11.スピード解決しましょう☆
講義をすべてうけ、由梨江はモデルが所属する事務所の方に直行した。由梨江が護衛中のモデルは、ファッション誌を発行している出版社に属するモデルだ。そのため、所属事務所と言うと出版社になる。
事務所についた由梨江は、事務所内の雰囲気が微妙であることに気付き、今回の相棒である麻友に尋ねた。
「どうしたの?」
「ああ、ゆりちゃん。講義終わったのね」
「まあね。で、この雰囲気は……?」
「……脅迫状が届いたの」
麻友がひそっと言った。由梨江も声を低める。
「モニカ宛に?」
「そう。見せてもらったけど、気持ち悪かったわよ。『美しき高潔な君の心臓を食べてしまいたい。そうすればずっと一緒にいられるのに』だって」
「わー……」
さすがの由梨江も感想に困ったガチのストーカーだ、これ。
「ゆりちゃん美人だし、ストーカーとかされたことないの?」
「あるけど、独力解決したからね」
「あー、うん。わかった」
なんか納得された。ストーカー被害なら慧の方がひどいのにあっている。
「慧は大学生の時、告白を断ったらその子にストーカーされたことあるんだって。ゴミあさりまでされたらしいよ」
「うっわ……っていうか、そんなこと言っていいの?」
「麻友さんが言わなければばれないし」
しれっと由梨江は言った。相変わらずのメンタルの強さに、麻友は苦笑を浮かべる。
「とにかく、あたしは今依頼の変更待ち。たぶん警備がついているのに気づいて、ストーカーが焦った……ちょっと待って」
何かに気付いたらしい麻友が、由梨江を見上げた。
「ゆりちゃん……今朝方、撮影現場で『何か』を目撃してたわね」
「そうだね」
「その時……威嚇したでしょ」
確信を持った眉の物言いに、由梨江は肩をすくめた。麻友の読み通りだ。彼女は眉を吊り上げる。
「ちょっと、何してるのよ!」
「いやあ。短期決戦がいいかなーって思って」
「そりゃあ……護衛がいることで近づいてこない可能性もあったけど」
麻友も完全には由梨江を非難できず戸惑い気味だ。警備を強化すると何も起こらず、だからと言っていなくなると事件が起こる。ということはよくある話なのだ。
ならば少し挑発して片づけたほうが良い、と由梨江は判断したのだ。警察に行くにしても、もう少し証拠がそろわないと難しいだろう。
今回の脅迫文。警察に届け出ればおそらく、ストーカー法にのっとって処理してもらえるだろう。しかし、事務所はそれをしないようだ。現在、モニカは売れっ子モデルであり、わざわざストーカーにあっていると喧伝して注目を集める必要がないからだろう。
「相手役の男がいれば挑発できるんだけど」
「……ゆりちゃんが男装すれば?」
「私、モニカと身長同じくらいなんだよね」
それでは絵にならない。慧あたりを招喚したいが、さすがにまだ実験中だろう。今日も遅くなると言っていたし。
「あ~。晩御飯用意してくるの忘れた」
「唐突に日常会話を挟まないで。それは仕方ないでしょ。早くから仕事だったんだから」
などと会話している間に撮影が終わった。恒例の由梨江がモデルに誘われる事件もあったが、いつものことなのでスルーした。
モニカはいつも電車通勤だ。彼女の家までついて行くのが現在、由梨江と麻友の仕事だ。さすがにモニカの家に上がりこむのは難しい。しかし。
「うわぁ。眠っ……」
先に悲鳴をあげたのは麻友だった。由梨江はけろりとしてモニカが住むマンションの中にあるバーでジュースを飲んでいる。日本では飲酒できるのは二十歳からなので、彼女はそれを律儀に守っているのである。まあ、仕事中というのもあるが。だから二十二歳の麻友も酒は入っていない。
「マンションの中にバーがあるってすごいよねぇ」
由梨江がにこにこしながらおつまみのナッツを食べている。麻友はそんな彼女を恨めしく睨んだ。
「なんでそんなに元気なのよ……ゆりちゃんも早かったんでしょ」
「まあ、私は三徹くらいまでなら行けるから」
討伐師は基礎体力も人とは違うのかもしれない。麻友がため息をついたとき、由梨江は「ん?」と顔をあげた。
「……来た」
「え?」
麻友が首をかしげている間に、由梨江は支払いを済ませ、麻友の腕をとって立たせた。
「麻友さん。このままモニカの部屋まで上がって。私は外から行く」
「ちょ……ああ、もう! わかったわよ!」
麻友が腹立たしげに階段に向かう。由梨江は一度、マンションの外に出た。セキュリティーがしっかりしている高層マンションをでるが、どこにでも抜け道は存在する。
その抜け道の一つだが、おそらく普通の人間は使わないであろう方法を由梨江は使う。すなわち、マンションの外側から問題の階に上がるのだ。
非常用階段を駆け上がると言う手もないわけではない。しかし、そんなことをしていては、二十三階まで上がるのにかなり時間がかかる。というわけで、由梨江は周囲の建物を踏み台に二十三階のベランダに足をかけた。うまく乗れたのだが、モニカの部屋ではないところに着地してしまった。
「ここじゃないな」
由梨江はそうつぶやいて、二つ隣に移動した。窓をがらりと開ける。っていうか、開いていてよかった。
「お邪魔します」
一応靴も脱ぐ。
「あ、あなた、どこからっ」
モニカが扉の前でバリケードを気づいていた。どうやら、玄関扉は開けたあとらしい。
「それはあとで。ストーカーでした?」
「そんなのわからないわよ!」
そりゃそうか。ストーカーと目があった由梨江ですら、顔をはっきりと覚えていないし。
だん! と扉が蹴破られた。野球帽をかぶった男性が血走った目でモニカを見た。
「ひぃっ」
さすがのモニカも怯えて由梨江の背後に隠れた。ストーカーが引きつった声を上げる。
「ああああああっ。俺の愛しいモニカっ。その男にだまされたんですよね? 今救い出して差し上げます!」
「結局ゆりちゃんのせいじゃん!」
ツッコミに入ったのは、今到着したらしい麻友だ。確かにこれは、由梨江も予想外。確かにパンツルックであったが、結構女性らしい恰好をしているつもりなのに。それでも男に間違われるのは結構ショックだ。
「俺の愛しいモニカを返せぇぇええっ」
「キモッ」
そう叫んでしまった由梨江には罪はない。そう思いたい。幸い、相手の方から向かってきてくれたので対処は難しくない。
「モニカさん、ちょっとさがって」
そう言ったのだが、モニカは由梨江の肩をつかんだまま離さない。仕方なく、由梨江は向かってくる男の腹を蹴り飛ばした。
「ぐはっ、ごほっ」
男が腹への一撃に悶える。苦しげに咳き込んだ。由梨江は顔をしかめる。人間相手だと、手加減の仕方が良くわからない。いつも彼女は後方支援担当だからだろうか。
「この……!」
男が起き上がり、包丁を取り出した。モニカが再び悲鳴を上げる。だが、男は背後に麻友が控えていることを忘れていた。麻友が背後から男の腕をつかみ、膝を腰に叩き込んだ。これ、結構痛いのである。
「確保っ」
由梨江もいろいろ言われるが、麻友もやることが結構過激である。
その後、警察が来ていろいろと聞いて行った。職業柄、由梨江も麻友も警察の事情聴収には慣れている。警察も、二人がZSCのものだとわかると「ああ~」と納得した表情になった。
警察に権利が移ってしまったので、由梨江も麻友もこれ以上何もできない。モニカはストーカーされていたことが週刊誌に乗る可能性があるが、そこまではちょっと責任が持てない。ストーカー男の様子を見ていたら、由梨江が挑発しなくても襲ってきたような気はするけど。
ここからは警察と、事務所と、ZSCの交渉になる。そのあたりは由梨江たちの仕事ではないので、安心して西條たちに投げることにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ZSCの普段の仕事でした。
次回からは日本を飛び出します。
今さらですけど、この世界は仮想地球です。日本は日本ですけど、他の国は名前が違っています。ブルターニュとかがそうですね。




