Player 01 Chu Yunye
「準備完了。状況開始」
「『目標を走査解析、マナによる複製構築。濃度に比例した成長を継続』……」
ひと呼吸後れて、別の声が違う魔法を詠唱した。併せて右手を動かしながら、エレン語の文字列を綴ってゆく。『真言』と呼ばれる奥義で、設定によればこっちのほうがオリジナル。唱えるだけの言霊は、扱いやすいように効果を弱めたものなんだとか。
「ぬほ……?」
横たわっていたフンババ――単眼一本足の巨人が腹のあたりに手を回した。今まで体験したことのない違和感を覚えている。痒いところを掻けない、手は届くのに場所が分からない感じ。見た目どおり頭は悪いようだ。気づいたときには大きな剣が二本埋まっていて、何もできないまま死んでくれるとありがたい。
(いいぞ。もう少しだ……)
祈るような気持ちで二人の言霊使いを見守る。どうやら順調みたいだ。そろそろ疼きを感じて暴れはじめるはず……
「囲みを突破する動きに注意してください」
遠話メッセージが飛んできた。このパーティーのリーダー、言霊使いの片割れイスカから送られたもの。彼女は用心深い。手負いの魔獣討伐すら最初は反対したくらいに。
ずるごとん――獣っぽい呻きに混じって変な音が聞こえた。
「……何だ?」
今の音は。前衛の戦士達が呟く。
「落ちた、ね。もしかしてやったのかな?」
「貫いたかも。私達の出番なし?」
そこまで楽観的にはなれない。巨体が倒れる音をまだ聞いてないから。
危険は承知の上、懐中燈を点けてみる。紫色の血で汚れた巨剣と魔獣――単眼一本足の怪物の姿が、暗闇の中に浮かび上がった。
「げ……」
「あら」
「こ、こんばんは?」
フンババの拳が迫る。逃げ遅れたマリンが撥ね飛ばされ、後ろのクェスを巻き込みながら失神。前衛が三人に減った。正直かなり厳しい。
「散開してください。指示があるまで木陰に退避!」
作戦は失敗した。身体の中に異物を造って、内側から貫き殺そうという計画。とんでもない弾力と低い摩擦係数、異常な治りの速さのせいだ。赤錆の浮いてるようなやつだったら――今更仕方のないことだけれど、ついつい考えてしまう。
(…刃物が苦手なくせに手入れだけはしてあるのかよ……)
異物のモデルはイスカの短剣だった。
「クルンさん。アレ貸して、アレ」
「アレというと……アレでございますか?」
「そう。多分アレなら滑り落ちない」
受け取ってすぐ傍を走るイスカに投げ渡した。
「……はい。分かり、ました」
「よろしく。時間を稼いでくる」
ゼリーか杏仁豆腐か餅か。手応えの薄い白無垢を殴る。刃なしハルバードのもも、メイスを携えたクルンも後に続く。牽制の合間に焼け焦げた臭いが漂う。これはマリンのケミカルグレネード。中身は濃塩酸、目を直撃して悲鳴を上げさせる。転んだクェス共々、やっと目を覚ましたらしい。
「……御迷惑をおかけしました」
「どまです。お帰りなさい」
立て続けにマスタードボム、アシッドボム、捕獲用ネットのコンボ。ウォーハンマーを持ってクェスが突撃。これで五対一だ。イスカとけろ、二人の言霊使いの詠唱も数分に及んでいる。そろそろ次の段階へ進んでいいのかもしれない。
イスカが無言で頷いた。それを見止めて、なるべく同じ場所に留める戦術から前後左右へ揺さぶりをかける行動へシフトする。
結果は上々だった。紫色の血を大量に流すフンババ。全身のあちこちから、釘の頭みたいな金属質の突起が覗く。いや間違いない。釘の頭そのものだ。ただしそのサイズが笑えるほど大きいだけで。
釘バット。丁寧に削り出したメイプル材へ、大小様々な鉄の釘を長短織り交ぜて打ち込んだもの。丁寧に錆まで浮かせているあたり、作った人間の悪質さが窺える。滑りやすい物質が相手でも、これなら内側に留めておける。
「…やったか?」
「まだです。油断しないでください」
言った瞬間、魔獣が頭から倒れる。イスカの心配は取り越し苦労に終わった。
☆★☆★☆★☆★☆
今回のトロフィーは角だった。口々に労いの言葉を並べ、それから作成に取り掛かる。
生爪を剥ぐのは嫌だし、肉は溶けるかもしれない。こういうのは雑事に優れた中衛の役目。マリンの指示を受けながらクェスとクルンが鋸を使っている。どうでもよく思えるが、実は重要な仕事だ。報酬を受け取るには、退治した証拠が必要となる。
ももと僕は周囲の警戒。主力を務めた言霊使い達の護衛だ。精根尽きたのか、二人とも大きめの石に座ったまま蒼い顔をして動かない。
「…お疲れ」
声をかけると、イスカはゆっくり視線を上げた。本格的な戦闘で緊張したのだろう。が、それだけでは説明のつかない複雑な表情を浮かべている。
思惑どおり倒せなかったのが不満?それとも周りに気遣われるのが面白くない?隠居生活が長引いたため、他人との協力プレイは気後れするようになった?
どれも違う。少しはあるだろうが、本命は多分別のこと。
たとえば……パーティメンバーの中に。できれば本当は関わりたくない、ムカつく相手が含まれているとか。
「……すみません」
姿勢を正して向きなおると、いきなり頭を下げて謝った。こちらの足元を見つめるように。今の僕は少しだけ機嫌が悪い。
「別に大変だなんて思ってないけど。お姉さんが好きだから手伝う、それって悪いことなのかな?」
やや俯く。悪いと言ったようなものだ。
「…報酬のこともあります」
「いいって言ったじゃないか。そっちが先に見つけたんだし」
イスカ三割、僕が二割、残った分を他の五人。魔獣退治の報奨金をこんなふうに分ける。このパーティを組んだとき、全員一致で決めたことだ。
「ほとんど同時、それに手傷を負わせたのは一緒です。お金が必要と知って、私の背中を押してくれました」
「……………」
同じだけ貰えってことらしい。
面倒だと思った。必要以上の大金があっても無駄。僕は捨てアカだからリアルには持ち出せない。隠し場所にも限界がある。
「こんな額とは思わなかったしさ。有難迷惑っていうか邪魔なんだよね。せっかくだから全部イスカさんにあげる。死んだあいつにお見舞いを出してもいいかもね」
ぴしっと亀裂音が鳴った。
「仕事以上の報酬を得るのは嫌いです。分不相応な利益を与えようとする人も。そういう甘やかしがモラルの低下を招いて、結局自分の首を絞めることに……」
「暖簾に腕押し、馬の耳に念仏、荒らしに……説教?みんな僕の国の諺だよ♪」
「最後のは違います。茶化さないでください」
きっと刺すような視線で見据えてくる。この鋭さが堪らない――噛みつかれるのが嬉しくて、いつもわざと意地悪をした。
イスカが何か言おうとする。プラグマティズムがどうとか、荒らしは割に合わないとかの話だろう。損得勘定で動いてるんじゃないのに。そう思った瞬間、頭の中が熱くなった。自分でも気づけないほど、どうやら僕は追い詰められていたらしくて。
「……要らないって言ってるだろ!」
怒鳴って、すぐに息を呑んだ。
イスカのことが好き。それは本当で、全然嘘なんかついていない。
だから時々こうやって甘えてしまう。これで嫌われたんじゃないかと、言い過ぎた後に後悔する。そんなふうに考えるのにも理由があった。イスカと僕の出会い方は、あまり幸せなほうじゃなかったから。いや正直に言うなら最悪だ。
顔を見るのが怖くて、後ろから抱きつく。華奢な腰が一瞬だけ強張った。今はもう振り払われたりしない。イスカの指が僕の頭を撫でる。
「……ごめん」
最後は涙声だった。なかなか静まらない。その間イスカはずっと触れていてくれる。
僕の心を保たせているのはこの人。リアルの事情で――どうにもならないことに振り回され、今にも圧し折られそうな想いを。
過去にも辛いことはあった。でも今回だけは、彼女がいなければ駄目だったと思う。どこかの時点で僕はこの世から消えていた。
大袈裟じゃない。リアルの僕は、今も危険に曝されている。
一週間前の、あのときから。
☆★☆★☆★☆★☆
夢中になれるものなんてない。僕は昔からそう考えてきた。
五歳からパパに勧められてアイキドー。七歳からママの肝煎りでセロと塾通い。期待には応えていると思う。有名私大の附属幼稚園に合格、今はその初等科四年。
成績も常に五番以内。一位のときもあるから実質的な差はない。セロはあまり熱心にしていないけれど、それでもママは満足してるみたいだ。週三日道場に通うアイキドーは、あと少しで黒帯に手が届く。
親友はいないけど友人は多い。本音はともかく、敵を作らないようにはしてきた。何か言えば七割が賛成、他は沈黙。そこそこ人望もある。まあ今のところは順調だ。
「…ただいま」
無人のリビングに声を掛け、すぐさま自分の部屋へ向かう。
学校から戻ると、いつもパパとママはいない。それぞれ仕事を持っていて、日付を跨がずに帰ってくるのは年末と旧正月だけ。パパは証券大手の取締役、ママはインテリア関係のデザイナー。最近は結構人気で、自分の名前をつけた小さなブランドを持っている。
トイレへ行き、汚れ物を洗濯機に投げ込むと自室のベッドへ飛び込んだ。これから昼寝をする……んじゃなくて、夕飯まで暇潰しをする。床と天井に四つずつ、計八つ取りつけられた小さな機械の部品が、虚構と悪意に満ち溢れた作り物の世界への鍵。
僕は今、こいつの虜になっている。体感型情報共有端末『マインドリンク』というのが、一応お役所の決めた正式な名前。《夢を分かち合う》なんて寒気の走る商品名に比べれば、こっちのほうが字義どおりだから悪くない。綺麗事を強要される立場上、《精神の結合》じゃなくて《心を繋ぐ》という意訳を宛てるつもりだったのかもしれないが。
(今日は……どうするかな)
起動エフェクトをやり過ごしながら、ぼんやりと考える。
毎日いつも同じように、他のプレイヤーを殺して回っているわけじゃない。歳上の女の子に声をかけたり、ただ散歩したりすることもある。そういうときは決まって、二十歳くらいの男の姿。年齢制限を越えられるし、下品でお馬鹿な高等科の猿共にも舐められない。
女の姿を選ぶのは、大人でもリアルとの体格差が小さいから。そのため殺しに行くときは、必ず女性を選択する。違う性別のキャラクターを作るのは規約違反だが、大元のユーザ情報を変えてしまえばそんなルールには縛られない。
某板住人の間では、これがメジャーな遊び方になってる。半信半疑で試したら簡単に成功してしまった。リアルを割られて損害賠償請求されるなどのペナルティもなし。月末には削除されてしまうけれど、気儘に荒らすだけなら事足りる。
あるいは運営のほうでも、僕達みたいな連中を消極的に認めてるのかもしれない。ランダム性が強いうえ、プログラム不要の安上がりな高級エネミーとして。
(…やっぱり今日はいいや)
『男性』の項目にフォーカス。アバターが決まらなくても、既に体感型のインターフェイスは始まってる。身体はないのに意識だけあるという状況が、何度経験しても幽霊になったみたいで気持ち悪い。
脳から『クリック』のパルスを送信、これで性別が決定した。年齢は……十一歳。四十の若作りに比べればマシ。ただ何となく、今日は等身大の姿でいたかった。保護街区の外に出られなくても、とりあえず今は充分。
名前、住所、メールアドレス――そのあたりはどうでもいい。適当なニケア人の名前と実在しない連絡先を入れておく。
キャラクターの方向性に関わる面倒な選択はスキップ。さっさと聖堂を離れる。一分後、僕は昼下がりの街路に立っていた。周りは猫とまばらなヒト。公園まで足を延ばしても、プレイヤーの数に比べて衛視が多すぎることに変わりはなかった。
「…暇だな。何か起きねえかな」
視線だけ振り返ると、そこに馬鹿っぽい野郎がいた。一緒に歩いているほうも、口では文句を言いながら弛みきった阿呆面を晒している。
貧しい装備を差し引いても、見るからに弱そうな奴らだった。歳は十四くらい。作りたてには見えないから多分事実だろう。いかにもな台詞から想像できるリアル像は、何もかも中途半端な典型的愚民。中二か中三あたりで部活や勉強をしてなければ、その日暮らしのボケ鶏と否応なく分かる。雰囲気からして芸術系の線もない。
「…ゲーセン行かね?」
「だな。こっちタダだけど暇だし」
目も合わせずに擦れ違うと、僕が来た方角へ歩いていった。二度と来ないかもしれない背中を黙って見送る。
馬鹿に興味はない。でも馬鹿が起こす騒ぎは、時々面白いことがある。適当な性別や年齢を入れてもプレイできると知ったら、連中はどんな反応を示すだろう……?
ただ殺すより面白そうだった。遊歩道を引き返して捜すと、すぐに緊張感のないカボチャ頭が見つかった。後ろから極めたくなるのを我慢して、にこやかに話しかける。
「ねえ。面白い遊びがあるんだけど。知ってる?」
「……あ?何だよお前」
面倒臭そうに振り返った。一人は舌打ちなんかして明らかに鬱陶しく思われてる。
「正確には、面白い遊び方。このゲームが何倍も楽しくなるよ」
これ見よがしな溜息をついた。それから僕を無視して歩き出す。このくらいは予想の範囲。『僕のゲーム』を面白くするため、まだ簡単には諦めない。
「聞いてよ。ホントだって」
「うっせガキ。殴んぞ」
「そっちだってガキじゃん。まあいいからさ、一度騙されたと思って……」
簡単に説明してやった。といっても方法自体が簡単だから、難しくしようがないんだけど。架空のユーザ情報を入れるだけで大人にも女の子にもなれる。ドリームシェア非対応のタイトルでは普通のことだが、体感型VRゲームのこの世界では。
(…あいつら絶対ゲーセン行ってないよね)
目が泳ぎまくりの顔を思い出して嗤う。今頃きっと猿みたいに眺めたり耽ったりしているに違いない。
☆★☆★☆★☆★☆
夕方になると、少しずつ人が増えてきた。比例して耳障りにもなってくる。この時間は子供ばかり。暇な大学生はともかく、大人が帰ってくるのはもう少し後のこと。時間がないのに無理してるから、殺したときの反応がいろいろあって面白い。
「…っと……」
危ない。軽く躓きそうになる。
この身体はリアルと比べて大きかった。歩幅が広いため、小さな段差でも感覚が狂ってしまう。異性のPCを禁止するのは一応そういうわけだ。
でもそれは全く理由になっていない。平均身長からの標準偏差は、どの年齢層であれ五センチ以上。それに子供のプレイヤーはリアルのほうで激しく伸びる。ランダム生成の結果がベストマッチというのは大人でも珍しかった。
祭りを愉しむときは、三十分くらいかけて使いやすそうな身体を作る。それほど手間暇をかけても、二度目は手配書が回って終わりだ。聖堂を出たところから尾行されて、旧市街を離れた途端に有力ギルドの御用。マナーがどうとかお説教された日には鬱確定。ロッカーに戻るか、寝落ちするか、死ぬかしないとログアウトできない仕様なのだ。
旧市街で暴れるのも駄目。何もできないまま捕まってしまう。運営直属の衛視は、相手の動きを一〇〇パーセント封じる退屈なスキルを持っている。無理ゲーなだけで、要するに戦っても全然面白くない。
(…もう帰ろ……)
背筋を伸ばす。少し歩いただけなのに意外と疲れている。お腹は空かないが、そろそろ夕飯。結局また飽きてしまった。やはりこのゲームは殺しあってこそ。こういう平和なのは僕の性に合わない。
尖塔の鐘が鳴った。十八時を知らせる時報の代わり。晩御飯の支度をサボっていたお母さん達は、ログアウトできる聖堂のほうへ慌てて走っていく。
今いるのは旧市街と新市街の境目。存在意義を失った巨大な城壁が聳え立つ。一辺五〇〇メートルの正八角形、各頂点に造られた階段が全長二キロの断崖と下の街とを繋ぐ。そこから降りるとき、僕は意外なものを見つけた。
「お姉さん」
「…………?」
訝しげな視線が返ってくる。階段の途中で膝を抱えたまま、ぼーっと下の街を眺めていた人から。この顔で誰かに会うのは初めて。そう考えれば当たり前のこと。にもかかわらず行儀よく姿勢を正すと、的外れな台詞を呟いた。
「どこかで会った……かな。だとしたら、ごめんなさい」
すまなそうな顔。どこまで人が好いんだろう。忘れたことを謝りながら、知らないことを思い出そうとしている。無駄な努力をする人は嫌いじゃない。事実を理解したときの、やるせない表情が可笑しかったから。
「大丈夫。会ったことないよ。こっちの顔ではね」
僕は大きく頷いた。ますます怪しむような目つきに変わる。こっちの顔で会ったことがない、つまり別の顔では会ったことがある――誰かのサブキャラ?でもロリショタ趣味の知り合いはいない。リアル知人の息子?いやゲームにリアルは持ち込んでいないはず……張りつめた表情を見れば、そんな考えを巡らせているのが何となく分かる。
「ヒントをあげよっか。戦って僕が負けた。半年くらい前」
「…衛視のバイト?」
「はずれ。その二、街の外」
「外?何言ってるの。行けるわけないでしょう」
また膝に口元を埋めて。この身体でという意味なら、確かにそのとおりだ。
「ううん、行けるよ。その三……」
「……もう、いいです」
僕に向けられた視線が、嘘つきを見るものに変わった。それきり顔を伏せてしまう。忍び足で階段を上に戻り、勢いをつけて後ろから抱きつく。
「っ!?」
「まだ三つ目を聞いていないよ。じゃあねえ……『皆殺し』って知ってる?」
ぴくり、と反応があった。もしかすると震えたのかもしれない。それでも答えてくれなかったから、次のヒントを――というより決定的な証拠を出すことにした。
「ここ、まだ痛むかな。僕が刺しちゃったとこ。致命的な急所だから、やったときは何も感じなかったと思うけど?」
服の上から脇腹を優しく撫でる。今度は間違いなく震えた。やっと僕のことを思い出したらしい。力ずくで振り払われたりはしなかった。怖くて動けないとか、そんなことも絶対にない。この人は多分、必要があれば誰でも殺せる。
「いいの?突き飛ばさなくて」
「子供に触られても気になりませんから」
「おじさんかもしれないよ。キャラの年齢なんか信じられると思ってんの?」
黙殺された。本当は嫌なはずなのに。どう考えても意地を張ってる。
「そ。じゃあ続ける。お姉さんの身体、柔らかくて気持ちいいから♪」
両腕を腰に回してしがみつき、ぴったり身体を密着させる。
「…セクハラで訴えますよ」
「別に。捨てアカBANされても困る人いないし」
一度腕を解くと、少し離れて座りなおした。
「知らないかもしれないけど。できるんだよね、捨てアカ」
某板をトイレの落書きと呼ぶような人には無理だろう。真面目で頭の固い誠実な人達には。他人が望む自分を演じていることに気づかない人種。でもこのお姉さんは違う。都合がいいからそうしているだけ。リアルでは僕も一緒だ。両親や学校の先生、同級生を相手に『良い子』のふりをし続けている。
適当な情報を入力すれば、誰でも簡単に捨てアカが作れる。健全なサイトだけ見ている人は、そういう噂に触れる機会すらない。素質だけあっても、こっち側へ来るきっかけがないのだ。自分が楽しむために、僕はみんなの手をちょっとだけ引く。馬鹿な奴らがお猿さんになって、ますます馬鹿になるよう仕向けたときみたいに。
座りながら大きく背伸びをした。薄暗い東の空にリアルより大きな月が浮かぶ。
叩きつけて壊すのはいつでもできる。でもそれを元に戻すことはできない。記憶の一部を消せるなら自由自在に人格を操れるのかもしれないが……
(…まだ、いいかな)
珍しい陶磁を渡されたような気がして。僕は詳しいことを教えなかった。
☆★☆★☆★☆★☆
前に戦ったとき。そろそろ死にそうな僕にお姉さんはこう訊いた。――「どういうものなんです?もう助からないってことは」。
だから僕は教えてあげた。お姉さん本人を殺すことで。死に瀕したときの感情は人それぞれ。二度と嫌だって人もいれば、どうせ贋物だから別にって人もいる。僕が話して聞かせても、あまり意味がないと思ったんだ。
今度は僕のほうから訊いてみた。あのときお姉さんはどう思ったのか。
答えてくれなかった。無理もない。あのときは即死してしまって、不安や恐怖を感じる間もなく意識が消えた。まだ興味があるなら、もう一回殺してあげる――と。
首を横に振ると、それきり黙ってしまった。こういう経験はあまりない。何を話していいか分からなくなるようなことは。リアルの僕は勝ち組だし、こっちでは一方的に挑発するか皆殺しにするかのどちらか。大人同士はどんな会話を交わすんだろう?考えてみると、展開が決まりきった退屈なドラマの中でしか見たことがない。
「そういえば、ここで何をしてたの?」
反射的に思いついたことを口走る。認めたくないけど、無言の空気が息苦しくて。
コミュ障患者のつもりはない。相手は大人、僕は子供。踏んだ場数に違いがある。多少、言葉に詰まっても仕方ないじゃないか。
「今頃みんな困ってるよ?大事な領地ほったらかしにしてさ。あいつら頼りなさそうだったし、お姉さんが助けてやらないと」
意図的に話題を変えてみた。相変わらず無視されていたし、何も言わないでここにいるのは不自然なように思えたから。ギルドを馘首になったとは思えない。もしも辞めてるとしたら、きっと彼女のほうが愛想を尽かしたんだろう。
「飽きちゃったのかな?ヌルい奴らばかりだったし。お姉さんより強いのギルマス入れても三人くらい。野蛮な間抜けばかりで参っちゃうよね」
「いえ。そういうことじゃなくて……」
「じゃあ、どういうことなの?」
「…争うのが嫌になったんです。遊びのときまで頑張ることはないんじゃないかって。一緒にお酒を飲んだりお喋りしたり。近場の仕事なら私には難しくありませんし。戦いが苦手な友達から頼られたりもして。楽しいですよ」
「……ふーん」
取ってつけたような笑顔が嘘臭い。声はともかく、視線がキョドってる。
信じられなかった。口数が急に増えたのも気になる。望んで競争の最前線にいた人が、介護施設のデイサービスみたいなところへ戻ってきて。普通に考えたら満足できるわけがない。カードゲームで喩えるなら都落ちだ。つまり……
「死ぬのが怖くなったんじゃないの?本当は」
刹那の沈黙。
それからお姉さんがマジギレた。
「誰のせいだと思ってるのよ!?」
その場に立ち上がり、僕を睨みつけて叫ぶ。正直言ってかなり怖い。
ちなみにあの後、僕も膾切り→胴体ミンチのコンボで殺されている。外出から戻ってすぐ別の身体で確かめに行ったから間違いない。お互い様のはずなのに、こっちだけ怒鳴られるのは心外。何ならまた殺してやろうか。今度はじわじわ惨たらしく。
「楽しいわけないじゃない!今でも足の震えが止まらないし。相手が弱いって分かるから近場の仕事は何とかなってる。でもね、刃物を持った人が目の前にいると……」
お姉さんの腰に目を遣った。以前は確かにあったはずの護身用の武器が消えている。
「…あなたが……殺したりなんかするから……っ!」
両手で顔を覆い、また塞ぎ込んでしまった。
泣いている。はっきりとは見えないけれど、両肩が小刻みに震えている。実は笑って……なんてことはないと思う。このお姉さんは、あまり冗談の通じる性格じゃない。彼女が悩んでいることの深刻さを、僕はまだ理解していなかった。
「びっくりしたぁ……いきなり大声出すんだもん。ねえ、大丈夫?」
差し出した手を払い除けると階段を駆け下りていった。咄嗟のことに反応が遅れる。そのとき上から流れてきた別の声が、ささくれ立つ僕の注意を引いた。
「ガキ相手にキレるとかwww」
「マジキチwwww」
「初等科逆ナンしたら振られますた;;ショタ厨乙><」
「…黙れよカス」
マジむかついた。理由は分からない。でも何となくむかついた。
「ちょww何このお子様怖いんですけど」
「だが断る。お兄さん黙ると死……って、あれ?」
のうのうと歩いてきたところを、後ろから極めて円の動き。そのまま振り回して城壁の外に放り出してやった。ここはミスラ国内の観光地じゃない。古典的な景観を台無しにする手擦りや欄干の類は、最初から設置されていなかった。
下で鈍い音がする。ここから石畳の床まで約十三メートル。オフィスビルで言えば三階か四階くらいの高さだ。よくて重傷、悪ければ即死だろう。どっちにしても、これ以上の減らず口は叩けない。
「え……」
後ろに回り込んで膝の裏を思いきり蹴る。いわゆる『かっくん』の要領だ。それだけでバランスを崩し、階段から転げ落ちていった。
投げつける言葉もない。某板ではよくいるクソのような人種だ。こんな奴らに構っても無駄。それは分かっていたはずなのに。
一息ついて見回すと、もう彼女はいなかった。今頃きっとログアウトしているはず。行っても無駄だろうし、捕まえたところで何になる。城壁を回って別の階段から街へ下りたとき、僕はお姉さんの名前を訊き忘れたことに気がついた。
☆★☆★☆★☆★☆
「…………………」
ベッドの上で身体を起こした。気持ちのほうが渇いて、室内の冷蔵庫からスポーツドリンクを出して流し込む。壁の時計を見ると十八時三十七分。夕食にはいい時間だ。
キッチンで冷凍庫を開け、チャーハンとギョーザの袋を出す。これを皿に移してレンジへセットすれば完了だ。野菜は茹でたものが冷蔵庫に仕舞ってある。仕事で遅くなることの多いママが、これだけは毎日やると言って聞かない習慣。こっちの僕は素直ないい子で通っているし、抗議する理由もないから大人しく従っている。
考えごともしないで、ただじっとオーブンレンジの前で待つ。内部のディスクが温かい光に照らされながら回る。それを二度繰り返す。野菜は冷たいまま。嫌いなものはどうせ何をやっても不味いから。
五分で詰め込み、食器をシンクの中へ。別に洗ってもいいけど、前にママが言っていた。手がかからなさ過ぎるから、少しは母親らしいことをさせて頂戴、と。水に浸けていたほうが洗剤を節約できるという理屈もある。
(…何が。今更……)
不愉快さを烏龍茶で飲み下した。嫌悪感と言い換えてもいい。
宿題は片手間に終わらせてある。国語の時間にこっそり算数のノートを広げても、授業の先を進んでいる僕は本気で怒られたりしない。
トイレ、歯磨き、シャワーも済んだ。教科書を来週使うものに替え、これで準備は万端。やられるか寝落ちするまで、また殺戮ゲームを遊ぶことができる……
ベッドで仰向けになると、僕はマインドリンクを起動した。
☆★☆★☆★☆★☆
今回の『皆殺し』は、身長百四十三センチくらいの女だった。体型は平均的。そのため胸が少し邪魔だ。窮屈な上、走ったときの揺れも鬱陶しい。
三分ほど作り直そうか迷ったが、ここで妥協することにした。成人設定で百四十センチ台前半が出ることは珍しい。リアルとの感覚ずれが小さいから、慣れてくればリーチの長さだけを活かせるはず。
初期装備は戦闘タイプ。二十分ほど身体を慣らした後、ギルドの仲介所で人が集まりそうな情報を探す。素人なんか殺したってつまらない。ここでいう人は、改めて説明するまでもなく冒険者のこと。
「いらっしゃい。入会希望のお客さんかな。うちは体験入会も歓迎ですよ」
南の表通りでオーク材のドアを押し開けると、そんな言葉が投げかけられた。
要するに人手不足なんだろう。買い手市場の笑いが止まらないとき、企業の人事担当者はこんな台詞を言わない……とテレビで言っているのを聞いたことがある。雇われる側より雇う側、使われる側より使う側になるべき。たとえ独立できても、僕一人で潰せる程度のしょぼさでは意味がないけど。
ここの通貨は現実世界に持ち出すことができる。大組織の幹部となれば支払われる報酬もそれなり。また最近は投機対象にもなってるらしい。最小の取引単位が四十代の平均年収すら上回るせいで、普通のサラリーマンには手も足も出ないが。優位な立場で遊びつつ高給を得ているのだから、要するにこの人は勝ち組ということになる。
「東と西に挟まれてるせいで、南のウチはどうしても大変なんですよね……」
そのくせ男の人は愚痴めいた。
「でもやり甲斐はありますよ。業界三位から一位に躍り出る!これって凄いと思いませんか?」
物は言いようだ。しかも凄いと言えるのは、それが成功したときだけ。僕ならアライアンスの大きさに関係なく、自分の欲求が満たされる形を狙う。
他のアライアンスも見てみたいから。とりあえず適当にそう返しておいた。あ、そう……と零して首を垂れる様子は、明らかに営業上手じゃない。みんな苦労はしたくないし、規模で負ける以上のメリットを打ち出さないと駄目だ。もっともそれをした時点で、一位になる目的からは遠ざかってしまうんだけど。
「…にゃ!もしかして君、今日始めたばかりですかにゃ!?」
「…………………」
語尾がウザい猫耳コスプレ女は無視。そこそこ長いようだから、新人に愛想を振り撒いて自分のギルドに入ってもらうつもりかもしれない。全然収穫がなかったのか、しばらくすると肩を落として店から出ていったが。
比較的重めの討伐系ミッションを探す。こういうのは少数精鋭が集まるから、ギルド間の戦争の次に面白い。近場のやつは……フンババ。一つ目一本足の不自然な化物。病気みたいな効果の言霊にさえ気をつければ、あとは筋肉の数次第で片がつく。廃人が乗り出すほどの獲物じゃないから、中堅どころが十人程度。廃人なら数人だけれど、どちらにしても退屈凌ぎの遊び相手としては申し分ない。
「何だ……ぴいちゃんいないのか。引率頼もうと思ったのに」
見ればカウンターの前に初期装備が集まっていた。これから簡単な狩猟ミッションでもこなしに行くんだろう。初心者なのは雰囲気から丸判りで、三人とも一様に緊張の色を浮かべている。猫耳は運が悪かった。もう少し待っていれば鴨が葱背負って現れたのに。
「僕もここを離れられないし……弱ったなぁ」
商売敵のどちらかが先に研修をやって、リクルートを完結してしまうのを恐れているのだ。あまり長いこと放っておくと、他のアライアンスに新人を取られるかもしれない。意外なことに、重複入会を制限するシステム的なルールはなかった。
荒らしの僕にとって、もちろんそんなのは知ったことじゃない。興味を失いかけたとき、僕の目はホームバー風のカウンターに釘づけられた。
(あれは……?)
どうして気がつかなかったんだろう。思わず自分を呪いたくなる。こういう場所は全部で三軒。普通に考えれば、偶然見つかる確率も低くはない。
「丁度よかった。あの人に頼めばいろいろ教えてもらえるよ……ほらみんな、イスカさんに挨拶して」
店内の視線が集まる。期待混じりの声を聞いて、結んだ栗色の髪がもそりと動く。白っぽい厚手のローブ、立てかけてある簡素な杖。腫れぼったい虚ろな眼差しは、泣きながら階段を下りていったあの人で間違いない。どうやら彼女がイスカのようだ。
「新人の引率をお願いします。ここに来てるんだし、今夜はずっと暇なんですよね?」
「…………………」
快諾も拒否もなかった。素人共に代わる代わるお願いされて、時折「ええ」とか「分かりました」と応じるだけ。あれだと多分、どこに行くのかも分かっていない。なのに仲介役の男の人は、これで大丈夫と安心しきっている。
「……大丈夫なわけないじゃん。見て分かんないかな」
口の中で呟き、驚いた。まるで心配してるみたいな言い方だったから。
でもそれは違う。幹部の人の馬鹿さ加減に苛ついてるだけ。安易に他人を頼ろうとする、お気楽な連中にムカついたのかもしれない。
(それで僕は、結局どうしたらいいんだろう?)
迷っていた。自分でも意外に思えるほど。
偶然三回出会って、その結果名前が判明した――だからどうってこともない。こともないけど……何だろう。ひどく頭が混乱している。
どうしたらいいんだ、なんて思考停止した奴の台詞。そんなの僕が言うわけあるか。いつものとおりやればいい。それできっと元に戻る。
「……あなたは行かないんですか?」
フンババの生息域へ行く。そう決めて店を離れようとしたとき。後ろからイスカが声を掛けてきた。今彼女の顔を見たら、どんな反応をしてしまうか分からない。痛キャラとして某板に晒されるのは御免だ。思わず全身が総毛立つ。
「ぼ……いえ私は。どこに入るか決めてないから。それじゃ」
背中を向けたまま嘘をつくと、逃げるようにこの場から走り去った。
☆★☆★☆★☆★☆
中央広場を抜けて、自由が支配する新市街の街路へ。
城門を通り過ぎる際、NPCから丸い小さなものを差し出された。そいつを摑み取ると、適当に道端へ投げ捨てる。ログインした場所まで瞬時に戻れるアイテムだが、こんなもの僕には必要ない。リアルに戻りたくなったら喉を一突きすればいいことだ。
協会の支部からは、もう大分離れている。でも足を止めない。ここはまだ、僕にとって居心地のいい場所じゃないから。もっと暗い場所へ。もっと人が少ない場所へ。ハイレベルの魔獣が徘徊する危険な森の中。そこが僕の安らげる居場所だ。
何人かの男達が声を掛けてくる。大半は下心満載の顔、中には本気で心配していそうな奴もいた。どっちにせよ、それは今の僕が女だからだ。この世界では実力こそがものを言う。男か女かなんて少しも関係ないはずなのに。
そいつらを振り切って、僕は南の外門を飛び出した。ここの警備は比較的緩い。城壁の外側はプレイヤーの所有地で、遠く離れるほど冒険者の巣が増えてくる。近郊をうろつく貧弱なエネミーにやられてるようでは、冒険者なんか到底務まらないというわけだ。
行きがけの駄賃に何体か倒しながら、月明かりが差し込むフンババの森に辿り着いたのは二十一時。最深部までは歩いて三十分くらいかかる。アイキドーの稽古がないときは来てるから、ここは僕の庭みたいなもの。迷うことはあり得ない。
いつもの大岩を見つけて、いつものように攀じ登る。大人の目線より高い位置にあるから、偶然誰かが通っても見つけられにくい。隠れ家と呼ぶには貧しいけど、役目は充分果たしてくれる。音もちゃんと聞こえるから、フンババに挑む連中が現れたらすぐ駆けつけられる仕組みだ……撒餌に釣られてやってきた馬鹿な奴らを狩るために。
ごろりと仰向けになったところで、今回はフリーの試供品をひとつも貰わなかったことに気づく。未成年プレイヤーが財産を作る方法は二つ。市内のお遣いミッションを繰り返すか、レアな試供品を配布が終了した後で転売すること。
稼ぎがいいのは後者だ。安全かつ元手が要らない。消耗品は高く売れないが、期間限定のロゴ入りアイテムは時として千ドル以上の値段がつく。
(…まぁいいか。まだ二万ドルくらい残ってるし)
一介の荒らしが持つには不似合いな金額だ。これだけあれば、旧市街の集合住宅で中古のワンルームが手に入る。
このゲームは無駄にリアルだから、アカウントを削除しても隠したアイテムまではなくならない。誰かに拾われない限り、自分のものとして扱えるわけだ。当然隠し場所には細心の注意を払う。そこそこ街から近く、でも簡単に見つかるようではいけない。危険と噂されていて、あまり人が寄りつかない場所とだけ言っておこう。
「……あーあ。つまらないな……」
大きく左に寝返りを打った。こっちの世界でも秋らしく、静かに虫の音が鳴いている。騒々しいのは嫌だが、今日は数が少ないようだ。眠りを妨げられるほどでもない。『声』と呼んで慣れ親しむニケア人の気持ちが分かる。
「…………、……………」
限界が迫っていた。今日はこのまま寝てしまおう。そうすれば十五分後には自室のベッドに戻っている。明日の朝が来るまで夢のない眠りを貪れるだろう。
☆★☆★☆★☆★☆
次に目が覚めたとき。辺りはまだ暗かった。
(どれくらい経ったんだ……?)
この感じだと二時から三時。ママはもう帰ってきて、明日の野菜を茹でてから寝室に入っている。パパは会社で泊まることが多いから、いないのはいつものこと。
なかなか目が慣れない。少し乾いているのかも。薬はどこに行ったか。
ああそうだ。枕元の右手に、昨日開けたばかりのやつを置いた。説明書には冷暗所に保管とあるが、実際は常温の室内なら大丈夫。毎度立つのも面倒臭いし、冷蔵庫に入れてあるのは未開封のストック分だけ……
「……………?」
ところが、いくら手探りしても見つからない。
何かが変だ。違和感を覚えて、ふと動きを止める。こういうときは慎重に行動しないと。おかしいと思うことを、ひとつずつ順番に確かめるのだ。
(…ってこれ、もうそういう次元じゃないだろ?)
暗闇に目が慣れてきた僕は、大岩の上から転げ落ちそうなほど驚いた。
そう。僕が眠っていたのは大岩の上。強制的にログアウトさせられることなく、意識を失ってなおゲーム世界に取り残されていた。睡眠の周期を考えると、多分あれから三時間くらいが経っている。喉を一突きにしようとして……やめた。眠ってもログアウトできない世界、死んだら元の世界に戻れるという確証がどこにある?
「……マジ、かよ」
身体能力デフォルトの僕は、ハイランカー推奨の賞金魔獣が住まう森の奥で呻いた。落ち着いて考えると、今の状況は結構ヤバい。
どうにかして脱出しないと。一刻も早く聖堂へ戻り、所定の手続きを踏んで正常にログアウトする。できなかったときは同じような連中が街に溢れているはずだし、それから情報収集を始めても大丈夫だろう。
方針は決まった。爪先を頭より高く上げた反動で起きあがる。この森のことは隅から隅まで知っているから問題ない。一番楽で助かるのは、これが夢でしたってオチ。夢の中で夢を期待するなんて、どれだけ甘かったんだと後で散々思い知らされたけど。
「おい、そっち行くなって!」
「他のやつ出てくるかもしんねぇだろうが!」
「これ以上ヤバくなるかよ!お、俺は逃げるぜ!」
両手で顔を叩いて気を引き締めたとき。西のほうから声が流れてきた。
男三人。あまり強そうな印象じゃない。聞くだに自信がないって感じ。リアルではうだつの上がらない群れたがりか。こっちでも某板一番の誇り高い戦士に成長していそうな。頭が悪いのを棚に上げて、強くなれないのは他人のせいと決めつけるタイプ。
要はゴミ同然の連中。そいつらに興味は湧かなかったけど、僕にとって危険があるのか。不快な奴らと口を聞いても、そこだけは確かめておく必要がある。
「どうしたの?何かあったのー?」
のんびり訊いてやった。もちろんわざと。これで冷静になる奴がいれば、そいつは結構頭がいい。別のファクターが現れても思考を切り替えられないような奴は馬鹿だ。気分に流されたまま慌てふためいて、そのままみっともなく死んでしまえ。
「…こんなところで何を?あんたも道に迷ったのか?」
一人だけ話のできる奴がいた。地味で真面目そうな両手剣使い。
「違うよ。ここにはよく来てるから。ま、散歩みたいなものかな」
街の斡旋所にいた奴らだった。始めたばかりの素人三人組で、タスクボア退治か何かの研修ミッションを見ていたはず。その引率役、チュートリアルのNPCみたいな仕事をイスカが押しつけられていた。
ここは今さっき始めたばかりの初心者が来るエリアじゃない。そうなると今、こいつらの代わりに命を落としかけているのは……
「……案内しろ」
「へ……?」
「いいから案内しろ!襲われてるんだろ?」
その鈍さが癇に障る。意思疎通できないのは僕が悪いんじゃない。こいつらの頭が悪くて、会話を先読みできないのが悪いんだ。
「だから助けてやるって!」
言ってるんだ。言葉を全部口にするのもまどろっこしい。
大岩から飛び降り、返事も待たずに全力で走る。一度は逃がしてしまった。一度は逃げ出してしまった。どうか間に合いますように。迷わず辿り着けますように。あの人が僕の知らないところで、勝手に面白い顔をしてませんように……
☆★☆★☆★☆★☆
「こっちだ!」
重い装備を引き摺りながら、両手剣使いが疾走する。お世辞にも速いとは言えない。しかし他の二人と違って真剣さだけは伝わってくる。
足手纏いだから来るな――そう言ってやれば、こいつはともかく他の二人は喜んで逃げ出すだろう。でも僕は言わなかった。足手纏いになるのは、弱い奴を庇って助けようとするからだ。見殺しにするなら、それは立派な囮になる。
低木を掻き分けながら進むと、押さえつけられて横たわるイスカがいた。意識はあるが、ただ動かないだけ。心が折れてしまったのか、あまりいい表情をしていなかった。
一つ目一本足の魔獣の拳は、恐ろしく大きい。手首から指の先まで、優に僕の背丈くらいはある。身長はおよそ五メートル、全体のバランスがおかしいのだ。関節の部位や筋肉だけが異常に発達していて、縦横の比率もかなり狂っている。
「ぅぬふふふうぇひぇほをははぃひひひ」
化物は、そうとしか言いようのない哄笑を上げた。歌うような渋い声で、それが妙にますます苛つく。
フンババの周りにある木は、ほとんど薙ぎ倒されていない。三人がイスカを置いて逃げた後、怪物は悠々と彼女を捕まえられたということ。研修ミッションは難なくこなせただろう。でも相手がフンババとなると、イスカや僕クラスのメンバーが七人は要る。
「武器を投げて!目を狙うんだ!早く!」
遠くから逃げ腰で構え、残念な二人が短剣と小剣を抛った。それはあっさり看破され、巨大な瞳は分厚い瞼に護られた。フンババの皮膚は赤銅色に輝いて弾力も強い。あんな攻撃でダメージを与えられるとは最初から期待していなかった。イスカに向けられた殺意が、ゴミ屑のような連中へ逸れてくれればいい。また現れた眼球がぎろりと睨みつけると、ビチグソ共は我先に自分の荷物だけを拾って逃げ出した。
「あっ……こら!」
目論見と違う。これじゃ奴の怒りを買っただけだ。一か八か、後ろに回って斬りつけるか。でも僕の得物は初期装備だ。フンババの分厚い皮膚には歯が立たない。
(ん……?)
とりあえず駆け出した視界の端を何かが動いた。音を立てないよう、目立たないように努めている。できるだけ近づいたところで、そいつは思いきり飛び上がった。無骨な大剣の切先が、濁った白目の表層を掠る。丁度巧い具合に当たったようで、不気味な杏仁豆腐はじわりと桜色に染まった。
さしものフンババも、今度は歌っている余裕などなかったようだ。イスカを離し、当たるに任せて両腕を振り回す。勇敢な大剣使いは撥ね飛ばされ、木の幹に叩きつけられて挽肉となった。怒りに震えている今なら瞼を閉じることもないだろう。僕の投げた短剣は、金色の瞳孔に根元まで吸い込まれた。痺れるほどの咆哮が森の木々を揺らす。
(……今だ!)
素早く駆け寄り、イスカの腰を横抱きに攫う。
はっと息を呑み、次の瞬間には力を取り戻していた。こうなれば心強い。初めて僕を殺した人は、攻めるべき時を間違えるような愚図共とは違う。
「…『灼熱よ。在れ』‼」
陽炎が立ち上り、周囲の景色を激しく歪める。
人間相手ならともかく、この魔法は本来フンババに効かない。赤銅色の皮膚は、耐熱シールドの役割も果たすからだ。しかし今は鉄壁の防御にも穴が開いている。裸眼に突き立てられた短剣が、化物に瞼を下ろすことを許さない。
耳障りな絶叫を上げながら巨人は暴れた。我を失っているけど、倒しきるには戦力が足りない。逃げるなら今のうち、薙ぎ倒すものがなくなってからでは遅いのだ。漁夫の利にありつく幸運な冒険者達に、心の中でおめでとうと皮肉っておく。
振り切るのは難しくなかった。敵は視力を失っていたし、自分で勝手に騒いでくれたから足音を聞かれる心配もない。
疲れて息が切れるまで、僕はイスカを抱えたまま走った。デフォルトの貧弱な身体が重たい。今にも胃が引っくり返って吐きそうだ。それでも走る。駆け抜ける。暗闇に覆われた深い森の中を。
どうせ聞こえやしない――全力で足を動かしながら、僕は笑った。胸の裡から湧いてくる、得体の知れない衝動に憑かれて。
☆★☆★☆★☆★☆
「…そろそろ、降ろしてもらえませんか?」
走り疲れた僕が跪くのと同時に、イスカは自分で土の上へと降り立った。
抗議口調だったけれど、別に怒っている様子はない。彼女は元々こんな調子だ。不機嫌そうに見えるときは心の糸が切れかかってる。
この身体は肺活量が少ないようだ。なかなか呼吸が整わない。虚弱体質の僕が持ち直すまで、イスカは道端の石に座りながら辛抱強く待ってくれた。
「ごめん。もう大丈夫……」
早く行こうか――言いかけた僕は、イスカの腰に意外なものを見る。
あの短剣が提げられていた。
あまり深刻じゃなかったのか。それとも自分で使う分には平気なのか。どっちにしても野外へ出るときは必需品だ。そんなことを考えつつ。
「よければ貸してもらえないかな」
と口走っていた。
鞘に触れたイスカの瞳が揺れる。
「…これですか?」
「さっき投げちゃったし。街に着くまで貸してよ」
「そうですね……」
意外にも断られなかった。躊躇いの理由を僕は知ってる。
「どうぞ」
鞘ごと渡してくれた。
「真新しいね?」
「あまり使っていませんから」
受け取ってイスカの顔を見る。奇妙な緊張感。言霊を使える状態なら、そもそも彼女に武器なんて必要ない。
試している。間近で他人が刃物を握ること、その不安に耐えられるかを。
無骨な柄に手をかけてみた。実用本位の造りに共感を覚える。
顔色は普通。でも短剣をじっと見つめているところが変だった。目を離さないんじゃなくて離せない。そういう感じ。
(ここで確かめなかったら……)
多分イスカは疑念を抱く。それくらい冒険者としては不自然なものだ。
装備には命が懸かっているから調べても失礼に当たらない。敵を一撃で仕留められるかどうかは大事なこと。
短剣を鞘から抜いた。刃物の目利きはできないが、言霊使いの持ち物だけあって大したお宝じゃないと思う。
それより気になるのはイスカ。額に汗が滲んでいる。乗り物酔いしたときみたいな蒼白い顔。小刻みに激しく震え、膝が崩れるまで三秒とかからない。
「…やっぱり返すね。私は武器がなくても戦えるから」
短剣を鞘に戻した。小さな鍔鳴りにも肩が跳ねる。
それが今の彼女。刃物という死の影に過剰反応する障碍者。
道端の石に座っていると、イスカのほうから話しかけてきた。
「…すみません」
慣れた手つきで鞘を腰に戻す。
「もう落ち着きました」
「……行こうか」
顔色はともかく、足取りはしっかりしていた。さっきまでの様子が嘘みたいに。
少し悩んだ末、僕はウゥヤと名乗った。特に意味はない。あるとすれば、男でも女でも通じること。無意識に母国語を使ったこと。
何度か口の中で転がした後、真顔のイスカは難しいんですね、と呟いた。
「後ろにアクセントをつけてみて」
「…慣れるまで時間がかかりそうです」
申し訳なさそうに顔を伏せた。恩人の名前を発音できないことに、律儀にも負い目を感じているのかもしれない。
「呼びやすい名前を考えておくよ。それより、どうしてこんな場所にいたの?魔獣狩りにしては……ちょっとね。連れの人達がさ」
思わず言い淀んだ。どうしてか今は、いつもの調子を出しにくい。
彼女がここにいた経緯は知っている。かといって何も訊かないのは不自然。一応形だけでも詮索することにした。
発端はこうらしい。ガイド役のイスカの実力を、逃げてった二匹の猿が疑った。彼女の力を借りるまでもなく、新人達は研修ミッションに成功した。
まあ当たり前だ。いきなり躓くようなら、そいつは冒険者に向いてない。街でお喋りするか商売に精を出すか、そもそもこのゲームをやめたほうがいい。
とにかく図に乗った馬鹿が、先輩冒険者の実力を見たいと喚きたてた。偉そうにするんだったら、まずは凄いとこ見せてくださいよ、と。
それからはお約束の展開。お調子者のゴミ屑が逃げ延びて、馬鹿真面目な両手剣使いは死んだ。下手をすると三人とも、二度とイスカの前には現れないかもしれない。アライアンスの貴重な人材を逃してしまったと気に病んでいる様子だった。
「仕方がなかったんじゃない?」
表情を消したまま、僕は淡々と説明した。
「話のとおりだとすると、イスカさんは悪くない。どう見ても自業自得だよ。それに戻ってきたとして、重戦はともかく逃げた奴らが一人前になるかは疑問」
あの状況で立ち向かおうとする馬鹿なら、今頃またログインしている。性格もよさそうだったし、イスカ一人にやられた原因を押しつけるような真似は……
「…どうしました?」
「何でもない……です。とにかく街に帰ろ」
死んでいるかもしれない、とは言えなかった。何の根拠もない妄想だ。このところは休みの日も塾と稽古が続いたため疲れているのかもしれない。
「……ありがとう」
「え?」
何を言われたか分からなくて、思わず間抜けな声を出してしまう。
「少しだけ、楽になりました」
真顔になって、慎重に息を吸い込んだ。
「……ウゥヤ、さん。優しいのですね」
発音があまりにも下手で、吹いてしまったのは言うまでもない。
☆★☆★☆★☆★☆
森を出るまでの間も、化物達の襲撃は続いた。
フンババは現れなかったけど、いつもとどこか雰囲気が違う。
見たことのない種類ばかり、有体に言えば全部似通っていた。外見的な意味じゃなくて、防御の特性が異常に偏っている。物理的な攻撃は無効、魔法以外では傷つきにくいのだ。魔法の取得はミッション制だから、当然イスカに敵うはずがない。
助けてやろうと思ったのに、どういうわけか助けられてしまっている。一方的に寄生するしかない状況に、僕は少しずつ苛立ってきた。
「いい加減、機嫌直してよ?笑ったのは謝るからさ」
「……別に。怒ってなんかいません」
一際大きな火球を作って、植物タイプの群れを焼き払う。間違いなく怒ってる。あれは絶対八つ当たりだ。
「だからごめんってば。もう笑わないから。このとおり。ね?」
「………………………」
自分でも何をしているのか分からなくなってきた。
こんなみっともない真似をしてまで許してもらわないといけないのか。何のために?少なくとも騙したり利用したりするためじゃない。
(護られてるせいだ)
安直な理由をつけておく。そうでも考えないと頭がおかしくなりそう……
「危ないっ!」
「え?…う、ぁっ!?」
至近距離で火球が爆発した。僕を狙ったんじゃなく、こっそり忍び寄っていた巨大リスの群れを牽制したもの。元が動物だけあって、こいつらは本能的に火を恐れる。慌てて睨みつけると、僕を食べようとした連中は一目散に逃げていった。
「……ふぅ」
「油断しないでください。どこに敵がいるか分かりません」
そう言ったきり、またそっぽを向いてしまう。まるで僕なんかいないみたいに――まあ役立たずなのは事実だけど――魔法使いのくせに颯爽と前に立って歩く。これではどんな顔をしているのか分からない。はっきり言って退屈。それに装備がショボいとはいえ、一応こっちは前衛だ。あまり勇敢になられて仕事を取られたら凹みもする。
「………ぷっ」
ここでいきなりイスカが吹き出す。前触れもなく、さすがに意味が分からない。
「え?な、何?急に、どうしたの?」
「…いえ、何でも……ぷふっ」
また言葉の途中で笑う。一体何が楽しいのか。
「ごめんなさい、別にあなたのことを笑ったわけでは……っ」
ちらりと僕の顔を振り向いた。そしてなおのこと激しく笑い出す。
ちょっと待って。論理的に説明してほしい。これのどこが僕を笑っているんじゃないと言える?他人の顔を見てその反応は、どう考えたって面白がっているとしか思えない。
「……何なの、もう」
舌打ちを一つかますと、僕は先に立って歩き始めた。
「さっさと行こ。日付も変わっちゃってるんだしさ」
「あ……はい。すみません」
言葉だけ謝って、相変わらず口元を震わせながらついてくる。
「もうすぐ街だよ。ついでだから聖堂まで送ってく」
「ありがとうございます。ウゥヤさん、本当に優しいんですね……」
「…今の発音は、いいかな。別の名前、もしかしたら要らないかも」
「……ぷっ………」
「いや、だから何で?」
イスカの忍び笑いは、しばらく止みそうになかった。
☆★☆★☆★☆★☆
「ところでウゥヤさんは、どうしてここにいたんですか?」
……マズい。恐れていた展開がついに来た。
素人じゃないのは見せちゃってるし、そのくせ装備と身体能力はデフォルト。
扱う武器が短剣でスピード重視。キャラクターは小柄な女性タイプ。
ちょっと勘がよければ、誰かに似てるって少しは思う。
「危険度Bのエリアですよ。あなたの装備も研修生の子達と変わらないような」
「え、あ……うん。えっと」
困った。正直言ってそれ以下。イスカと遭遇した店から逃げ出して、その足で森まで来たからだ。
あれだけ激しく動き回っておいて何だけど、実は足元なんかサンダルのまま。一応脱げにくい加工がされた戦闘用だが、市内ミッションで稼いで好きなものを買うか試供品のスポーツシューズに替えてから街を出るのが普通。
掌を護るグローブや水筒などの雑貨もない。これじゃ冒険者というより、まるで自殺志願者だ。捨てアカのキャラクターは、どれも似たような傾向を持ってるわけで……
完全に嘘をつきとおすのは無理だ。少しだけ真実を混ぜて煙に巻くしかない。
「……実はこれサブなんだ。息抜きしようと思って来たから、装備は何も持ってなくて。普段ここで狩りをしてるし、主が相手でも逃げ切る自信はあったけどね」
主というのはフンババのことだ。この森であいつより強いエネミーはいない。
「…………そうですか」
物凄く長い沈黙の後、イスカはぽつりと呟いた。
本当にハイランカーだとしても、息抜きでこんな森に来るなんて台詞は怪しい。
含みがあるように感じるのは、いつ嘘がバレるかと冷や汗をかいているから。そうに違いない。多分。きっと。
更に十分ほど歩いて、僕達はやっと森の外に出ることができた。
そこから見えるのは、いつもと変わりないアスルタンの光景……のはずだったけど。
どうも様子がおかしい。街の明かりが消えているし、何となく小刻みに揺れているような。リアルで見るものに例えるなら、録画映像を早送りした感覚に近い。
「…前線の開拓地じゃ駄目なの?あっちにも調整槽があるって聞いたけど」
「できるだけ早くログアウトしたいんです。ミロスまでは二時間以上かかりますから」
言葉に反して、イスカの足は重そうだった。
あれに近づく気持ち悪さを感じているのかもしれない。
ログアウトするだけだから大丈夫。理屈では分かっているのに。このまま進んだら戻れなくなる――そんな気がして。
「少しだけ覗いてみようか。徹夜するわけにもいかないし」
四つある街の正門は、どれも固く閉ざされていた。
「……転移のオーブは?」
「駄目です。一応試しましたが」
「じゃあ、歩くしかないのか……」
新市街は雑然とした貧民窟みたいなもので、こちらは城壁の外側にある。でも今はログアウトすることが目的だから、郊外部に入れたとしても意味はない。正常にログアウトするためには、聖堂の建つ中心市街地まで行く必要がある。
外縁部を半分ほど進んだところで、僕はそれらの事実を確認した。
新市街と外の間には、中小ギルドが拵えた難民キャンプも同然のテント村がある。土地や建物を買う余力はない惨めな連中の溜まり場だ。これが無秩序に並んでいて、時々行われる強制撤去では追いつくどころか増える一方。九十九折に捻じ曲がっているから、ある程度奥に入るまで城壁の様子が見えなかった。
無人になっているのは、緊急メンテナンスでもあったんだろう。そう考えれば視界が揺れていたことは理解できるし、森の中で遭った異様なエネミーの群れも説明がつく。
このゲームは一風変わっていて、メンテナンス開始時刻までにログアウトしないと凶悪なエネミーがプレイヤーキャラクターを瞬殺する。死んでしまうと身体能力は初期値に戻されるから、前衛系のプレイヤーはメンテナンス情報の収集に余念がない。後衛系のプレイヤーも遺体が野晒しにされるのは一緒。財産を守るためにそれなりの注意を向けていた。
(……あの表情は、もう見飽きたな)
きっと城壁の向こうは処刑人で一杯。あいつらは雇われの衛視以上に無理ゲーな存在だ。特別なスキルはないが、その代わり異常な身体能力を持っている。
より正確に言えば、殴っても刺しても燃やそうとしても効かない。数を頼みに押し寄せてきて淡々と絞め殺される。突然ゾンビゲーに変わるのだから人によってはトラウマものだ。襲われるほうからすればゲームを楽しむ以前の話。運営の指示に従わなかったペナルティとはいえ、あまりにも愛想が足りない。
城壁の高さは十数メートル。軍の特殊部隊でも素手で登るのは無理がある。素人の僕達は言わずもがな。残る手段は二つ、それらを試す前に他の正門も調べておく。できれば避けたいのと、こっちのほうが手っ取り早いからだ。
テント村に呑まれた郊外部は、いつもながら見通しが悪い。たった数歩先のことでも、ナイロン製のシートが視界を覆い隠してしまう。
音や匂いにしても同じだ。ビル風そっくりのテント風が入り乱れて、どこから聞こえているのか分かりにくくなる。余程大きかったり強かったりすれば役立つけど、その発生源には近寄りたくないことが多い。悲鳴と血の気配だけは、風の音や饐えた汗の臭いを越えて、どんな場所にいても必ず僕達のところへやってくる。
情報が欲しければ、耳を澄まして臭いを探せ。そのとおりのことをしながら、僕達は街の奥へ向かっていた。イスカは警戒しながら、僕は何かを探しながら。
「……火事場泥棒ですか?」
「いや。使えるものはないかな~、って」
「それを火事場泥棒というのです」
腕を摑んで止められた。考えてみれば、貧民窟で盗みを働いても仕方ない。戸締まりがきちんとしてないから、価値のあるものを置いて出かける奴がいないのだ。ますます疑われてしまった分、ここは僕の一人負け。
イスカは何となく疲れて見えた。
雑魚共の引率にハイレベル魔獣からの逃走。続いて被ダメージ補正がつけられた奇妙なエネミーとの連戦。あれだけ呪文を唱えれば、喉が嗄れてもおかしくない。
そして今。僕とイスカは、もっと疲れるようなことをさせられていた。手っ取り早くログアウトするために、城塞都市の外壁を登っている。
「…ロープを使った登攀なんて、初等科のとき自然公園でやらされて以来です」
いかにもインドア派のイスカが、そんな感想を漏らした。それでも足場は悪くないから、充分なスピードで城壁を登ってゆく。
僕のほうは去年の特別授業でやったばかりだ。煉瓦は丸太より凹凸が小さいけど、千年の風雪に耐えたという無駄に細かい設定が足場の具合をよくしている。リアルでは文化財級の城も、所詮は記号と文法で構築された紛い物。頑丈なところにピッケルを打ち込み、登りやすそうなところにロープを結ぶ。
三十分後。僕達はどうにか中腹まで登りきった。
一番低い狙撃窓あたりが吹き飛んでいる。映画とかでは珍しくないけど、目の前で見ると異常な光景。まるで爆弾か何かを仕掛けたような。大破壊以前の王国社会をモデルにした中世エリアには、そういう戦略兵器クラスの魔法がない。
狙撃窓の向こうは、狭い廊下になっていた。
本物の戦争があったわけでもないのに、どこまで無駄にリアルなのか。弓兵なり銃兵がここに並んで、攻め寄せる敵を狙い撃ちした――という誰得の設定。暇な奴らとは思っていたけど、この会社の経営陣は余程お金が要らないらしい。
ここを進めば天辺に上がれる。処刑人の少ないところを見つけて、聖堂までの距離を一気に駆け抜ければミッションコンプリート。
「……待って」
出口に近づいたとき、後ろのイスカが足を止めた。
「この先は行かないほうが。未浄化のマナに汚染されています」
戻りましょうと言われたときには、思わず膝の力が抜けてしまった。せっかくここまで来たのに、何のためだと訊きたくなる。
「何それ。僕は全然感じないんだけど」
単純な答えだった。それは魔法使いにしか分からないというもの。
魔法を習得したキャラクターには、隠しスキルとして力の源『マナ』を感知する能力が身につく。その精度は魔法を習得した数に比例するんだそうだ。
僕の習得数は「ゼロ」。当然マナを感知することができない。この先はマナが異様に濃くなっていて、下手をすると触っただけでも死ぬレベルとか。
「……嘘、だよね?」
「本当です。公式に書いてありますよ。市販のガイドブックにも」
「…………………」
殺すことと殺されること、それしか頭になかったとは言えない。
「ルール、読まなかったんですか?」
「…必要なところだけ」
全然読んでない。リアルみたいに動けると聞いて、考えなしにログインした。
イスカがふぅっと溜息をつく。
「……まるで誰かさんみたいですね」
億尾にも出さない。これ以上疑われたら本当に正体がバレてしまう。
「有名な荒らしですよ。名前は分かりません……というか、よくインカネイトを変えるので名前はないと思います。『皆殺し』と呼ばれていて、ウゥヤさんくらいの小柄な女の子に化けることが多いそうです」
「……詳しいんだね。イスカさんは会ったことがあるの?」
探られているように感じるのは気のせいだろう。それにしても化けるって何だよ、僕は女装趣味の変態じゃないぞ――心の中で激しい突っ込みを入れておく。
「ウゥヤさんは?」
「僕はソロだし。狙われるような場所には行かないんだ」
「…知ってるんですね。その言い方だと」
イスカの目が据わる。またしてもオウンゴールを献上してしまった。
「先、行ってるよ。ヤバそうなときは引き返すから」
返事を聞く前に駆け出した。無論、これ以上の追及を逃れるため。
「ウゥヤさん!」
「すぐ戻るって。まさか心配してくれてるの?」
「……………………」
「いや、そこは黙るとこじゃないんだけど……」
命懸けの割には、悲壮感が足りなかった。
これはゲームだから。別に死んだって生き返る。
斬られても焼かれても。毒ガスに溺れたり怪物の胃酸に溶かされても。
どんな酷い目に遭っても同じ。ログインし直せば元の綺麗な姿のまま。
たとえ細切れにされても、リアルの身体に傷は残らないんだ。
☆★☆★☆★☆★☆
「遅かったね」
「無茶しないでください。汚染区域内の単独行動は危険です」
階段の途中に座っていた僕は、黙殺して城壁の外――西の方角を指差した。
蛍火の親分みたいなやつがある。
普通じゃないのは明らか。それは来たばかりのイスカにも分かったようだ。
あまり動かないし見る度に色も違うけど、よく大きさを変えるところが似ている。
あいつが異変の元凶だろうか。知りたければ運営の公式発表を待つしかない。
「…あれは……?」
僕の横を素通りすると、イスカは城壁から身を乗り出した。
まっとうなプレイヤーの彼女は、荒らしの僕が見向きもしない知識を持っている。その情報に照らし合わせて、何か気づいたのかもしれない。汚染区域の行動は危険と言った口も乾かないうちに、七色の闇をじっと見つめている。
(……別にいいけどさ。急ぐ用もないし)
石段を背にして寝転がった。少し痛いけど、まあ我慢できないことはない。
寝落ちできなかったことは黙っておく。基地外扱いされるだけだから。ゲーム内で命を落とすとリアルの自分も死ぬ、そんなラノベ向けの怪しい都市伝説はさておき。
それよりこれからどうするか。街路の端から端まで、噂に聞く処刑人が五メートル間隔でびっしり。まさかここまで多いとは思わなかった。
不死身の敵に捕まったが最後、寄ってたかって絞め殺されるらしい。身体は贋物でも痛みは本物。万一足を滑らせたらと思うとぞっとする。
順当に考えれば何かの不具合。睡眠フラグが立たない異常ならプログラム側、リアルの肉体を目覚めさせる機能が壊れているんなら端末側の問題。どっちにしろゲーム内で何をしようとログアウトできないことになってしまう。
厳密に言えば、僕の身体は眠っていない。時間が遅れた状態で、随時『マインドリンク』から記憶の書き込みを受けている。時間の流れを戻す方法は二つ。端末の動力を切るか物理的に取り除くこと。記憶の一部を引き継げなくなるし、何より騒ぎになるのが嫌。少なくともリスクの半分――プログラム上の不具合がないことだけは確認しておきたい。
イスカを待つ間、ユーザサポートに問い合わせのメールを出しておいた。
まだ返信はない。今、運営のアドレスには怒りのメールが殺到してる。早くても一時間はかかるはず。システムを正常化して、それからゲームのみログアウト、SNS上で『マインドリンク』端末の機能テスト。ハードが故障していなければ、続いて幽霊空間からも脱出。完全にリアル側へ復帰する。対策としては大体こんなところ。
「正直、厳しいんじゃないかと思ってる。死んでも表層には戻れるから、まあ別にいいと言えばいいんだけど」
「そのSNS上に避難した知人からメールが届いています。掲示板の噂や彼女の交友範囲では、聖堂でログアウトした人の全員が戻れなくなったと」
「ログイン制限じゃないの?」
「特にアナウンスはなかったそうです」
「…何だよそれ。手抜きもいいとこだな」
思わず悪態が突いて出る。
「どっちにしろ聖堂はなくなったね。これからどうする?諦めて前線の開拓地へ行く?」
溜息交じりのイスカ、エアタブレットから顔を上げる。転移のオーブ並みの基本的な装備だが、まともにプレイする気なしの僕は以下略。運営にメールを出したのだって、たまたま公衆端末を見つけたからだ。
「そもそも何で行きたくないのさ?休んだって言っても後衛でしょ。覚えた魔法は消えないし、そこらの連中より強いじゃないか」
「別に。私は……行きたくないなんて、ひと言も」
「言わなくても分かるよ。ログアウトするだけなら、このまま寝ちゃえばいいもんね」
できないことは確認済みだが。あえて知らないふり。僕の質問は無視すると、また城壁の西側へ視線を向けた。
「それより、あれです。私も見るのは初めてですが……恐らくPSEではないかと」
「ぴーえす……何?」
鸚鵡返しに投げかけた。今度は馬鹿にしないで教えてくれる。
「パラダイムシフトイベント。平たく言えばメインシナリオです。最初に見つけた人はレアアイテムや特別な魔法を貰えるとか……こうしてはいられません」
慌てて戻ろうとした、ローブの裾を摑んで引き止める。
「離してください。先を越されたらどうするんです」
「落ち着きなって。あの場所は外からでも行ける。それだけなら苦労して城壁を登る必要はなかったんだけど……せっかくだから周りを見てよ」
「周り……?」
「そっ。僕達の他には、誰もいないでしょ?」
緊急メンテナンスのセオリー。それは期限を過ぎてもログアウトしないプレイヤーキャラクターの全員が殺されること。この異変が全世界的に起こっているとは考えにくいし、サービス再開されたとき他の連中は三大アライアンスの拠点からログインするはず。
「メールの友達に訊いてみてよ。メンテが始まったのはいつ?それから二時間はしないと、先発の調査隊もやってこないんじゃないかな」
僕達と同じように、運のいい奴らはいるのかも。その意味でイスカの行動は間違ってない。だからといって警戒を疎かにするのが正しいとは言えなかった。
「……そこに隠れてるのは誰?出てこないなら、こっちから行くよ」
人の気配がする。それも思いきり物騒なやつが。前衛の僕でも分かるくらい、殺人的な量のマナを感じる。イスカが気づけなかったのは、欲に目が眩んでいたからだろう。あれが攻撃魔法だとしたら、殺すつもりだったとしか思えない。
「気をつけて。かなり強いよ。気配の消し方も只者じゃない」
「隠れたとは挨拶ね。私のほうが遅く来たのに……でも、さすがに一番乗りするだけのことはあるかしら?」
くすっ、と静かな笑いが洩れる。
階段の途中から、ひとりの女が現れた。
☆★☆★☆★☆★☆
「待ってね。今これを終わらせるから」
言うなりそいつは、耳慣れない呪文のようなものを唱えた。
言霊じゃない。あれは一番メジャーな日常の言語を使っている。もっと不思議な音の羅列、それでいて空中に文字を描いたりすることもない。
「イスカさん!」
叫ぶと僕は突撃した。まず右の横面打ち、これはフェイントで避けられたらそのまま体を回して後ろへ。少なくとも詠唱を妨害できる――そう考えて。
思惑どおりになった。女は一瞬ぎょっとすると、大きく間合いを取って離脱。また詠唱を始めようとしたところに再度の追撃。イスカが爆炎を起こしたのだ。指向性の攻撃じゃないため、今度は身体ごと防御するしかない。そこへ追い縋ってラッシュ。クリーンヒットは一撃もなかったが、とりあえず謎の魔法は中断させている。
「ちょっと!あなた達どういうつもり!?」
「後から来たんでしょ。なら僕達にイベントを譲ってよ」
「イベント?一体何を言っているの?」
まだ白を切る。声は焦っていても、動きには余裕があった。
信じられないほどの速さ。全然揺らがなくて、重いサンドバッグでも叩いてるような感じ。この腕力で攻撃を当てられたらと思うと怖い。
ここで初めて、僕は相手の格好を観察した。
初期装備からサンダルをトレッキングシューズに、防寒用のジャケットを追加。腰にはさっきまで僕が持ってたようなダガー。木陰に大きめのリュック。
(……初心者?)
最初に考えたのはそれ。異常な戦闘力を思えば、ありそうな答えは他にもある。
「そいつはチーターだ。何をやっても効かない。ステを弄ってるんだ!」
「個人を対象とする言霊もです。範囲攻撃に専念します」
耳慣れない呪文の件も、そう考えれば説明がつく。難攻不落のマインドリンク、とうとう解析に成功する奴が現れたのか。
だとしたら戦っても意味はない。理屈は何であれ事実上の無敵。HP無限や他のパラメータ限界MAXか。それとも更に味気なくて、論理的な無敵属性の賦与。
(……諦めたほうがいいのかも)
相談しようと思ったとき、またしても予想外の動きが発生した。
「このっ……もう……!」
女の膝が崩れる。いきなり力を失くしたみたいに。しかし次の瞬間、また力が戻って逃げられる。不規則な動きに翻弄され、攻撃を外してしまう。
謎が解けたかもしれない。異常な強さの原因は無敵属性の賦与じゃなかった。非常識レベルのパラメータ強化――意識の集中か時間か、とにかく一定の制限がある。
そいつはもう撤退の構えに入っていた。遠話で誰かと話しながら、反重力とか混沌界とか痛キャラ確定な台詞を口走っている。
再び耳慣れない呪文。やたら拘るのはイベントクリアの条件だからか。それとも一気に戦局を覆せるくらいの理不尽なチート魔法。
「くそっ……!」
焦りに反比例して、女の顔に余裕が浮かぶ。発音を乱そうと首から胴にかけて攻撃を集中させた。こっちの作戦は完全に読まれている。
詠唱が止んだ。途端に蛍火の親玉も消えてしまう。
目的を達成したはずの女は、どういうわけか驚いて見えた。音が少ない。聞こえるのは三人分の息遣いだけ。
何かを調べている。あれは試供品メーカーの人がよくやる動き。ゲームのサーバにアクセスして、周りの環境データを見ているのだ。
「…人を……巻き込んでる」
イスカが隣にやってきて、蛍火の消えたあたりを指差した。狭い路地裏の片隅、薄く人影のようなものが見える。
やがて奇妙なことに気がつく。
いつまでも男の姿勢が変わらない。それどころか全く動いていないようにさえ――思わず首を傾げたとき、イスカが隣で息を呑むのを聞いた。
「…時間が、停まっています。でなければ、空間が凍っているとしか……」
そこでもう一度言葉に詰まる。時間を加速する魔法――正確に言えば、時間の流れを取り戻す魔法がないわけじゃない。解凍士と呼ばれる後衛クラスのアビリティだ。
でもその逆――時間を遅らせる魔法は聞いたことがない。況してあれだけ広い範囲をカバーできるなら。ほぼ必中の即死魔法も同然。
「……行きましょう。ウゥヤさん」
「え……?」
イスカが耳打ちしてくる。疲労を差し引いても顔色が悪い。
「プライズ魔法が相手では勝ち目などありません」
祭りは終わっていた。僕達のしたことと言えば、レア報酬を先払いで貰ったプレイヤーの後始末ミッションを邪魔しただけ。悪質な嫌がらせと言えなくもない。
「…そう、だよね。逃げたほうが、いいかも」
後退りする僕達に向かって、名刺サイズのものが飛んできた。それぞれの足元に軽い音を立てて転がる。一瞬ぎくりとしたが、爆発物ではないらしい。プラスチック製のプレートで、会員カードかキャッシュカードのような形をしている。
「あなた達にプレゼント。受け取って」
罠を疑った僕よりも、イスカが先にそれを拾った。
「え……これ、って……!?」
視線が僕と女の間を行き来する。
「あなた達のリアル情報。晒されたくなかったら今日のことは黙っていて。忠告するけれど、これは脅しではないわよ」
硬直する僕達を残して女の姿は消えた。
イスカはまだ動かない。覗いてみると、予想どおり僕の個人情報が書かれていた。
チュ=ユンイェ。復興暦〇四〇五年三月七日生まれ。男。ミスラD.C.アコーズ特別区モタイストリート三九七番地在住。ライセン大学附属初等科四学年。所属するクラスや出席番号まで、小さな文字で詳しく事細かに。
(てことは……?)
もう一つのプレートにイスカの個人情報が書かれている。そちらへ視線を向けると、大きく息を呑む気配が伝わってきた。拾おうなんて考える暇もない。鍔鳴りの音が聞こえて、肋骨の隙間に冷たいものが滑り込む。
「……やはり……あなたが………!」
☆★☆★☆★☆★☆
それから毎日、僕はイスカを探した。
いつもキャラを作りなおして。男だったり女だったり。
全部で十七回死んだ。酷いときなんかは、後ろに立っただけで襲われる。仕種というか、何となく雰囲気で分かるらしい。
その十七回目。開拓地の自由市場、普通に話しかけたら殺された。
あれは騒ぎになったようだ。初心者プレイヤーをハイランカーが白昼堂々――センセーショナルな部分が誇張されて伝わり、想像以上にイスカの立場は悪くなった。
狙ったわけじゃないけど、さすがに可哀想だと思った。近寄れば刺される、それを人目につく場所でやったらどうなるか。そんなの最初から分かっていたのに。
十七回目と同じ顔にして謝った。ハン人系のギルドには、そういうのが得意なところもある。堂々と歩いてくるのを見て、これまでとは違うと思ったのかもしれない。心の準備もできたからか、とりあえず攻撃するのは待ってくれた。
それから少しずつ話をするようになって……今もそのキャラを使っている。相変わらず捨てアカだけど、僕はイスカと一緒にエネミー狩りの仕事を始めた。
時々考えることがある。あのプレートはどこへ行ったんだろう、と。
それぞれの個人情報が刻まれた、掌サイズのプラスチック板。イスカが隠し持っているのか、今もアスルタンの外壁の上に落ちているのか。また蛍火が増えて危なくなったため、あのとき以降は一度も足を踏み入れていない。
僕が求めるもの――それは平板じゃない世界。いつも心が躍って、たまに特別なことが起こる。でも僕の目には、どんなに頑張っても平板な世界しか見えなかった。
あれから毎日。僕は不思議な時間を過ごしている。
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>>0 投稿者 言い訳男子さん (0414/10/08 02:37:49)
ドリームシェアに関する質問です。いわゆる捨てアカをやりたいのですが、作り方を教えてください。いろいろ探してみましたが見つからなくて……万一運営会社にバレたとして、法的手段に訴えられることはないのでしょうか。
追伸:付き合いたい女性が多すぎて、正規のキャラクターだけでは数が足りません。同じ悩みを解決できた素敵男性諸氏、御助言をお願いします。
>>1 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:37:58)
コテハンで釣り乙
>>2 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:38:47)
お前こそ貼りつき乙
どうせ自宅警備員だろ
>>3 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:40:13)
捨てアカで何したいの?
>>4 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:43:55)
VRで複数の女と付き合いたいって書いてんじゃん
俺はとっくの昔にやっててウハウハだけどね
>>5 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:45:51)
>>4 妄想乙
>>6 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:52:11)
嘘じゃないって
お前がモテないからひがんでんだろwwww
>>7 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:54:32)
じゃあ証拠見してみろ
言っとくがスクショでは証明にならんぞ
肝心のお前が映らないからな
>>8 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:57:41)
やるき満々だな
>>9 投稿者 名無しさん (0414/10/08 02:58:02)
>>8 こええww殺すほうね
~~中略~~
>>27 投稿者 名無しさん (0414/10/08 03:47:21)
いい加減可哀相だから誰か答えてやれよw
>>28 投稿者 名無しさん (0414/10/08 03:49:33)
>>27 じゃあお前が教えろ
>>29 投稿者 名無しさん (0414/10/08 03:51:41)
何のスレか分からなくなってきたな
>>30 投稿者 名無しさん (0414/10/08 03:54:58)
おやすみ つきあっとれんわ
>>31 投稿者 名無しさん (0414/10/08 03:57:26)
まずドリームシェアを買います
強盗でも詐欺でもいいので絶対手に入れてください
取説に従って組み立てたら起動
ゲーム内のユーザ情報入力で嘘八百を入力
ナニを愉しむ おわり
>>32 投稿者 名無しさん (0414/10/08 03:59:58)
>>31 ナニwwww
>>33 投稿者 名無しさん (0414/10/08 04:01:43)
>>32 ナニって何?ww
~~中略~~
>>44 投稿者 名無しさん (0414/10/08 04:31:17)
>>31 説明漏れてるよ
見つかっても捕まらないけど垢消される
俺も月額払わなかったら削除された
>>45 投稿者 名無しさん (0414/10/08 04:39:51)
>>44 口座が確認できれば消されないよ
>>46 投稿者 名無しさん (0414/10/08 04:41:22)
>>45 ある意味戸籍以上に信用できる
どうせ複アカ作るなら月初めだな
削除されるにしても一箇月以上続けられるし




