29 完全無敗。なにそれおいしいの?
今度の対戦相手は、西洋風の鎧を身に纏っていた。
おそらく、あれが噂の魔装というものだろう。
属性魔力を身に纏わせて、具現化させた魔力の鎧。
それが、魔装。
……しかし、全身武装、しかもよりによって火属性と相性の悪い土属性とは。
「考えたな……」
隣で、しげしげと二人の様子を観察するエヴュラ。
彼はレベルという概念を知っていた。
なら、ケイトの腕力でもあの鎧を破れるとか考えていたと思ったんだが……。
「どういう意味ですか?」
「お、ようやくそっちから話しかけてくれたか!」
「茶化さないでください」
一瞥もせずにそう先を促させると、彼は肩をすくめてため息をついた。
「まぁ、いいけどよ。……あの鎧、中に衝撃緩衝材を仕込んでやがる」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
膝の上で二人の無言のにらみあいを眺めていたケイが、彼の説明に質問した。
するとエヴュラは、目を鋭く細めて、彼女にこう返答した。
「嬢ちゃん、時には知らなくてもいいこともあるんだぜ?」
肩を僅かに震わせて、ケイは彼から視線を離した。
「いじめないでくださいよ先輩。次は本気で殴りますから」
「わーったわーった。ほら、舞台を見てみろ。試合が始まるぞ」
彼はそう言うと、顎で舞台の方を指し示した。
──魔装か。本気で撃てば破れるか?
私は、目の前に佇む鎧を見上げながら、最終的にそんな判断を下した。
フレイム・カーニヴァルは駄目だ。なら、火炎放射で攻めよう!
「火炎放射!」
手をかざし、鎧に向けて魔法を放った。
(手応えがない!)
即時に私は魔法をキャンセルして、後方へと飛び退いた。
瞬間、先程立っていた地面から、あの鎧の腕が突き出てきた。
「っ!?」
その手が持っていた木製の鋭利な刃物が、数瞬遅れた私の膝を掠り、鮮血が散った。
大した負傷じゃない。
これくらいすぐに治る。
「フレイム・カーニヴァル!」
こうなったら、全域を攻撃するしかない!
そう思っての行動だったのだが、甘かったのだろう。
鎧男は腕を一振りすると、その魔法を消し去った。
いや、絡め取った。
その手にはいつの間にか炎の纏った長大な剣が握られていた。
鎧が大上段に構え、降り下ろした。
(今だ!)
舞台の表面を抉りとる脚力で、一瞬にして詰めより、炎でコーティングした鉄拳ならぬ炎拳を叩き込んだ。
鎧に触れた瞬間に爆発したそれは、私自身をも巻き込んで吹き飛ばした。
「これで、やったか?」
たしかこの前ウィルが、鉄は熱伝導性が高いから、火系の攻撃は入りやすいって、防御魔術のとき言っていた。
これなら、間違いなく大火傷くらい負わせられるだろう。
今頃フライパンに投下された生卵みたいにこんがり焼けている相手を思うと、若干悪いことをした気になったが、致し方ない。
爆煙が風に流され、ヒリヒリと痛む皮膚に塩を投げ掛ける。
やがてそれがおさまると、そこにはまだ余裕そうな鎧男が立っていた。
「!?」
実況者が何やら叫んでいるが、私の耳には届かない。
それよりも、今は目の前にいるこいつが問題だ。
なぜ、立っている?
明らかに蒸気を上げている鎧を見る限り、あの攻撃は間違いなく聞いたはずだ。
だが、なぜだ?
ケイトの爆撃を食らって、さも悠々そうに剣を床について立っている鎧男を見下ろして、俺は人差し指を顎に当てて考えていた。
ヒットの瞬間に防御魔法でも使ったのか?
ざわめく観客。叫ぶ実況者。開いた口が塞がらない審判や主催者陣。
俺の膝に座っているケイも、その異様さを目の当たりにしてフリーズしている。
あいつ、化け物かよ……。
「その程度か?」
試合が始まって以来初めて、その男……いや、声は女性だったから鎧女か。その女は話し始めた。
「クソッ!化け物かよ……」
愚痴を吐く私に、しかし彼女はバカにしたかのように笑い、続けた。
「お前も十分化け物だと思うがな?それで、続けるか?」
「止めるわけねぇだろ。ここまで来たんだ、勝たせてもらう!」
鎧女の挑発にのせられて、感情的に体が動く。
次は間接を狙い、脱臼を狙う。
しかし、いとも容易く流されてしまう。
重い鎧を身に付けているというのに、なんという俊敏さだ。
「こんのっ!」
先程の熱で焼けた皮膚が捲れ始め、血で拳が染まっていく。
それと同時に、その鎧も赤く染まっていった。
不意に前蹴りが私の鳩尾を狙う。
最早魔法戦の定義が崩壊しているが、審判が何も言わないので大丈夫だろう。
「ファイアボール!」
蹴りを回避した瞬間、距離を詰めながらゼロ距離から火の玉を放出した。
再び爆発が起こり、少し鎧が後ろ足を引いた。
その瞬間を狙って、露出した首もとに貫手を放つ。
しかし。
「砦!」
突如鎧の周りから木や土などの壁が、螺旋状に展開し、広がっていった。
「しまっ!?」
──誘われた!?
土壁に押し流され、体が宙を舞った。
放物線を描いて投げ飛ばされる体の姿勢を整えて、着地する。
(こうなったら、威力より貫通力だ!)
「フレイムリディエイション!」
最大出力で一転に向かって細長く発射された火炎放射が、彼女の建てた砦を突き破らんとする。
壁にぶつかり、四散する炎。
「せああぁぁぁぁぁあああああ!!」
気合いを込めて、更に出力を上げていく。
限界を突破して、掌の皮膚が完全に剥げ落ちていく。
己の肉は焼け、流血を止める。
そして、不意に爆風が砦を貫いた。
──勝った!
四散した防壁を見て、私はそう確信する。
舞台に張られていた魔法障壁が、ギラギラと光を上げた。
そして、その光が反射して、彼女の鎧へと集まっていく。
──ズゴオォォン!
何かが崩れ行くような音がして、光は収まった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
会場が静まり返る。そして、光が収まり、そこに誰も立っていないことを確認して、私は換気の声をあげそうになった。
──あげそうになった。
──ユラリ。
ケイト背後からそんな音と同時に、一人の背の高い女が空間から現れた。
その姿を見て、俺は思い出した。
彼女の名前はリオン・クルス。
去年から二年間生徒会長の座を渡していなかったという、学園史上最長の元生徒会長だ。
そんな偉業から周囲が与えた二つ名は、『完全無敗の女王』。誰も彼女に勝てたことがないことから、そう呼ばれていた。
【リオン:私から鎧を奪ったことは誉めてやろう。だが、詰めが甘い。
ケイト:くっ……!】
戦闘に於いて、誰も盗ることがなかった鎧を、彼女は奪ってみせた。
それだけでもう、彼女のレベルが凄かったということが、犇々と感じられた。
(レベル2相当のステータスを持っているはずのケイトが、レベル1に負けたのか?)
レベル1でも、鍛練すればそれなりに強くは成れる。
だが、レベル2はその鍛練を省略して、ただ基本的なステータスを上げるだけ。
しかし、レベリングにはそれ相応の戦闘経験値が必要なわけで。
だけどケイトは実質レベル1だから……つまり、えーっと。
(つまり、経験の差ってことか)
俺は、背後で首もとに刃を突きつけるリオンを睨み付けるケイトを見下ろして、そんなことを考えていた。
「くっ……!」
私は、腕の中で身動きの取れない小さな金髪の少女を見下ろしていた。
嗚呼、なんといい匂いなんだろう……!
炎の燃えるような、柑橘系のいい香り!
このなんともいう快感に近いこの匂いは、私の鼻だけでなく心まで擽ってくる。
あまりにもいい匂いに我慢できず、思わず鎧を脱ぎ捨てて飛んできてしまったけれど……。
(生意気な女の子って、かわいいよねぇ……)
この匂いはいったいどこからくるんだろう?
そんな余裕そうなお花畑思考をしていると、目の前の少女は話し出した。
「針流には、身動きがとれなくなったときの解決法ってのがあんだよ、教えておくよ」
「解決法?まさか、魔法も封じられた状態で何が使えるというんだ?」
え、ヤバイ。
何これ。
は?針流?
それってたしか、勇者様が新しく作り出したっていう、最強の、アレ?
え、ウソ。マジ?
この子、針流の門下生なの?
「針流をなめると、痛い目を見るぞ」
「あ、え、ちょ、ちょっと待っ──」
目の前の少女はそう言うと、一瞬だけ姿をブラせた。
気がつくと、私はいつの間にか場外にまで吹き飛ばされていた。
「針流口伝、体術最終奥義『崩壊剣』。手加減して刃はつけなかったから、安心しろよな!」
後ろを振り向きながら、目の前にいる小さな金髪の女の子は、そう言って私にブイサインを送った。
この日、初めて完全無敗の名前に傷が入った。
『転生魔王の墜落詩』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
ここまで頑張ってこれたのも、一重に読者様の存在あったが故。
心より感謝します。
もしよければ、明日から投稿予定の連載小説『二代目のゼウスは平穏がほしい!』もあわせてお読みいただければ幸いです。
もしお暇があるのならば、無理にとは言いません。お気軽に感想やコメント、指摘、評価、改善した方がいいと思ったことなどありましたら、ぜひ各欄にてお気軽にお書きください。
それでは、また次回お会いしましょう。
記角麒麟より。




