10.朝早いのはつらい☆
今回と次回は由梨江の生活です。
朝の四時に起きて朝食をとって、簡単に慧の分の朝食も作り、冷蔵庫に入れておく。弁当も作りたかったが、さすがに時間がない。五時になるちょっと前、由梨江は大学の講義に必要な勉強道具を入れたカバンを持ってアパートの部屋を出た。モデルの撮影現場護衛のあと、そのまま大学に行くのだ。
基本、由梨江は早起きであるが、さすがにこの時間はつらい。しかし、現場に直行すると、すでに今回の仕事仲間である麻友が待っていた。
「麻友さん」
「ゆりちゃん。おはよう」
「おはよう」
麻友は由梨江を見上げて生真面目そうに言った。彼女が小柄なのではなく、おそらく由梨江が大きいのだろう。どうでもよいが、由梨江のことはほとんどの人が『ゆり』と呼ぶ。最初に呼び始めたのは誰だったか。
おそらく、護衛の仕事の中でも楽な仕事だと思う。ただ、撮影が終わるのを待って居ればいいだけだから。
「ちょっとー。あたしのグロス、どこにやったのよぉ」
嫌味な感じで話す女性が今回の護衛対象になる、星名モニカだ。もちろん芸名である。麻友によると、純粋な日本人らしいから。
日本人にしては長身のモニカは、有名なモデルであるらしい。由梨江はあまりファッション誌などを読まないので知らなかったが、すらりとした長身に長い手足、小さな整った顔に定評があるらしい。ぱっちりお目目も人気の一つだそうだ。
その彼女が現在、ストーカー行為を受けているらしい。過去に、別の芸能事務所でモデルがストーカーに暴行を受ける、という事件があったため、警戒しているらしい。麻友や由梨江などの女性が選ばれたのは、犯人を無駄に刺激しないためだ。
だが、同じ女だからこそ居心地が悪い。特に由梨江は、彼女自身がモデルのようなスタイルであり、そのためかモニカをはじめとしたモデルたちに敵視されている。
「明らかに人選ミスだと思うんだよね」
「……でも、ゆりさん、実力が確かだから」
と、麻友がフォローっぽいものを入れる。一応、由梨江はそうだね、とうなずいた。
「身長だけなら梢ちゃんの方が高いんだけどな」
「……いや、まあでも、そう言う問題じゃないでしょ」
麻友が苦笑して由梨江に言った。まあ、由梨江も自分の外国人めいた容貌が原因の一つであると言う自覚はある。
「私も麻友さんみたいな日本人っぽい感じで生まれたかったよ」
「あたしとしては、ゆりさんたちがうらやましいけどね」
と、二人とも持っていないからこその羨みだ。それを二人ともわかっているから、顔を見合わせて苦笑した。
撮影が始まった。通勤通学ラッシュが始まる前に撮り終えなければならないので撮るスピードが速い。由梨江と麻友は圧倒されながら見ていた。スタジオ内での撮影とは全く違う。
「ねえ羽崎さん。やっぱり、うちでバイトしない? 読者モデル」
「いや~。遠慮しておきます」
こんな誘いがマネージャーからたびたびかかる由梨江であるが、全て断っている。マネージャーも由梨江が靡かないと知っているので、言っているだけだろう。
「……さすがはゆりちゃんだね」
「一応私も討伐師の登録がされてるから、メディアに顔を出すのは控えたいんだけどねぇ」
どこの国でもそうだが、討伐師はその職務の性質上、非難の的となりやすい。実際に、五年ほど前に北欧スカンジナビアで『ヴァルプルギスの宴』と呼ばれる事件が起こった。この時、ヴァルプルギスの大量発生により住民の避難が間に合わなかったのだが、非難を受けたのは討伐師だった。
それもあって、全世界的に討伐師は氏名を公表しないし、顔もメディアに映らないように気を付けるものだ。まあ、この条件は麻友たち通常の警備員も同じで、顔が知られないように気を付けなければならない。
麻友は最悪、ZSCをやめると言う手があるが、由梨江はその能力の性質上、ZSCをやめても討伐師としての登録は消されることがない。この先も討伐師として生きていくしかない。つまり、メディアに顔を出すことはできない。
「ふん。何よ。あたしらに対する嫌味のつもり?」
モニカが由梨江を睨んでいた。由梨江は苦笑するしかない。取り方によっては嫌味に聞こえるかもしれないが、もちろん、由梨江にはそんなつもりはない。
だんだん人通りも多くなってきた。由梨江は帽子をかぶって青のサングラスをかける。自分の容姿が目立つことは承知済みだ。男装したこともあるが、それでは逆効果とのことなのでできない。
「……視線を感じるなぁ」
由梨江がつぶやくと、こちらは眼鏡をかけて編集者風に変装した麻友が顔をしかめた。
「前から思っていたのだけど、討伐師の皆さんのその第六感と言うか、その感覚は一体何なの?」
大体当たってるし、と麻友は腑に落ちない様子。由梨江も原理がわかっていないので肩を竦めるしかない。ただ直感に優れる、とだけ言っておく。
「説明はできないから。まあ、でも、誰かいるのは確か」
「件のストーカーかな」
「そこまではわからないね」
相手が手を出してこなければ、由梨江たちも手を出せない。そうこうしているうちに、撮影は終了した。
「それじゃあ麻友さん。私、学校行ってくるから」
「はいはい。この後はスタジオだから大丈夫よ。でも、帰りに寄ってね」
「了解」
二人の間で交渉が成立し、由梨江はそのまま大学に講義を受けにいく。今日は二時間目から四時間目まで講義が入っている。何気にハードスケジュールだ。
二時間目までまだ時間があり、朝食が早かったのでおなかがすいてきた由梨江は、カフェに入ってサンドイッチを食べていた。そこに大学の友人の一人である、東雲真希がやってきた。
「ゆり、今頃朝ごはん?」
「いや。朝食は食べたけど、早起きだったからおなかすいてきたんだよね」
事実であるが、真希は「ふーん」と言った後にこう言った。
「ま、ゆりは大食漢だもんね」
「……否定はしないけど」
討伐師としての力を持つ者は、全体的に大食だ。由梨江もそうだし、慧もそう。現在二人で暮らしているが、エンゲル係数がどうなっているのかちょっと気になるところ。調べないけど。
真希はカフェオレを注文して少し冷まして飲んでいる。真希はショートカットの溌剌とした少女で、やや大人びて見える由梨江と比べると幼く見える。まあ、由梨江がほぼブルターニュ人であるから仕方がないのかもしれないが。
ちなみに、江州大学は留学生の受け入れに積極的であるため、由梨江も他学部生から留学生と間違われることがある。仕方ないけど。
「早起きって、何かあったわけ? ゆり、別にサークルとか入ってないよね」
「まあね。ちょっとバイトの方で」
「ああ~。無理しないようにね」
バイトの内容については話していない由梨江だが、たぶん、友人たちは彼女が普通のバイトをしているわけではないとわかっていると思う。ちなみに、真希はバスケットボールサークルに入っている。
「ちなみに何時起き?」
「四時」
「早っ」
どうでもよい会話をしながら、講義の開始時間を待つ。一時間目の講義終了のベルが鳴り、由梨江と真希はカフェを出た。
「さてと。寝てたらあとでノート見せてあげるよ」
などと真希が言う。まあ、確かに睡眠時間は少ないけど。
「大丈夫。私、三日徹夜したこともあるから」
「……結構バカだよねぇ、ゆりって」
呆れられた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ゆりちゃん、美人で料理もできて戦えるって、そんな人いないよ……。似たような条件だけど、スティナちゃんは料理できないからな……。




