曇天の霹靂
タイトルは迷いに迷っているので確定ではない。
―故事に『青天の霹靂』という言葉があると人伝に聞いた、今まさに事象が我々を呑み込もうとしている。
逃げ惑う悲鳴、転倒、混雑、(時間稼ぎの)生贄。誰もが賊の魔の手から逃げおおせようと必死だった。皆、生きたいのだ。他人を押し退けてでも余生に縋りたい、懺悔も訓戒も生き延びた後贖えば良い(死んだ瞬間から感情は無意味だとそう考えたのかも知れない。)とにかく混乱の来たした会場は暴虐無人な殺戮者から逃れること、それ一心だった。
集団の動きとは、それそのものが脅威であって(誤って倒れれば踏まれるだけならまだしも)圧死する屍だってあるのだ。追い立てる不穏な音が心理を恐慌状態へと陥れ、身清く己を犠牲の対価になど名乗れる余裕も無かった。人々は無秩序に四方へと散り散る、生き残るのは幾人だろうか。
不幸中の幸いで、道化師は逆徒が乗り込んできた中央広間には居らず辛くも生き延びた。(他人に庇われて助かったと言う無様さだったが、)相棒の熊がそんな彼を揺さ振る。折角儲けた命も、呆けていては棒に振るだけだと本能的に悟っていたのだろう。
漸く遅かれながらその事に気付いた道化師は消沈しながら重い足を引き摺りだした。救われた恩には報いねばと不承不承、安全圏への非難を開始した。(そう易々と敵も通してはくれないだろうが)虚空の瞳に生への執着が煌いて見えた、
躍進劇のはじまり、はじまり。道化師と熊の二人組みは最初こそ、コソコソ抜き足差し足忍び足だったが。やがて発見される、それは想定内で予定通り物陰に潜みやり過ごすと進行を再開した。(無駄な体力の浪費はそれこそ死に急ぐのに他ならないのだから)幾度か繰り返し、現在逃走中だ。幸運な事に敵の大将と行き当たり圧倒してしまった、
身柄確保も空しく、湧き出てくる三下どもを下し(殴って、蹴って、伸して)避難経路へ飛び込んだ。一回きりの使い捨て、潔く道を塞ぎスタコラサッサと地下から脱出を図った。熊が野生の勘で見つけ出したのである、二人組みは鼻高々逃げ果せたのであった。目出度し、目出度し仕舞である。
さてと、潔く道を塞いだのは火薬であって。
避難経路は野生の勘ではなく知り得ていただけ。




