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反逆の心臓  作者: だいふく丸
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第4話【5】

「枯葉がすげーな。焼き芋食いたくなるわ」


 赤羽神社を囲う、寄贈者の名前が彫られた玉垣の下は枯葉や空き缶、ビニール袋などゴミが溜まる。それをほうきで掃くカウボーイの男に女が近づいていた。


 どこか悲しげで、街行く男たちが悲哀ある横顔に見惚れて話しかけるも無視されれば余計に恋心を焦がせる。その女の正体は赤羽署の女刑事だが。


「あれ? 白石さんじゃないっすか。うちの神社によく来ますね」


 赤羽を守る愛の戦士、ラブヘルパーこと近藤愛之助がほうきの手を止める。


「来ちゃ……だめですか?」


 と、白石美空は顔を上げて切ない表情を向けた。いつも元気で事件を捜査する彼女しか知らない近藤は無神経に傷つけてしまったと思い、慌てて取り繕う。


「いいえ! どんどん来ていただいて構いません!」


「近藤さん……ラブヘルプしてください」


「へ、ラブヘルプ?! え、なに、ラブヘルプって……」


 地域住民に愛されようとラブヘルパーを名乗るが、ラブヘルプが何かは知らない。


「近藤さん、はやく」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 白石の瞳から一筋の涙が流れた。困惑する近藤の背後から、神社の神馬に乗って地域パトロールをしてきた芦田聖夜が現れる。


 穏やかではない場面と察知して、一方的に上官を責める。


「兄貴、姉御に何をしたんすか! 泣かせるなんてひどいって!」


「ちょちょちょ、待ってくれ! 誤解だ、白石さんが急に来て泣いて……」


 聖夜の大声を聞きつけて、境内社務所の受付をする林手一平も駆け寄った。


「聖夜、何かあったのかって……白石警部さん、どうしたんですか?!」


 持ち前のハンカチを手渡す。イケメンゴリラ、ジョー・マンジールのグッズだ。


 騒ぎを聞きつけた者は他にもいる。境内に設置されたプレハブ小屋からウサギのぬいぐるみ事件捜査本部の捜査指揮官も、


「何事ですか、騒がしい……何をしでかしたのですか、破廉恥カウボーイッ!」


 と近藤を責め立てた。


「朝倉大佐、何もしてないですって!」


「何もしていないなら、女性が泣くわけがないでしょうがッ!」


 紫色の瞳となった尼僧に疑われた男は両手を空高く掲げる。


 ほうきが地面に落ちた。その光景がおかしかったのか、白石は笑い出す。


 そして、全員に頭を下げたのだった。




 おれ、関係ねーじゃん……。


 急に泣かれた理由を知った近藤はそう思うも、気持ちはわかるので口には出さない。社務所二階、事務所のリビングで彼は女刑事から家庭の事情を聞いた。


「勇月に突っかかったのは、やっぱりお母さんの事情があったんですね」


 と、近藤は昨夜のことを切り出す。強気な性格で知られる白石が弱音を吐いたのは何か彼女の中で起きているのでは、と気に留めていた。


「私が刑事になったのは、悪徳霊道士による被害者を救いたいからなんです。右胸に心臓がないので、心霊保安官にはなれないので、刑事になって……」


「でも、護神庁って左胸に心臓があっても職員にはなれますよ?」


 護神庁は霊能力者以外、左胸に心臓がある者も主に事務職で採用している。


「うーん、裏方よりも現場派がよかったので。でも……」


 目の前のアイスココアを口にする。全裸ランナー事件の際に買って余ったものだ。


「警部になったらGFE事件に少しぐらい関われると思いましたけど、たまたま赤羽で遭遇しましたけど、まったくダメでしたね」


「愚痴でもいいから話してくれればよかったのに」


「居酒屋で愚痴をこぼすのは無理なタイプなんです。自分の弱みを出すというか、ずっと柔道やってきたので、自分で弱点を出すことが苦手な性格なんです」


「ラブヘルプしてくださいって、愚痴を聞いてくださいって意味なんですね」


「ラブヘルプ? そんなこと言っていないですよ」


「いや、言いましたよ。そのせいで痴漢に疑われましたから」


「いや、絶対言っていないと思います」


 急にどうしたの、そんな目で再びミルクたっぷりのココアを口に運ぶ。


 水掛け論だ、と近藤は話題を変えようとするも、白石の方が早かった。


「どうして、近藤さんは心霊保安官になったんですか?」


 唐突な質問だ。ただ、白石はずっと聞きたかった。どうして、ラブヘルパーというヒーローのようなことをしているのか。カウボーイハットを被り、マントを羽織る本当の理由も知りたかった。その人間関係の距離について、近藤はよく知っていた。


「しいて話すなら、父親が大統領を殺したから、ですね」


 女刑事はハッと、黒目を大きくする。そうだった、忘れていたと。


「俺だけでは背負いきれない十字架ですが、こんな自分を受け入れてくれた赤羽の人たち、とくに子供たちを、絶対に守りたいからですね。『愛で人を助けなさい』って母が遺してくれた言葉があるので、その慈愛の美徳を戒めに、ラブヘルプしている感じです」


 嘘偽りのない言葉だった。無実の人間が訴えるその眼差しから、顔を背けるわけにはいかなかった。国民の一人として疑問をぶつけた。


「どうして父親が暗殺をしたのか、何かご存知ないですか?」


 近藤の目が宙に浮く。どうしようか、と呟いてから答えた。


「お互い、陰謀論を信じないようにしましょう」


「陰謀論ってあれですよね、お父さんが『不死山が噴火するぞ』って知らせるために大統領を殺して注目を集めたかった、と。でも、噴火していないという……」


「陰謀論の一つですね。ま、信じない方が美味しいラーメンを食べられます」


「それって、深入りするなってことですか?」


 女刑事は元気を取り戻したようだ。眼光鋭く心霊保安官に詰め寄る。


「私の大学でも事件の論文は禁止されていたので、何かあるのかと」


「学生が深入りすればGFEに目を付けられましたから。大学生行方不明事件とか、集団ストーカー事件とか。どう捉えるかは白石さん次第です。ただ、心霊公安官がいる神社で、あんまりそういうことは言わない方がいいですね。天守様が反逆者を処刑したので一件落着にする、とおっしゃった通りです」


 社務所内に心霊公安官はいない。だが、近藤ははっきりと告げた。大統領暗殺事件を調べる者を、心霊公安部が逐一マークしていると旧友から聞いていたからだ。


 白石は新米警部とはいえ、その言葉の真意まではわからないが、意図は理解した。


「ご忠告ありがとうございます! 以後、気を付けます!」


 肘を鋭利に曲げて敬礼する。


「お互い公安には手を焼きますよね」


「兄貴、お客さん! 心霊相談だって!」


 と、窓の外から声がした。「見学します?」


 近藤の誘いに、白石はかしこまって断った。


「バラバラ殺人の件もありますし、署に戻ります。ご迷惑をおかけしました」


「赤羽を守るこのラブヘルパー、お悩みならいつでもラブヘルプしますので」


 


 『ラブヘルプ』が気に入った近藤は一階に降り、女刑事を見送った。


 そのまま社務所来客室へと、心霊相談に訪れた小学校の男性教員を案内する。


 ポマードで固めた髪型、漆黒のサングラスが威光を放ち、ワイシャツをはだけさせて金メッキのネックレスを見せつける男の名は井出哲夫いでてつお、今年で八年目の教師だ。


 近藤の隣、相席する芦田聖夜が井出に問う、


「今朝、出所したんですか?」


「違いますよ、俺は小学校の教師です」


「そんな嘘をつかなくてけっこうです。あれですよね、人をバラバラに殺したから自首して、神社に懺悔しに来たんですよね?」


「んなわけないでしょ! 人を見た目で判断しないでください!」


 近藤が問う、「じゃあ、なんでそんな恰好なんですか?」


「趣味です」


「どんな趣味?!」


「俺、中高ガリ勉で大学は国立の教育学部を出たんですけど、そこで教育実習で舐められちゃったんですよ、小二に。『先生、知らないの?』とかなんとか言われて。で、とある漫画を読んで、『今日から俺は』な感じでキャラチェンです。グレートな任侠教師を目指してこうなりました。今では小六どもから『井出ちゃん』と慕われています」


 二人は首を傾げた。話の内容がよく掴めなかった。


 聖夜はどこでその金のネックレスを買ったのかだけ気になったが、上官から睨まれそうで話を進める。


「それで相談っていうのは、任侠教師の悪霊があなたに憑依して、本来の真面目な自分に戻りたい……ってことでよろしいですか?」


「ちげーよ。これが本当の俺だよ。相談はクラスの教え子、女の子がめちゃくちゃ元気がなくて。話しかけても、空元気な感じなんだよ」


「でしたら、保険の先生に相談されては?」


 近藤は心霊相談ではないと思う。次の言葉で撤回するが、


「いーや、赤羽駅にウサギのぬいぐるみのポスターがありますよね。冗談で、ウサギのぬいぐるみでも拾って元気ないのって話したら、すげービックリしちゃって。あの反応見ちゃったら、絶対持っているような気がして」


 心霊保安官二人は顔を見合わせた。


「その話、詳しく聞かせてください。あと、女の子の名前も」


 赤羽署、《荒川河川敷バラバラ殺人事件》捜査本部に戻る前、白石は気合注入のために自販機でエネルギードリンクを二本飲み干した。柔道部時代のおまじないだ。


「白石、いま戻りました!」


 元気よくドアを開けた女刑事を、赤羽署刑事課長の細山田が怒鳴った。


「どこに行ってたんですか! 新たなスーツケースが出たんですよ!」


「すみません! え、新たな?!」


「ボケっとするな、行くぞ!」


 きょとんとする白石の腕を引っ張り、捜査指揮官の沖田翼は発見現場へと向かう。

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