第4話【6】
「えーっと……あったあった! ここです!」
三船未来みふねみくが住むアパートは荒川河川敷そばにある。マイホームを夢見るファミリー向けの西洋風外装が流行りの二階建てで、同じアパートが何軒も建ち並ぶ。
ピンポン、チンピラ風な担当教員の井出哲夫がインターホンを鳴らす。
心霊保安官、そして心霊公安官が井出の背後で家主を待つ。
だが、出てこない。「未来さんがいるはずですよね?」
「と、思うんですが」
井出は記憶をたどる。帰りの会が終わると、すぐにその少女は教室を出て行った。
自宅へと帰ったと思い、赤羽神社へと心霊相談し、ウサギのぬいぐるみを持っているだろう少女の家に向かって今に至る。奇妙がる井出はドアノブを回した。
「開いていますね。三船さん、いますか?」
と、扉を開ける。だが、邪悪な霊気、突風が三人を襲った。
《心霊開眼》
二人は合掌し、霊体になったのは桜の額当てを巻く公安官、桜ノ宮勇月だ。
瞳が桜模様、虹彩が白桜と水色に変色し、その正体と対峙する。
「井出先生は下がって!」
一方、強風で吹き飛ばされた教員は四つん這いで近藤の背後へと避難した。
虹彩がピンク色となった近藤は肉体のままだが、邪悪な霊気に覚えがあった。
「小学校のウサギと一緒だな」
その予想は的中する。一室には悪霊に憑依された少女がいたのだ。
「あ~あ、見つかっちゃった」
艶のある女の声に、公安官も聞き覚えがあった。校舎の廊下で戦った記憶が蘇る。
「久しぶりだな、御多福幸子」
御多福幸子とは、かつて大和江戸城を襲撃した悪名高きカルト教団GFEの教祖、天童天子てんどうてんこの最側近だった女だ。お多福の面を常につけ、現在は護神庁の天敵である死神を集めた組織殺神隊を率いるボスだ。
「今は三船未来ちゃんよ」
「その子から離れてもらおうか」
「いいわよ。ケーキのイチゴは最後に食べるタイプだから」
と、少女は魂が抜かれたよう頭から何かが抜け、膝から崩れ落ちた。
「待て、逃げるな! あわわわわっ!」
瞬時に抱きかかえて無事保護した桜の王子様こと桜ノ宮勇月だ。
「ふ~、ナイスキャッチだ、俺! ラブ助、来てくれ!」
ラブ助とは、勇月が近藤を呼ぶ愛称だ。愛銃のマグナムを構えながら心霊保安官が恐る恐る侵入する。「何があったんだ、勇月」
「赤いウサギだよ。ほら、そこに」
顎で指した学習机の上で、片耳を折る赤色のウサギがウインクしている。
すでに霊気はない。憑依していた分霊は消えたようだ。
「倒したのか?」
「いや……抵抗もなく消えたんだよ」
「消えた?」
「理由はさておき、今はこの子を慰霊しよう」
心霊を癒す清水スプレーを部屋と少女に吹きかけて、ベッドに優しく寝かしつけた旧友に、ウサギを手に持った近藤は家の異様さに気づく。
「見ろ、テーブルにカップ麺と洗濯物の山だ。台所は洗い物がなく、玄関にはゴミ袋の山だぞ」
「一人暮らしの保安官みたいな部屋だな」
「うるせぇ。母と娘の二人暮らしなら、多少は生活感があるはずだ」
「その生活感がないってことは育児放棄、虐待か?」
担当教員の井出が否定する。
「虐待はないですよ。お母さん、シングルマザーで娘のために頑張っている人で、普段はハンバーガーチェーンで働いているんです」
「その店、どこかわかりますか?」
近藤の問いに、井出は頭を抱える。
「あったぞ、赤羽駅のモール内だ」
公安官がキッチンボードに貼られた新商品のチラシを見つけた。店名が書かれたもので、すぐさま店舗に連絡する。ウサギのぬいぐるみについて母親と話すためだ。
「三船さんですか。どこにいるのか、こっちが知りたいですよ!」
電話先の男性店長は怒っていた。三日前から来ていないと話した。
電話を切ると、少女が目を覚ました。
「ママァ! ママァ!」
だが、視線の先にはカウボーイの男とチンピラ風な男だ。おまけにニンジャもいる。キャアーッ、と悲鳴が轟いた。狼狽する三人だが、すぐに鎮まる。
「あれ? 井出……せんせぇ?」
「そーだよ、井出ちゃんだよ。三船さんの先生だよ」
少女は腑に落ちたよう冷静さを取り戻すと、近藤が持つ赤いウサギに呟いた。
「悪い人たちじゃないじゃん……」
「このウサギに何か言われたの?」
「悪い人が来るって、警察かもしれないって。だから体を貸してって」
「警察……?」
口を滑らせたと少女は両手で口を覆う。そして、顔を布団に埋めて泣き始めた。
優しく背中をさする近藤だ。
「大丈夫。どんなことを話しても、見捨てないから。ゆっくりでいいから話して」
右手首から《LOVE》と刺繍されたリストバンドを少女の手首につける。
「俺の名前は近藤愛之助、愛する赤羽の街を守るラブヘルパーってわかる?」
「……神社の人ですよね。変態だから近づくなってお母さんが」
「変態じゃないよ。赤羽神社の心霊保安官だから」
ラブヘルパーの評判は賛否において否が多い。見た目で判断されているからだ。
ちゃんと護神隊手帳を見せる。「それで、このウサギは誰からもらったの?」
少女はウサギを掴む。そして、彼らにいった。
「このウサギがママの身体を乗っ取って、あの男を殺したの」
「その話、詳しくできる?」
三船未来はときおり涙を流しながら話し始めた。
すっかり人が変わってしまった、自宅から出て行った母親のことを。
左右対称にこだわりを持つ、赤茶髪の若い男はタブレットを操作しながら、三船早絵に説明する。プロジェクターから白壁に映し出された男が今宵のターゲットだ。
「菊池我入音きくちわいん、マスクドレイドクラブ、第三事業課長です。女の子を麻薬漬けにしてコスプレさせる趣味を持つ半グレで、警察がマークしています。彼を殺して下さい」
血に飢えた女はガラス張りのテーブルの上で、男の頭蓋骨を一刀両断できる斧の刃を入念に研いでいた。
「その仲間ごと殺しましょうよ。その方が早いでしょうよ」
「まとめて殺せば、ネズミが来るんです。一人一人、丁寧に始末してください」
その方針は女の反感を買う。いきなり殺意を帯びたその斧で殴り掛かった。
ストライブスーツの男、新井明日斗あらいあすとは眉一つ動かさず、脇腹からクナイを抜く。刃と刃の向こう、歯をむき出す女は常軌を逸する。
「やめましょう。スーツが乱れるのは生理的に無理なんで」
「新井さん。私はね、殺したいの。ゴミを。クズを。この斧でバッ、サリ!」
細く短いクナイが震え出す。女の力は予想以上に強くなっている。
女の足を蹴り飛ばし、後ろに跳ねて距離を取る。跪いた女は不満そうだ。
「三船さん、念力をコントロールしてください。僕は敵ではない」
「私、霊道士じゃないから。不満なら生物の原理原則に則って、殺し合えばいい」
「僕には戦う意思はありません。あなたの協力者です」
「死神さん、心臓をちょうだい。もっと強くなりたいのよ」
新井は苦笑する。大罪が暴走したようだ。ボスの霊力に女が触れた結果、遺伝子に眠る大罪が覚醒しつつあるのだろう。それとも、過去に受けた実験のせいか。
「さて、どうするか」と、男の意識が女の殺意に乱れたとき、
マンション一室の玄関が開く。ガチャ。
《桜ノ流儀 桜吹雪》
玄関からリビングへと、嵐のごとく大雪が吹いた。
「これは桜ノ宮?!」新井は桜の模様の雪から悟った。
吹雪に乗じて、他の心霊公安官も部屋へと突入する。
《越前式 蟹挟之法かにばさみのほう》
虹彩が紫色の尼層が合掌、左手の数珠が鳴る。男と女の足元が円を描いて光り輝き、そこから大きな紫色の蟹が現れ、二人の足を両腕のハサミで挟んだ。
「このカニ……朝倉大佐か! どうしてこの場所がわかった?!」
「スマートフォンの位置情報です。油断しましたね、元霊道院生のニンジャ、新井明日斗くん。教官殺しの罪、法の裁きを受けなさい、死神よ!」
朝倉の眼力が増す。ハサミが両足に食い込んでいく。
キリリ、新井の目が吊り上がった。女のバックにそのスマートフォンが入っていたのだろう。女が男に触れさせなかったバックだ。
「負けを認めましょう、朝倉大佐」
と、ニンジャ式合掌で霊力を解放した。
《大罪侵犯たいざいしんぱん》《土遁式 土偶分身ノ術どとんしき どぐうぶんしんのじゅつ》
逃がすか、と大島翔太が二丁拳銃で麻酔霊弾を放つ。だが、男の身代わり、土偶に直撃した。
カーテン越し、人の影が動いて地上へと飛び降りた。
「やられた! ベランダに人形を隠していたのか。すみません、大佐」
「よいのです、大島少佐。人は不完全な、以下略です。下の者に任せましょう」
片膝をつく朝倉は霊眼を解き、雪で凍った女をさする。
「この者がバラバラ殺人の犯人ですね。子の親というのに嘆かわしい。この者にどのような煩悩があって心霊を狂わせたのか、じっくり聞かなければなりません」
坊主頭の部下が部屋からブランド物のバックと例のぬいぐるみを見つけた。
「朝倉大佐、娘の言う通り、このバックの中にスマートフォンがありました。あと、部屋には大量のウサちゃんもありました」
「となると、新井明日斗がぬいぐるみ事件に関与していたと……合点ですね」
「大佐、まずはこの一室を調べましょう。管理会社に連絡し、すぐに抑えます」
「お願いいたします、村西少佐」
指揮官はバックを受け取り、スマートフォンを手にした。
その画面には遊園地の写真か、西洋風王城の前でピースサインする母娘が映る。
「娘の身を案じる位置情報が、母の身を助けるものになるとは皮肉ですね。どうか、この者に仏の救いがあらんことを、合掌」
リリリリリリン! 静寂を切り裂くよう大島のスマートフォンが鳴った。
電話の主は桜ノ宮勇月、男を追って地上に降りていたのだ。
「やられたよ」その声には生気がない。「全員、首を斬られた」
マンションの下、公安官と警察官がみな血を流して息絶える。クナイで頸動脈を一太刀、その手際のよさは天才少年と謳われた新井明日斗の実力だ。
報告を受けた朝倉は、口をすぼめて溜息を吐く。
「極楽浄土へ行けるよう、彼らも弔いましょう。合掌」




