18 君の名前は
食事も終わり、食器などの片付けも終了した頃。
俺は、彼女にとある質問を投げ掛けた。
「そういえば君、名前は何て言うの?」
昨夜……いや、今日の早朝とでも言おうか。
俺は彼女に名前を言ったが、この腹ペコ幽霊からは名前を聞いていなかった。
「……なまえ?」
「君とか、腹ペコ幽霊とかじゃなんか呼び辛いだろ?」
「……はらぺこゆうれい?」
……あ、これ自分で口にして初めて気がついたけど、この名前センス無いわ。
「だから、名前を聞こうと思ってさ」
そう言って、俺はカップに紅茶を淹れた。
ピンク色の花の装飾がされたカップが傾き、彼女の口の中へと流れ込んでいく。
……そういえば、幽霊なのにものを食べることができるんだな。
今こうやって見ていると、それがそのまま透過して、下に落ちるんじゃないか?とか考えたけれど、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
(……幽霊って、もしかしてそういう種族がいるって設定なんだろうか?)
どうでもいいこと考えながら、ウィリアムは彼女の回答を待った。
「……ゆうか。それが、わたしのなまえ」
ユウカ、か。
ある意味、何の捻りもない名前だな。
それに、なんか名前が日本人っぽいような。
そういえば、ナツメ先生も日本人っぽい名前だよな。
ナツメ・クラハ。
日本人みたいに、先に名字が来る感じだと、クラハ・ナツメになるわけか。
「そうか。それじゃ、ユウカ。これからよろしくな」
俺はそう言って、手を差し出した。
「……うぃる、またごはん、つくってくれるの?」
「そのために、お前専用の食器買ってやったんだろ」
それに、なんか放っておけない気がする。
なんというか、なんと言えばいいか。
独り暮らしってのも、なんか寂しいし。
(……なんで、なんだろうな?)
疑問は残るままだが、まあそれは別にいいだろう。
後でアーカイヴスで調べればいいし。
すると、彼女は差し出した俺の手を見つめると、やがてその手を握り返した。
「……おなか、すいた。うぃる、ごはん」
「さっき食べただろ」
さんざんおかわり言っておいて、まだ食おうとするのかこいつは。
「……そうだっけ?」
「もう忘れたのかよ!?」
……ま、いっか。
「でも、こんな時間にいっぱい食ったら太るぞ?」
「……ゆうれいだから、ふとらない」
「なにそれ、食いだめとかできんの?幽霊って」
こくり、と頷くユウカ。
まあそうですよね、わかってましたとも。ここが非常識な世界だってことくらいは。
【その通り】
ほらね、さっきこっそりアーカイヴス使ってみたんだけど、幽霊は本当に食いだめができるらしい。
こうして俺は、盛大なため息をつくこととなった。
この異世界にやって来て数日。
もうすぐ一週間が経とうとしている。
俺の心は不安だらけと言っても過言ではないが、それでも俺は、臆病なりにこの世界を生きていこうと思う。
──生きて、俺は城山を救いだして見せる。
「……」
夜中。私は、天井から滴り落ちる水滴に目が覚めた。
地下の独房。
寒く、恐ろしい世界。
──私の、嫌いな場所。
だけど、その中で唯一、嫌いではないものがある。
「仕事だ、起きろ」
「っ……!」
バケツ一杯の氷水を頭からぶちまけられ、私の目は覚醒する。
もともと白い肌が更に血の気を無くし、血色の悪い唇は、その辛さを物語っていた。
私は裸のまま独房から連れ出されると、獄吏から一着の服を渡された。
黒い、裾の長いローブである。
その下には、赤紫色のワンピースのような衣類を着こんでおり、奴隷である証として、下着はつけられてはいない。
「今回も、仕事の内容は同じだ。いいな?」
獄吏を勤める悪魔の声に、私はこくりと頷いた。
仕事の内容は、地球──つまり、私達が居た、あの世界を征服することである。
この時だけ、私はもとの世界に帰ることが許される。
……だが、許されただけであって、自由はない。
逆らえば、死ぬ。
そういう呪いがかけられているからだ。
「魔王様の御言のままに」