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反逆の心臓  作者: だいふく丸
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第3話【2】

「ごきげんよう、赤羽神社のみなさん。本日はお日柄もよく、わたくし、オウジノカミが遊びに来ましたよ」


 白みを帯びた黄色い細長い耳と尻尾を小刻みに揺らしながら、王子神社の狐似の女の子はその真っ黒な物体をじろじろ鑑賞する。


「すごいですわね……このゴリラさん、もはや赤羽の怪獣兵器ですか」


 修理に出して一週間、例の山車のゴリラ人形が職人の手で蘇ったと聞きつけ、王子神社の面々が赤羽神社へと遊びに来たのだ。


 そして、オウジノカミは神社の人気商品、可愛らしいキツネ柄扇子を取り出して、口を一文字に結ぶアカバネノカミに尋ねる。


「このメカゴリラさんをレースに出すおつもりですか? アカバネノカミさん」


 巫女少女姿のアカバネノカミは顔をくしゃりと潰す。


「この山車で、わたくしのシルバーフォックス号に勝てるとお思いですか?」


「思ってないわ!」


 アカバネノカミはキッパリといった。


「わらわでなく、開発者のこやつに言ってくれ!」


 と、斜め後ろに立つ七三ヘアーのメガネ男子、心霊保安官、林手一平はやしでいっぺいを指さす。


 その本人は修理した職人の腕に感動していた。なぜかロボット風に武装されて戻ってきたからだ。筋肉隆々な体系からスタイリッシュな鋼のボディとなり、背中には赤いウイングが生え、右腕にはグレネードランチャーが装備された。職人曰く、ランチャーは男のロマン、だそうだ。


「勝ちたいのならば、去年のハイパーザリガニクッス号にすべきでは?」


 付き添いの、花瓶に飾る一輪の薔薇のよう江藤玲子えとうれいこ少佐が疑問を口にする。


「あのエビガニは、レース中に両腕が柱に当たってそのまま死んだわ」


「さようでございますか。わたくし、このゴリラさんを操るのは至難の業とお見受けいたします。高度なドライビングテクニックが必要でしょう。フフフ」


 ぱちん、と女狐のカミは薄笑いながら扇子を鳴らし、こう宣言した。


「今年もわたくしども、王子神社が赤羽の山車レースに勝利いたします。アカバネノカミさん、そしてみなさん、四連覇いただきますわ! オー、ホッホホホホ!」


 勝利を確信したのか、高笑いが境内に響く。


「それではみなさん、ごきげんよう。行くわよ、玲子さん」


 と、オウジノカミは尻尾をあざ笑うよう振り、取り巻きの保安官と神社を去る。


 去り際、隊長の江藤玲子は林手一平に告げる。二人ともメガネ愛好家だ。


「ラブヘルパーくんに、今年度も馬券対決よろしくって伝えといて」


「江藤隊長、僕のゴリさんを舐めないでください。絶対に勝ちますから!」


「大した自信ね。バイバーイ♪」


 揺れる狐の尻尾のアクセサリーが腹立たしいのか、鼻で笑われたことが悔しかったのか、一平は右拳を己の膝にぶつけた。


「僕のゴリさん舐めやがって! カミちゃま、絶対に勝ちましょう!」


「勝てるかーっ! こんなゴリラで勝てるかーっ! わらわは乗りたくないっ!」


 一平は興奮した様子で、自慢の山車を力説する。


「メカになって、めちゃくちゃカッコイイじゃないですか! 見て下さいよ、この鋼鉄の赤い翼に悪魔を焼き払うランチャーを! 職人さんがロボットオタクでよかったですよ。赤羽にピッタリな兵器ですよ、このメカゴリさんは!」


「なー……一平よ」渋い顔の、同僚の芦田聖夜あしだせいやが疑問を口にする。


「これさ、レースでどうやって持つんだよ。メカゴリラになってめちゃくちゃ重くなったろ。レースでは霊力が使えないんだぞ、お前のゴリラニンジャーズも使えず、どーやって持つんだよ。第一、このゴリさんは何キロあんだよ?」


「百キロだよ」


「ホワイ?!」思わず両手を広げた。


「ランチャーが予想以上に重いんだ」


 月末に開催される年に一度の赤羽おバカ祭りでは、山車レースが目玉企画だ。


 東口の赤羽ルンルン商店街をレース会場とし、参加者は自作した山車を担ぎ走り、入り口から出口までのレースタイムを競う。年齢、業種、国籍関係なく、とにかく赤羽の街を盛り上げるレースだ。ちなみに優勝すれば商品券十万円が贈呈される。


 悔しいことにこのレース、近藤愛之助が赤羽に配属されてから去年度まで、隣町の王子神社が三連覇している。さすがに四連覇は許してはならず、赤羽の住民たちは気合に気合を重ねて山車を制作し、今か今かと月末の祭りを待っているのだ。


「百キロってマジかよ……」


「気合と根性でやるしかないさ!」


「わらわは落ちたくないぞ。ただでさえ、コレに乗る恥ずかしさを理解しておくれ」


「みんなでやれば怖くない。えいえい、おーっ!」


 一平が気合で乗り切ろうと一人音頭を取るも、同僚とカミは冷ややかだ。


 そんな不穏な空気が漂う赤羽神社へと、カウボーイの隊長が帰還する。


「お三方、なにしてんの? てか、ゴリさんがメカになってるし?!」


「いつの間に赤い羽が生えたんですか?!」


 赤羽署の新米警部、白石美空も一緒だ。祭りで出す屋台のリンゴラーメンを食べに来たのだ。驚愕する近藤と白石に、聖夜が答える。


「兄貴、オウジノカミちゃんが遊びに来たんです」


「敵情視察か……抜け目ないな、江藤隊長は。さすが負けず嫌いの博打ダンサー」


 近藤と江藤は競馬が趣味だ。毎年当たった金額を競い、こちらは近藤が二連覇中だ。「それで近藤よ、犯人は例のウサギだったのか?」


 カミの問いは白石には聞こえない。そもそも見えていない。


「ああ、ウサギだったよ。紫だった」


「またか。殺神隊は何を狙ってんだ? 兄貴を仲間にしたいなら毎日襲撃して来ればいいのに。あいつみたく蹴り飛ばしてやるのによ」


 と、ウサギのよう飛び跳ねて自慢の蹴りが空を切る。


「毎日はやめてくれ。身体がもたねーから」


「それで、白石さんは何の用で? 神社デートですか?」


「私は屋台のラーメンを食べに来ました。少し早めのランチですね」


 聖夜の冗談を軽く流す。本当は立てこもり犯の続報を聞きに来たが、聞けるような状況ではない。赤羽署の刑事課長補佐として、ウサギのぬいぐるみについて今後の対応を協議することにした。




 境内社務所、二階のリビングで四人はランチを食べていた。


「う~んっ! おいしっ!」


「でしょ! 意外と美味しいんですよ、コレ」


「兄貴、このベーコンが最高だわ!」


「わざわざ燻製にしたからね、いい香りでしょ」


 白石美空は近藤が自作するリンゴラーメンにそこまで期待はしていなかった。


 いざ食べてみると、胃袋に旨味がこんにちは、笑みがこぼれて食欲が止まらない。


 近藤は白味噌ベースのスープにリンゴペーストを混ぜ、ちぢれ太麺を採用した。


 しかも、チャーシューの代わりに薄切り燻製ベーコンをトッピング、この油と塩っ気とがリンゴと味噌、野菜炒めの甘さを恋しくさせるようだ。


「ごちそー、さまでしたっ!」


 あっという間に三人は食べ終えた。卵アレルギーの一平は一人ざるソバを食べたが。聖夜がデザートのリンゴを口にする。余った分をウサギにしたものだ。


「ウサギのぬいぐるみがなー、このウサギちゃんに罪はないんだけどなー」


 白石がいるから、と一平が目配せで心霊事件の話題を自重するよう伝える。


「別にいーじゃん。警部は毎日神社に来ているし、ハムスターはウザイし」


 聖夜はお構いなしに続ける。呆れた一平はキッチンへと皿を洗いに行く。


 ハムスターとは、聖夜が公安官を呼ぶ俗称だ。公の字が由来だ。


 聖夜は白石を誘って、窓から社務所向かいに設置されたプレハブ小屋を眺める。


 カミの神通力もあって、わずか三時間で建てられた長屋だ。


「早くウサギを捕まえて、あいつらをどかさないと。赤羽が穢れるんだよね」


 心霊保安官と警察官、ともに地域の治安を守る職務だが、捜査になれば話せない事情がお互いにある。心霊事件とくに死神案件、殺神隊に関わる場合だ。


 心霊事件が死神案件の場合、心霊保安部は捜査権を心霊公安部に移譲しなければならない決まりだ。護神庁はウサギのぬいぐるみ事件に迅速に対応するため、赤羽神社にプレハブの捜査本部を建てた。


 赤羽署に設置しなかったのは情報漏洩を防ぐためだ。何人もの心霊公安官が日夜、赤羽周辺を霊体でパトロールしている。


 近藤と親しい桜ノ宮勇月もこのプレハブ勤務だ。しかし、プレハブ小屋は必要最低限の設備しかなく、浴室や洗濯機などを使う場合は社務所の設備を使う。彼らは勝手に使いにくる。しかも、公安官特有の横柄な態度で。聖夜が嫌う理由だ。


「おい、近藤ォ! リンス入りシャンプーはやめろっつたろ! 別々で買えよ!」


 声の主は同期生から器が小さいと陰口を叩かれる大島翔太おおしましょうた、階級は少佐だ。ツーブロックにこだわりを持つが、一千円カットの店にしか行かない。


「知らねーよ、バーカ! 俺は坊主だからリンス入りシャンプー派なんです。文句言うなら、先輩たちとスーパー銭湯でも行けよ!」


 大島はお気に入りのシャンプーとリンスを用意するよう近藤に頼んでいたが、彼はいつものリンス入りシャンプーを買った。坊主の公安官には好評だ。


「バカはお前だよ。スーパー銭湯のサウナで整っている間に、死神がまた神社を襲ったらどーすんだよって……あんたまだいたのかよ」


 悪態は女刑事に向けられた。警察官には死神案件を話せないからだ。


「私、いちゃダメですか?」と、白石は寂しげな目で訴える。


「別に……そこまで言ってねーよ」と、冷蔵庫を許可なく開ける。


「おい、近藤ォ! アイスは当たり付きって言ったろ。アイスは当たるかどうかドキドキしながら食べるもんだろーが」


「知らねーよ、バカ。どうせハズレだよ。イヤなら食うな、その抹茶アイス」


「食うよ、美味しく頂きますわ!」


 と、これ見よがしにアイスをかじった。抹茶アイスは彼の好きな味だ。


「何がラブヘルパーだ、俺に愛はないのか? 手始めに隣人を愛してみろよ、ラブヘルパーさんよ」


「いくらラブヘルパーでも、強欲の大島翔太は助けませーん」


「俺は強欲じゃねーよ、分別だ。誰が反逆者のガキに助けられるか、バーカ!」


 と、抹茶アイスバー八本入りの箱をプレハブ小屋へと持って行く。神社の心霊保安官はパシリのよう扱われている。聖夜が不満を抱くのは無理もない。


「人買いどもが。ぶっ殺してーわ、マジで」


 え、と白石が聖夜の呟きを聞いてしまった。ヘドロのよう黒く重たい感情だ。


「あの、聖夜くんもアイス食べましょーよ。リンゴにアイス付けて食べると美味しいんですよ。小学校の頃、よくやっていたんで、味は保証します」


「リンゴにバニラアイス……うまそーっ!」


 不貞腐れた赤子がおもちゃで笑顔になるよう、緑パーマの男は冷蔵庫を開ける。


「ラブヘルパーさーんっ! どこですかーっ! 大変でーす!」


 赤羽神社に小太りのベテラン警官がやって来た。駅前交番に勤める稲垣登いながきのぼるだ。全速力で走って来たので息を切らし、両膝に手をつける。


「どうしたんですか、稲垣さん」


 と、窓から顔を出す近藤に警官が真剣な眼差しで告げた。


「男の子が……第一小学校で飛び降りです!」


「なんだって?! すぐ行きます!」


 近藤は窓から飛び降り、全速力で駅前そばの小学校へと向かう。


「あ! 近藤さん、帽子!」


 と、カウボーイハットを持って女刑事も一階へと降り、男の背中を追った。

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