応、慧も礼を言うと、関は後ろ向きに手をあげてそれに答えた。


 さて。慧はこれから講義がある。大学院に行かねばなるまい。同じ名前の大学に通っている慧と由梨江だが、彼女は大学であるし、学部も違うのでキャンパスも違う。そのため、学内で出会うことはほとんどない。


 それでも、部屋に帰れば由梨江がいる。それが当たり前になっていて、彼女が先に帰っていて「おかえり」と言ってくれるのも、自分が先に帰っていて「おかえり」と言うのも、慧は結構好きだった。

「あ、おかえりー」

 今日は由梨江の方が先に帰っていた。夕食を作っているらしく、キッチンの方からいい匂いがする。

「ただいま。いい匂いだな」

「今日はムニエルにしてみた」

 と、彼女はフライパンでムニエルを作っている。慧は着替えると炊飯器のご飯を盛り始めた。雑穀米だった。

「……前から思っていたがお前、料理人になれるんじゃないか?」

「どうだろ。そこまでの腕はないけど」

 基本的に、由梨江は日本で食べられる一般的な食事を作る。この外見で。

「ブルターニュの料理は作れないのか?」

「母さんがたまに作ってたからできなくはないけど、私、和食の方が好みなんだよね~」

 さすが自称日本人。好みも日本風らしい。


「今度作ってみようか? 味ないけど」


 と、由梨江が言った。言いながら皿にムニエルを移す。さらにポテトサラダやブロッコリーを乗せて皿を出した。

「今日もうまそうだな」

「食べてくれる人が居ると気合が入るよね~」

 にこりと笑って由梨江が珍しく女の子っぽいことを言う。胃袋がつかまれている自覚のある慧はつられるように笑った。

「そういやお前、モデルの護衛をしてるんだろ」

「そうなんだよね~。大学でヴァルプルギスを倒した後、高坂さんに送ってもらったっしょ? その時に麻友さんと一緒に引き受けたんだよねぇ」

「なんか不安を感じる人選だな」

「ははは。言ってくれるな」

 そう言うと言うことは、由梨江自身も不安を感じているのだろう。大学生の自分と新人の森久保と二人っきりなのだ。

「でも仕事自体はモデルの子に張り付いてればいいだけだから、楽っちゃ楽なんだよね」

「何か問題があるのか?」

 口ぶりがそんな感じだったので慧が尋ねると、由梨江はよく聞いてくれました、とばかりに言った。


「モデルの子たちが嫌味言ってくる」

「ああ~」


 思わず納得の声が出た。慧はムニエルを食べ終え、まだ食べている由梨江の顔をまじまじと見た。

「お前……美人だからな」

「モデルは美人なだけじゃ勤まらないだろ」

 と、由梨江。確かにその通りだ。しかし、美人は否定しない。討伐師、というか、エクエスの力と呼ばれる浄化能力を持つ人間は、美人が多い。由梨江はもちろん、慧も端正な顔立ちをしている。鍛えているため、スタイルも良い。由梨江は背も高いのでモデルとしてもやっていけそうだ。

 まあ、モデルたちは由梨江の美貌が欧州系の美貌であることに嫉妬しているのかもしれない。顔立ちが薄いと言われる日本人から見ると、欧州系の顔立ちはくっきりしていてうらやましいのかもしれない。そう言う意味では人選ミスだ。


「麻友さんはいい子だし、まじめだし、仕事自体はやりやすいんだけどね~」


 そう言って由梨江がため息をつく。基本的に元気である由梨江にしては珍しい。慧は手を伸ばして、由梨江の頭を撫でた。

「……これくらいしかできないか、まあ、がんばれ」

「わかってるよ……」

 ちなみに由梨江は、大学での戦闘の際に狙撃銃をひとつ駄目にしており、その始末書も書かされている。そのためか少々疲れ気味なのだ。

 基本的にいつも笑っている彼女のテンションが低いと少々変な感じがする。まあ、静かでよいのかもしれないが。


 夕食を終え、片づけをしながら明日の予定の確認をする。

「俺は明日、実験があるから早めに家を出る」

「りょーかい。早めって、何時?」

「七時ごろかな」

 基本的に広義の始まりが遅い大学院生にしては早い時間である。由梨江が「あー」と声を上げる。

「ごめん。私、明日五時ごろ出るわ」

「……は? 五時って、朝の五時か?」

 慧の問い返しに、由梨江は「うん」とうなずいた。

「……なんでまたそんなに早く」

「なんかさー。ファッション雑誌の撮影を街中でするらしいんだけど、人の少ない時間を狙って行くから、朝早いんだって……」

「なるほどな……」

 思わず納得してしまった。なるほど。

「あとは俺がやっておくから、お前、風呂入って寝ろ。あと、明日は弁当はいいから」

「ええ~。居座ってんのにそれは申し訳ない」

「お前、家賃も光熱費とかも半分出してるだろうが……」

 家賃や生活費も折半である。乗り込んできたのは由梨江であるが、ここまで来たら文句を言うはずもない。慧は手を伸ばしてもう一度由梨江の頭をぐりぐりする。

「ここまで来たら一蓮托生だろ。というか正直、今出て行かれると俺が困る。自分の家事能力が下がっている自覚はある」

 由梨江が来てから朝昼晩食べるようになった。それも、惣菜や外食ではなく、手料理だ。明らかにこちらの方が体にいいし、それを知った今、また元に戻れ、というのはきつい。人間、贅沢になれると戻りにくいのだ。

「だから好きなだけいてもいい」

「……それさぁ。もしかして告白されてんの」

 などと由梨江が言いだし、慧は全力で否定した。

「そんなわけあるか!」

 すると、由梨江もからからと笑った。

「だよねー。びっくりしたぁ」

 正直に言うと、下心が全くなかったわけではないのだが、由梨江の冷静な指摘に思わず全力で否定してしまった。慧は自分自身にため息をつきそうになった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


さくさくと進んでいきます。


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