E.今日も夫のツノが良い!
「……ねぇ。どうして今まで、竜の姿にさせてたの?」
「えっ!?」
ツノ磨きの途中にもかかわらず、ドラグはこちらを振り向いた。
人型で磨いた方が、私の負担が少なかったのではと。
「それは……」
布を持つ手を握りしめた。
自分の顔面の輝きに気づいていない無自覚夫に、本音を言うことはできない。
竜の姿だと崇拝対象だが、人の姿だと邪な目で見てしまうなんて――推しをドン引きさせたら、もはやこの世界で生きていけなくなる。
「ええと……竜のお姿の時の方が磨きやすいのです」
「それ、ほんと?」
無理を誤魔化す時の笑顔をしている――そう指摘されて、「うっ」と声がこぼれた。
本当に、この推しは人のことをよく見ている。
第一印象はネクラな“推しモドキ”だったのに。
視線を揺らしていると、ベッドにもたれていた彼の頭が、膝の上に乗ってきた。
「ちょっ、近い! 殺す気ですか!?」
「……まだ慣れないの?」
逃げ回ることからは卒業できたものの、近すぎるとまだ身体が震える。
それでも深呼吸して、ツノ磨きを再開した。
「心頭滅却」するんだ、私――。
世界で一番幸せな重みを膝に乗せていることを、意識し始めたら爆散する。
「……君って、よく人のことを讃えまくってるけど」
「え……?」
時々出てしまう、オタク的早口での“推し賞賛タイム”のことだろうか――。
冷や汗がにじんだ直後、下から黒い手が伸びてきた。
鋭い爪の折られた指が、私の髪を耳にかけている。
「ひっ! なっ、なんですか……!?」
なぜ今、耳をくすぐったのか。
問いかける間もなく、ドラグは身体を起こした。
「ええと、ドラグ様――」
「君の方がかっこいいし……可愛い」
「…………へ」
今、幻聴が聞こえたような――?
それとも、推しボイスのバグか――?
真っ白な頭で“脳内会議”が繰り広げられる間にも、また指先が耳に触れた。
「ちょっと、待っ、触り方が……!」
いかがわしい、と滑りそうになった言葉を飲み込んで、胸板を押すと。
抵抗する手を掴まれた。
「人間は耳が弱点だって聞いた。他にも、試したいことがたくさんあるんだ」
「え……」
この竜人夫――最初の頃は、目もまともに合わせられなかったくせに。
少し瞳孔の開いた目が、私をじっと捉えていた。
「いいよね? だって、君も僕の弱点を散々磨いてきたんだから」
「それは……」
そもそも人間の弱点なんて、一体どこでそんな知識を仕入れてきたのか。
このシオンに、人間はほとんどいないはずだ。
ドラグが人間について学べる教材は、私だけだったはずだが――。
「先生が勤勉で良かった。前に君を治療した後、人間について調べ直してくれたんだって」
「先生って……まさか!」
スライム医院での用事というのは、「人間の弱点を尋ねること」だったのか。
ツノの怪我ではないことに、ほっとしたけれど――どうしてそんなことを聞きに行ったのか。
「君は僕の気も知らないで、毎日毎日……これを触って楽しんでただろ?」
「そ、それは……」
すぐに言い返せなかった。
弱点だとは知らなかったし、ドラグが何を感じているかも分からなかったのだから。
「これは私なりの、あ、愛情表現でして……別に楽しんでいたわけでは……」
半分本当、半分嘘の言葉を吐くと。
「ほんとかな。息が荒かったけど」
「……っ!」
髪を撫でながら耳をくすぐる手に、抵抗する力が抜けていく。
そんな中、耳元に牙が触れた。
「だから君に仕返ししたいなって、ずっと思ってたんだ」
「えっ、それって……!」
昨日の談話室で聞いた言葉が、頭をよぎった。
「仕返しって、そういう……」
良かった。
いや、この状況は良くないが――ドラグが嫌なことをしていたわけではないのだと分かって。
「君が“おしかつ”とか言って楽しんでたツノ磨きのお礼。今度は僕が、君の耳を掃除するよ」
「はい?」
いつの間にか、ドラグの指先には細い棒が挟まっていた。
「それって……!」
部屋の洗面台に置いていた、手作り耳かき棒だ。
「あっ、あの……人の耳かきをするのは意外と加減が難しいので」
「お断りします」と、ベッドから降りようとすると。
「大丈夫だよ。僕、意外と器用なんだ」
「知ってるでしょ?」と、ガッチリ腕を掴まれた。
「人間の耳の仕組みもちゃんと調べたから……きっと気持ちよくしてみせるよ」
善意百パーセント――とまでは言えないが、人生の推しの眩しい笑顔に、逃げる足が止まった。
「……はぁ、気持ちいいかも」
この推し、絶妙な力加減で耳を掘り進めてくる。
「うん……でも、今度はぜんぶ僕に任せてほしい」
綺麗で掃除のしがいがないという夫に、背筋がふるっと震えた。
それでも、ドラグの膝にいると落ち着く。
普段は言えない「好き」があふれてくる――私がツノを磨いている時、ドラグもこんな気持ちだったのだろうか。
「……そうだといいな」
手を伸ばし、そっとツノに触れた。
今度は、“推し”としてではなく、“人生の推し”として。
「どうしたの?」
キョトンとした顔に、つい頬が緩んでしまう。
しばらく言葉が出なかった――ただ、触れていたくて。
「いえ。今日も夫のツノが良いなぁ、と思いまして」
『今日も夫のツノが良い!』を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
本編完結後、エメルとドラグのその後を少しだけ書きたくなり、短いスピンオフとしてまとめました。
ふたりが本当の夫婦に成長するまでの物語や領地での日々は、『シャイ後家』本編でお読みいただけます。
気になった方は、そちらも覗いていただけたら嬉しいです。
また、次の物語でもお会いできますように。




