デマの連鎖は夜更けに育つ(後編)
「デマの発信元を……叩き潰す?」
ポカンとする由香に、健太がスマホの画面を見せながら説明を始めた。
「この切り取り動画、最初に投稿されたアカウントのIDと投稿時間を解析しました。拡散の初動で大量のボット(自動投稿プログラム)が使われています。これ、自然発生した炎上じゃない。誰かが意図的にインプレッション(閲覧数)稼ぎのために仕掛けた『アクセス稼ぎのデマ』です」
「さらに」と玲が身を乗り出す。「この動画を元に突撃動画を上げてるYoutuber、私が復讐した『タツヤ』の取り巻きですよ! 奴ら、反省してなくてまた同じ手口でアクセス稼ぎをしてるんです!」
「なるほどな」九条老人がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。「個人に対する過失なしの誹謗中傷、ならびに偽計業務妨害。プロバイダ責任制限法に基づき、発信者情報開示請求を即時打電する。今回は示談に応じず、刑事告訴まで持っていくぞ」
「け、刑事告訴……!?」驚く由香に、九条老人は言った。
「お前さんはただ、市民のために頭を下げただけだろうが。堂々としていればいい。ネットの匿名性に隠れて石を投げる卑怯者どもには、『匿名は安全圏ではない』という現実を物理的な訴状で教えてやるのが一番の薬だ」
「でも……ネットでの私の悪評は消えません……」
「それなら、僕と玲ちゃんで手伝います」健太が力強く言った。「切り取られる前の『記者会見のノーカットフル映像』と、AIによる音声解析で『謝罪時の真意』を客観的に証明する検証動画を作成して公開しましょう。アルゴリズムの悪用には、圧倒的なファクト(事実)で殴り返すのが一番効果的です」
かつてネットの炎上に怯え、絶望していた玲と健太。
二人が今度は、同じように追い詰められた由香のために立ち上がっている。
マスターはそんな二人と由香を見つめ、フッと目元を緩めた。
「お姉さん。一人で夜の闇に怯える必要はない。『夜勤特急』に集まる奴らはな、みんな一度は社会の理不尽にぶち当たった仲間さ」
由香の胸の奥に、温かい熱が込み上げてきた。
顔も名前も知らない何万人の悪意に怯えていたけれど、目の前にはこうして自分のために怒り、知恵を貸してくれる「生きている人間」がいる。
「……お願いします。私、戦います。逃げずに、自分の尊厳を取り戻したいです」
数日後。
健太と玲が作成した「会見ノーカット検証動画」と、九条法律事務所名義で発表された「悪質なデマ投稿者および動画配信者への法的措置(刑事告訴)のプレスリリース」が公開された。
完璧な事実検証と、容赦のない法的措置の警告。
潮目は一瞬で変わった。
《ノーカット版見たらめちゃくちゃ誠実に謝罪してるじゃん……》
《切り抜き動画に騙されてたわ。投稿者通報した》
《デマ流したYoutuber、アカウント削除して逃亡してて草》
ネットの濁流は一気に引き、デマを拡散していたアカウント群は次々と投稿を削除。デマの元凶となった配信者には、警察の捜査の手が及ぶこととなった。
さらに一週間後の深夜。
市役所での信頼を取り戻し、晴れやかな顔となった由香は、再びあずき色のレトロバスに乗り込んでいた。
「マスター! 今日は私のおごりで、みんなに一杯飲ませてください!」
「お、気前がいいねえ広報課長」
九条老人が嬉しそうにグラスを掲げる。
「由香さん、本当によかったですね!」
玲が満面の笑みで乾杯のグラスを運んでくる。隣では健太が「やっぱりファクトとロジックは裏切りませんね」と満足そうに頷いていた。
「皆さんのおかげです。私、画面の中の言葉に怯えるのをやめました。大切なのは、目の前にいる人とちゃんと向き合うことだって気づけたから」
マスターは香ばしい焦がし葱の汁を全員に配り、静かに微笑んだ。
「社会ってのはな、理不尽で、理屈が通らないことばかりだ。だがな、朝が来ない夜はない。行き場をなくしたら、またいつでもここへ来な」
言葉もなく、全員が笑顔でグラスと椀を合わせる。
深夜の街を走り続ける『夜勤特急』。
不条理な現代社会の隅っこで、今夜も小さな駆け込み寺の灯りが、静かに温かくともっていた。
(第三話・完)




