第5話【1】
月末最後の連休を迎えた東京都北区赤羽の駅前は、アニメや映画などのキャラクターに模したコスプレイヤーの熱気で賑わっていた。
駅構内改札前にも祭りの法被を着る人だかりができていた。
地元ケーブルテレビのカメラクルーがタキシード姿の男をレンズに収める。
赤羽おバカ祭り実行委員会、赤羽の若大将こと岡原賢おかはらけんが緊張の面持ちでマイクを握る。一つ深呼吸を入れると、戦いのゴングが鳴った。
「ただいまより、《赤羽おバカ祭り・オープニングマッチ・綱引き対決》を行います。西口より、赤羽ショッピングモールチームの入場です!」
静かに始まるドラム音が徐々に大きくなっていく。
張り詰めた緊張感を、観客の静寂をトランペットの高音が切り裂く。
音色に合わせ、西口から続く花道沿いの観客が拍手を鳴らす。
両側から白い煙が噴射されると、《西口最強》と刺繍されたハチマキと法被をまとう、赤羽ショッピングモール第四代最高店舗責任者、野本友也のもとともやが従業員を引き連れてレッドカーペットを行進する。
声援を送る野太い声が戦い行く軍手の戦士たちの戦闘本能に火をつけていく。
「続きまして、東口より、赤羽ルンルン商店街チームの入場です!」
四方八方より、待ちきれない観客たちが赤羽のドンの名前を叫び出す
悲壮感漂うピアノ音から始まるその曲は、男の人生を語る上で外すことはできない。幼少期は白米に塩と水道水をかけて食べていた。この上もなく貧乏な家庭だった。しかし、男は両親に立派な家を建ててやりたいと一念発起、勉学に勤しんで国立大学法学部を卒業、国会議員秘書から東京都議を経て国政に進出、現在は実家の畳屋を畳んで、赤羽ルンルン商店街の会長として自由気ままに生きている。
齢八十を超えても日焼けサロンが欠かせない、元気・やる気・生意気百倍が口癖の色黒老人、三橋光一郎みはしこういちろうは観客の声援に応えるべく、両拳を掲げて入場した。そのハチマキと法被には《赤羽伝説》と金字で刻まれている。
整列した両陣営が中央でにらみ合う。お互いのプライドが火花を散らすようだ。
会長が先にマイクを握った。
「野本くん、今年も我々の勝利から祭りを始めようじゃないか」
うおーい、と商店街陣営が色めき合う。野本がマイクを握る。
「三橋会長、先日の立てこもり事件で傷ついた従業員のためにも、僕らは勝つしかないんですよ!」
絶対に勝つぞ、とモール陣営がお互いを鼓舞する。
男の黒目は百戦錬磨の老人を離さない。昨年まで、綱引き対決は東口に五連覇を許していた。野本の就任以来から勝ったことがないのだ。
彼はこの催しを地元住民への接待と考えていたからだ。
だが、今年は違う。四月初めにモールで起きた立てこもり事件がそこで働く人々の心を切り裂いたからだ。中には休職する者もいた。
『求めるものは勝利のみ』を合言葉に、参加者の勤務会社がバラバラであっても、勤務後に小学校の体育館で綱引きの練習をしてきた。今年は自信が違うのだ。
ケーブルテレビのカメラマンがトップ同士の熱気に固唾を飲んだ。
審判を務めるカウボーイの男が合図を送ると、軍手の選手たちが綱を持つ。
そして、赤い旗が上がり、ゴングが鳴った。
一斉に選手たちが綱を引く。三味線部隊も弦を弾はじく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」
「なにおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」
一直線、水平に綱が伸びきったとき、西口側の野本が味方に叫んだ。
「みんな、練習の成果を見せつけろっ!」
いち、に、いち、に、と仲間たちが息を合わせて綱を引っ張る。
「我ら商店街を舐めるなよ! おめぇら、ワシについてこいっ!」
商店街の選手たちの両腕と脹脛の筋肉がモリモリに盛り上がっていく。
おー、えす、おー、えす、と阿吽の呼吸で綱を引っ張る力が増していく。
「若造よ。綱引きはな、腰で引くんだ。腰で、な!」
おめぇら勝つぞ、ドンの一声は後ろの衆たちの根性を引き出す。
「む、無理だ……強すぎる」
東口の猛攻に西口の若い選手たちが弱音を吐いていく。
だが、野本は歯を食いしばった。やんちゃだった中学時代の自分が折れそうな心を奮い立たせた。
「諦めんなや、おんどりゃあッ! 西口魂ィ、ブチかませやッ!」
「は……はいっ!」
思わぬ関西弁で、対決を盛り上げる三味線部隊の音が浪花節へと変わった。
徐々に西口へと綱の赤い線が寄る。危機的状況だと判断した三橋の背後、影の実力者、長田稔ながたみのるがドンに告げた。
「会長、どいてください! 邪魔です!」
「お、おう! あとは頼んだ!」
と、三橋が綱引きから緊急避難する。先頭に立った長田がジムのレッグプレスで鍛えまくった下半身で本気を出す。
「俺たちの時代を刻んでいくぞ、てめぇらッ!」
「うおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」
東口の若い選手たちが雄叫びを上げ、西口を圧倒していく。
そして、審判が勝者を伝えた。
「勝者、東口!」
パチパチパチ、白熱した戦いを終えた両陣営へと観客が拍手を送った。
「野本くん、すばらしいファイトだった! また、来年も頼むよ」
「三橋会長、あざらしたらしたっ!」
野本の闘魂が尽きたのか、呂律が回らず、何を言ったのかは聞き取れない。
涼しい顔のドンは普段は商売敵であっても、祭りの今日は赤羽の友だ、とガッチリ握手を交わし、新聞各社の写真撮影に応じた。
審判という大役を終えた赤羽神社の心霊保安官は、伝統の戦いを見物していた赤羽署の女刑事と、ウサギのぬいぐるみ関連事件で心に傷を負った少女に話しかける。
「白石警部、未来ちゃん、どうだった?」
二人は綱引きの熱戦に興奮していた。
「けっこう、ガチなんですね」にこやかに白石が答える。
「そら、ガチですよ。東口と西口は住民の胃袋を奪い合っていますから」
東口は下町情緒が残る商店街で、夕暮れ時は格安なお惣菜で庶民の味方だ。
一方で、西口のショッピングモールは小売業界最大手の企業が経営していることもあり、全国津々浦々の名産フェアを毎月開催する。モールのフードコートは各種有名店が軒を連ね、夕方時は独り身の社会人で賑わう。白石もその一人だ。
「でも、祭りのときぐらいは仲良くしましょうって感じですね」
「祭りのだいご味だな、近藤少佐」
「い、戌神様?! どうして、こんなところに」
姿を見せた精悍な顔つきの老人は桜ノ宮清太朗さくらのみやせいたろう、護神庁元長官であり、現在は十二守護神将の戌神にして最高責任者、大和朝廷の長、天守様を守護する天将てんしょうを務める。三ノ宮の一角、桜ノ宮の当主だ。
そのため、深紅の制服を着る心霊守護官数人が周囲を警護している。
「こんなところって、赤羽は素敵な町じゃないか。郊外もいいが、東京のはじっこ暮らしには最適だよ。愛月あづきもそう思うだろう?」
雪が積もる桜の儚さと美しさを示す髪色の少女は、性格ゆえに慎ましく返す。
「私もそう思います。都会になろうと、背伸びしている感じがいいですね」
可憐で謙虚な美少女、桜ノ宮愛月さくらのみやあづきは大和合衆国の女子たちの憧れだ。少々棘があるが、それも彼女の愛嬌だ。
人気すぎて厄介なファンも多く、その真横で兄の勇月ゆづきが騎士のよう目を光らせる。
その威圧的な眼光に、三船未来みふねみくが白石の背後から彼らを覗き見る。
「この子が、お兄さまが話された事件の子ですか?」
「三船未来さんだよ」
にこりと微笑む姫様とも呼ばれる愛月に、未来は恐る恐る会釈した。
「三船未来と言います」
「こちらこそはじめまして、桜ノ宮愛月です。もしよかったら、このあとライブをする《れいちぇるず》をご覧になってください。私の同期生がメンバーなんです」
「れいちぇるず?」知らないようだ。
近藤がいう、「アイドルグループだよ。このお兄ちゃんが詳しいよ」
「お兄さま、アイドルにはご興味がないとおっしゃっていませんでした?」
「公安官としての教養だよ! 愛月も知るべきだと思うよ」
「知るも何も、翔子と同期生ですし、お兄さまよりも知っていますよ?」
「そ、そうだったな! 翔子さんと同級生だもんな。アハハ!」
空回りなテンションとなった桜の王子様を不思議がる白石に、近藤がこっそりささやく。「勇月は羽武翔子はぶしょうこちゃん推しなんです」
「てっきり、京子ちゃん推しかと」
「おい、ラブ助。余計なことを言うな!」
両手を広げて無罪を主張する。「何も言ってませーん!」
「嘘だ! 白石さんに何か言ったはずだ!」
勇月は疑い深い性格だ。心霊公安官の職業病だろう。
「えっと……桜ノ宮家の桜餅は食べるべきって言われました」
両手をぽんと叩き、愛月は満月のよう笑みを咲かす。
「そうです! 桜ノ宮の桜餅は大和一のお餅です! たしかに桃餅や梅餅も美味しいですが、お餅といったら、桜餅なのです! ぜひとも、召し上がってください。わたくしも、神社でいっぱい売りますので!」
「いっぱい買います!」
と、《愛月様☆LOVE》のハチマキをする愛月親衛隊が声を上げる。本人非公認、全国規模のファンクラブだが、本人は喜んでいる。
しかしながら、綱引き対決に人々が気を取られている隙に、一人の公安官が白金髪の女に殺されたが。
「フフフ。ラブヘルパーくん、楽しいお祭りにしましょうね」




