20.捕えたのは
四月ですね!
やばい、新年度だ……。
倒れている討伐師たちの衣服は赤く染まっている。出血しているのだ。それを見とがめた慧たちに気付いたのか、瀬川は「死んではいないよ」と言った。
「邪魔だったから、どいてもらっただけさ」
そう言った彼女の前にはスティナと、それを支えるイデオンがいる。スティナは頭を打っているのか、血を流していた。
慧は、初めて間近で瀬川を見た。小柄な女性だ。日本的な顔立ちのなかなかの美女である。慧と由梨江、スティナとイデオンに挟まれている形になるが、瀬川は平然としていた。
「ゆり」
「わかってるよ」
由梨江は頼もしくそう言うと、強く床を蹴った。さらに壁を数歩走りながら剣を抜き、瀬川を抜いてスティナたちの側に着くと、振り返った瀬川と剣を合わせる。
「エイリーちゃん!?」
「イデオンさんはスティナさんとさがれ! 私と慧でやる!」
「いい心意気だ!」
瀬川が笑って由梨江から剣を引き、反対側からかけてきた慧の剣を受け止めた。受け流されて押し負け、慧は後ろにたたらを踏む。
というか、五年前、こいつを捕まえたのは誰だろう。彼女が投獄されていたと言うことは、誰かが生きたまま捕まえたわけで、不意を突いたのでなければどうやって捕らえたのか謎である。
そんな慧の心を読んだわけではあるまいが、全く逆の方向から交互に攻撃を加えてくる由梨江と慧に対抗しながら、瀬川は余裕で口を開く。
「五年前、誰が私を捕まえたか知っているか?」
由梨江が両手持ちで振り下ろした剣を受け止め、瀬川は彼女を慧の方へ突き飛ばそうとする。だが、由梨江もさるもの。身を沈めて瀬川に足払いをかけようとする。避けられたが、慧が隙を逃がさず剣を瀬川の顔の近くに突き立てた。身を引いた瀬川の背が壁にぶつかり、慧の剣が壁に突き刺さる。
「狙うなら胴体ねらえよ!」
「うるせぇよ!」
だが、確かに由梨江の言うとおりだ。慧は瀬川に腹を蹴られてよろめいた。追い打ちをかけるように剣の柄で首を殴られそうになり、あわてて床に転がる。殴られたら首の骨が折れる。
床で一回転し、身を起こす。膝をついたまま剣を構えた。由梨江は立ったまま斜に構えている。相手をなめているような態度だが、これが由梨江のやり方なのだ。
「私を捕まえたのは、君のお父さんだよ、由梨江」
「はあ?」
怪訝な表情になりながらも、由梨江の動きは損なわれなかった。瀬川の剣をはじく。
「君の父親はブルターニュのエージェントだった!」
大声でいうようなことではないだろう。だが、瀬川は続ける。
「当時の私は国際指名手配犯でねぇ。たくさんの強者が私を追っていた。楽しいよね!」
由梨江の体が吹っ飛ぶ。スティナを寝かせた側にいたイデオンが立ち上がり、辛くも由梨江を受け止める。
というか、瀬川は本当に危ないやつだった。戦闘狂だ。これは、そうそう止まらないだろう。戦意を喪失しないからだ。本当に、殺すしかないだろうか。
「最終的に、私を追い詰めたのは日本ではなく世界だった。私は確かに捕まったが、君の父親とは相打ちだったのだよ」
慧は、由梨江の父親には会ったことがない。日本人とブルターニュ人のハーフだとは聞いているが、それ以上のことは知らない。慧がZSCに入社する前に行方をくらませていたからだ。由梨江の母親にはあったことがある。ブルターニュ系の美人だった。
「その後、君の父親はどこに行ったんだろうね」
にやっと笑って由梨江に揺さぶりをかける瀬川だが、自分で立ち上がった彼女は冷静に言った。
「死んだとは思えないから、どこかをほっつき歩いてるんだろ」
冷静に、吐き捨てた。父親の扱いが雑だ。瀬川がおや、というような表情になる。
「気にならない?」
由梨江は瀬川から目を離さないまま再びしゃがみ、スティナが取り落した剣を拾い上げた。二本の剣を構える。
「あんたの口を割らせなくても、あっちから勝手に来るだろうさ!」
由梨江が瀬川に肉薄した。翻った剣が瀬川を傷つけるぎりぎりのところを通過する。たぶん、瀬川が避けなければ深く腹をえぐっていただろう。狭い廊下で二本の剣をぶん回すのは不利だと思うが、由梨江はうまく立ち回って、瀬川を押しはじめた。
こうなると、慧にも止められない。何度も言うが、由梨江は慧よりも強いのだ。対人戦なら特に。
だが、由梨江に追われ、瀬川は当たり前だが慧の方に向かってくる。由梨江が押しているとはいえ、瀬川を倒すには至らないだろう。瀬川も自分が追い込まれると言う状況を楽しんでいるそぶりが見え、つまり、まだ余裕なのだ。
慧は身を前に乗り出す。一応、戦うそぶりは見せたが目的は別にあった。
慧の接近に気付いた瀬川が、反射的に剣を振るう。その剣は、避けなかった慧の右わき腹に食い込んだ。
「ぐ……っ」
慧は自分のわき腹に食い込んだ剣をつかんだ。そのまま瀬川の手首をつかむ。瀬川が一瞬目を見開き、それからにかっと楽しげに笑う。
「やるねぇ!」
由梨江の剣が空を切る。振り下ろされた彼女の剣が瀬川を捕らえたのを確認してから、慧は目を閉じた。
△
意識が浮上して、慧はゆっくりと目を開いた。自分がベッドに寝かされていることはわかったが、ここはどこだろう。
「お、目が覚めた? やっぱり討伐師は回復が早いよね」
にかっと笑ったのは、慧も以前紹介されたスティナの実弟にして特別監査室付きの医師ロビンだ。一応、まだ研修期間であるらしいが、すでに医師としての腕はなかなかのものだ、というのが監査室に勤める者たちの言だ。
「どこか痛くない? わき腹の怪我はオルヴァーさんに治癒術かけてもらったんだ。内臓にまでは達してなかったから、運がよかったね」
ロビンが微笑んで尋ねてくる。慧はゆっくりを身を起こしたが、思ったよりも怪我をしたわき腹は痛まなかった。
「……瀬川は?」
寝起きでブルターニュ語がなかなか頭に入ってこなかったが、なんとか自分が無事そうだと理解した慧はまず尋ねた。やっぱり、自分にとって母国語は日本語なのだなと思った。
「エイリーが捕まえたって。優秀だね、君の彼女さん」
「別に彼女ではないんですけどね……」
まあ、慧と由梨江の距離の近さを見れば、勘違いするのも無理ないが。自分でもおかしいと思うし。
「エイリーとコーキは今日の午後に日本政府専用機で一足先に帰国するって言ってたよ。ケイとトールは怪我が落ち着いてからゆっくり戻って来いってさ」
一瞬、コーキって誰だ、と思ったが、高坂の名は弘毅だったか。というか、慧と宮森は置いて行かれるらしい。
「……ちなみに、俺、どれくらい寝てたんです?」
「丸一日も経ってないけどね。エイリーが心配していたと言うことだけ伝えておく」
にっこり笑って言うロビン。食えない男である。姉スティナの素直さを少し分けてもらえばいいのに。
とりあえず、由梨江は瀬川を生きて捕らえることに成功したらしい。まあ、多少怪我はしているが、致命傷ではないとのこと。そして、瀬川を連れて先に日本へ帰るそうだ。
慧はロビンの診察を受けて彼と一緒に部屋を出た。ここは本部ではなく、アカデミーの部屋の一つであったらしい。由梨江が帰る前に話をしたかったが、彼女は高坂と本部の方にいるらしい。代わりに、と言っては変だが、アカデミーには宮森とケヴィンがいた。二人ともどこかしょんぼりしていた。
「役に立てなかった……」
「一瞬でやられた……」
「まあ、あれは規格外だからな……」
男だけの反省会である。女性陣の方が強かった。これにはセンスなども関わってくるが、スティナはともかく、彼らにとっては由梨江に負けたと言うのはショックかもしれない。だって、慧も負けた時ショックだったし。
「まあ、あの二人はちょっと頭がおかしい感じだからね。セガワも異常だけど」
負けた男三人組はちんまり膝を抱えて座っているシュールな格好だが、ツッコミを入れてきたロビンは立ったまま壁に腕を組んで寄りかかっている。こういう態度は姉によく似ていると思う。
「まあ終わったことを気にしていても仕方ないでしょ。僕が言えたことじゃないけどね」
ロビンはそう言って肩をすくめた。慧とそんなに年が違わないはずだが、しっかりしている。
「で、君たちはここに訓練に来たのかもしれないけど、あと二日は激しい運動は禁止だからね」
「……トレーニングは」
「激しい運動に入るよ」
にこりと有無を言わさぬ口調だった。やっぱり医者は強い。とりあえず慧が代表して「わかりました」と答えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
男たち、三人揃って反省のポーズ。




